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消火

 廃工場の出入口は車の残骸ごと勢いよく燃え上がり、人間の侵入を阻んでいる。壁を焼く炎の一部は天井を突き抜けて燃え盛っている。

「ゲイリー、ジャック! 消火と同時に壁をぶち抜いて脱出経路を確保するぞ」

 デジルの言葉にうなずく男達に、カナは「しっかりね」と声をかけた。

 銀色の制服を身につけた巨漢、ゲイリーがホースを構えた。勢いよく消火剤を噴き出すホースを、彼は巨体に似つかわしい怪力を発揮して一人で支える。

 ゲイリーと同じ、銀色の制服を着たデジルが拡声器を使って叫ぶ。

「ネオジップ消防局西部第二分署だ。生存者はいるか。西側の壁に風穴をぶち開けるぞ。まずは頭の高さだ。怪我して動けねえ奴は伏せてろ。立って動ける奴は壁からなるべく離れてろ」

 デジルの横にオレンジ色の制服を着た男が立っている。彼はデジルから拡声器を受け取ると、かわりにホースを手渡した。もと“被験体”のジャックだ。間もなくデジルのホースからも消火剤が噴き出したが、ゲイリーと同様にホースを一人で支えて見せた。


 彼らの後ろでその様子を眺めていたカナは、突然耳の後ろに手を当てた。掌を広げ、耳を澄ませているようだ。彼女はジャックと同じオレンジ色の制服に身を包んでいる。

「どうしたの、カナさん」

 カナの真横に立つオレンジ色の制服を着た女性が声をかけた。もと“被験体”のクレアだ。

「ケータイの音だわ。建物の外にも生存者がいるかも」

 カナはそう言うといきなり駆け出した。クレアは慌てて追いかけつつ、ジャックの方を振り向きながら叫んだ。

「カナさん、待って。人間とは限らない。ジャックも来て」

 この廃工場はマーチンが言うところの“取引場所”である。マーチンからは「【ダークパペット】による襲撃も有り得る」と聞かされている。クレアはフィールド能力を持っていた時でさえあの黒ロボットに敵わなかった。あの姿を思い浮かべるだけで、今でも足がすくむ。

 クレアにとってカナは、怪我をした自分を【ポメラニアン】に受け入れ、治療してくれた恩人である。なんとしても【ダークパペット】と接触させたくはなかった。だが、実際にあれと交戦していないカナには、その恐ろしさがわからないのかも知れない。

「一人で行動してはだめっ」

 追ってくるジャックの姿に励まされつつ、クレアはカナを追いかける足に力を込めた。

 グレートザップ警備会社のエアカーの影に男が倒れている。警備員だ。開いたままの彼の目を、カナはそっと閉じてやった。

「死んでるわ」

 警備員の脇に吊られたホルダーが振動した。そこにケータイが収められている。追いついたクレアが息を整え、呆れたように声をかけた。

「まさか……カナさん、それが聞こえたの」

 サイレントモード。しかもカナが耳を澄ませていた場所から五十メートルは離れている。彼女の耳は五十メートル離れた場所から振動音のみを聞き取ったというのか。

「うん。なんか、これがあたしの特殊能力みたいね」

「でも……、そんなに聞こえる耳なら、間近でデジルさんのあんな大声を聞かされて何ともないの」

 遅れて追いついたジャックが話に割り込んだ。

「だから、それが特殊能力なんだろ? 聞きたい音だけを聞くことができる」

 クレアがジャックの方を振り向いている間に、カナは大胆にもケータイの通話ボタンを押してしまった。ハンズフリーのスピーカーモードになっていたようで、ジャックとクレアにも相手の声が聞こえてきた。

