エピローグ
「申し訳ありません、ペイジ中佐。【ダークパペット】を一機、失いました」
腰に手を当て直立している少女に、ヘルマン中尉が頭を下げて報告している。
「構わん。まだ百体以上の【ダークパペット】と、九体のフィールド能力を持つクローンがいる。キムの怪我も大した事はない。
スレッジたちの存在は今後も我々の障害となるが、充分に準備をして臨めばさほどの脅威というわけでもなかろう」
「は」
「それより、そろそろバロウが例のプログラムを引き剥がしてくれた頃だ」
ふたりは、広さも方向もよくわからない空間の中を歩いて移動していく。
やがて、色とりどりのランプを光らせる機械の群れが見えてくる。座っているバロウのそばで、ベッドに寝かされている少女の姿があった。
「どうかね、バロウくん」
「はい。教育プログラム“ダフネ”の消去に成功しました。いつでも実行できます」
「ふむ。この身体でも自在空フィールドは使えるが、ポテンシャルが違うからな。早速私をクローンの身体に移してもらおう」
そう言うとペイジはクローンの横のベッドに乗り、仰向けに寝てしまった。
(後は頼みます、マニー・バロウ)
強力なフィールド能力。こんなものをペイジ中佐が手に入れれば、それは即ち暴力となる。でもスレッジならば。
(この命に代えてノーラを、クローン八十六番を届けます。受け取ってください、スレッジさん!)
「何か言ったかね、バロウくん」
「いえ、何も。……準備はよろしいですか、ペイジ中佐」
バロウはスイッチを押した。次の瞬間、彼は頭を抱えて床にうずくまってしまう。
その行動を見咎めたヘルマン中尉だったが、彼には――いや、その場の誰にも――バロウの真意を追及する余裕が与えられることはなかった。
虹色の閃光——光球が膨れ上がる。
轟音に続き激震が自在空を見舞う。
爆風が吹き荒れ、ヘルマン中尉も立っていられなくなった。
「何事だ!」
「自爆、自爆スイッチに違いありません! バロウが押したスイッチは」
「おのれ! 貴様、催眠術にかかっていなかったのか。謀ったな、バロウ!」
誰ひとり立ち上がることもできないまま、怒号だけがむなしく飛び交う。
やがて、ひときわ目映い閃光が迸る。
そして――
* * *
同じ頃、中央情報局による封鎖と調査が行われていたグレートザップ超心理学研究所はパニックに陥っていた。
地下に置かれていた、まるで地球外のテクノロジーを利用しているかのような、他に例を見ない機器群や研究データを収めた端末が、次々と謎の爆発を起こしていたのである。
【ダークパペット】による破壊活動であることを知った中央情報局のエージェント達は果敢に立ち向かったが、通常の兵器しか持たず、フィールド能力もない彼らに敵う相手ではなく、あっという間に死体の山が築かれていった。
最後に自爆した【ダークパペット】のせいで研究所は瓦礫の山となった。奇跡的に数名のエージェントが生還したものの、研究所の機器群やデータは永遠に失われてしまった。
* * *
病院のベッドに寝ていたスレッジは、突然感じた重みにうなされ、目を開けた。
すぐ顔の上に、女の子の顔がある。
「夢か。夢だな」
目を閉じた。
だが、この重さは現実だ。再び目を開ける。
「どわ! ダフネ」
「お兄様がダフネだと言うのなら、あたしダフネって名前でいいわ。これからよろしくね」
ダフネはスレッジの首筋に抱きつき、頭をすりすりさせてくる。
「お、おいよせ! まったく、ダフネはお前に何を教えたんだっ」
「だから、あたしがダフネなのよ」
スレッジの病室のドアが勢いよくスライドし、複数の足音が飛び込んできた。
「スレッジ、どうし――」
固まる気配。
スレッジが視線だけを動かすと、赤毛の少女と黒髪のベリーショートの女性が並んでいるのがわかった。
「あ。ええと……。とりあえず、何か服を着ようか、ダフネ」
すりすり。
「スレッジ。これはどういうこと」
「説明してもらおうか」
「いや、それはダフネに聞いてくれ」
すりすり。
病室の室温が下がっていく。
しばらくしてスレッジに対する誤解はめでたく晴れたが、残念ながら入院期間の延長という代償と引き替えとなってしまった。
「そっか。ダフネとバロウが協力して、自爆プログラムを組んだんだ」
