必死の救済
これからは毎日2話投稿で行きます……忘れない限り
朝日が部屋に差し込んでいた。わたくしは机に向かったまま、一睡もしていなかった。目の前には何枚もの便箋が広がっている。インクで汚れた手。震える指先。でも、書き続けなければならなかった。結城さんを救うために。
昨夜の出来事が脳裏に焼き付いていた。彼の空虚な目。彼の諦めた声。「生きる理由がありません」と言った時の、あの表情。わたくしは拳を握りしめた。絶対に諦めない。わたくしは彼にそう宣言した。だから、今すぐにでも行動しなければならない。
一枚目の手紙は、ダミアンへ。わたくしは慎重に言葉を選びながら書いた。結城さんの状況を説明する。彼が転生者であること。断罪を望んでいたこと。そして今、死を願っていること。ダミアンなら理解してくれるはずだった。彼は結城さんの親友だ。わたくしの味方になってくれる。
二枚目は、シルヴィアへ。彼女は生徒会の副会長として、いつもわたくしを支えてくれていた。冷静で聡明な彼女なら、何か良い案を出してくれるかもしれない。わたくしは彼女に助けを求めた。結城さんを救う方法を、一緒に考えてほしいと。
そして――三枚目からが、最も重要な手紙だった。わたくしはペンを握る手に力を込める。エリカ・ローゼンベルク様へ。彼女は結城さんと最も長い時間を過ごした人だ。彼に救われた人だ。きっと彼女なら、結城さんの価値を知っている。
「エリカ様」
わたくしは書き始めた。手紙の中で、わたくしは彼女に懇願した。結城さんが死を望んでいること。彼が自分の命に価値を見出せずにいること。どうか、彼に会いに来てほしい。彼に伝えてほしい。彼がどれだけ大切な存在だったかを。彼がどれだけ人を救ってきたかを。
四枚目は、セレスティア・フォン・エスターライヒ様へ。王女である彼女は、結城さんによって心を取り戻した。彼女の笑顔を取り戻したのは、結城さんだった。わたくしは同じように手紙を書いた。結城さんの現状を説明し、助けを求める言葉を綴った。
五枚目は、リディア・ヴァルトハイム様へ。彼女もまた、結城さんに救われた一人だ。彼が彼女の孤独を理解し、彼女に居場所を与えた。わたくしは震える手で書き続けた。どうか力を貸してください。結城さんを、救ってください。
すべての手紙を書き終えた時、窓の外は完全に明るくなっていた。わたくしは疲労で目がかすんでいたが、それでも手を止めることはできなかった。次にやるべきことがあった。これらの手紙を、確実に届けなければならない。
わたくしは立ち上がり、部屋を出た。まだ早朝で、廊下には誰もいない。急いで使用人の部屋に向かう。信頼できる使用人を見つけて、手紙を託した。急ぎで届けてほしいと頼む。使用人は驚いた顔をしていたが、わたくしの表情を見て何も聞かずに頷いてくれた。
手紙を送り出した後、わたくしは生徒会室に向かった。ダミアンならもう来ているかもしれない。彼は早起きだから。案の定、生徒会室の扉を開けると、ダミアンが書類を整理していた。
「アリシア様」
彼が振り返る。そして、わたくしの顔を見て表情を変えた。
「何があったんですか? 顔色が悪いですよ」
「ダミアン」
わたくしは彼に近づいた。
「お話があります。結城さんのことです」
ダミアンの表情が引き締まる。彼もまた、結城さんの変化に気づいていたのだろう。わたくしは昨夜の出来事を説明した。日記を見つけたこと。結城さんが転生者だったこと。断罪を望んでいたこと。そして今、生きることを拒んでいること。
話し終えた時、ダミアンは深刻な顔をしていた。
「そんな――」
彼が小さく呟く。
「蒼が、そこまで――」
「わたくしは、彼を救いたいんです」
わたくしは真っ直ぐにダミアンを見た。
「ダミアン、力を貸してください」
彼は少し考えてから、強く頷いた。
「当然です」
ダミアンが言う。
「蒼は友人だ。俺も全力で協力します」
その言葉にわたくしは安堵した。ダミアンがいてくれる。それだけで心強かった。
その後、シルヴィアも生徒会室に来た。わたくしは彼女にも同じように説明した。シルヴィアは冷静に話を聞いていたが、その目には強い決意が宿っていた。
「分かりました」
シルヴィアが静かに言う。
「結城さんを救うために、わたしも協力させてください」
「ありがとうございます」
わたくしは深く頭を下げた。仲間がいる。一緒に戦ってくれる人たちがいる。それが何よりも心強かった。
「でも、アリシア様」
シルヴィアが言う。
「結城さんは、今どうしていらっしゃるんですか?」
その質問にわたくしは言葉に詰まった。結城さん。昨夜、部屋を出て行った彼は、今どこにいるのだろう。
「分かりません」
わたくしは小さく答えた。
「でも――探さなければなりません」
ダミアンが立ち上がった。
「俺が探してきます」
「わたくしも行きます」
わたくしも立ち上がる。でもダミアンが首を振った。
「アリシア様は休んでください。一睡もしていないでしょう?」
その言葉に、わたくしは何も言えなかった。確かに体は疲れていた。でも、結城さんを探さなければ。
「大丈夫です」
ダミアンが優しく笑う。
「蒼を見つけたら、すぐに知らせます」
「お願いします」
わたくしは頷いた。ダミアンが部屋を出て行く。シルヴィアがわたくしの隣に来た。
「アリシア様」
彼女が静かに言う。
「少し休んでください。このままでは、あなたが倒れてしまいます」
「でも――」
「結城さんを救うためには、あなたが元気でいなければなりません」
シルヴィアの言葉が正論だった。わたくしは小さく頷いた。
「分かりました」
でも、休めるだろうか。結城さんのことを考えると、胸が苦しくて仕方がなかった。彼は今、どこで何を考えているのだろう。また一人で、死を考えているのだろうか。
わたくしは窓の外を見た。青い空が広がっている。綺麗な空だった。でも、結城さんにはこの空がどう見えているのだろう。彼の世界は、どれだけ暗いのだろう。
「必ず救ってみせます」
わたくしは小さく呟いた。シルヴィアがわたくしの肩に手を置く。
「一緒に、頑張りましょう」
彼女の言葉に、わたくしは強く頷いた。そうだ。一人じゃない。ダミアンも、シルヴィアも、そしてこれから返事をくれるであろうエリカ様たちも。みんなで力を合わせれば、きっと結城さんを救える。わたくしはそう信じたかった。信じなければならなかった。なぜなら、それ以外に希望がなかったから。




