追跡
軍の払い下げ輸送機、船名は【ポメラニアン】。全長三十メートルで、格納庫には二台のエアバイクを格納している。反重力システムを装備しており、システムさえ起動していればエンジンを切っていても空中に浮いていられる。この機内がスレッジの生活拠点である。
【ポメラニアン】の持ち主はスレッジの相棒であるデジル・ヒルズ。スキンヘッドにサングラスの四十歳の男だ。中肉中背だが武芸の達人のような隙のない雰囲気を持つ。
「デジル。通信機の整備、終わりました。エアバイクは僕では無理です。ゲイリーかミリィがいないと」
デジルに声をかけたのは赤い巻毛の少年だ。彼はミリィと双子であり、彼女と共通点の多い外見をしている。整った顔立ちはやや中性的に見えるが、肩幅も背も少しずつミリィを上回っていた。
「おう、ご苦労さん、マーク。エアバイクの整備は急がないから放っといていい。たった今お前の姉ちゃんとデート中のロリコンからメールが来たぜ」
たっぷりと親しみを込めて言うデジルの言葉に、マークは苦笑した。
「ロリコン……」
「お前も年頃なんだから今日みたいな春のぽかぽか陽気の日ぐらい街に遊びに行けばいいのに。お前ぐらいの容姿なら、女の子がほっとかないだろ」
「うーん。僕は早く一人前の賞金稼ぎになりたいものですから、街に出たらどうしても仕事モードになっちゃいます」
気付かない内に厳しい表情をしているせいか、女の子が寄って来ないのだと言う。
デジルとしては、外見さえ良ければ黙って立ってるだけでももてるはずだと信じている。マークの言う“仕事モード”というのは、賞金首の監視や尾行に支障が出ないように振る舞うこと——つまり、周囲に溶け込み目立たないようにしつつ、第三者が安易に声を掛けられない雰囲気を醸し出すことなのだろう。
「休憩ってのは大事なんだぜ。お前さんにもスレッジの野郎みたいにオンとオフを切り換えられるようになってもらわんとな。尤も——」
奴はオンの状態がほとんどないから手本にならんが……などとぶつぶつ呟くデジルに対し、マークはにこやかに答えた。
「休憩なら十分にとらせて頂いてますよ。それに、目的なく街に繰り出しても疲れるじゃないですか。僕、遊び方なんて全く知りませんし」
デジルは「俺も大人になってからの遊び方しか知らないからな」と言いながら頬をぽりぽり掻くと、しばらく黙っていた。ややあって、思いついたように言う。
「そうだ。今度ゲイリーたちにどっか連れてってもらえよ」
ゲイリーというのは【ポメラニアン】の専属メカニックだ。百九十三センチ、九十三キロの巨漢で、浅黒い肌をした唇の分厚い三十一歳の男である。一時期金髪に染めていたが、今は黒髪に戻している。
「あはは、それはいくらなんでも。新婚さんのお邪魔なんかしたら僕の方が緊張しちゃいますよ」
「それもそうか」
「……でも、ありがとうございます」
はにかんで礼を言うマークの表情は年齢相応に見えた。こういう表情はミリィと似てるんだよな……などとデジルがぼんやり考えていると、マークがふと思い出したように先刻スレッジから届いたというメールのことを聞いた。
「ああ、尾行されてるとさ」
デジルは事も無げに言いつつサングラスを頭の上にずらして青い目を露わにすると、メールの文面を声に出して読みあげる。
『男と女、ひとりずつ。どっちも若い。どこぞのハイスクールだか専門学校だかの制服を着ているが、身のこなしに全く隙がない。軍人かも』
マークの顔色が変わる。だが、サングラスをもとに戻したデジルは感慨に浸っており、彼の様子に気付かない。
「スレッジの野郎、休暇だってのに。それに、特に教えたわけでもないのに尾行者の存在に気付き、その素性の分析まで。分析が正確かどうかはともかく、賞金稼ぎとしての自覚が出てきたようだな。うんうん、いい傾向だ」
ひとりほくそ笑んでいるデジルのケータイが、再び着信を告げる。発信者の名前は、馴染みの情報屋だった。
「パーマーからだ。待ってたぜ」
