街の守護者
軍が再建されてから100年以上経ったあるとき、大阪、神戸や京都など、関西圏に巨大な地震が襲った。
大阪湾を震源とするM8.1の巨大地震は、大阪湾と紀伊水道、さらに明石海峡を通って瀬戸内海に津波が押し寄せた。
最大震度は大阪市の震度7であり、周辺でも軒並み震度6強から5強を観測した。
その結果、日本皇国の大都市部、特に関西地方全域に行政戒厳が敷かれ、『戒厳令及び非常事態宣言に関する法律』によって自警団が組織された。
第041208自警団は、神戸の中でも、繁華街と言われる三宮周辺を受け持っていた。
阪神大震災では大きな被害を受けた地域だが、今回の地震では、建物の被害はさほどなかった。
そんなところを、細長い並行している路地の入り口で、話し合っている5人がいた。
「お前たちは右だ。俺たちは左から行く」
「おう」
自警団長の篠原順平は、警部として警察に勤めていたが、行政戒厳が敷かれると同時に、通常の警察業ではなく、自警団を組織して、国民を守るようにという辞令が発令された。
篠原が選んだ自警団員は、元ヤクザから会社員まで、広い職種だった。
だが、小学校来の友人ということもあり、総勢5人の、皇国最小の自警団ながら、チームワークは抜群だ。
「捕まえた!」
篠原が走っていく方向で、女性の声と揉み合う音が聞こえてくる。
「そのままだ!」
篠原が叫ぶと、角を一気に曲がった。
男が一人、両腕を別の女にねじり上げられ、地面に突き倒されていた。
「高佐木だな。窃盗の容疑で逮捕する」
「うるせー。お前に逮捕する権限はねえだろ。それに、証拠もねえだろうさ」
「お前はとんだ間抜けだよ。証拠も無しに警察が捕まえるかってんだよ」
「自警団だろ。逮捕できるのはお前らじゃねえんだよ」
「知ってるさ」
法律によって、自警団は組織されている。
その監理をしているのは、神戸は第12師団だ。
第12師団は千僧駐屯地に駐屯しており、兵庫県を管轄している。
「でもな、指名手配犯を捕まえるのは、俺らの仕事だ。憲兵に引き渡すまでがな」
すると、向こうのほうから憲兵1個小隊が駆け足できた。
「篠原警部、お疲れ様です。あとは、我々が引き受けます」
「ちょうどよかった。では、よろしく頼む」
「はい、お任せください」
憲兵隊に、高佐木を任せ、篠原は引き揚げた。
翌朝、第12師団の師団長室に彼ら一同が呼ばれた。
感謝状が贈られるためだ。
その帰りに、5人は屋台で乾杯をした。
電気はまだ危険だということと判断されて、供給されていなかった。
「自警団っていうのも大変だよなー」
ビール大ジョッキを3口で飲み干した元ヤクザの生田六甲が言った。
「まあな。警察みたいなもんだからな」
篠原が生田に話す。
「それいっちゃったら、篠原は本職じゃない。ねえ、自警団長さん」
すでに酔ったかのような顔で、篠原にもたれかかりながら話すのは、再度摩耶だ。
「そうそう。それじゃ、私たちもつかまっちゃうのかなー?」
「お前らが捕まる時は、俺じゃないと願うよ」
武庫日和が言った言葉に、笑いながら篠原が答えた。
「さて、このあたりで帰るよ」
真っ先に帰ろうとしているのは、妻子持ちの会社員である北野西代が4人に言った。
「今日はこれで帰るのか」
「ああ、自警団は1日間隔でするんだろ。今日は休みじゃないのか?」
篠原に北野が聞き返した。
「休みだが…」
「家に妻と子供が残ってるんでね。今日はこのあたりで。また明日、いつものところで」
「分かった。じゃあ明日の午後5時に」
篠原が片手をあげて、北野を送り出した。
翌日午後4時50分には、三ノ宮駅西口改札前に全員がそろった。
「よっし、じゃあ巡回に行くぞ」
「了解」
篠原の号令で、懐中電灯を片手に三宮の巡回し始めた。
「いつものコースでいく?」
海側へ向かって歩きながら、武庫が聞いた。
「そうしよか。さんちか行って、市役所のところで地上へ。そのままこちらへ戻ってきてからセンター街1階を端まで。そこからは山側へ行って線路沿いに元のところまで戻ってくる。それでいいだろ」
「うん、大丈夫」
武庫がにこやかに答えた。
