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蠢動

 正午のネオジップ西部に消防車のサイレンが響き渡る。

 火の手が上がった廃工場の上空にはレスキューや報道関係の反重力システム非搭載ヘリが飛び回り、爆音を轟かせている。

 その様子を、廃工場から少し離れた路上で見守る者たちがいた。ずらりと並んだ警察車輌が道路封鎖を行っている。

 その中の一台からふたりの男が路上に降り、車の屋根に肘をのせて会話を始めた。

「ねえ主任。このヤマ、どう見てもテロじゃないですかあ。俺たち殺人課ですよ。対テロ特殊部隊でもないし、交通課でもない。なのになーんでこんな任務を」

 気のぬけた声で話しかけた男は、ぼさぼさ髪の私服刑事。

「そりゃ、私だって納得いかないさ。しかし警察は慢性的に人手が足りないからな」

 同じように気のぬけた声で応じた男は、鎖骨まで届くストレートヘアの私服刑事。

「入れていいのは消防隊とレスキューのみ。出て行く連中はノーチェックでいい。それが今日の俺たちのお仕事だ」

 主任刑事はまるでやる気がなさそうに言うと、先に展開していた警官隊に対して適当に手を振って指示を与え始めた。


 彼らが封鎖している場所に、先ほどから聞こえていた消防車のサイレンがいよいよ近付いて来た。

「どいたどいたあ! 消防隊とレスキューが通るぜえっ!」

 消防車と救命救急車輌だ。先行する消防車の運転席から、サイレンに負けない大音声が響き渡る。

「車外スピーカーなしかい。なんつー大声」

 あきれるぼさぼさ髪の刑事を後目に、展開する警官隊のど真ん中を猛スピードで走り抜けていく。最寄りの消防署から到着した最初の消防チームなのだろう。

 大量の装備を積み、どうしても車体重量が重くなってしまう消防車や救命救急車輌を空中移動させるには大きな反重力ユニットが必要だ。したがって今でも消防と救急の主役は陸上車輌および従来型のヘリコプターなのである。

「ご苦労様です。お気をつけて」

 見送る刑事たちには知る由もなかった。たった今大声を張り上げた運転手が、昨日の報道によると二か月の重症を負ったことになっているはずの賞金稼ぎ、デジル・ヒルズであることを。


     *     *     *


 優れた防音性とザップ国内最高水準の耐震構造を誇るグレートザップ超心理学研究所ではあるが、地下六階での爆発は建物全体を揺り動かした。しかし、ただ一度きりの揺れが収まった後は余震もなく、所外に飛び出す所員は一人もいない。

 大した揺れではなかったのに不運にも怪我人が出たのか、救急車のサイレンが近付いてきた。


「ジョンソンくん、返事をしなさい」

 所長室で内線電話の受話器を握るバレリーの声が上擦っている。彼女は受話器を置き、別の番号をプッシュした。

「ポール? 全警備員IDに地下六階入室許可を与えるわ。大至急地下六階の状況を確認し、報告しなさい」

 確かに相手は受話器をとったはず。しかし応答がない。

「どうしたの、ポール。聞こえてる? 返事は——」

『バレリー・ペイジ博士ですな。アポなしで済みませんが、今から所長室に伺います』

 バレリーは絶句し、無言のまま受話器を置いた。

 やがてノックの音が聞こえたかと思うと、許可を求めることなく男が入室してきた。五分刈りにした黒髪、強い意志の光を宿す黒目、二十代後半の若さにしてとても貫禄のある青年だ。

「何の用かしら。アポなしのお客様はお断りよ。とくに今日は――」

「とくに今日は、クローンの覚醒実験の日だから、ですな」

 青年が発言をかぶせてきた。その内容にパニックを起こしたバレリーは「だ、誰か!」と声を裏返す。

 彼女は所内放送のスイッチを入れると、

「警備員、警備員! 何してるの、侵入者よ! 早く所長室に来なさい!」

 と大声を張り上げた。マイクにかじりつきそうなほど口を寄せており、直近のスピーカーから聞こえる声が音割れを起こしている。それにも構わず、くり返し叫ぼうと息を吸い込む。