忙しかった先月と違い、今月は暇だった。ようやく今月一本目の仕事にありつけそうな予感からか、デジルは通話ボタンを押すと妙に愛想良く受け応えるのだった。
* * *
翌日。ネオジップにいくつかある公園のひとつに、スレッジは栗色の長髪の女性と一緒にいた。
「へったくそな変装しやがって」
公衆便所から出てきた人物を見たスレッジは、思わず声に出してつぶやいた。隣に立つカナも同意する。彼らはふたりともTシャツにジーンズというラフな格好をしていた。
「トイレに入ったのは百七十センチ台後半の黒髪男。出てきたのは上着が違うけど同じ身長の茶髪男。どっちも三十代前半。
でも襟足から黒髪がはみ出してて鬘ってことがバレバレ。リバーシブルのジャケットを裏返して着たのはいいけど裾が折れ曲がってて裏地が見えてる。せめて、もっと落ち着いて着替えればいいのに。
あたしのような素人にも見抜けるようじゃ、変装とは言えないわね」
カナはゲイリーの新妻だ。体格はミリィとほぼ同じだが――。
(カナの方がグラマーなんだよな)
ついつい較べてしまうのは、男の悲しい習性だろうか。
言うほど大きな差があるわけではない。
やはり、出会いの日の印象が影響しているのだろうか。彼がミリィと初めて会った場所は夜の倉庫内だった。だぶだぶのTシャツとジーンズ、野球帽というあの日のミリィは中性的で、男の子にしか見えなかった。
「追わないの、スレッジ?」
小首を傾げて見上げてくるカナと真正面から目が合い、スレッジは横を向いて咳払いした。
「奴は素人だが、今日まで他の賞金稼ぎから逃げ続けてきたんだ。下手に動いたら気取られるぜ」
ふたりが見張っている人物が今回追っている賞金首、マニー・バロウなのだ。バロウは今、立ち止まって手に持った紙に目を走らせては周囲をきょろきょろと見ている。
「明らかに挙動不審だが、あの状態の逃亡者って奴は警戒心も人一倍だ。こちらが近付く気配を見せるだけで弾けたように逃げ出しちまう」
「おー。ずいぶんプロっぽくなってきたのねえ、スレッジ」
その言葉に一瞬照れ笑いをしかけたスレッジは、はっとしてカナを見下ろす。
「なんだよ、その上から目線は。だいたいカナ、俺より歳下じゃねえか」
「憶えておきなさい。三歳くらいまでの差なら、既婚者の方が偉い」
にこやかに笑い、胸を張って宣言するカナ。そのTシャツを押し上げる、形の良い双丘につい視線を走らせたスレッジは、軽い自己嫌悪とともに吐き捨てるように言った。
「けっ、言ってろ」
カナは笑いの質を少しだけ変え、言葉を続けた。
「あなたとミリィも」
「あ?」
「ちょうど八歳差なのよね。あたしたちと同じ」
言われてみれば……などと思いつつ、スレッジは「それで?」とカナに発言の真意を質した。
「今どきなかなかいないよ、あんな真っ直ぐな娘。大事にするのよ」
その一言を真顔で言われ、一瞬表情を引き締めたスレッジだったが、苦笑混じりに言った。
「本気で歳上気取りかよ、カナ姉さん。まあ、あと五年ってところかな」
「え?」
「あいつが今のカナと同じくらいの歳になって、俺以外の男も知って。それでも気持ちが変わらなければ……ってことさ」
「変わらなければ、なに? ここにはあたしとスレッジしかいないのよ。はっきり言いなよ」
「意外と押しが強いんだな。俺はあいつに求婚するってこと。……これで満足か、カナ姉さん」
言い終えたスレッジを、カナは素敵な笑顔で見つめてきた。
「な、なんだよ」
「うふふ」
カナの手にはケータイがあった。ゆっくりと耳に当てる。ずっと通話状態だったようだ。
「聞いたわね、ミリィ」
「な!」
驚くスレッジに、カナはケータイを押し付ける。仕方なくケータイに出ると、元気な声がスレッジの鼓膜を叩き、彼はたまらずケータイを耳から離した。
『聞いたよ、スレッジ! 約束だよっ! ちょっと卑怯くさいけど……』
高い声ながら、口調のせいかボーイソプラノというイメージ。出会った日から大きく変わってはいないが、スレッジは微量な変化に気付いている。四歳の頃から離れ離れになっていたマークが戻ってきてからは――。