『どうした、応答しろ』

「ネオジップ消防局西部第二分署所属のレスキューです。残念ですが、ケータイの持ち主の男性は亡くなりました」

『……そうか。我々は廃工場の中にいる。レスキューなら突入は待ってくれ。消防のお陰で火に包まれる心配はなさそうだ』

「火災を甘く見ては危険です。有害ガスも充満しますし、一刻も早く――」

『穴ならあちこちに開いてる。十分、いや五分でいい。今壁にでかい穴を開けたら火事より危険な奴が飛び出していくかも知れないぞ』

 そう言って相手は一方的に通話を切ってしまった。

「今の声、ヘルマン曹長だ」

「マーチンさんからは中尉に昇進したって聞いたわよ」

 ジャックとカナの会話を聞きながら、クレアが青褪めた顔で呟いた。

「“危険な奴”って……! まさか【ダークパペット】と!?」

 カナはケータイを男のホルダーに戻すと立ち上がる。

「戦っているような緊迫した様子ではなかったわね。とにかく、今の話をデジルに伝えましょう」


     *     *     *


「こちら第二分署消火班! 火の勢いは派手だが隣接する建物への延焼はない。五分以内に鎮火する。生存者? 確認中だ。消防はいいからレスキューを寄越せ。なに? 応援の到着まで十分だと……、いや、わかった。ゆっくりでいいぜ、今んとこ手なら足りてる」

 無線を切ったデジルが苦笑した。

「本職の連中、腰が引けてやがる。火事の原因がテロかもしれねえってんで、到着までいつもの倍の時間をかけるとはな」

 勢いよく立ち上っていた炎が、煙となっている。今はゲイリーのホースだけが消火剤を放出しているが、ほぼ鎮火したと言ってよい状況である。

「ペイジ中佐のやつ、わざと人が踏み込みにくいような状況を作った上でフィールド能力者を味方に引き込むつもりなんだわ! ここは飛び込んでいって阻止したほうが……」

 提案するカナを、デジルが抑えた。

「こっちのフィールド能力者はカナ一人だ。もし本当にあの中にペイジがいるのなら、まるで勝ち目はねえ。突入はまだダメだ」

 カナは目を見開くと勢い良く廃工場に身体を向けた。

 次の瞬間、両手で耳を押さえてうずくまってしまう。

「どうした、カナ」

 カナは耳から手を離して立ち上がると、決然とした表情で告げる。

「助けを求めてる。あたし、行くわよ」

「なんだと。お、おい、待てよ。待てったら! ゲイリー! カナを止めろ」

 放水中のゲイリーに、デジルの声は届かなかった。正確には、デジルが叫んでいるのはわかっても、その内容まではわからなかったのだ。

 顔全体を覆うヘルメットをかぶって走り去るカナをジャックとクレアが追いかける。

「あなたたち、来るなら耳栓を用意しなさい」

「! 中にハンナがいるのね。カナさんこそ、突入は考え直して。“ハウリング”のハンナはカナさんにとって一番相性の悪い相手よっ」

「“ハウリング”ね。たしかに、普通の人間には出せそうもない声を出している。……助けを求めているのは、その彼女なのよ」

「カナさん、クレア! 道をあけて」

 ジャックはレスキュー車に装備された穴開け用ドリルを操作した。

 甲高い音が響き渡る。

 古い廃工場とは言え頑丈に建てられていたようで、ドリルを押し当てた壁から粉塵が飛び散るものの、先端数センチ刺さった段階から先の侵入を許そうとしない。

「なんて頑丈な……」

 アクセルを踏み続けること約二分、ようやく穴が開き、ドリルが根元まで埋まった。

 ジャックがレスキュー車をいったんバックさせると――

 爆発音が轟く。

 カナとクレアが両手で目をかばう。

 鮮烈なオレンジ色の炎が壁の穴から噴き出したのだ。

「うわああ!」

「ジャック!」

 ジャックとクレアの悲鳴が混じり合い、カナは顔色を失って立ち尽くした。

 レスキュー車の運転席から人間の形をした炎の塊が転げ落ちた。

 その様子を呆然と見つめていたカナは、真横にいたクレアが弾かれたように炎の塊に駆け寄っていくのに気付いてようやく我に返った。カナはあわててクレアの後を追いかけようとしたが、その足が止まる。