リンゴの皮を剥きながら、ミリィがダフネに話しかける。
「ん。でも、地球人が使う爆弾とは違うってダフネママが言ってた。すっごいエネルギーが放出されるけど、あたしをお兄様のところに飛ばすためのプログラムなんだって」
「あのさ、ダフネ。とりあえず、俺の上から降りてくれないかな。せっかく着た服がしわくちゃになっちゃうぞ」
「はーい」
素直に従うダフネだが、ミリィの視線はなぜか冷たい。
「いいんじゃない、かわいい妹ができて。この先、僕のお見舞い、いらないよね」
「勘弁してくれ、ミリィ。二歳児相手に焼餅かよ。大変だけど、ダフネにいろいろ教えてやってくれないか」
ミリィは表情を一変させ、明るく笑う。
「冗談だよ、スレッジ。うん、僕に任せて。いろいろ教えるから」
「いろいろ……?」
「うん。いろいろ!」
「いろいろー!」
そんなふたりを見比べ、明るく会話に参加するダフネ。
なぜか不吉な予感に苛まれつつ、ミリィに対して引きつった笑顔を返すスレッジであった。
(それにしても)
スレッジは表情を引き締め、視線を窓の外へと向けた。
(バロウ。遺言なんか聞いてねえからな。あんたはどこかにいるんだろ。ここに……、俺たちのところに戻って来い)
* * *
退院した日、スレッジは真夏の強烈な日射しに眼を細めた。
視線を下げると、赤毛の少女と目があった。彼女はスレッジと視線を合わせると、にっこりと笑った。
「いつものことながら目つき悪いぞー、スレッジ。今日は僕、ダフネとデートだから!」
「そういえば、今日ダフネは?」
「デジルやカナと一緒に【ポメラニアン】にいるよ」
「デジルも冷てえ野郎だ。一切見舞いに来やがらねえで」
「しょうがないよ。デジルだって“入院”してたことになってるんだから。ま、とにかくスレッジは今日一日、ユキさんとつきあってあげてね」
「ミリィ……。お前、変わってるな。俺とダフネがふたりっきりの時には嫉妬するくせに」
ミリィは噴き出した。
「あはは! あれはスレッジのことが心配なんじゃなくて、ダフネのことが心配なのさ。彼女、ダフネママから“身も心も捧げるように”とか教わってるもんだから」
「ぐえ。そうだったのか。しかし、なんつープログラムだ」
「なんかね。地球上のフィールド能力者としては、スレッジが特異な存在なんだってさ。ダフネママによると、生死不明のペイジや、第二・第三のペイジから異星人の技術――つまりダフネのことを守って欲しいってことらしいよ」
スレッジはわざとらしく肩を落として見せた。
「ちぇ、めんどくせーな。遊撃調査班ってだけでも気が滅入るのに」
「んー。よくわかんないけどさ。ダフネママって僕らの感覚で言う単なるプログラムとは違うよね。中央情報局が遊撃調査班を突然作ったのって、彼女が一枚噛んでるんじゃないかなあ」
「ダフネと会話できるのって、俺らフィールド能力者を除けばバロウのような潜在的にフィールド能力のキャパが高い人間ということになるが……。会話の有無はさておき、ダフネが中央情報局の偉いさんの誰かに働きかけた可能性はゼロではないな」
ミリィの勘の良さをよく知るスレッジは、彼女の言い分を荒唐無稽な話として無視することはない。それに、相手は異星人なのだ。地球人の常識など通用しない。
「うん」
「ま、それはそれとして、俺は気楽な賞金稼ぎの稼業が気に入ってるんだけどなあ」
その時、彼らの正面に黒髪のベリーショートの女性が立っているのが見えてきた。彼女はスレッジとミリィを認めて軽く手を上げる。
「ユキさん! こうたーい。じゃ、僕はここで」
「ごめん、ミリィ。今日一日、スレッジを借りるぞ」
「俺は借り物かい」
じっと見つめてくるミリィの気配に気付き、スレッジは視線を下げる。目が合った。
「嬉しいくせに! くぬくぬ」
「いや、否定はしないが……。ミリィに言われると複雑だな」
「ユキさんはいいんだ。同じ男が好きな、同志だからね」
「お前な――」
真っ赤になっているであろうユキのことを想像し、スレッジの方が赤くなってしまった。しかしスレッジがユキの方に視線を向けると、彼女は意外と冷静だった。
「ああ、同志だ。もっとも、私は二号だがな」
「あははー、スレッジ赤くなってやんの。このスケベ!」