(女の子、というか、どこかお姉ちゃんっぽくなったんだよな)
『だけどね、スレッジ』
短い沈黙。仕事中という事情もあり、やや焦れたスレッジが続きを促すと、
『僕、スレッジ以外の男と寝るつもりないから!』
彼の時間を停止させるに足る返事。口と手を大きく開いてしまう。
スレッジが取り落としたケータイを、カナは素早くキャッチした。
「もう! 機種変したばっかりなんだから、気をつけてよっ」
すでに切れていたケータイを畳んだカナは、動かないスレッジの目の前で手をひらひらさせた。
「おーい。お客さんが逃げちゃうわよ」
紙切れを懐にしまったバロウが、ある方向へと歩き出していた。その先に、一台のエアバイクが駐輪している。
「あんのマセガキ、あとで説教だっ! ちゃっちゃと仕事終わらせて帰るぞ」
振り向いたスレッジの視線には、石をも穿つ力がこめられていた。
強烈な視線に気づき、怯えたバロウが駆け出した。
「逃がすか賞金首っ! カナは【ポメラニアン】に戻れ」
「だめよ! 今回はあたしたち、チームなんだからっ」
バロウはバイクにまたがった。垂直に浮き上がる。
Y社のタイプ七〇〇。癖の少ない車種で、かなり売れているモデルだ。
自分のバイクに辿り着いたスレッジは、息切れするカナに容赦なく叫ぶ。
「すぐにタンデムに跨れ。飛ばすぞ」
「はいっ」
スレッジのバイクはH社のタイプ五〇〇、逃げるバロウのバイクの方が最高速度を含め全般的に性能が上だ。
「だがそれはカタログスペックの話。こっちのバイクはゲイリーがチューンしてんだ」
絶対に逃がさない。すでに百メートルは離れた相手を目掛け、スレッジは斜めにエアバイクを上昇させていった。
バロウのエアバイクが左に曲がる。ビルとビルの間隔が比較的狭いところへ、器用に入り込む。
まだ午前中ということもあり、交通量は少ない。他のバイクに紛れて発見しづらくなる可能性が低い以上、バロウとしてはなるべくくねくね曲がって賞金稼ぎを撒こうという算段のようだ。
「しがみついてろ、カナ」
背に押し付けられる乳房の感触に、スレッジは束の間の役得に浸る。
(いかんいかん)
スレッジはバイクの底面を進行方向に向け、ほとんど減速せずに突っ込んでいく。
バイク底面の反重力フィールドが進行方向のビルにぶつかり、スレッジのバイクを押し返す。しばらくは同じ高度で飛び続けるが、車体が横向きのままなので次第に高度が下がってくる。
エアバイクやエアカーは地面から百メートルまで浮き上がることができるが、右左折時の衝突事故を無くすため、陸上での車線の替わりに上り、下り交互に通行許可高度が決められている。あまり高度を下げると反対車線に入ってしまう。
スレッジがバイクの底面を地面に向け直した時、既にバロウのエアバイクとの距離は二十メートルほどに縮まっていた。
ちらちらと後ろを振り向くバロウは、最早曲がるのは不利と判断したのかハンドルを直進方向に固定してフルスロットルで飛ばす。正面の高層ビルまで三百メートルは離れていたが、その距離がぐんぐん縮まっていく。
何度目かに振り向いたバロウは大きく目を剥いた。基本性能が劣るはずのスレッジのバイクが、しかもふたり乗りだというのにその距離十メートルまで迫っていたからであろう。
「おい。前見ろ、前っ!」
ビルまで百メートル。急制動だけで間合うかどうか微妙だ。しかし空中を高速で移動中なので、スレッジがいくら叫ぼうとバロウの耳には届いた様子がない。
ついに、スレッジのバイクがバロウのそれを追い越してしまった。
「カナ、運転代われっ」
「……は?」
ぼうっとしていたつもりはない。むしろその逆だ。だと言うのに、何を言われたのかすぐに理解ができない。
「えっ、やっ、うそっ」
「さっき俺がやった通りにやれ。カナならできる。このバイクはカナのこと気に入ってるから」
何の根拠もないことを言うと、スレッジの身体が彼女の正面から消えた。バイクから飛び降りたのだ。
「な、なにしてんのよ、スレッジ?!」
