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ギャルゲーの主人公に転生したので悪役令嬢の補佐してみた  作者: tanahiro2010


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禁断の契約


 氷の大地を、小さな足が踏みしめる。

 六歳になった僕は、両親に「冒険者になる修行に出る」と嘘をついて家を出た。

 嘘、というか半分は本当だ。確かに力を手に入れに行く。ただし、その理由が彼らの想像とは真逆なだけで。

 終焉の氷原。世界最北端に位置する、人を寄せ付けない死の領域。

 気温はマイナス五十度を下回り、吹雪は視界をゼロにする。魔物も近づかない、本当の意味での「終わり」の場所。


 寒い。体の芯まで凍りつくような寒さ。

 六歳の体には、あまりにも過酷すぎる環境だった。

 防寒具は村で買える最高級品を用意した。それでも、この寒さは防げない。

 足の感覚がもうない。手もかじかんで、動かすのがやっとだ。

 でも、不思議と恐怖はなかった。


「ここで死んでも、それはそれでいいか」


 小さく呟く。吐息が白く凍る。

 もし創造神に辿り着けなかったら、僕はここで凍死する。それも一つの終わり方だ。

 物語にはならないけれど、少なくとも前世のような孤独死よりは、ずっと綺麗な気がする。

 目的を持って死ぬ。それだけで、意味があるように思えた。


 ゲームの知識を頼りに、氷原の奥へ奥へと進む。

 本来なら、レベル90以上の冒険者が、完全装備で挑むべき場所。六歳児が来る場所ではない。

 でも、僕には前世の記憶がある。安全なルート、魔物の出現位置、すべて頭に入っている。

 それに――死ぬことを恐れない覚悟がある。

 この覚悟だけが、僕を前に進ませていた。


 三日目。

 食料が底をついた。水も残り僅かだ。

 体力の限界が、すぐそこまで来ている。

 それでも足を止めなかった。止まったら、本当に終わってしまう。まだ、まだ駄目だ。創造神に会わずに死ぬのは、ただの無意味な死だ。


 そして――見えた。


 氷の宮殿。

 吹雪の中に浮かび上がる、幻想的な建造物。氷でできているはずなのに、内側から淡い光が漏れている。

 神秘的で、美しくて、そして圧倒的な存在感。

 前世で、何百回も挑戦した場所。画面越しに見た、あの場所。

 それが今、目の前にある。


「着いた……」


 膝が、がくりと崩れた。

 気力だけで歩いていたんだと、今になって気づく。体はとっくに限界を超えていた。

 宮殿の扉まで、あと百メートルもない。でも、もう一歩も動けない。

 意識が遠のいていく。ああ、駄目か。ここまで来たのに、あと少しなのに――


『――――興味深い』


 声が、した。

 性別不明の、透き通るような声。

 次の瞬間、僕の体が浮き上がった。いや、誰かに抱き上げられた。


「……え?」


 視界がぼやける。でも、見える。

 銀色の髪。紫色の瞳。中性的で、神秘的な顔立ち。

 創造神だ。

 ゲームで何度も戦った、あの圧倒的な存在。


『六歳の人間が、この地に辿り着くとは。しかも一人で』


 創造神は僕を宮殿の中へと運んでいく。吹雪が止んだ。いや、宮殿の中に入った瞬間、すべての寒さが消えた。

 柔らかな場所に寝かされる。毛皮の寝台だった。


『さて、お前は何者だ?』


 創造神が、僕を見下ろす。

 その瞳には、好奇心の色があった。


「僕は……結城蒼」


 かすれた声で答える。喉が渇いていて、うまく声が出ない。

 創造神が手をかざすと、水の球体が現れた。それが僕の口に流れ込む。

 甘い。いや、甘くはないのかもしれない。でも、今までで一番美味しい水だと思った。


『結城蒼。奇妙な名だな。この世界の命名規則に合わない』


「……転生者、です」


 もう隠す意味もない。どうせ創造神なら、すべて見抜いているはずだ。


『転生者。なるほど、それは興味深い』


 創造神の瞳が、さらに輝きを増した。

 まるで珍しい宝石を見つけた子供のような、純粋な好奇心。


『異世界から来た魂か。前世の記憶を持ったまま、この世界に生まれ落ちた。実に稀な現象だ』

「あなたなら……知っているんですか? 転生のことを」

『私は世界を創造した神だからな。世界の法則の外から来た存在は、すぐに分かる』


 創造神は僕の隣に座った。

 神という存在にしては、随分と人間らしい仕草だった。


『で、転生者。お前は何故ここに来た? 死にに来たのか?』

