すれ違う想い 後編
アリシア・ヴァンクレールからの手紙を受け取った時、エリカ・フォルテシアは家族と共に食卓を囲んでいた。使用人が恐縮しながら差し出した封筒を見て、エリカは目を見開いた。ヴァンクレール家の紋章。間違いない。
「アリシア様から――」
エリカは席を立ち、自室へと駆け戻った。家族が呼び止める声も耳に入らない。部屋に入ると扉を閉め、震える手で封を切った。便箋を広げる。丁寧な文字で綴られた文章。その内容を読み進めるにつれ、エリカの顔から血の気が引いていった。
結城蒼が――死を望んでいる。転生者で、断罪を願い、そして今、生きることを拒んでいる。
「嘘でしょ――」
エリカの手から便箋が滑り落ちた。彼が、あの優しかった彼が。いつも笑顔で、いつも正しい答えをくれた彼が。死にたいと思っていた? そんな――そんなことが。
――信じられない。でも、アリシア様の字だ。嘘を書くような人じゃない。
エリカは床に落ちた手紙を拾い上げ、もう一度読んだ。「力を貸してください」とアリシアは書いていた。「結城さんを、救ってください」と。
エリカは拳を握りしめた。迷っている場合じゃない。彼女に――いや、蒼に会いに行かなければ。エリカは立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
その日のうちに、エリカは学院へ向けて出発した。
*
セレスティア・ノワールは図書館の片隅で、アリシアからの手紙を何度も読み返していた。彼女の周りには本が積み上げられ、誰も近づいてこない。いつもの場所。いつもの景色。でも、今日は違った。手紙に書かれた言葉が、セレスティアの心を揺さぶっていた。
蒼さんが――死を望んでいる。
「どうして――」
セレスティアの声が震える。彼は、自分を救ってくれた人だ。暗闇の中にいた自分に、光をくれた人だ。いつも優しくて、いつも理解してくれて。そんな彼が、どうして死を望むのか。
――私は、何も気づけなかった。彼の苦しみに。彼の孤独に。
セレスティアは手紙を胸に抱きしめた。涙が溢れる。彼女は自分の無力さを呪った。でも、今は泣いている場合じゃない。アリシア様が助けを求めている。蒼さんを救うために、力が必要だと。
セレスティアは涙を拭い、立ち上がった。彼女には決心がついていた。蒼さんを救うために、自分にできることをする。たとえそれが、どれだけ困難なことであっても。
彼女は学院に戻る準備を始めた。今度こそ、彼を救うために。
*
リディア・フォン・アストレアは王宮の執務室で、アリシアからの手紙を読んでいた。周囲には誰もいない。彼女が一人になれる、数少ない場所。手紙の内容を理解した時、リディアは静かにため息をついた。
「やはり――」
彼女は薄々気づいていた。結城蒼という青年が抱える闇に。彼の笑顔の裏にある、深い絶望に。でも、それを直視することを避けていた。自分には関係ないと、そう思い込もうとしていた。なぜなら、自分は王女だから。国のために生きる身だから。個人的な感情で動いてはいけないから。
――でも、それは言い訳だ。
リディアは手紙を机に置いた。彼女は迷っていた。彼を救うために動くべきか。それとも、王女としての責務を優先すべきか。でも、心はすでに決まっていた。彼を救いたい。あの特別な人を、失いたくない。
「父上――」
リディアは決意を固め、執務室を出た。王である父に、学院への一時帰還を願い出るために。彼女には分かっていた。これは王女としての行動ではない。一人の女性としての、個人的な願いだと。でも、それでもいい。今は、彼を救うことが最優先だった。
*
三人のヒロインたちは、それぞれの場所から学院へと向かった。アリシアの呼びかけに応えるために。そして――結城蒼を救うために。
学院に戻った彼女たちは、アリシアと合流した。生徒会室に集まった四人の少女たち。かつては蒼を巡って対立していた彼女たちが、今は同じ目的のために手を取り合っていた。
「来てくださったのですね」
アリシアが深々と頭を下げる。エリカが彼女の肩に手を置いた。
「当たり前でしょ。あたしたちだって、蒼には恩があるんだから」
セレスティアも頷く。