スレッジがいなくなればカナの全身に風圧が叩きつけられるはず。しかし感じられない。それどころかそよ風ほどの感覚すらなかった。
カナは自分の全身を包むこの状態に心当たりがある。【アースシェイカー】騒ぎの際、彼女らの身を守った不可視のフィールドだ。今、そのフィールドが再び身体を守ってくれているのだ。
「これは【クワッシュ・スーツ】……、持ってきてたの?」
カナは訝しげに言った。【クワッシュ・スーツ】の携行には、軍隊が使うバズーカ砲なみの大きさの容器が必要であり、装着に際してはレバーを引かねばならないはずだ。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないわね。……えっと、こうかな。あっ、きゃああ」
ビルまで四十、いや、三十メートル。カナは見よう見まねでバイクの底面を正面のビルに向けた。ぎりぎりで反発力が効き、ビルの窓硝子に沿って移動し始める。
「おりゃあああ」
スレッジの叫び声だ。歯を食いしばってバイクを操縦するカナの耳にも届いた。そういえば【アースシェイカー】の時も、聞こえるはずもないほど離れた場所にいたミリィの声が聞こえてきたんだっけ――などと、非常時でパニック寸前の頭の片隅で、カナは妙に冷静に考えていた。
「で、どうすれば正常な姿勢に戻るのかしら、これ……」
スレッジは両手を振り下ろし、バロウのバイクの進路上にあたるビルの壁面に向けて不可視の塊を投げつける。
「早く減速しろっての、賞金首っ!」
スレッジがバイクから飛び降りても空中に留まっていることで、バロウは肝を潰していたのだろう。
壁面までの距離、わずか十五メートル。
事ここに至り、彼はようやく自分自身が激突寸前だということに気付いたらしい。
「うわわ」
バロウはカナの真似をして、なんとかバイクの底面をビルに向けた。だが、激突は避けられそうもない。
「やれば出来んじゃねえか、賞金首」
ビルを背にしたスレッジが、バイクの進路を遮るようにして空中に浮いていた。
スレッジはさきほど投げたフィールドを背とビルの間に挟み、両手を正面に突き出してバロウのバイクを受け止める姿勢を取る。スレッジは身体の正面にも新たなフィールドを発生させていた。
バイクの反重力フィールドによる反発力は間に合わない。もはやバロウには悲鳴を上げる余裕すらなく、ただ限界まで目を見開くことしかできずにいた。
「うおおっ」
スレッジが叫ぶ。同時に、彼の背と正面の空間が虹色に輝いた。
「…………」
止まった。スレッジがバロウのバイクを止めたのだ。だが、ビルの壁面方向へのGがバイクの反重力フィールドの反発力をわずかに上回り、スレッジのフィールドに大きな負荷がかかる。
「持ち堪えてくれよ……っ」
スレッジの背の方向からピシピシと音が聞こえてきた。ぎょっとして振り向いたが、幸い窓にヒビは入っていない。どうやらオフィスビルのようだが、見たところ部屋の中にいた人たちは全員室外へと避難している。
もしビルの窓を割ろうものなら、いかにハンターライセンスを振りかざしても弁償は免れない。スレッジの額に汗が浮き出る。
と、その時。
「————っ!」
突然感じた悪寒。弁償うんぬんどころの話ではない。スレッジは上空を仰いだ。いた。
「あいつ……」
昨日、自分たちを尾行していたコンビの片割れの若い男。そいつが今エアバイクで滞空し、光線銃で狙っている。その射線上には――
「賞金首を!?」
このままではバロウが撃たれる。
——無抵抗の人間を撃つつもりなのか。
スレッジは舌打ちした。
狙われているのが自分なら問題ない。超小型ミサイルでさえ受け止めた実績を持つ彼は、フィールド能力を使っている限り光線銃の致死モードで撃たれても平気なのだ。しかし現状はと言えば、正面と背にフィールドを発生させ、ビルの窓を割らないようにしてエアバイクを受け止めている。この上さらにもう一つフィールドを発生させて賞金首を守るのは不可能だ。
(どうすればいい?)