「クレア! キムの手口を忘れたかっ。奴ら、俺たちが中央情報局の手先だってこと、多分気付いていやがる。カナさんを守れ」

 ジャックの声だ。カナはレスキュー車の運転席に視線を走らせた。オレンジ色の防護服がところどころ焦げているが、運転席にいるのは間違いなくジャックだ。

「きゃあっ」

 ほっとしていたカナの視界が青一色に変わる。

 ヘルメット越しではあるが後頭部に衝撃を感じ、カナは自分が仰向けに倒れていることを知った。

 腹の上にクレアが乗っている。どうやらカナは、クレアのタックルを喰らったようだ。

 クレアの背に手を回したカナは——

「えっ」

 ぬるっとした感触に声を漏らした。手袋越しとはいえ、手が滑ったことがはっきりとわかる。何が原因で手が滑ったのか。カナの目は、開いているが何も見ていない。思考停止に陥っていた。

「クレア!」

 カナより先に、ジャックが大声を張り上げた。運転席から飛び降りてくる。

 クレアもろとも地面に倒れたまま、カナはおそるおそる自分の手を確かめた。

「な……によ、これ……」

 真っ赤に染まった手袋。カナの頭が真っ白になる。

「カナさん、ありがとう」

「えっ」

「こんなことで……恩返しに……なる……かしら」

 カナが視線を合わせると、穏やかに微笑むクレアの顔が目の前にあった。ようやく認識した、絶望的な現実。

「しゃべらないで、クレア! すぐ、すぐにスレッジが来るからっ」

 我に返り、必死にクレアを励ます。しかし、彼女は目を閉じ、カナの上で既にぐったりとしている。なおも呼びかけるカナの視界の隅で、オレンジ色の炎が一際明るく輝いた。

 人間の形をした炎の塊が弾けたのだ。弾けた塊は無数の炎の矢に分裂し、空高く飛び上がっていく。

「はっ。キャリングケースが」

 カナは自分の背に担いでいたクワッシュスーツのキャリングケースがなくなっていることに気付いた。クレアにタックルされた際、背から外れて転がっていったのだ。

 見つけた。カナの頭の方向、距離は五メートル。手を伸ばしても届かない。

「っ……!」

 上空の炎の矢がカナたちを目掛けて降り注いでくる。

 距離は十五メートル、十メートル――速い。もう間に合わない!

 カナはクレアの肩のあたりを抱き、きつく目を閉じた。


「…………?」

 何も起こらない。カナは目を開けた。

 虹色の光が彼女たちを包んでいる。

 彼女たちのすぐ横にジャックがしゃがんでいた。ジャックはカナのキャリングケースを抱えていた。ケースのレバーは既に引かれた後だ。

「一か八かだったんだけどな。どうやら俺たちフィールド能力者のもと“被験体”も、【クワッシュ・スーツ】を着られるようだ」

 ジャックはつぶやきながら、クレアの身体を静かに持ち上げ、カナの横に俯せに寝かせた。

「カナさん、クレアのこと、頼みます」

 大きく裂けた防護服。クレアの背は鮮やかと表現したくなるほどの深紅に染まっている。これではたとえスレッジを待ったところで――。カナの視界が涙で曇った。

「待ちなさい、ジャック。あなたがクレアのことを励まさないでどうするのよ」

「残念ながら相手がほっといてくれません。キムの奴が出てきました」

 カナはぎょっとして廃工場へ視線を走らせた。いつの間にか、顎に縫合痕をもつ長身の青年が立っていた。

「彼がキム……」

 発火能力者。おそらく、フィールド能力を持つ“被験体”の中で最強クラスの少年。カナは以前の生活の中で数多の“スジ者”たちを観察してきたが、キムが身に纏う雰囲気はまさしく“スジ者”のそれだと感じた。

