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炎上

 ネオ・ジップ西部の外れにある廃工場。好んで近付く者のいないこの場所を、ヘルマン中尉たちは今回も取引場所として指定したのだ。

 ヘルマン中尉はキムとハンナを伴い、抜け殻のように立ち尽くすベイリー大尉と共に工場の中で待機している。

 今回の取引における商品にあたる“被験体”の少年少女ら五人は、軍隊式の“休め”の姿勢で直立している。彼らが一切拘束されていないのは、その必要がないからだ。脳にナノマシンが埋め込まれている限り逃げようがないのである。

 工場の外ではグレートザップ警備会社所属の警備員たちが見張りに立っている。

 商品である“被験体”以外の全員がヘッドセットを装着しており、ヘルマン中尉が口許のマイクを使って話し出した。

「そちらからご指定の刻限を過ぎております。恐れ入りますが、あとどの程度でお越し頂けますか」

 どうやらヘルマン中尉は取引相手に呼び掛けているようだ。通信相手からはすぐに返事があり、その場の全員のヘッドフォンに相手からの声が届く。

『申し訳ない。予定していた経路上で事故があり、迂回した。もう目と鼻の先だ。五分だけ待ってくれ』

「了解しました」

 ヘルマン中尉はマイクをオフにすると、床に置いた端末を操作した。

「ふん。今どき反重力システム非実装の車輌を使うなんて時代遅れなことしてるからよ」

「ハンナ、作戦中だ。私語を慎め」

 ハンナの呟きをすかさずキムが窘める。その様子を見たヘルマン中尉は穏やかに言った。

「反重力システムが実用化されてから、まだ日が浅い。稀に反重力酔いをする人がいる」

 言いながらも手を動かし続けたヘルマン中尉は、端末の通信ソフトで別働隊を呼び出した。

「聞いたか、A班。こちら作戦本部。“お客様”への尾行の有無をチェックしろ」

『A班、了解』

「B班へ告ぐ。作戦本部だ。周辺の事故について裏付け調査をしろ」

『B班、了解』

 三分後、B班から連絡が入った。

『作戦本部。こちらB班です。予定の経路上で事故がありました。車輌単独、運転者軽傷。原因は運転者の酒酔い、公共物破損の現行犯により逮捕。現在警察による現場検証中』

「ふむ。裏は取れたか」

 さらにその一分後、A班から連絡がきた。

『こちらA班。間もなく“お客様”が到着します。尾行者なし』

 廃工場の扉が開いた。

 ブラストライフルを肩に担いだ警備員たちがこちらに背を向け敬礼している。

 エンジン音と共に、古いデザインの乗用車が二台停止するのが扉の向こうに見えた。


 突然、先頭の一台がエンジン音を轟かせ始める。

 タイヤが鳴り、急発進。

「と、止まれっ!」

 警備員たちが及び腰でブラストライフルを構える。が、遅い。

 その時には既に後方に停車していた二台目も急発進していた。

 慌てて飛び退く警備員。

 タイヤの甲高い悲鳴が工場内に響き渡る。

 一台目が工場内に飛び込んだところで急停止したのだ。

 直後、衝突音が谺する。二台目が追突している。

「伏せろ! 各自、身を守れえぇっ」

 ヘルマン中尉の叫びは、ヘッドセットをしている者でさえ聞き取れたかどうか。

 次の瞬間、工場内の全ての音を上書きするかのように爆音が轟いた。

 火柱が立ち、激烈な爆風が廃工場周辺を吹き抜ける。

 一体どれほどの火薬を積んでいたものか、巨大な爆炎は一瞬にして廃工場の屋根まで到達し、さらに突き抜けた。

 荒れ狂う猛火。廃工場内には可燃物だけでなく廃棄された化学物質が残っていたのだろうか。炎は時間が経つほど激しさを増し、大火災の様相を呈するに至った。


     *     *     *


 人の手を模した無機質な黒い手が受話器を掴んでいる。

「はい、ジョンソンです。いえ、問題ありません。八十六番は覚醒しました。ルーデル研究員によれば、会話訓練は本日中に完了するとのことです」

 黒い手の持ち主が受話器を置く。同じ色の胴体、同じ色の足。その足下には、本来の声の持ち主が横たわっていた。

 デイビッド・ジョンソンの声色で話し終えたのは【ダークパペット】である。内線による通話を終えたそいつは無機質なカメラアイを巡らせた。

