最終決戦 序
爆発が、森を揺らした。
光、炎、氷、風、雷、花、大地――すべての属性の魔法が、蒼に向かって放たれる。精霊の力を宿した強大な攻撃。それが、黒い魔力の障壁に阻まれていく。衝撃波が広がり、木々が倒れ、地面が抉れる。でも――蒼は、動じなかった。
「もっと、本気で来てくれ」
蒼が静かに言う。その声に、感情はなかった。ただ淡々と、事実を述べるように。
「そうじゃないと――僕を倒せない」
アリシアが歯を食いしばる。杖を握る手が震えていた。彼の言う通りだ。今の攻撃では、全く届いていない。創造神の力。それは、あまりにも強大すぎた。
「もう一度!」
アリシアが叫ぶ。全員が頷き、再び魔法を放つ。エリカの炎が燃え盛り、セレスティアの氷が舞い、リディアの風が吹き荒れる。ダミアンの雷が轟き、シルヴィアの花が咲き乱れ、オズワルドの大地が唸る。
でも――やはり、届かない。
黒い障壁がすべてを弾く。蒼は、そこに立っていた。無傷で。まるで、何も起こっていないかのように。
「無駄だよ」
蒼が言う。
「君たちの力じゃ、僕には勝てない」
その言葉が、悲しげに響いた。まるで――本当は、そうじゃないことを望んでいるかのように。
「ふざけないで!」
エリカが叫ぶ。彼女の目から、涙が溢れていた。
「あたしたち、まだ諦めてないんだから!」
彼女が剣を構える。炎が刃を包み込み、さらに強く燃え上がる。火の精霊フレイムの力。それが、エリカの意志に応えていた。
「蒼――あんたを止める!」
エリカが突進する。炎の軌跡を残しながら、一直線に。その速さは、今までとは比べ物にならなかった。精霊との契約。その真の力が、今解放されようとしていた。
「エリカ!」
蒼が目を見開く。彼女の剣が、黒い障壁を切り裂いた。ほんのわずかだが――確かに、届いた。
「やった――」
エリカが笑う。でも、その瞬間。蒼の手が動いた。黒い魔力が、鞭のようにエリカを打ち据える。
「うあっ!」
エリカが吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ、転がっていく。彼女の体は、もう動かなかった。
「エリカ!」
セレスティアが叫ぶ。彼女も魔法を放つ。氷の槍が、蒼に向かって飛んでいく。無数の氷。それが、空気を凍らせながら迫っていく。
でも――蒼は、手を上げただけだった。
黒い魔力が、すべての氷を砕く。粉々に。跡形もなく。そして、その魔力がセレスティアへと向かう。
「セレスティア、避けて!」
リディアが叫ぶ。でも、間に合わなかった。黒い魔力が、セレスティアを包み込む。
「きゃあああ!」
セレスティアの悲鳴が響く。彼女も地面に倒れた。氷の精霊グラシアの力も、創造神の力には及ばなかった。
「くっ――」
リディアが風を操る。風の精霊シルフィードの力を全開にする。暴風が吹き荒れ、蒼を包み込む。視界を奪い、動きを封じようとする。
「無駄だ」
蒼が静かに言った。黒い魔力が爆発し、風を吹き飛ばす。そして――その衝撃波が、リディアを襲う。
「きゃっ!」
リディアも倒れた。三人のヒロインが、次々と倒されていく。その光景を見て、アリシアの心が凍りついた。
「そんな――」
アリシアが震える声で呟く。蒼が、ゆっくりと彼女を見た。
「アリシア――次は、君の番だ」
その言葉に、アリシアの体が震えた。恐怖ではない。悲しみだ。どうして、彼はそんな目をするのか。どうして、そんな声を出すのか。まるで――自分が悪役であることを、望んでいるかのように。
「結城さん――」
アリシアが震える声で呼びかける。
「お願いです――やめてください」
「やめる?」
蒼が首を傾げた。
「今さら、何を言っているんだい」
「あなたは――こんなことをする人じゃないはずです」
アリシアが涙を流しながら言う。
「優しくて、賢くて、誰よりも人を想っている人なのに――」
「それは――」
蒼が言葉を遮る。
「君の幻想だよ。僕は――最初から、こういう人間だった」
「違います!」
アリシアが叫ぶ。
「わたくしは知っています。あなたの本当の姿を」
「本当の姿――」
蒼が呟く。その目に、わずかな揺らぎが見えた。でも、すぐに消える。
「そんなものは、ない」
蒼が手を上げる。黒い魔力が、アリシアに向かって放たれた。
「アリシア様!」
