第9話 七人の手紙
七人。——加害者が七人、一つの部屋に集まると、どうなるか知っているか。
黙る。誰も、口を開かない。
王宮の北棟、来客用の広間。長卓が一つ。椅子が七つ。窓からは冬枯れの中庭が見える。暖炉に火が入っているが、部屋の空気は冷たいままだ。
集まった理由は、北方辺境伯からの要請だった。「フローラ殿の遺志について、関係者全員で協議したい」。辺境伯が直々に書簡を送ってきたのは、バルドゥール宰相がフローラの死を北方に通告した翌週のことだ。
殿下が上座に着いた。右にリリアーナ。左にバルドゥール。その横にオスカー。向かいにクラウス公爵。マリーは末席で、膝の上で手を握りしめている。
俺は立っていた。椅子に座る気になれなかった。壁際に背をつけて、七人の顔を見回した。
九ヶ月前、この中の何人かは同じ空間にいた。法廷で。あの日は殿下が壇上に立ち、他の全員が傍聴席か被告席にいた。今日は誰が壇上で、誰が被告か。全員が被告だ。
「……始めよう」
殿下の声が、低く響いた。以前の断定的な口調ではなかった。九ヶ月前より痩せている。こめかみに白いものが交じっている。二十五歳の顔ではなかった。
「ヴェルナー。お前が持っているものを出せ」
俺は鎧の内ポケットから封書を取り出した。体温で温まった薄い革の封筒。封蝋のローゼンベルクの冬薔薇が、暖炉の光に鈍く光った。九ヶ月間、肌身離さず持っていた。角が丸くなり、封蝋に細かい皹が入っている。
卓の上に置いた。七人の視線が集まる。
「開けろ」
殿下の命令。命令なら、従える。命令でなければ、俺はこの封書を死ぬまで開けられなかっただろう。
封蝋を割った。ぱきり、と乾いた音がした。九ヶ月の沈黙を破る音だった。リリアーナが息を呑んだ。マリーが目を伏せた。
中から出てきたのは、薄い便箋が三枚。フローラの字だ。見間違えるはずがない。少し右に傾いた、丁寧だけど急いでいる字。処刑前夜に書いたのだ。蝋燭の灯りの下で。
俺の手が震えた。震えていることに気づいて、奥歯を噛んだ。
「……読む」
声に出した。自分に言い聞かせるように。
◇
「これを読んでいる方へ。
薬草園のことをお願いします。月下草は朝と晩に水をやってください。冷たい水ではなく、日向に半日置いてぬるくなったものを。精霊のシルヴァは人見知りなので、最初は話しかけても返事をしないかもしれません。根気よく続けてください。
王太子殿下の朝の茶の配合は、手帳の第一部に記してあります。分量を間違えると効果がなくなりますので、必ず手帳通りにお願いします。
北方との暗号体系も手帳に記しました。辺境伯閣下は気難しい方ですが、銀木犀の話をすると機嫌がよくなります。
それから、精霊のシルヴァに伝えてください。春になったら、庭の東側の土を掘り返してほしいと。
私のことは忘れてください。
でも薬草園の水やりだけは」
そこで字が途切れていた。
途切れたまま、次の行はない。三枚目の便箋は、下半分が白紙だった。白紙の上に、丸い染みが一つ。水滴——いや、涙の跡だ。書きかけて、筆が止まったのだ。最後の一文は完成していない。「水やりだけは」の先に、フローラが何を書こうとしたのか。頼む相手がいなかったのか。それとも——頼む言葉が見つからなかったのか。
部屋が、静まり返った。
暖炉の薪が爆ぜる音だけが響いている。殿下が目を伏せた。頬の筋肉が引き攣るように動いたが、声は出なかった。リリアーナの頬に、光る筋が一本走った。拭おうとせず、そのまま流れるに任せていた。バルドゥールが両手で顔を覆っている。三十年の宰相歴の中で、人前で顔を隠したのは初めてだろう。クラウス公爵は微動だにしない。ただ、握った拳の甲の血管が浮いていた。オスカー神官長は唇を震わせたまま、何かを呟いている。祈りの言葉か、それとも謝罪か、俺には聞き取れなかった。
マリーが立ち上がった。
椅子が倒れた。全員がマリーを見た。
マリーは泣きながら、エプロンのポケットから、折り畳まれた紙片を取り出した。
「これ。あたしが破ったんです。手帳を渡す前に、最後のページだけ」
紙片を卓の上に広げた。マリーの指が震えている。涙が紙の端に落ちた。
七人の名前が書いてあった。一人一人に、短い言葉が添えてあった。
セリオス殿下へ。朝のお茶を美味しいと言ってくださったこと、嬉しかったです。
リリアーナ様へ。あなたの治癒魔法は本当にすごいです。わたしにはできないことです。
バルドゥール閣下へ。通訳室に来てくださった日、条約の話が楽しかったです。
マリーへ。林檎のコンポート、砂糖は少なめの方がいいのね。覚えました。
お父様へ。冬薔薇が好きです。お母様が好きだった花だから。
オスカー猊下へ。聖典の第七章をよく読みます。「赦しは弱さではない」という箇所が好きです。
六人分を読んだところで、俺は紙から目を上げた。
最後の一行。
レオナルドさんへ。護衛は不要と言いましたが、嘘でした。あなたがいてくれて、よかった。
俺は紙を持ったまま、しばらく動けなかった。
許している。
この手紙は——フローラは、全員を許している。
殺される前夜に、自分を殺す七人に宛てて、感謝の言葉を書いている。
それがたぶん、この部屋にいる全員にとって、最も残酷な罰だった。
怒りなら耐えられる。断罪なら受け入れられる。だが許しは許されることだけは、どうしていいかわからない。罰を与えられれば償いの道筋が見える。許されてしまったら、償いは永遠に終わらない。
殿下が口を開いた。声がかすれていた。
「手紙の中に……庭の東側の土を掘り返せ、と書いてあったな」
「ああ。精霊のシルヴァに伝えてくれ、とも」
「シルヴァは……もういないのでは」
「わからない。いないかもしれない。でも——フローラがそう書いた」
殿下が頷いた。小さく。目を閉じた。
沈黙が降りた。七人が七人とも、それぞれの罪の重さを量っていた。量れるはずがない。この世に、人の命の重さを量れる秤はない。
俺はフローラの手紙を畳んだ。丁寧に。皺がつかないように。便箋の角を揃えて、元の封筒に戻した。もうこれ以上、あの人のものを粗末にしたくなかった。
封筒を懐にしまう。体温が移る。手紙は、また俺の鎧の中に帰ってきた。今度は、開封済みで。