 キムが口を開く。

「誰かと思えばジャックとクレアじゃねえか。生きてるとは驚きだが」

 口許に余裕の笑みをたたえつつジャックに鋭い視線を突き刺したキムは、親指で背中越しに廃工場を指し示した。

「中でオヤジが言ってたぜ。外にいるのは消防局じゃなくて中央情報局のイヌだとな」

 キムは普段、ヘルマン中尉のことをオヤジとは呼ばない。では、オヤジというのは——

「そこまで知っているってことは、やっぱりペイジ中佐か。キム、俺たちは戦争の道具にならずに済むんだぞ。中央情報局は、俺たち“被験体”が牙を剥くべき相手じゃない」

「は! よく言うぜ、裏切り者が。ナノマシンを取り出してもらったそうじゃねえか、ジャック。こっちはてめえらの仇討ちをするつもりだったってのによ」

 この言葉に、ジャックは肩をぴくりと上下させた。だが、両拳を強く握って反論する。

「裏切りなものか! 不当な支配からの脱出だ。中央情報局に従え、キム。そうしたら全員、ナノマシンを除去してもらえるんだぞ」

「黙れ。所詮もと宿無しどもと俺達孤児院出身者とでは違うんだよ。せいぜい尻尾を振って中央情報局でもどこでも飼ってもらうがいいさ」

「そんなことでいがみあっている場合じゃないんだが、言ってもわからないのなら捕まえるまでだ」

「笑わせるぜ。フィールド能力を捨てた軟弱者が何を言ってやがる。甘いんだよ!」

 説得は失敗だ。キムの言葉を最後まで聞かず、彼目掛けて突進するジャック。キムは余裕の表情のまま、掌をジャックに向けた。

 キムの掌から目映い閃光が迸る。

 三本もの炎の矢がジャックの身体に吸い込まれるかのように迫る。

 叫びかけたカナは目を疑った。炎の矢は何の抵抗もなくジャックの身体を突き抜けて地面に激突した。その後、ジャックの身体が煙のように掻き消えたのである。

「うおっ」

 キムは地面に転がり、すぐに立ち上がって口許の血を拭うと驚いた顔で背後を振り向いた。

「ジャック、てめえ!」

 分身能力。拳を固めたキムの表情から余裕が消え、包み隠さぬ凶暴さが露わになった。

「上等だ。たとえフィールド能力があったところで、てめえごときこの俺の敵じゃねえぜ」

 キムの身体から四方八方に向け、炎の礫が飛び散る。

「きゃああ!」

「しまった! クレア、カナさん」

 ジャックは手を広げ、カナたちとキムの間に割り込むように立ちはだかった。

 口角を吊り上げ、「遅いぜ」と笑うキム。しかし——

「ぐわああ」

 悲鳴は、キムの口から飛び出た。

「……!」

 振り向いたカナは口元を綻ばせた後、睨みつける表情を作って開いた口から文句を零す。

「遅いよ、スレッジ!」

 忽然と現れた三人の男女がゲイリーのホースを抱え、消火剤をキムにぶっかけたのだ。

「悪い。待たせたな、カナ。……こら、そこのガキ。ガキが火遊びしてんじゃねえよ」

 スレッジの視線の先、立ち上がったキムが頭を振っている。服は消火剤にまみれているが、顔は汚れていない。驚異的な反射神経を発揮し、顔だけはフィールド能力の障壁を発生させて守ったようだ。

 次の瞬間、廃工場の壁が破裂した。

 立ち籠める粉塵を割り、出てきた人物が呟く。

「不意をつかれたな」

「中尉。申し訳ありません」

「いいさ。こちらはフィールド能力者三名に、【ダークパペット】一体。頭数は互角だ」

 ヘルマン中尉の後ろからキムと同じくらいの年格好の少女が出てきた。一緒に出てきた【ダークパペット】は、まるで従者のように彼女の横に付き従っている。彼女は両手を腰に当て、薄笑いを浮かべて周囲を睥睨する。