脳裏に浮かぶ一つの方法。それは、背にしたフィールドを切ってバロウのバイクごとビル内に飛び込むこと。だが、それをするとガラスが凶器となる。自分はともかくバロウが瀕死の重傷を負う可能性があるのだ。
逡巡が決断を鈍らせる。
上空の男の銃口が光弾を吐き出した。
「よせ——」
「ぐあ!」
スレッジの声に、別の男による苦鳴がかぶった。
「今の声、マーク!?」
射線上に、エアバイクに乗った赤毛の少年が飛び込んでいた。バロウのバイクの真上で停止し、左腕から火花を散らしている。
マークが右手で光線銃を数発撃つと、襲撃者はあっさりと撤退していった。
「マーク! 撃たれたお前に頼んで悪いが、お客さんをタンデムに乗せて【ポメラニアン】に戻っててくれ」
「はい、スレッジ。そのつもりで来ましたから」
マークは右手一本で器用にバロウを抱え上げた。最早逃げる気力を失っていたのだろう、バロウは大人しく彼に従い、自分からタンデムに跨った。
「確保ですね。それじゃ、後で」
マークは左腕から火花を散らした状態のまま、エアバイクで去っていった。
「さて。あとはこのエアバイクを……」
正面に視線を戻したスレッジはぎょっとした。バロウのバイクから白煙が漏れ始めている。車載の反重力ユニットがオーバーロードとなりつつあるのかも知れない。
「きゃああ! そこどいて、スレッジ」
上から届いた女性の声。スレッジはさらにぎょっとした。
「うわ、カナ! 無茶言うな、自分でなんとかしろ」
「だってあたし免許持ってないし運転したことないし」
叫び合う間にもエアバイクが迫る。もう対処のしようがない。
スレッジが背にしたフィールド上部にぶつかったカナのバイクは、うまく跳ね返って正常な姿勢に戻ると空中に静止した。
だが。
盛大な破裂音。
春の陽光を反射する砕片は、ダイヤモンドダストもかくやという輝きをまき散らす。
スレッジと、彼が支えていたバロウのバイクは、ビルのガラスを破って室内へと飛び込んでしまったのだ。
「あ、あはは。じゃあ、あとでね、スレッジ」
「待て、カナ! お前俺を置いていく気か」
「うふふ!」
カナは、マークを追ってさっさと飛び去っていく。
「あいつ、本当は運転上手いんじゃねえのか……?」
聞こえて来た足音に気付いたスレッジが振り向くと、警棒を構えたガードマンがふたり、腰を落として身構えていた。数メートル離れた位置で油断なく睨みつけている。
「な、なんだ君はっ!」
「お勤めご苦労様です。私、こういう者です」
スレッジはハンターライセンスをかざした。ガードマンが腰に下げたライセンスリーダーが電子音を立て、片方のガードマンが表示内容を確認する。
「スレッジ・マークス? ……ああ、賞金稼ぎでしたか」
口調と態度を軟化させたものの、腰に手を当てて溜息を吐く。
「それにしても困りますねえ。えらく派手な捕り物だったけど、さっきの奴、高額賞金首なんですか?」
「ええ、とっても高くつきましたよ。ここの弁償代が、ね」
その後、壊れていなかったバロウのバイクで【ポメラニアン】に戻ったスレッジをデジルが出迎えた。案に相違してにこやかな笑顔だったが――
「ふはははは。お前が窓硝子を割ったビルから請求が来た。窓硝子、デスク二脚に空調の配線その他もろもろに加え、掃除料金に営業停止時間の補償」
スレッジの目の前に電卓をかざすデジル。デジルはわざと最後の一言だけ小さめに呟いた。
「……ついでにマークの左腕の修理代」
口をあんぐりと開けて電卓の数字を凝視していたスレッジには、デジルの最後の一言が聞こえていなかったようだ。
「な、なんだよこれ。ぼったくりじゃねえか!」
「誰のせいだと思っていやがる。三か月ただ働きだっ」
キレたスレッジよりも、額に青筋を立てたデジルの方が声が大きかった。
絶句するスレッジに、別の声が呼びかけて来た。
「お帰りなさーい、スレッジ。安心しなよ、デートはしばらく僕が奢ったげるから!」
「………………。そりゃーどーも」
ミリィの元気な声を聞き、スレッジは脱力してがっくりと肩を落とすのであった。