「いえ……力を、手に入れに」

『力? 六歳児が、私のもとに力を求めに来た?』


 創造神が、くすりと笑った。

 その笑い声は、意外なほど優しかった。


「あなたと……契約を、結びたい」

『契約? 人間と神が契約を? 面白い。理由を聞こう』


 僕は息を整えてから、答えた。


「美しく、終わりたいから」

『……美しく、終わる?』

「僕は……生きることに、意味を見出せない。前世も、今も」


 言葉が、ぽつりぽつりと零れ落ちる。


「でも、ただ死ぬのは嫌だ。意味のない死は、前世で経験した。今度は違う終わり方をしたい」

「だから……物語の中で、美しく終わりたい」

「悪役として、完璧に散りたい」

「そのためには……力が必要なんです」


 創造神は、しばらく黙っていた。

 紫の瞳が、僕を静かに見つめている。


『――――奇妙な願いだ』


 ようやく、創造神が口を開いた。


『生きるために力を求める者は多い。しかし、美しく死ぬために力を求める者は初めて見た』

『それに、お前はまだ六歳だ。これから楽しいことも、嬉しいことも、たくさんあるはずだ』

『なのに、もう終わりを見ている』


「……変、ですか?」

『いや』


 創造神は首を横に振った。


『興味深い、と言っている』


 そして、不意に笑った。

 本当に、人間みたいな笑顔だった。


『いいだろう。契約を結ぼう、結城蒼』

『お前という転生者が、どのような物語を紡ぐのか。私は見てみたい』


「本当に……?」

『ああ。ただし条件がある』

『お前は九年間、ここで修行をする。私が直々に、お前を鍛える』

『九年後、お前が十五歳になったとき――お前は学園に入学し、物語を動かせ』


 九年。

 僕が物語の開始時期と同い年になるタイミングだ。


『それまでは、私のもとで過ごすことになる。家族とも会えない。覚悟はあるか?』


「……あります」


 即答していた。

 家族と離れることへの悲しみは、確かにある。両親の顔が、脳裏に浮かぶ。

 でも、それよりも強い気持ちがあった。

 美しく終わりたい。その一心が、すべてを上回っていた。


『では――』


 創造神が手を伸ばす。

 その手のひらに、複雑な魔法陣が浮かび上がった。


『契約成立だ。お前は私の力を得る。その代わり、物語を動かすことを誓え』


 僕は創造神の手を、小さな手で握った。

 瞬間、体中に力が流れ込んでくる。

 圧倒的な魔力。前世でゲームの中でしか見たことのない、創造神の力。

 それが今、僕の中に流れている。


「――――っ!」


 痛い。いや、痛いというより、熱い。体中が焼けるように熱い。

 でも、不思議と嫌な感覚ではなかった。

 むしろ、生きている実感がした。


『さあ、始めよう。九年間の修行を』

『お前が求める「美しい終わり」のために』


 創造神の言葉が、氷の宮殿に響く。

 そして、六歳の結城蒼の――歪んだ物語が、動き始めた。


 九年間の修行は、過酷だった。

 毎日毎日、体を限界まで追い込まれる。魔法の訓練、剣の訓練、戦術の勉強。

 創造神は容赦がなかった。というより、人間の限界を知らなかった。神の基準で僕を鍛えようとするから、何度も気を失った。


 でも、不思議と苦痛ではなかった。

 目的があるから。終わりが見えているから。

 前世のような、終わりの見えない虚無の日々よりは、ずっとマシだった。


 創造神は、時折不思議なことを言った。

 

『お前は、生きることを諦めている』

『でも、死ぬために努力している』

『矛盾しているな』


 その言葉に、僕は答えられなかった。

 確かに矛盾している。死にたいのに、死ぬために努力している。

 でも、それが僕なんだ。


 九年が過ぎた。

 僕は十五歳になった。

 圧倒的な力を手に入れた。創造神から直々に学んだ魔法と剣技。

 この世界で、僕に勝てる者はほとんどいないだろう。


 でも――

 心の虚無は、何も変わらなかった。


「力を得ても……何も変わらない」


 氷原を見下ろしながら、僕は呟いた。

 創造神が隣に立つ。


『そうだろうな。力は手段でしかない。お前の心は、力では満たせない』


「……分かっていました」

『ならば、学園へ行け。お前が求める「美しい終わり」を、見つけに』


 僕は頷いた。

 これから始まる。

 悪役として、物語の中で生きる日々が。

 そして、いつか――美しく散る、その日が。


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