「ふん。欲しい物は手に入れた。最早こいつらごとき問題ではないが、少し遊んでやっても構わないぞ。キムの気持ち次第だ」

 それはつい先ほど、カナが聞き取った声の持ち主だ。しかし、今は助けを求めるどころか敵のリーダーであるかのように振る舞っている。カナには信じられなかった。

「あれが……ハンナ」

「よし、傷口は塞がったぞ」

 カナがびくりとして振り向くと、すぐ横にミリィとユキに支えられたスレッジがいた。

「まずいよ、クレアの状態。顔面蒼白、身体が冷たいし汗も凄い。すぐに輸血しないと……。レスキューの応援、何分かかるの?」

 ミリィの質問に、カナが答えた。

「五分以内だと思う」

「よしミリィ。カナと一緒にクレアのこと守ってろ」

 スレッジの言葉を聞いて不満そうに彼を見上げたミリィに、ユキが声をかける。

「スレッジのサポートは責任を持ってやり遂げる。必ず無事にミリィのもとに帰す。だから、今回だけは私に任せてくれ」

「一緒に……」

 そう言って、ミリィはユキの腕を掴む。

「え?」

「一緒に帰って来なきゃダメだぞ、ユキさんも」

 真剣に見つめるミリィを、大きく目を開いて見つめ返す。やがて笑顔を見せて首を縦に振ると、ユキはスレッジを支えてヘルマン中尉たちに向き直った。

「すっかり騙されたよ、コーエン少尉――いや、中央情報局の中尉殿か。それにスレッジ。

 我々には新しいボスができた。彼が何者なのか見極められず、研究所の屋上では敵対してしまったが、キムのお陰で確認できた。最早我々は、コントローラに縛られる事なく自らの意志で行動できるのだ」

「おいこら。俺にはてめえが新しいボスに別の縛られ方をしているようにしか見えないぜ」

 スレッジの言葉に対し、ヘルマン中尉は首を横に振った。

「何を言っているのか理解できないね。ボスの考えはとても素晴らしいのに、君たちは何故邪魔するのだ? ボスは君たちのことなど問題ないと言うが、悪い芽は摘み取っておくに限る。手加減なしで行くぞ、覚悟したまえ」

 ヘルマン中尉が話し終えると、ハンナが口を開いた。

「ふん。相手のフィールド能力者が三人だと言うのなら、こちらも数を減らそう。私は先に自在空に戻っている。五分やる。五分経ったら、決着がついていなくてもお前たちも戻ってこい」

「待て、ペイジ――」

 叫ぶスレッジ。しかし、ハンナの姿はあっという間に掻き消えてしまった。

 カナは驚いて聞き返す。

「ペイジ中佐? ハンナに取り憑いたっていうの?」

「あの目付き、話し方。絶対に間違いない。ハンナの人格は眠らされただけなのか崩壊したのかまではわからないが」

「崩壊? 消滅したのさ。この私の爆砕能力には、そういう使い方もある」

 スレッジたちの会話を聞きつけ、ヘルマン中尉は嘲るように声をかけてきた。

 その瞬間、スレッジの両眼に鋭い光が宿る。

「ヘルマン、てめえ」

 ユキと肩を組んだまま空中を移動したスレッジの左足が、ヘルマン中尉のこめかみに吸い込まれるように伸びていく。

「うわっ」

 かろうじて右腕でガードしたヘルマン中尉は、身体ごと吹っ飛ばされた。

 空中のスレッジたちに掌を向け、炎を発射しようとしていたキムも地面に転ばされた。ジャックがタックルしたのだ。

 スレッジたちは突然着地した。右脚に衝撃を受けたスレッジが声にならない苦痛にもがく。

 ユキは光線銃を抜き、【ダークパペット】に向けて数発撃つ。だが、いずれも命中する前に放射状に拡散してしまう。

「まずい、スレッジ。あいつ、中和能力を持っている」

「いまペイジの手元にある【ダークパペット】は、ほとんど全て中和能力を持っていると思っておいたほうが良さそうだぜ」

 寝ころんだ姿勢のヘルマン中尉が、スレッジたちに掌を向けた。

 虚空に爆煙の花が咲き、スレッジたちを包む半球状の虹色の壁が露わになる。

 ヘルマン中尉の顔に焦りが浮かぶ。

「なに? 中和されていないのか」


 地面に伏せたままの姿勢で彼らの戦いを見つめていたカナも、ヘルマン中尉と似たような表情で驚いていた。

 その時、大きめの息遣いに気付いた彼女は、視線を隣のミリィに移した。呼吸が浅く、汗をかいている。

「ミリィがスレッジたちを守っているのね」

 中和能力によって中和されているのは、フィールド能力によって発現した効果そのものではなく、能力者が持つフィールドへの干渉・変化能力の方なのだ。そして、【ダークパペット】が一度に中和できる能力者について、数や距離の面で制限があるとしたら。

