入学式での出会い
入学式は、壮麗だった。
大講堂に集まった新入生たち。貴族の子弟ばかりで、平民は僕を含めて数人だけ。
彼らは煌びやかな制服を着て、談笑している。生まれた時から特権階級。人生の勝ち組たち。
前世の僕なら、嫉妬したかもしれない。でも今は、何も感じない。
ただ、この中の一人――アリシア・ヴァンクレールだけを探していた。
いた。
最前列、中央の席。
金髪が光を反射して輝いている。背筋が伸びている。周囲とは明らかに格が違う。
アリシア・ヴァンクレール。
原作ゲームの悪役令嬢にして、僕が求めていた「完璧な断罪者」。
「美しいな」
小さく呟く。
外見のことじゃない。いや、外見も確かに美しい。でもそれ以上に、あの立ち振る舞い、あの気品。
完璧だ。
完璧な悪役令嬢として、僕を断罪してくれる存在。
式が始まる。
学院長の挨拶、来賓の祝辞、新入生代表の言葉。
すべてが形式的で、退屈だった。
でも、新入生代表として壇上に立ったのは――アリシアだった。
「――名門貴族学院に入学できたこと、心より光栄に存じます」
透き通るような声。
よく通る、それでいて優雅な声音。
アリシアは原稿も見ずに、完璧なスピーチをしていた。
「私たちは、王国の未来を担う者として、この学び舎で研鑽を積んでまいります」
堂々としている。
一点の曇りもない、完璧な令嬢の姿。
でも――僕には分かる。
あれは、演技だ。
原作ゲームで何度も見た。アリシアは「完璧な令嬢」を演じている。
本当の彼女は、もっと人間らしい。もっと感情豊かだ。
でも今の彼女は、期待に応えるために自分を押し殺している。
「素晴らしいじゃないか」
また呟く。
完璧に演じている。それこそが、悪役令嬢に必要な資質だ。
本心を隠して、役割を演じる。
彼女なら、完璧な悪役になれる。
式が終わった。
新入生たちが、それぞれ教室へ向かう。
僕も自分の教室へ向かおうとしたとき――
「失礼」
誰かが、僕の前を通り過ぎようとした。
金髪が、視界を横切る。
アリシアだった。
「あ、すみません」
僕は道を譲った。
アリシアは軽く会釈をして、通り過ぎようとする。
でも、僕は声をかけた。
「素晴らしいスピーチでした」
アリシアが、足を止めた。
振り返る。碧眼が、僕を見る。
「……ありがとうございます」
礼儀正しい返答。
でも、目には疑問の色がある。「この平民は誰?」という疑問。
「結城蒼と申します。特例入学の平民です」
「まあ。特例入学の」
アリシアの目が、少し変わった。
興味の色が浮かぶ。
「噂は聞いておりますわ。実力試験で満点を獲得された方だと」
「恐縮です。アリシア・ヴァンクレール様のお名前も、存じ上げております」
「まあ、光栄ですわ」
アリシアは優雅に微笑んだ。
完璧な社交の笑顔。でも、目は笑っていない。
やはり、演技だ。
「お話できて光栄でした。では、失礼します」
アリシアは去ろうとする。
でも、僕は更に言葉を続けた。
「アリシア様」
「……はい?」
「もしよろしければ、お話する機会をいただけませんか」
アリシアが、警戒の色を見せた。
当然だ。平民がいきなり貴族に話しかけるのは、不自然だ。
「お話、ですか」
「はい。アリシア様のお力になれることがあるかもしれません」
「……お力に?」
アリシアの目が、鋭くなった。
僕は、もう一歩踏み込んだ。
「アリシア様は、学院で頂点に立ちたいとお考えではありませんか」
一瞬の沈黙。
アリシアの表情が、僅かに変わった。
驚き、警戒、そして――興味。
「……何故、そう思うのですか」
「公爵令嬢として、当然の野望だと思います」
「野望、ですか」
アリシアが、くすりと笑った。
でも、目は笑っていない。むしろ、僕を値踏みしている。
「面白いことを言う方ですわね、結城様」
「面白くても、間違ってはいないはずです」
「……確かに」
アリシアは、少し考えてから答えた。
「では、放課後に図書館でお会いしましょう。そこでゆっくりお話を伺いますわ」
「ありがとうございます」
僕は深く頭を下げた。
アリシアは優雅に去っていった。
よし、第一歩だ。
接触に成功した。あとは、彼女の信頼を得ること。
そして、完璧な悪役令嬢として育て上げること。
「始まった」
小さく呟く。
僕の計画が、動き出した。
