補佐役として 後編
それから二週間が経った。
僕はアリシアの補佐役として、学院内で暗躍していた。
情報収集、人脈構築、派閥間の調整。
原作ゲームの知識と、創造神から学んだ政治学を駆使して、アリシアを支える。
結果は――上々だった。
アリシアの影響力は、日に日に増していく。
エドワードとルシアンを通じて、グレイヴス派との関係も改善された。
生徒会からの信頼も厚くなり、学院内でアリシアの名前を知らない者はいない。
でも――
「アリシア様、少しお時間をいただけますか」
ある日の放課後、僕はアリシアに話しかけた。
彼女は図書館で、何かの報告書を読んでいた。
「ええ、構いませんわ。どうかしましたか?」
「実は、少し相談が」
僕は、用意していた話を始めた。
「先日、下級貴族のアレクサンダー家が、領地の税収で不正を働いているという情報を掴みました」
「不正、ですか」
「はい。彼らはローゼンバーグ派に属していて、シルヴィア様の支持者です」
「この情報を使えば、ローゼンバーグ派を揺さぶることができます」
アリシアは、眉をひそめた。
「つまり、アレクサンダー家を告発しろと?」
「はい。これは学院の秩序を守るためでもあります」
「でも……」
アリシアは、報告書を閉じた。
「アレクサンダー家には、まだ幼い子供がいるはずです」
「告発されれば、家族全員が影響を受ける」
「子供たちの人生まで、壊してしまうことになりますわ」
僕は、内心で驚いた。
アリシアは、そこまで考えている。
ただ派閥を拡大するだけじゃなく、相手の立場まで考慮している。
「では、どうなさいますか?」
「まず、アレクサンダー家の当主に直接会います」
「そして、不正をやめるよう説得しますわ。告発はその後です」
「でも、それでは手ぬるい――」
「手ぬるくても構いません」
アリシアは、真っ直ぐに僕を見た。
「私は、誰かの人生を壊すために権力を求めているのではありません」
「学院を、より良い場所にするために動いているのです」
その目には、強い意志があった。
揺るぎない、正義感。
「……承知しました」
僕は引き下がった。
でも、心の中では思う。
これでいいのか?
こんな優しさで、悪役になれるのか?
翌日、アリシアはアレクサンダー家の当主と面会した。
僕も同席を許された。
「アレクサンダー卿、不正の件は存じております」
アリシアは、穏やかに話し始めた。
糾弾するのではなく、説得する口調だ。
「私は、この件を公にするつもりはありません」
「しかし、不正は今すぐやめていただきたい」
「そして、これまでの不正で得た利益は、領民に還元してください」
アレクサンダー卿は、顔を青ざめさせた。
「アリシア様、それは――」
「これは命令ではありません。お願いですわ」
アリシアは、優しく微笑んだ。
「私は、あなたの家族を守りたいのです」
「この件が公になれば、お子様たちまで傷つく」
「だから、今ここで正していただきたいのです」
アレクサンダー卿は、しばらく黙っていた。
そして――頭を下げた。
「分かりました。すべて、仰せのとおりに」
「ありがとうございます」
アリシアは、安堵の表情を浮かべた。
面会が終わった後、僕は思わず言った。
「アリシア様、あれでよかったのですか」
「ええ、良かったのです」
「でも、告発すればローゼンバーグ派を――」
「結城様」
アリシアは、僕の言葉を遮った。
「私は、派閥争いのために人を傷つけたくありません」
「権力は、人を守るためのもの。傷つけるためのものではありません」
その言葉に、僕は何も言えなかった。
正しい。確かに正しい。
でも――それは悪役のセリフじゃない。
「結城様は、私が冷酷になることを望んでいるのですか?」
アリシアが、鋭く問いかけた。
僕は、少し驚いた。
「……いえ、そんなことは」
「嘘ですわね」
アリシアは、微笑んだ。
でも、目は笑っていない。