 研究所の地下六階は照明のほとんどが機能しておらず、人間の肉眼では真っ暗にしか見えない。しかし、微量な光を感知するカメラアイは室内の様子をくっきりと捉えていた。

 天井や一部の壁面は元のままだ。しかし、それ以外は——


 クローンたちが格納されていたシリンダーというシリンダーが粉々に砕け散り、その破片が床面を覆い尽くしている。

 端末の類いは元の形が判らなくなるほど破壊し尽くされ、電子部品を床にばらまいている。そのうちの何割かは炎で焼かれたらしく黒焦げの状態だ。

 現状、出火や発煙の様子は見られないが、床のそこかしこが雨上がりのように濡れそぼっており、スプリンクラーが作動した様子を窺わせる。

 そして、何よりも特筆すべきことがある。

 人間の欠片が——、千切れ飛んだ腕や脚、内蔵に至るまで、床一面に散乱しているのだ。

 床のあちこちを濡らす、スプリンクラーによるものとは明らかに別種の液体。壁にぶちまけられ、どす黒く染み付いた液体。今や、部屋中に凄まじい血臭が充満していた。


 カメラアイに映る部屋の光景は、まさに壊滅的な惨状である。

 さらにカメラアイを巡らせていくと、ダフネがいた。無傷だ。ただし、彼女はもう一機の【ダークパペット】に背後から抱きすくめられたまま動けずにいる。

 ダフネ以外のクローンたちは覚醒手順を踏むことなくシリンダーを割られ、目を開く機会さえ与えられなかった。今この部屋で唯一動いている【ダークパペット】による破壊活動。その犠牲となってしまったのだ。

 注意深く数えれば、肉片と化したクローンは八十九体であることがわかる。九体のクローンが忽然と消えてしまっていた。

「ふむ。この身体は生身の人間より頑丈だが、少し動きにくいな。フィールド能力の出力も弱い」

 呟いているのはカメラアイを巡らす【ダークパペット】だ。その声はデイビッド・ジョンソンのものからペイジ中佐のそれへと変わっている。

 やがて、カメラアイの“視線”がダフネの顔に固定される。

「やあノーラ。いや、今はまだダフネと呼ぶべきか。必要なのはフィールド能力を持つクローンだけなのでね。それらは先ほど、我が拠点に移送させてもらったよ」

「バート・ペイジ。あなたにはフィールド能力の所有権がありません。直ちにスレッジ(マスター)に返しなさい」

 ダフネは無表情のままで応じる。その口調も抑揚の乏しいものだった。

「所有権ときたか。異星人よそものが言うことかね。しかもその昔、この街を破壊した侵略者が」

 彼は肉体を持っていた頃のペイジ中佐そのものの仕草で両手を広げ、ダフネの真正面、手を伸ばせば届く位置まで移動した。彼女の目の高さにカメラアイを合わせて覗き込むや、悪事を糾弾する検事よろしく声を張り上げ滔々とまくしたてる。

「知っているぞ。この地球にはもう異星人の生き残りなどいないことを。そしてそのかわりに、大震災のあの日に生まれた第一世代こそ、異星人——きさまらの遺伝子を宿した赤ん坊たちだったということを」

「…………」

 ペイジ中佐の声が地下六階に響き渡る。彼は自在空に閉じ込められてからというもの、自在空を操る能力以外にもいくらかの知識を得たのである。それによると——


 地球にやってきた異星人たちの目的は不明だ。なぜなら、到達直前に何らかの理由によって全滅してしまったからだ。アースシェイカー事件は地球側にとっては大惨事なのだが、異星人にとっても事故だったのである。

 しかし、異星人たちは全滅直前に種を蒔いた。大震災の日に生まれた赤ん坊をターゲットに、彼らの遺伝子を植え付けたのだ。これが第一世代。おそらく、成長した彼らに地球を支配させるつもりだったのだろう。

 だが、異星人の遺伝子が直接の原因だったのかどうかは定かでないものの、第一世代の生存率は極めて低く、異星人の特徴がその身に現れることもなかった。

 時は流れ、第二世代たちが生まれる。そして、異星人としての血が薄まったはずの第二世代に、確率こそ低いものの異変が起きた。世代を一つ経ることで地球の環境に適合したのか、いわゆる先祖返りのような現象なのか。いずれにせよ、最近になって異星人としての特徴、すなわちフィールド能力を持つ者たちが現れ始めた。