「警備室は制圧済みです。あきらめなさい」

 青年は落ち着き払った態度で、穏やかとさえ言える声をかけてきた。ただそれだけで、バレリーの動作を凍結させるには十分だった。

 彼は懐から取り出した書類を開くと正面にかざして見せる。

「中央情報局のマーチン・デービス大尉であります。バレリー・ペイジ博士、あなたの研究は国家反逆罪にあたります。我々とご同行願います」

 再びノックの音。やはり許可を得ることなく扉が開き、今度は三人の男女が入室してきた。

 中央の男は脚を怪我しており、彼の両脇を女性が支えていた。左側がミリィ、右側がユキである。バレリーの視線は中央の男に固定された。

「これはどういうことかしら、ルーデルくん」

「俺の事をバロウだと思っているなら人違いだ。彼ならあんたの旦那に誘拐されたよ。

 ……俺はスレッジ。しがない賞金稼ぎさ」

「そして、この三人は我が中央情報局が誇る遊撃調査班のスタッフを兼任しております」

 マーチンがスレッジの言葉に続けて補足説明をする。

「コーエン中尉を……、彼女を地下でない部屋で休ませてくださったことに感謝します。お陰で楽に連絡が取れました」

 バレリーは自虐的な笑みを浮かべると、いくつかのボタンを備えた掌サイズの機械をポケットから取り出した。

「中尉……中央情報局の中尉。やはりユキさんはただ者ではなかったのね。ところで、ヘルマン中尉の報告をまともに信じてなかったけど、旦那バートが生きていたというのは本当なのね。まったく、どこまでもこの私と気の合わない男だわ」

「それは」

 片眉を上げたマーチンの反応を見て満足げにうなずいたバレリーは、両目に妖しい光を宿して低い声で告げた。

「あなたたちのことだからわかっていると思うけれど、これは“被験体”のコントローラよ」

 彼女がボタンを押せば、“被験体”全員——ユキも含めて——の命はない。

 続けてそう説明を続けるバレリーの声は、勝ち誇っているとも自暴自棄になっているともとれる病的な響きを帯びはじめた。

「令状を見せていただいたことだし、このまま逃がしてもらおうなんて思ってないわよ。どうぞ私を連行しなさいな。ただ、私の研究は誰にも引き継がせないわ」

 バレリーはコントローラのボタンを押した。

「…………」

 全く様子の変わらないユキを見て、バレリーは両目を限界まで見開く。

 ユキは無言のままブレザーのポケットから透明のケースを取り出し、バレリーによく見えるよう正面にかざす。発言はスレッジが担当した。

「残念だったな、バレリー所長」

 肉眼で何が見えるわけでもない、何の変哲もないケースであるが、バレリーにはそれが意味するところがはっきりと判った。

「俺たちの仲間のマークと“被験体”のアルバートには念動力があってな。取引場所に出かけてる連中以外、全員分のナノマシンを回収済みだ」

 バレリーは腕をだらんと下ろすと、床にコントローラを取り落とした。

「それに、ユキの場合はちょっと特殊でね。割と早い段階でコントローラの支配から解放されていたんだぜ」

「まさか。一体どうやって」

「その辺の詳細は取り調べの時にでも教えてもらいなよ」

 手錠をかけようとするマーチンに無抵抗に従いながら、バレリーは呟くように言った。

「バートが何をするつもりか知らないけど、あの人ならヘルマン中尉たち“被験体”を全員連れて行くと思うわ。どこか、私たちでは手の出せないような場所へ」

「想定内です」

 マーチンが即答した。

 同じタイミングで、彼のケータイが着信を告げる。

「私だ。――なに?」

 ケータイを切ったマーチンは、視線で説明を求めるスレッジに向き直ると告げた。

「やはりペイジは取引相手を操ったようだ。しかし、いきなり取引場所に自爆テロをしかけたらしい。予定より早いが、ヒルズさんたちが現場に急行している」

「まずい。【ダークパペット】が出てきたらデジルたちの手に余る。ミリィ、ユキ、いくぞ」

 白銀の光が三人を包む。すぐ次の瞬間、彼らの姿が掻き消えてしまった。


 唖然とするバレリーを促して廊下に出ると、マーチンのもとにマークが駆け寄って来た。

 フィールド能力使用の形跡を感知したらしく、真っ先にミリィの安否を尋ねてくる。

「ぼくだけ置いてけぼりですか。なんて薄情な」

 マーチンの答えを聞くなりそう言ったマークではあるが、口調とは裏腹にその口元は安堵に緩んでいる。そんな彼に、マーチンは腕章を手渡した。

「これをつけろ。中央情報局のエアバイクの使用許可を取り付けてある。使ってくれ」

 二人の遣り取りを聞いていたバレリーが意外そうに言った。

「マークってあなたのことだったの」

「幼い頃からさんざん実験台にされてきた。博士のことは恨んでも恨みきれない。でも今は少しだけ感謝もしてる。この力が目覚めたお陰でスレッジの手助けができるから」

 目を合わそうともせずに告げるマークの言葉を聞いて、バレリーの口元が微かに綻んだ。

「すっかり忘れていたわ。人が成長するという当たり前のことを」

 完全に無視して走り去ろうとするマークに対し、「待て」と呼び止めたのはマーチンだった。訝る少年の視線を、身体の位置をずらすことでバレリーへと誘導する。

「これは私の勘だが、彼女は何かを言おうとしている。重要な事かどうかはわからんが、聞いておいた方がいいように思う」

 すぐに背を向けて腕章をつけはじめたマークではあるが、足は止めている。

「ユキさんに伝えておいて。今後の生活で、頭痛には気をつけて。少しでも酷い頭痛を感じるようなら、バロウくんか彼に匹敵する思念力学の研究者に相談すること。そして……。いえ、あとは私が言うことじゃないわね。以上よ」

