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悪役令嬢の処刑を見届けた七人が、一人ずつ壊れていく話  作者: 秋月 もみじ


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第7話 無知は罪である


 聖典には、「無知は罪ではない」と記されている。嘘だ。


 わたくしは五十八年間、あの一節を信じてきた。知らぬことは恥ではない、知ろうとしないことが恥である、と教壇で説いてきた。若い神官たちに、口を酸っぱくして。

 では、知ろうとする時間を惜しんだ者はどうなるのか。聖典には書いていない。


 処刑から七ヶ月。若い神官のエミルが、禁書庫の整理中に一冊の文献を見つけた。


「神官長猊下、これを」


 革表紙が剥がれかけた古い写本。五十年前の精霊戦争以前に書かれたもので、禁書庫の奥の、目録にも載っていない棚から出てきた。埃が指の跡に沿って剥がれ、金文字が鈍く光った。

 『精霊契約の分類と法的位置づけに関する覚書』。


 私は自室でそれを読んだ。蝋燭を三本使い切るまでかかった。夜が更けて、窓の外で星座が傾いて、それでもページを捲る手が止められなかった。


 以下に、覚書の要点を記す。


 精霊との契約には二種類ある。「禁術契約」と「祝福契約」。禁術契約は精霊の力を強制的に引き出すもの。五十年前の精霊戦争で使用され、禁止された。

 祝福契約は精霊との合意に基づく共生関係。術者と精霊が互いに恩恵を与え合う。古い家系に伝わる伝統的な契約形態。


 祝福契約は禁術ではない。


 ここまで読んだ時、私は覚書を閉じ、手で顔を覆った。


 ◇


 フローラ嬢の契約が禁術か祝福かを、私は調べなかった。


 調べる手段はあった。この文献が禁書庫にあった。閲覧手続きに三ヶ月かかる。裁判は一週間で結審した。間に合わなかったのではない。殿下が「早く結審させろ」と求めたから、私は確証なく「禁術です」と断定した。


 法廷での記憶が蘇る。壇上に立ち、「精霊契約は五十年前に禁じられた禁術であり、フローラ・ローゼンベルク嬢の行為はこれに該当します」と述べた。朗々と。神殿の権威を背に、一点の曇りもない声で。

 フローラ嬢は被告席で私を見上げていた。何かを言いたそうな目。いや、言っても無駄だと悟った目。私が「禁術です」と断定した瞬間、フローラ嬢の視線が揺れた。驚きか。失望か。

 フローラ嬢は「祝福契約です」と言わなかった。言ったところで証明できなかっただろう。証拠はこの禁書庫にあり、禁書庫は閉ざされていた。鍵を持っているのは私だ。鍵を持つ者が「禁術」と断定したのだ。扉を開ける鍵を持ちながら、開けなかった。

 法廷を出る時、足元がおかしかった。まっすぐ歩けなかった。当時は疲労のせいだと思った。違う。あれは何かが狂い始めた最初の兆候だった。身体は知っていたのだ。頭より先に。


 私の無知は怠惰に基づく無知だ。調べれば知ることができた。時間がなかったのではない。時間をかける価値がないと判断した。一人の令嬢の運命よりも、裁判を円滑に終わらせることの方が。

 言い訳はもう十分だ。


 ◇


 覚書に戻る。


 二十三歳の時、私は禁書庫の閲覧申請を出したことがある。精霊に関する文献を読みたかった。純粋な学問的関心だった。

 当時の神官長が申請書に目を通して言った。「三ヶ月待てるか」。

 待てなかった。教義解釈の論文を三本抱えていた。そちらの方が昇進に有利だった。学会での評価、同期との競争、師の期待。若い私の目には、そちらの方が大きく見えた。精霊の研究は後回しにした。「いつかやろう」と思った。いつかが来ないまま三十五年が過ぎた。著書を十二冊出し、神官長の座に就き、王国随一の教義学者と呼ばれるようになった。

 その全部が、精霊に関する無知を一度も埋めないままの三十五年だった。学者として一流と呼ばれた三十五年間に、たった一度「待つ」ことを選んでいれば。


 三十五年前に三ヶ月待っていれば。この文献を読んでいれば。裁判の時に「これは祝福契約です、禁術ではありません」と言えていれば。

 フローラ嬢は死なずに済んだ。「ではないか」ではない。済んだのだ。私が一言「調べます、三ヶ月ください」と言えば。たった一言。


 三十五年前の怠惰が、七ヶ月前に人を殺した。


 ◇


 覚書の最後のページを読む。


「なお、祝福契約は契約者の死により精霊は百年の眠りにつく。ただし、契約者が生前に後継者を指名していた場合を除く」


 フローラ嬢は後継者を指名していただろうか。していたなら精霊はまだ完全には眠っていない。していなかったなら百年。私が生きている間に精霊は戻らない。私の罪が精算されることは、永遠にない。


 覚書を閉じた。指先が震えている。蝋燭の炎が揺れているのではない。私の指だ。革表紙が小さく音を立てた。


「猊下、お顔の色が」


 エミルの声。


「無論。大丈夫だ」


 大丈夫ではなかった。聖典の引用が思い浮かばない。いつもならどんな場面でも適切な聖句が出てくる。「聖典にも〜とある」。それが私の口癖だ。今、何も出てこない。

 自分の無知が人を殺した時、どう祈ればよいか。そんな章は聖典にない。


「エミル」


 私は若い神官の目を見た。二十代の、まだ何も知らない目。


「禁書庫の閲覧手続きを簡素化する提案書を書いてくれないか。三ヶ月もかかる制度は、今日をもって改める」


「はい?」


「それから、精霊研究の解禁を王に進言する。私の名前で」


 エミルの目が丸くなった。五十年の方針を覆す提案だ。


「猊下、それは」


「遅い。遅すぎる。だが」


 荘重な語り口が崩れた。三十年かけて磨いた、神官長にふさわしい言葉遣いが。


「私は。調べ……調べなかった。調べることが、できたのに。できたのに、しなかった。私は。私が。殺した。調べなかったことで、殺したのだ」


 何を言っているのか、自分でもわからなくなっていた。荘重な言い回しなど、どこかへ消えた。五十八年間で一度も崩れなかった語り口が、今、壊れている。足の指が靴の中で丸まっている。顎の裏側がひくひくと痙攣している。エミルが何か言ったが、聞こえなかった。


 蝋燭が一本、燃え尽きた。残り二本の明かりの中で、覚書を抱えて立ち上がった。足元がふらついた。蝋燭を倒しそうになり、エミルが支えてくれた。若い神官の手が温かかった。その温かさが痛い。この若者はまだ何も間違えていない。私はすでに、取り返しのつかない間違いを犯した後だ。


 今からでも。遅い。何もかも遅い。だが、遅いからやらないという選択だけは、もう二度としない。

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