 ところが、バレリー博士はフィールド能力を持つ子供らのほとんどをかき集めてしまった。これは異星人にとって歓迎しかねる事態であろう。それを見越していたのか、異星人たちは保険をかけていた。

 もし不測の事態が起きた場合、それを矯正する役割を担うプログラム。


「それが貴様だ、ダフネ」

「…………」

 沈黙を守るダフネは、少し首を傾げた。ペイジ中佐に対して「どうぞ」とばかり続きを促しているかのようにもとれる態度である。

「半年前、第二世代の中で異星人の特徴を最も色濃く受け継ぐ者が覚醒した。それがあの賞金稼ぎだったというわけだ。

 貴様は異星人の手によるプログラム。地球の端末ごとき、民間どころか軍のものでさえ手玉に取るのは造作なかったことだろう。我が妻バレリーのクローン研究を嗅ぎ付け、クローンを含む全てのフィールド能力者を一気に集める目的でここの端末に潜伏したのだな。

 何もかもスレッジ——第二世代の頂点に立つ存在に、地球侵略部隊のリーダーを務めさせるためになぁ!」

「あなたは多くの部分を想像で補完しておられますが、よく調べたものですね」

 ダフネの声は相変わらず抑揚の乏しいものだが、ほんのわずか早口になった。表情の変化はないに等しいものの、ごく微かに眦をつり上げている。

「ただし、いくつか誤解があります。

 第一世代に与えたものは遺伝子などではありません。フィールド能力の元となるものです。我が母星の人間は、事故とは言え地球人に迷惑をかけたことに対するせめてもの罪滅ぼしとして、激震のさなかの出産において一人でも多くの赤子を救おうとしたのです。

 しかし確かに、残念ながら当の第一世代にとっては目に見えた効果が得られませんでした。そして、次の世代に遺伝した上で能力として発現する個体が現れだしたのは、あたしにとっても予想外の事態でした」

「さすがは異星人のプログラムだな。上手に嘘をつくものだ」

 ペイジ中佐はダフネの言葉を一蹴した。

「だがこの私が地球人を代表し、この侵略を食い止めてやるぞ。そのためにも、フィールド能力を持つ九体のクローンは渡さん。そしてダフネ。貴様に代わり、ノーラの宿主はこの私が務める。さらに!」

 胸を張り、ダフネの周囲を歩き回りながら勝ち誇ったように口上を述べ続ける。カメラアイの視線は彼女に固定したままだ。

「私の【ダークパペット】達が全て覚醒した。晴れて九十八体が、私の頼もしい軍隊に加えられたのだ」

「やはり、あなたにはマスターとしての資格を認めるわけにはいきません。

 あなたは好戦的すぎるのです。そんな方が最初のマスターとなってしまえば、フィールド能力は戦争の道具として発展する以外の可能性が閉ざされてしまうでしょう。

 この能力はいずれ地球の全人類が身につけることになるでしょう。やがて来る宇宙開発時代には不可欠の能力だからです。仮に第一世代の赤子を放置したとしても、近い将来地球人類は自力でフィールド能力を身につけることでしょう。これはあたし個人の考えですが、先ほど言った罪滅ぼしの中に、この能力を正しく身に付けていただくことまで含めたいと思っています。

 あなたが【ダークパペット】と呼ぶ自律型機械人形だけを引き連れ、今後一切マスターに干渉しないなら良し。敵対すると言うのなら、あたしはマスターと共にあなたを排除します」

 ペイジ中佐の声を持つ【ダークパペット】がダフネの鼻先で立ち止まった。

 彼はわずかな間を置くと大笑いをし始めた。ロボットの身体に横隔膜など備えてはいないはずだが、人間だった時の記憶のせいか腹を抱え、身体を捩じ曲げて一頻り笑い続ける。

「笑わせてくれるじゃないか。プログラムのくせに“個人の考え”だと。【ダークパペット】に抱きつかれただけで動けなくなるほど脆い肉体しか持たぬくせに“排除します”だと。