教室に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。
貴族たちは、グループを作って談笑している。
平民は、隅の方で小さくなっている。
明確な階級社会だ。
僕は適当な席に座った。
窓際の席。外が見える。
中庭に、噴水がある。学生たちが歩いている。
平和な光景だ。
「ねえ、あの人が特例入学の平民よ」
「本当? 平民のくせに、よくここに来れたわね」
「実力試験で満点だったらしいわよ。天才なのかしら」
「天才でも平民は平民よ。所詮は下々の者」
後ろの席から、貴族たちの声が聞こえる。
僕のことを噂している。
でも、気にならない。
彼らがどう思おうと、関係ない。
担任教師が入ってきた。
中年の男性教師。魔法学の教授らしい。
「では、自己紹介をしてもらおう。まず、特例入学生から」
僕に視線が向く。
立ち上がって、前に出る。
「結城蒼です。平民出身です。よろしくお願いします」
簡潔に自己紹介を終える。
教室が、ざわついた。
「平民?」
「本当に平民なの?」
「よく入学できたわね」
好奇と軽蔑の入り混じった視線。
でも、やはり何も感じない。
ただ、一人だけ――アリシアが、興味深そうに僕を見ていた。
午前の授業が終わった。
昼食の時間。
食堂は、階級で区切られていた。
貴族用のエリアと、平民用のエリア。
僕は平民用のエリアで、質素な食事を受け取った。
「大変だな、平民は」
隣の席に、誰かが座った。
見ると、同じく平民らしい少年だった。
「僕も特例入学なんだ。名前はトーマス。よろしく」
「結城蒼です。よろしく」
トーマスは人懐っこい笑顔を見せた。
悪い人じゃなさそうだ。でも、僕は深く関わる気はない。
「さっき、アリシア様と話してたよね? すごいじゃないか」
「たまたまです」
「たまたまであんな風に話せないよ。君、度胸あるな」
トーマスは感心したように言った。
僕は曖昧に笑って、話を切り上げた。
放課後。
約束通り、図書館へ向かう。
静かな空間。本棚が並び、勉強する学生が散らばっている。
奥の個室に、アリシアがいた。
「お待たせしました」
僕が入ると、アリシアは本を閉じて僕を見た。
「いいえ、私も今来たところですわ」
嘘だ。彼女はもっと早くから待っていたはずだ。本が途中まで読まれている。
でも、そんな細かいことはどうでもいい。
「それで、結城様。私に何をお話したかったのですか」
アリシアの碧眼が、真っ直ぐに僕を見る。
僕は、用意していた言葉を口にした。
「アリシア様の野望を、お手伝いしたいのです」
「野望、ですか。繰り返しますが、私にそのようなものがあると?」
「あります」
僕は断言した。
「アリシア様は、学院の頂点に立ちたい。いえ、立たなければならない」
「ヴァンクレール家の令嬢として、当然の責務ですから」
「そうです。でも、それは簡単なことではない」
僕は身を乗り出した。
「この学院には、有力貴族の子弟が多数います。彼らを従えるには、力と知略が必要です」
「そして、アリシア様はその両方をお持ちです。でも――一人では限界がある」
「……それで、あなたが手を貸すと?」
「はい」
アリシアは、しばらく僕を見つめていた。
値踏みするような視線。
「何故です? 平民のあなたが、貴族の私に協力する理由は?」
「……見返りを求めない、と言ったら信じますか」
「信じませんわね」
即答だった。
アリシアは冷静だ。当然の反応だ。
「では、正直に言います」
僕は、用意していた嘘を口にした。
「僕は、物語の一部になりたいんです」
「物語?」
「そうです。平民として生まれた僕が、公爵令嬢の補佐役として歴史に名を残す。それが、僕の望みです」
半分は嘘で、半分は本当だ。
確かに物語の一部になりたい。ただし、その結末が違うだけで。
「……面白い方ですわね」
アリシアが、小さく笑った。
今度は、目も笑っていた。
「では、試させていただきますわ。あなたが本当に有能かどうか」
「ありがとうございます」
僕は深く頭を下げた。
心の中で、笑みが浮かぶ。
成功だ。
これで、アリシアの近くにいられる。
彼女を完璧な悪役に育て上げる準備が整った。
「さあ、始めよう」
心の中で呟く。
完璧な悪役令嬢と、美しい断罪への道が。
――そうして僕は、一日を終えて寮に向かうのだった。