 マークが息を漏らす音をたてた。溜息を吐いたようだ。

「僕はろくに常識を学んでこなかったので鈍いんだ。そんな曖昧な内容じゃ、ろくに伝言できない」

「そうね、じゃあ言っておくわ。

 検証は不十分なままだけれど、第二世代は特別な存在――、人類の進化の芽生えだと考えているの。でもユキさんは第二世代じゃない。私の手許にある彼女の履歴書に嘘がなければの話だけれど。

 そんなユキさんに、私はナノマシンを埋め込んだ。だから」

 マークが言葉をかぶせてきた。低く、唸るような声で。

「だから、ユキさんが第二世代でない場合、彼女の身体に何か悪影響があるとでも言うのか」

「ご明察よ。クローンの成長加速試験の際に、ナノマシンを埋め込むことでフィールド能力が発現する個体とそうでない個体があり、両者の間には寿命に著しい違いが出ることがわかっているの。通常の時間に換算するなら、フィールド能力が発現しない個体の場合、残りの寿命はナノマシン手術を施した後――」

 背を向けていたマークが彼女へと振り向く。俯き加減の彼の目を赤い癖毛が覆い、表情が影に隠れてよく見えない。

 マークの耳にバレリーの言葉が確かに届いた。顎を振り上げた拍子に赤毛が跳ね上がり、眦を限界まで吊り上げてまっすぐに睨み付ける。

 彼女はこう言ったのだ。「約一年間」と。

 床を蹴る音が通路に反響した。

 踏み込んだマークがバレリーめがけて拳を突き出した。

「――――?」

 唐突に浮遊感を感じ――次の瞬間、マークの視界が大きく回転する。

 何が起きたのかわからない。気付いた時には、彼は床に寝転んで天井を見上げていた。

「――――――っ!!」

 痛みは後から襲ってきた。声もろくに出ない。

「気持ちはわかるが落ち着け、マーク。今はその怒りをペイジ博士に向けている時ではない。回復したらすぐにマークスさんたちの応援に行くんだ、いいな」

 マーチンに説得され、ようやく彼に投げ飛ばされたことを知る。

 当のマーチンは、バレリーの方に身体を向けて質問を繰り出した。

「さて、ペイジ博士。たった今仰った、寿命に差が出る件ですが。フィールド能力の発現しなかった“被験体”たちは全員一年以内に死んでしまうということでしょうか」

「その確率は極めて高いわ」

 バレリーはあっさりと言い放った。

「つまり今回、あなたが“商品”として送り出した少年少女たちの寿命は――」

「彼らへのナノマシン手術は三か月から半年前よ。一年ももたないでしょうね」

 これを聞いてもマーチンの表情はほとんど変わらない。

 ただし注意深く観察すれば、頬から顎へと汗が伝い、額に血管が浮いていることがわかるだろう。

 相手側の組織としてはそんな短期間に、それも戦闘行為とは無関係に死んでしまう兵器は欠陥商品と判断することだろう。危ない組織を相手にしての商売としてはあまりにも杜撰だ。

「そう言えば、ユキさんのナノマシンは除去済みって話だったわね。寿命の件は杞憂かも知れない。もちろん、断言はできないけれど」

 マークは上半身を起こした。握った拳を震わせると、床を殴りつける。

 短く毒づくと、誰とも視線を合わすことなく走り去って行った。


 その後、研究所内の全ての関係者が退去させられると、中央情報局によって敷地ごと封鎖されてしまった。

 瓦礫だらけの部屋と化した地下六階から、運び出せるクローンの死体はあらかた運び出された。昼過ぎとは言え光の届かない地下六階は、暗闇と静寂が支配している。

 壊れたエレベータの扉をこじ開け、ロッククライミングの装備を身につけた中央情報局のエージェントが、回収した死体を抱えてエレベータホール内を上っていった。

 完全に無人と化した地下六階を、束の間静寂が支配する。

 やがて地下六階の暗がりの中、闇より濃密な黒い気配が蠢き始める。

 気配の正体は、人の形をした人ならざるもの。

 小さいが、強く輝く二つの光点。

 暗がりを照らしながら、さらに濃い闇を周囲に振りまく赤い光。

 人型の闇が、両眼にあたる位置に備えた無機質なカメラアイを光らせたのだった。


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