市役所の前まで地下通路で来て、そこから地上へ上がった。
その時、篠原へ電話が入った。
「はい、篠原です」
「第12師団長だ。今どこにいる」
4人を止めてから、応答する。
「神戸市役所前です。どうしましたか」
「そのあたりで、騒乱が起きているという情報がある。他の自警団にも連絡を取った。すぐに向かってくれ」
「分かりました。詳細な場所は?」
「メールを送る。確認してくれ」
言うと同時に、着信音が鳴る。
「来ました。では」
篠原が電話を切り、メールを確認する。
「神戸市役所北側で、騒乱が起きそうだ。周囲の自警団と協力して対処してくれとのことだ。憲兵隊3個小隊がこちらに向かっているそうだから、彼らを待って行動しようと思う」
「分かった。首謀者は?」
冷静に北野が聞く。
「不明。携帯からの通報によると、それぞれ近くにあった角材などを武器にして、近くの食糧配給所を襲撃するそうだ」
「それじゃ、争乱というよりか暴行と言ったほうが…」
「まだ事件に至っているわけじゃないから、警戒にあたれっていうことだよ。どちらにせよ、未遂でしょっ引くわけにもいかんからな」
行政戒厳下で騒乱罪は軍法裁判所の監督下に当たるが、暴行罪では当たらない。
そのどちらにせよ、まだ実行に着手していない状態、つまり刑法上の予備罪であるため、捕まえるための法的根拠がないと言っている。
「とりあえずは、近くまで行きましょ。どうなっているか報告がいるでしょうし」
再度が篠原に言った。
「そうしよう。ただし、危険だと判断すれば、すぐに止まるから」
「了解、団長さん」
一行は、神戸市役所の陰から、その集団を見ることになった。
集団は、10人から20人程度で、さきほどの情報通り、それぞれが角材や鉄パイプを持っていた。
中にはスコップを持っている奴もいた。
口に人差し指をあて、篠原は誰も離さないようにしてから、耳をそばだてた。
「もうそろそろ時間だ」
「配給車の巡回タイミングが情報の通りだったらな」
「この食料を高値で売れば、俺たちは大もうけできる。その金で、海外へ逃げ出させばいい」
「全ては計画通りに、か」
誰かがそうつぶやいたのをしっかりと聞いていた。
「情報は集まった。一旦撤収しよう」
篠原が4人に言うと、うなづいてそろそろと引き揚げた。
「あれを見る限りでは、別のところに指揮をしている人がいても不思議じゃないな」
篠原が十分に距離を取ってから、話し出した。
「っていうか、怖かったー。なんか殺気立ってなかった?」
武庫が篠原に言う。
わずかに震えていた。
「これから襲撃に行こうとしているからな、そんなことになるだろう」
「ほかの自警団や憲兵たちは」
「自警団はもうくる。憲兵はあと10分ぐらいかな」
「じゃあ、他の人たちと一緒になって、あの人たちを動かないようにしないと…」
「そう、だから俺たちがしないといけないんだ」
言ってきたのは10人ばかりのチームだった。
「篠原警部だね。俺たちは第041203自警団だ。俺は団長の丹生有瀬だ」
「よろしく頼むよ」
篠原と丹生は握手を交わした。
「それで、警部はどのような考えを?」
「こちらは自警団と言っても、文字通り素人の集まりみたいなものだ。俺も含めてな。そちらは、どんなメンバーがいるのか、教えてほしい」
「俺たちは、在郷軍人の集まりだ。海軍と空軍の奴らが主だが、陸軍特殊部隊の奴もいる」
「分かった。とりあえず、全員に現状を報告する。現在、目標となる集団は、角材、鉄パイプ、スコップなどを手に持ち、15人プラスマイナス5人の徒党を組んでいる。これから目標集団は、食料配給を狙い、襲撃を行うとみられる。憲兵隊はこちらに向かっているが、間に合わない恐れも十分に考えられる。よって、我々が彼らを制圧する。丹生有瀬が参謀を務めてくれ。なにか作戦があれば、ここで言って欲しい」
丹生に意見を求めると、すぐに答えた。
「こちらは武器らしい武器は持っていない。だから、どこかで調達する必要があるが、その調達先がない。よって、今回はこのような作戦が好ましいと思う……」
丹生は、全員に作戦の説明をした。
「ねえ、ちょっといいですか」
