最終決戦 中
静寂が、森を支配していた。
アリシアが膝をついている。エリカ、セレスティア、リディア、ダミアン、シルヴィア、オズワルド――みんな、倒れている。誰も動けない。誰も立てない。ただ、荒い息遣いだけが聞こえていた。
僕は――その光景を見ていた。
倒れた仲間たち。傷ついた友人たち。僕のために戦ってくれた人たち。それを見て――胸が、痛かった。心が、軋んだ。これは、罪悪感? それとも――
「これで、いい――」
僕は呟いた。声が震えている。なぜだろう。心を閉ざしたはずなのに。もう何も感じないようにしたはずなのに。
みんなを傷つけた。みんなを苦しめた。世界を脅かす存在になった。悪役として――これで、十分な罪を犯した。あとは――誰かに倒されて、死ぬだけだ。
「そうだ――これが、僕の望んだものだ」
僕は自分に言い聞かせる。意味のある死。美しい終わり。悪役として断罪され、誰かの手によって終わらせてもらう。それが――僕の唯一の願いだったはずだ。
でも――その言葉が、空虚に響く。
本当に、これでよかったのか? みんなを傷つけて、倒されて、死んで――それで、本当に満足できるのか?
「結城さん――」
アリシアの声が聞こえた。彼女が、震えながら立ち上がろうとしている。杖を支えに、必死に。体は限界を超えているはずなのに。それでも――立とうとしている。
「アリシア――」
僕は、彼女を見た。
「もう、やめてくれ」
「やめません――」
アリシアが答える。その声は弱々しかったが――決意だけは、揺るがなかった。
「わたくしは――諦めません」
彼女が、ついに立ち上がった。ふらふらと。今にも倒れそうなほど不安定に。でも――彼女は立っていた。
「どうして――」
僕は問う。
「どうして、そこまでするんだい」
「あなたを――」
アリシアが震える声で言う。
「あなたを、救いたいからです」
その言葉が、胸に刺さる。痛い。苦しい。なぜ、そこまでして――
「蒼――」
その時、別の声が聞こえた。エリカだ。彼女も、立ち上がろうとしている。血を流しながら、痛みに耐えながら。
「あんた――まだ、分かんないの?」
エリカが剣を杖代わりに、体を起こす。
「あたしたち――あんたを、見捨てないって言ってるのよ」
「エリカ――」
僕は、彼女を見た。どうして。どうして、まだ立ち上がろうとするんだ。
「蒼さん――」
セレスティアの声も聞こえた。彼女も、震えながら立ち上がる。眼鏡が割れている。傷だらけだ。それでも――
「わたしは――あなたに、救われました」
セレスティアが涙を流しながら言う。
「だから今度は――わたしが、あなたを救います」
「セレスティア――」
僕の声が震える。やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。そんな言葉を言わないでくれ。
「結城さん――」
リディアも立ち上がった。王女としての誇り高い姿勢で。傷ついても、疲れ果てても――その目には、強い意志が宿っていた。
「わたくしは――あなたを諦めません」
リディアが言う。
「あなたは、特別な人です。わたくしにとって――世界にとって」
「リディア――」
僕は、もう何も言えなかった。みんなが、立ち上がっていく。ダミアンも。シルヴィアも。オズワルドも。傷ついた体で、限界を超えた体で――それでも、立ち上がっていく。
「どうして――」
僕は呟いた。
「どうして、みんな――」
「決まってるだろう」
ダミアンが答える。
「お前を――仲間だと思ってるからだ」
その言葉に、僕の心が――大きく揺れた。
*
仲間――
その言葉が、心に響く。僕には、そんな資格があるのか? 誰かの仲間になれるのか? 誰かに必要とされるのか?