 なるほど、単純にフィールド能力だけを比べれば、貴様のポテンシャルは素晴らしい。だが、使えなければ意味はない」

「はい、母星のシステムを利用されたとは言え、地球人のあなたがフィールド能力中和システムを開発するとは意外でした。その才能には敬意を表しますし、【ダークパペット】の所有者があなたであることに対し異議を唱えるつもりもありません。

 ですが、マスターのそれを凌駕するフィールド能力についてだけは、絶対にあなたには所有権を認めません」

 ダフネの言葉に、大げさに手を広げる【ダークパペット】。

「さすが言うだけのことはある。貴様のフィールド能力を中和するのに手一杯で、なかなか我が拠点へ移送することができずにいたのだからな。だが、ようやく準備が整った。貴様を連れて行く」


 突如、一条の光弾が地下六階の闇を切り裂いた。

 続けて【ダークパペット】が倒れた。ダフネを拘束していた奴だ。

 エレベーターホールから男たちの叫び声が届く。そちらへカメラアイを向けたペイジ中佐は、ボブとアルバートに両脇を支えられたスレッジの姿を捉えた。両脇の少年たちがポータブルサーチライトを携行している。

 二射、三射。先に倒れた【ダークパペット】が集中的に狙い撃ちされた。

 首がもげ、手足からも火花を散らすと、完全に機能停止してしまった。

 ダフネに向けて手を伸ばしたペイジ中佐は、すぐに引っ込める。

 その手を掠めるようにして光弾が撃ち込まれたのだ。

 スレッジの背後から現れたランディが、ブラストライフルの銃口をペイジ中佐に向けていた。

「いいぞランディ。ブラストライフルなら通じるぜ」

 二梃のライフルから縦横無尽に光弾が発射された。ペイジ中佐に逃げ場はない。


 ——直撃。


 しかし、光弾は放射状に拡散してしまった。

 一方、瓦礫に加えて血溜まりや肉片の散らばる床は、ダフネの行動を阻害する。裸足ではろくに歩くことさえできない。

 悠然と彼女に近付くペイジ中佐を牽制するためランディが走る。が、間に合わない。

 ダフネは再び羽交い締めにされてしまった。

 すかさず彼女の身体を盾にするペイジ中佐。スレッジたちは口惜しげに銃口を下げた。

「ふん、作戦は半分失敗か。ダフネの——、いや、ノーラのフィールドを中和するのに予想以上に時間がかかったからな。しかしヘルマンめ、あなどれん。貴様等“被験体”に地下六階入室許可を与えた上、取引場所に連れて行かずこちらに残しておいたとは」

「ペイジ……!」

 歯ぎしりするスレッジの髪が逆立つ。彼を支える少年たちが目を丸くして見守る中、彼らの周囲で白銀の光が渦を巻いた。

「ふん。マスターなどと呼ばれていい気になっているようだな、賞金稼ぎ。だが少し遅かったな。クローンは貰って行く」

 ペイジ中佐が言い終えると、ダフネごと【ダークパペット】の周囲が淡く輝きだす。

「逃がすか――」

 駆け出そうとしてよろけるスレッジを、ボブとアルバートが支え直した。

 そんな彼らに、次第に薄れつつも冷笑めいた響きを含むペイジの声が降りかかる。

「いいことを教えてやろう。今頃取引相手が、貴様等“被験体”の仲間に向かって自爆テロを敢行している頃だよ。……貴様等にも置き土産をやる」

 【ダークパペット】の胴体両側に、掌大の突起がいくつかせり出した。どうやら、その突起は何かを覆うカバーの役割を果たしていたようである。

 そこから楕円形の塊が複数出てきたかと思うと、硬い音を立てて床に散らばった。

 表面がごつごつした物体群。パイナップルの相似形のような――


「手榴弾だっ。全員同調しろ」

 スレッジの叫びと共に、【ダークパペット】の姿が掻き消えた。

 次の瞬間、虹色の膜が“パイナップル”を覆う。

 膜が白濁した。

 内部で荒れ狂う爆発と轟音を完璧に遮断しているのだ。

「スレッジさんっ。膜の外にもまだ三個」

 ひとり離れた場所に立っていたランディが大声を張り上げた。

「なに!? ……間に合わない!!」

 耳をつんざく轟音。

 地下六階に残された四人の視界を、オレンジ色の炎が渦を巻いて埋めつくした。


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