「あなたは時々、私に冷酷な選択を勧めますわね」
「まるで、私が悪役になることを期待しているように」
図星だった。
アリシアは、気づいている。
僕の意図を、うすうす感じ取っている。
「でも、私はそうはなりません」
アリシアは、はっきりと言った。
「私は、優しさを持った令嬢でありたい」
「権力を持っていても、人を思いやる心を失いたくない」
「それが、私の信念ですわ」
僕は、何も言えなかった。
計画が――狂い始めている。
アリシアは、悪役になる気がない。
むしろ、善人として振る舞おうとしている。
「結城様、あなたは何を求めているのですか?」
アリシアが、問いかけた。
その目は、僕の内面を見透かそうとしている。
「僕は……アリシア様の力になりたいだけです」
「本当に?」
「……はい」
嘘をついた。
でも、本当のことは言えない。
「あなたを悪役に育てて、最後に断罪されたい」なんて。
「なら、私の信念を尊重してくださいね」
アリシアは、優しく微笑んだ。
「私は、誰も傷つけたくありません」
「たとえそれが、非効率だとしても」
「それが、私の選ぶ道ですわ」
僕は、深く頭を下げた。
「承知しました」
でも、心の中では混乱していた。
どうすればいい?
アリシアは、このままでは悪役にならない。
善人のまま、学院の頂点に立ってしまう。
それでは――僕の計画が、すべて崩れる。
その夜、僕は寮の部屋で日記を書いていた。
『アリシアは、僕が期待する悪役にならない。
彼女は優しすぎる。人を思いやりすぎる。
このままでは、彼女は善人として崇められてしまう。
悪役として、僕を断罪することはできない。
どうすればいい?
計画を変更すべきか?
それとも、もっと強く彼女を導くべきか?』
ペンを置く。
答えが出ない。
「アリシア……」
彼女の顔が、脳裏に浮かぶ。
優しく微笑む、金髪碧眼の令嬢。
困っている人を助ける、正義感の強い人。
「君は、優しすぎる」
小さく呟く。
でも――
その優しさが、少しだけ――心地よかった。
いや、駄目だ。
感情移入してはいけない。
彼女は「役割」だ。僕を断罪するための存在だ。
それなのに――
彼女と過ごす時間が、楽しくなってきている。
彼女の笑顔を見ると、心が温かくなる。
彼女の優しさに触れると、自分も優しくなれる気がする。
「これは、まずい」
頭を抱える。
計画が狂っている。
それ以上に――僕の心が、揺れている。
アリシアに惹かれている。
補佐役として、従者として――いや、それ以上に。
一人の人間として、彼女に惹かれている。
「でも、それではいけない」
自分に言い聞かせる。
僕は、美しく終わるために生きている。
アリシアに断罪されるために、ここにいる。
感情移入してはいけない。
でも――
心は、もう動き始めている。
止められない。
アリシアという人間に、確かに惹かれている。
「どうすればいい……」
答えは出なかった。
ただ、一つだけ分かった。
計画は――
思い通りには、進まない。
それから数日後、僕は中庭でアリシアを見かけた。
彼女は、下級生の女子生徒と話している。
女子生徒は泣いていて、アリシアが優しく慰めている。
「大丈夫ですわ。あなたは何も悪くありません」
アリシアの声が、聞こえてくる。
「上級生の嫌がらせは、私が止めます」
「もう誰も、あなたをいじめさせません」
女子生徒は、涙を流しながら頷いた。
アリシアは、彼女の頭を優しく撫でた。
その光景を見て――
僕は思った。
「これが、本当のアリシアなんだ」
優しくて、正義感が強くて、弱い者を守る。
そんな人が、悪役になれるわけがない。
「なら、僕は――」
どうすればいい?
計画を諦めるべきか?
それとも――
答えは、まだ出なかった。
ただ一つ、確かなことがある。
僕は、アリシアに惹かれている。
それは、もう否定できない事実だった。