「蒼さんを――救いたいです」
リディアが静かに言う。
「わたくしも、同じ想いです」
四人の少女たちの目には、同じ決意が宿っていた。彼を救う。どんな手段を使ってでも。
「でも――」
シルヴィアが口を開く。
「どうやって? 結城さんは、もう決意を固めているのでしょう?」
その問いに、アリシアは答えた。
「力が必要です。結城さんを止められるだけの、強大な力が」
「力――」
エリカが呟く。アリシアが頷いた。
「精霊との契約です」
その言葉に、部屋が静まり返った。精霊との契約。それは学院でも上級者向けの技術だ。成功すれば強大な力を得られるが、失敗すれば命を落とすこともある。危険な儀式。
――でも、それしか方法がない。
エリカが口を開く。
「やるわ。あたしは火の精霊と契約する」
セレスティアも続く。
「わたしは――氷の精霊と」
リディアが静かに言う。
「わたくしは風の精霊との契約を望みます」
三人の決意を聞いて、アリシアが涙を浮かべた。
「ありがとうございます――」
その声が震えている。一人じゃない。仲間がいる。みんなで力を合わせれば、きっと彼を救える。
ダミアンが生徒会室の扉を開けた。
「精霊との契約なら、俺も参加する」
彼が真剣な顔で言う。
「蒼は親友だ。俺も、全力で止める」
シルヴィアも立ち上がった。
「わたしも――」
こうして、結城蒼を救うための戦いが始まった。彼らは知らなかった。原作ゲームでは、精霊との契約は物語の後半、最終決戦前に行われるイベントだということを。今、それが前倒しで実行されようとしている。運命が、大きく動き始めていた。
*
精霊との契約の儀式は、学院の奥深く、古代の祭壇がある場所で行われた。月明かりだけが祭壇を照らしている。エリカが最初に祭壇の前に立った。彼女は目を閉じ、心の中で呼びかける。
「火の精霊よ――わたしに力を」
空気が震えた。炎が舞い上がり、その中から赤い光が現れる。火の中位精霊フレイム。灼熱の存在が、エリカの前に姿を現した。
「何故、ワタシを呼ぶ」
精霊の声が響く。エリカが真っ直ぐに精霊を見た。
「大切な人を救いたい。そのために、あなたの力が必要なの」
「大切な人――」
精霊が問う。
「その者は、お前にとって何だ」
「恩人よ。あたしを救ってくれた人。だから今度は、あたしが彼を救う番なの」
その言葉に、精霊が笑った。
「良い目をしている。契約しよう」
炎がエリカを包み込む。熱い。でも、痛くない。むしろ、力が湧いてくる。契約が成立した瞬間だった。
次にセレスティアが祭壇に立った。彼女は震える声で呼びかける。
「氷の精霊よ――わたしに、力を貸してください」
冷気が広がり、氷の結晶が舞い上がる。その中から青白い光が現れた。氷の中位精霊グラシア。静かな存在が、セレスティアの前に姿を現す。
「お前は、何を望む」
「蒼さんを――彼を救いたいんです」
セレスティアの声が震える。
「彼は、わたしの光でした。だから――」
「お前の光――」
精霊が静かに言う。
「では、今度はお前が光となれ」
氷の結晶がセレスティアを包む。冷たいけれど、優しい感触。契約が成立した。
最後にリディアが祭壇に立った。彼女は堂々と呼びかける。
「風の精霊よ。わたくしと契約を」
風が吹き荒れ、その中から緑の光が現れた。風の上位精霊シルフィード。自由な存在が、リディアの前に姿を現す。
「何故、ワタシを呼ぶ」
「特別な人を救うため。彼は――わたくしが守りたい人です」
「守りたい――」
精霊が問う。
「王女としてか。それとも――」
「一人の女性として」
リディアが答える。その目に迷いはなかった。精霊が満足そうに笑った。
「良いだろう。契約を結ぼう」
風がリディアを包み込む。心地よい風。自由の風。契約が成立した。
こうして、三人のヒロインたちは精霊との契約を果たした。彼女たちの手には、強大な力が宿っている。この力で、結城蒼を止める。彼を救う。それが――彼女たちの決意だった。
あとがき――――
初めてファンタジー要素出てきたかもね、主人公以外で()
僕ももうちょっと早く出そうと思ってたんだけどなんかこうなりました
あ、三章終了です