鈍器を持った集団に、再度と武庫の二人が近づく。
「なんだ」
「ちょっと車の調子が悪いんだけど、見てもらえる?軍の人たちもいないし、警察は別のところに動員されちゃってるから」
「ああ、いいぞ」
集団の中から2、3人が別れて、再度たちについていく。
「しかし、戒厳が出ているのに、よく車なんて出せたな」
「車を出す方法なんて、いっぱいあるわよ」
笑いながら再度がいう。
「それで、車ってどこだい。お嬢さん方」
「もー、お嬢さんなんてー」
そう言いながら、あらかじめ用意しておいた四駆へ近づく。
そのあたりにあったから、借りているだけの車だ。
「どんな具合なんだ」
「なんかね、エンジンをかけようと思ったら、急にプスゥって言っちゃってね」
車に手をかけながら、男が聞く。
「プスゥか」
「笑い事じゃないよ。私たちだけでここまで来たっていうのに、車が壊れちゃったら、帰れないじゃない」
「へえ、遠くから来たんだ。どこ?」
「岡山。東京まで車で行こうっていう話になってね。今、その道途中」
「じゃあさ、今日俺たちのところに泊らない?部屋空いてるしさ」
「いいよー、車直してもらっただけで十分。今日中に京都まで行く予定だし」
「暗い夜道を女二人。危険だろう」
妙にニヤけた優しげな顔で、二人を誘う。
そして、再度の肩に手をやり、一気に顔を向けさす。
「いいか、お前たちをいつでも俺たちはヤることができるんだ。ということで、ちょっと付き合ってもらおうか」
周りにいた男たちも二人に近寄り、そして取り囲んだ。
そこに、丹生たちが襲いかかる。
「公設自警団だ。お前たちを強姦未遂罪の現行犯で逮捕する!」
「なっ」
篠原の一声で、全員腕をねじり上げられて、地面に伏せられていた。
ちょうどその時、向こう側から装甲車が音も無くやってきた。
「憲兵中隊だ」
「第041208自警団団長の篠原です。強姦未遂罪及び騒乱予備罪でこいつらを現行犯逮捕しました」
「分かった。逮捕協力に感謝する。他にも騒乱予備の疑いがある者がいると聞いたが…」
「ええ、向こうの路地で各々武器を持ち、待機しています。人数はこいつらを含めて15人プラスマイナス5人です」
「よし、では挟みこんで奇襲をかける。こいつらは車の中に閉じ込めておけ」
憲兵中隊長は、部下に指示をしながら、篠原と丹生の二人と作戦を一気に練った。
「行くぞ」
騒乱を起こそうとしている集団の誰かが、声を上げる。
「…動くな」
一歩動いた時点で、それぞれが銃を持って取り囲む。
憲兵中隊が丹生たちと篠原に武器を貸したのだ。
憲兵1個小隊と篠原を除く彼の自警団は、装甲車の中で捕まえている犯人を、ずっと見張っている。
「誰だ」
「自警団と憲兵隊だ。騒乱予備罪及び同未遂罪で現行犯逮捕する」
「はぁ?」
じりじりと間合いを詰めていく。
向こうは角材を振り上げて、近寄らさないようにしていた。
だが、銃に勝つことは難しそうだ。
そんな時、先頭にいた奴が、急に声をあげて殴りかかってきた。
「うおー!」
そのまま目の前にいた篠原に襲いかかる。
篠原は、降りかかってきた角材を左へ流し、とっさに銃を胸元に押し付ける。
引き金に人差し指を書け、引く直前で止める。
「…あきらめろ。公務執行妨害も加わるぞ」
その声は、その場にいる全員の耳に自然と入った。
そして、一人残らず逮捕された。
「ご苦労様でした」
篠原が、丹生に握手を交わしながら言う。
「そちらこそ、ご苦労様です。我々はこれから彼らを護送するので」
「分かりました。では、お気をつけて」
敬礼をして篠原が丹生たちを見送った。
それから15分ほどして日付が変わると、ラジオ、テレビ、インターネットさらに書く自警団長のところにメールが一斉に送信された。
「行政戒厳を解くってさ。俺たちもこれでお役御免だな」
「えー、面白かったのにー」
再度が文句をいう。
「しかたないさ。師団長がそう判断したんだ」
「では、居酒屋でも行きますか。屋台ならきっと空いてるでしょうし」
北野が篠原に言った。
「そうだな」
そう言って、自販機の前にいた篠原たちは、ゆっくりと星空きらめく街へ溶けて行った。