どこまで本気で言っているのやら。だが、スレッジひとりがからかわれていることは間違いない。女性陣には全く敵わない。スレッジは本気でがっくりと肩を落とした。
スレッジとユキのふたりはミリィと別れた後、喫茶店に一度立ち寄ったものの、すぐに【ポメラニアン】に乗り込んだ。
デジルとマーク、そしてカーター夫妻の四人が乗っていた。出迎えたカナが呆れたように言う。
「なによ。やけにあっさりしたデートね」
ユキは軍人の表情に戻り、スレッジに告げた。
「色気のある話でなくて悪い。それに外だとどこに耳があるかわからないからな。今日は報告に来た」
「なんだよ、改まって」
「実は私、中央情報局を辞めることになった」
スレッジは一瞬固まったが、努めて冷静に聞き直した。
「今回、ユキの働きがなければ何もかも全てペイジの思い通りになっていたはずだ。まさかクビになったわけじゃないよな。何か思うところがあって辞めたのか」
「言い直そう。実は私、正式に遊撃調査班への異動が決まった。そうなると表向き、中央情報局のエージェントではいられない。そこで賞金稼ぎとして、デジルチームに入れて欲しい」
反応に困ったスレッジは片眉を上げ、デジルを見た。デジルは頷きながら言う。
「俺は全く構わない。というより歓迎だぜ。バイクの運転以外、ことごとくスレッジより優秀なんだからな、ユキは」
「いや、そんなことは――」
即座に否定しようとするユキを制し、スレッジはデジルに同意した。
「違いねえ。だがこれでデジルの人使いの荒さが緩和されるぜ」
スレッジの言葉に、デジルは歯を見せて笑った。
「どうかな。ユキ、賞金稼ぎとして生活する間、中央情報局から給料は出るのか」
ユキは立ち上がり、デジルを真剣に見つめて答えた。
「出ません。ですが、私は【ポメラニアン】に住み込みでご飯さえ頂けるなら、無給でも働かせて頂きます」
「はっはっは。ユキの給料がスレッジより安いなんて有り得ない」
「わ、私は本当に無給でも――」
「いや、ユキ。それは絶対に有り得ない」
にこやかに答えるデジル。対照的にスレッジの表情が曇る。
「……んげ。じゃ、仕事量は」
「おお、増えるぜ。ひっ捕まえる賞金首の頭数の目標数は、これまでの三倍だ」
「おかしいだろデジル。スタッフは一人増えただけなのに何が目標三倍だよ」
「ほう。口答えするか。仕事は明日からにしてやろうと思っていたが、なんなら今すぐとりかかってもらおうか」
「待て待て待て。退院早々、勘弁してくれよお」
泣き言を言うスレッジに、ユキは握り拳を固めて見せた。
「私が全力でサポートする。何でも言いつけてくれ、スレッジ」
「サポートなら僕らもいるよー」
ミリィの声だ。彼女たちも帰ってきた。
「サポート、サポートぉ!」
嬉しそうな声と共に、ダフネが片腕を真上へと元気に伸ばした。
すりすり。
いつの間に近寄っていたのか。ダフネはスレッジの正面から抱きついてきた。
「ミリィ、教育はどうなってるんだっ」
「ふーんだ。八つも歳下の僕にばっかり教育係を押し付けてもダメだよーだ」
すりすり。
その時、カナは確かに見た。ユキが固めていた握り拳に血管が浮く様子を。
「?」
ふと振り向いたカナは、マークがじっと立っているのに気付いた。
「あら、どうしたのマーク。今日は無口ね」
「あはは、まだ人見知りが完全に治ったわけじゃなくて」
マークは適当に笑ってごまかすと、人の輪を離れて窓際へと歩いて行った。
(ユキさんにはフィールド能力があるんだ。正確な経歴を聞いたわけじゃないから、彼女も第二世代って可能性もあるよな。それにナノマシンが埋め込まれていた期間はどの“被験体”よりも短いことだし、きっと杞憂だよな……。残りの寿命が一年だなんて)
物思いに沈む彼の背後では、ダフネの大きな声を中心にして仲間たちの歓声が上がる。
絶えることのない笑い声が、空を見つめるマークの気分を軽くしていった。
しかし、仲間たちの輪から少し離れているマークには気付くことができなかった。ユキが掌に握っている錠剤と、それが入っていた箱をこっそりとポケットにしまう様子に。
――そしてその箱に、“頭痛薬”と書かれていたことに。
いつにも増して賑やかな【ポメラニアン】に、真夏の陽光が降り注ぐ。
活気ある街、ネオジップでは、今日も数多の賞金稼ぎたちが駆け回っている。
完