 直感でも何でもない、ただ、そうであればいい。そう思い、ミリィは神頼みでフィールド能力を使ってみたのである。

 カナはミリィの手を握った。驚いてカナを見つめたミリィは、すぐに笑顔になる。

「あ、少し楽になった」

「ひとりでがんばらないで。同調しましょう」

 カナが咄嗟にとった行動は、ミリィの【クワッシュ・スーツ】をふたりで共有することにつながったのだが、ミリィの負担が減ったことは間違いなさそうだ。

「そのかわり、きっとスーツの持続時間は半減するでしょうね。でも、五分くらいなら問題ないわね」

 カナたちが再びスレッジたちの方を見ると、彼等は【ダークパペット】に肉迫し、スレッジが腕を振り上げているところだった。


「おりゃあああ」

 スレッジの拳が白銀に輝き、【ダークパペット】を殴りつける。

 ロボットの顔に届く直前で、拳を中心に虹色の同心円が出現する。

 白銀の拳は同心円を貫通し、ロボットの顔面を捉えた。

 ロボットの首がもげて、火花を散らす。

「おのれ」

 ヘルマン中尉の掌が断続的に光る。その都度スレッジたちの付近に爆煙の花が咲くが、いずれも虹色の壁に阻まれてスレッジたちに被害が及ぶことはない。


 ひとまず安心し、ジャックの方に視線を移したカナは絶叫した。

「ジャック!」

 腹に炎の矢を突き立てられたジャックが地面に横たわっている。凶暴な表情とともにそれを見下ろすキムは、肩で息をしていた。その手には新たな炎の矢が握られている。

「手こずらせやがって。くたばれ」

 炎の矢が振り下ろされる。

 カナはミリィに注意を促し、ジャックのために障壁を張ろうとした。しかし、間に合わない。

 二本目の矢が、ジャックの腹に突き立てられてしまった。

 ジャックの姿が一瞬透明になり、再び現れる。

「なに!? ――うお……っ」

 突然放たれた光弾がキムの腹に吸い込まれた。

 俯せの姿勢のまま、クレアが光線銃を撃ったのである。

 キムは真後ろに倒れ込む。

 しかし、ジャックは——

「カナさん……、ジャックは……無事?」

「え、ええ。無事よ」

 ジャックの窮地に、クレアはフィールド能力を発揮したのだ。ナノマシンは除去した後である上キャリングケースの助けも借りることのない能力発動。現状、スレッジだけが持つスキルを、クレアも発揮してみせたのだ。しかしそのせいで、衰弱していた彼女は生命力を使い果たしてしまったようだ。生涯でただ一度、最後の瞬間に訪れたスキル発動。

「あなたが彼を救ったのよ」

 微笑むクレアが目を閉じた。その目が再び開かれることはなかった。

「ごめん。本当のことは言えないよ」

 二本目の矢を突き立てられたジャックは、二度と立ち上がる事はなかった。勢いを増す炎に身体を包まれ、あっという間に焼き尽されてしまったのだ。

 クレアの頬に雫が落ちた。


「くそ、甘く見た。時間切れだ」

 肩で息をするヘルマン中尉の姿が薄れていく。

「待ちやがれ」

 スレッジの叫びもむなしく、ヘルマン中尉の姿は掻き消えてしまった。

 同時に、キムの身体も消え去ってしまう。

 入れ替わりに、応援の消防とレスキューのサイレンが近付いてきた。


     *     *     *


 廃工場にマークが駆けつけた時は、全てが終わった後だった。

 マークは無言でスレッジと協力し、廃工場の中に残されていた五人の“被験体”たちからナノマシンを取り出した。

 なお、トム・ベイリー大尉はグレートザップ警備会社の身分証と共に、損傷の激しい焼死体の姿で発見された。

 デジルチームの中で、短い時間の中で最もジャックとクレアの二人と仲良くなっていたカナの涙は、慟哭の激しさを経て脱力したような啜り泣きに変わった。

 作戦終了。

 中央情報局のスタッフにピックアップされるまで、カナはミリィと抱き合い肩を震わせ続けた。

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