ダミアンが飛び出す。彼が雷を放ち、黒い魔力を相殺しようとする。でも――力が足りなかった。黒い魔力が、ダミアンを飲み込む。
「ダミアン!」
シルヴィアが叫ぶ。彼女も花の精霊の力を使い、蒼を止めようとする。無数の花が咲き乱れ、蒼を拘束しようとする。でも――
「無意味だ」
蒼が呟いた瞬間、すべての花が枯れた。黒い魔力に侵食され、灰になって消えていく。シルヴィアも、その衝撃で倒れた。
オズワルドが、最後の力を振り絞る。
「結城蒼――」
学院長の声が、重く響く。
「お前を――止める」
大地が揺れる。大地の精霊テラの力。それが、蒼の足元から迫る。地面が割れ、巨大な岩が蒼を押し潰そうとする。
でも――蒼は、動じなかった。
「学院長――」
蒼が静かに言う。
「あなたは、僕にとって尊敬すべき人だった」
黒い魔力が爆発する。岩が粉々に砕け、オズワルドも吹き飛ばされた。老いた体は、その衝撃に耐えられなかった。
「学院長――!」
アリシアが叫ぶ。でも、もう誰も立っていなかった。エリカ、セレスティア、リディア、ダミアン、シルヴィア、オズワルド――みんな、倒れている。
残ったのは――アリシアだけだった。
*
僕は、みんなを見ていた。倒れた仲間たちを。彼らは、僕のために戦ってくれた。僕を救おうとしてくれた。でも――届かなかった。僕の力は、あまりにも強大すぎた。
「これでいい――」
僕は呟いた。これでいいんだ。僕は悪役になった。世界を脅かす存在になった。そして――みんなを傷つけた。もう、後戻りはできない。これが、僕の選んだ道。
でも――胸が痛い。
なぜだろう。心が軋む。みんなの倒れた姿を見るたび、胸が締め付けられる。これは――罪悪感? そんなものを感じるなんて。僕は、もう感情を捨てたはずなのに。
「結城さん――」
アリシアの声が聞こえた。彼女だけが、まだ立っている。杖を握りしめ、震えながらも――まだ、諦めていない。
「どうして――」
僕は問う。
「どうして、まだ立っているんだい」
「あなたを――救いたいからです」
アリシアが答える。その目には、涙が溢れていた。でも――その目は、まっすぐに僕を見ていた。
「僕を救う――」
僕は呟く。
「無理だよ。僕は、もう救われない」
「そんなことありません!」
アリシアが叫ぶ。
「わたくしは――諦めません。絶対に」
彼女が杖を構える。光の精霊ルミナスの力が、彼女を包み込む。眩しい光。それが、この暗闇の中で唯一の希望のように輝いていた。
「アリシア――」
僕は、彼女を見た。なぜだろう。彼女を見ていると――胸が苦しくなる。もっと、もっと苦しくなる。
――彼女は、僕を愛している。
それを知っている。ずっと前から。でも、受け入れられなかった。信じられなかった。なぜ、彼女は僕を愛するのか。なぜ、僕なんかを。
「さあ――」
僕は言った。
「来てくれ、アリシア。君の全力で」
彼女が頷く。そして――光が放たれた。
眩しい光。それが、僕に向かって迫ってくる。光の精霊の力。それが、今最大限に解放されていた。
僕は――黒い障壁を展開する。でも、その光は強かった。障壁を侵食し、少しずつ近づいてくる。
「これが――」
僕は呟く。
「これが、君の力か」
光が、僕の体に触れた。その瞬間――痛みが走った。いや、痛みというより――温かさだった。優しい温もり。それが、僕の心に染み込んでくる。
「やめてくれ――」
僕は呟いた。
「そんな――優しい光は――」
でも、光は止まらなかった。アリシアの想いが、そこにあった。僕を救いたいという、純粋な想い。それが、光として具現化していた。
「結城さん――」
アリシアの声が聞こえる。
「わたくしは――あなたを諦めません」
その言葉が、心に響く。胸が、痛む。なぜだろう。なぜ、こんなに苦しいんだろう。
「アリシア――」
僕は、彼女の名を呼んだ。そして――
「ごめん」
黒い魔力を、全力で放った。光を打ち消すために。彼女の想いを、拒絶するために。
爆発が起こる。光と闇がぶつかり合い、世界が揺れた。そして――光が、消えた。
アリシアが、膝をついた。力を使い果たしたのだ。彼女の体は、もう限界だった。
「アリシア――」
僕は、彼女に近づく。ゆっくりと。一歩、また一歩。彼女は、もう動けなかった。ただ、僕を見上げていた。
「結城さん――」
彼女が震える声で呼ぶ。
「わたくしは――最後まで、諦めません」
その言葉に、僕は――何も言えなかった。