「違う――」
僕は首を横に振った。
「僕は――そんな価値のある人間じゃない」
「誰が決めたの?」
エリカが問う。
「それ、あんたが勝手に決めてるだけでしょ」
「僕は――」
「あなたは、わたしたちを救いました」
セレスティアが続ける。
「それは事実です。否定できない事実です」
「でも、それは――」
「自己満足だって言うつもり?」
リディアが遮る。
「では、わたくしたちの感謝も、自己満足だとおっしゃるのですか?」
その言葉に、僕は答えられなかった。
「結城さん――」
アリシアが一歩、また一歩と近づいてくる。ふらつきながら、でも確実に。
「あなたがいなければ――今のわたくしは、いません」
彼女が言う。
「悪役令嬢として生きることを――わたくしは選んでいました。誰も信じず、誰にも心を開かず」
アリシアの目から、涙が溢れる。
「でも、あなたは――わたくしを変えてくれました」
「それは――」
僕は言いかける。でも、アリシアが続ける。
「正しい道を教えてくれました。人を信じることを、教えてくれました」
彼女の声が震える。
「あなたは――わたくしの光でした」
その言葉が、胸に刺さる。痛い。苦しい。でも――
「僕は――」
僕は呟く。
「僕は、そんな立派な人間じゃない」
「立派である必要はありません」
アリシアが答える。
「ただ――あなたでいてくれればいいんです」
その言葉に、僕の心が――
「結城蒼――」
オズワルドの声が響く。学院長が、杖を支えに立ち上がっていた。
「お前は、間違っている」
「学院長――」
「自分を愛せない者は、他人を本当に愛することはできない」
オズワルドが言う。
「お前は、みんなを救おうとした。でも――それは本当の救済ではなかった」
その言葉に、僕は息を呑む。
「なぜなら、お前自身が救われていなかったからだ」
オズワルドが続ける。
「自分を許せない者が、どうして他人を許せるのか」
「それは――」
「お前に必要なのは――」
オズワルドが杖を突く。
「自分を受け入れることだ。自分の弱さを。自分の孤独を。そして――」
彼の目が、優しく僕を見る。
「他人からの愛を、受け入れることだ」
その言葉が、心の奥底に届いた。受け入れる――そんなことが、僕にできるのか?
「結城さん――」
アリシアが、すぐ目の前まで来ていた。彼女が手を伸ばす。震える手。傷ついた手。それでも――優しく、僕に向けて。
「わたくしの手を――取ってください」
その手を見て、僕は――迷った。
取れば――きっと、何かが変わる。受け入れれば――きっと、戻れなくなる。でも――
「取れない――」
僕は首を横に振った。
「僕には、その資格がない」
「資格なんて――」
アリシアが涙を流しながら言う。
「資格なんて、必要ありません。わたくしが――あなたを愛しているんです」
その言葉が、心を揺さぶる。でも――
「愛されるに値しない――」
僕は呟いた。
「僕は――誰かに愛されるような人間じゃない」
「違います!」
アリシアが叫んだ。その声は、森中に響いた。
「あなたは――愛されるに値する人です。優しくて、賢くて、誰よりも人を想っている人です」
「それは――幻想だ」
僕は答える。
「君が勝手に僕を美化しているだけだ」
「では――」
アリシアが一歩、さらに近づく。
「この気持ちも、幻想だとおっしゃるのですか?」
彼女が、僕の手を掴んだ。温かい手。震えている手。でも――確かに、そこにある手。
「アリシア――」
「わたくしは――あなたを愛しています」
アリシアがはっきりと言った。
「この想いは、嘘ではありません。幻想でもありません」
その目が、まっすぐに僕を見ていた。嘘のない目。純粋な目。そこには――本物の愛があった。
「だから――」
アリシアが涙を流しながら言う。
「だから、お願いです。生きてください」
その言葉が――僕の心を、大きく揺さぶった。
生きる――
そんな選択肢が、僕にあるのか? 死ぬことしか考えてこなかった僕に。終わることだけを望んできた僕に。
「僕は――」
僕の声が震える。心が、揺れている。今まで固く閉ざしていた心が――少しずつ、開かれようとしている。
でも――
「ごめん」
僕は、アリシアの手を振り払った。
「僕は――それを受け入れられない」
その瞬間、アリシアの顔が――絶望に染まった。涙が溢れる。止まらない涙。それを見て、僕の心は――
痛かった。
こんなに痛いなら――いっそ、感情なんてなければよかった。こんなに苦しいなら――いっそ、心なんて捨ててしまえばよかった。
でも――僕には、分かっている。
この痛みも、この苦しみも――僕が生きている証だ。僕に心がある証だ。だから――だからこそ、終わらせなければならない。この痛みから、この苦しみから、解放されなければならない。
「さあ――」
僕は、黒い魔力を再び膨れ上がらせた。
「僕を倒してくれ」
その言葉に、みんなが顔を上げる。
「これが――僕の最後の願いだ」
僕は続ける。
「悪役として、世界を脅かす存在として――誰かに倒されて、死ぬ。それが、僕が望んだ終わり方なんだ」
「結城さん――」
アリシアが震える声で呼びかける。
「どうして――そこまで、死にたいのですか」
「生きる意味が――ないからだよ」
僕は答える。
「誰かに必要とされることも、誰かに愛されることも――僕には信じられない。なら、せめて意味のある死を。美しい終わりを」
その言葉が、静かに森に響く。
「だから――」
僕は全員を見渡した。
「お願いだ。僕を――倒してくれ」
みんなが、絶望の表情を浮かべる。でも――僕は、もう止まれなかった。
死ぬこと。それだけが――僕の唯一の救いだから。
あとがき――――
書いてるときの予想
もし読まれてたら「くどい」って言われそう
僕も言いたい




