排除の始まり
リディアが帰国してから、一週間が経った。
僕は――生徒会室にいた。
アリシアが書類を整理している。
いつものように、優雅に、完璧に。
でも――
僕の心は、空っぽだった。
「結城さん、この書類を確認していただけますか?」
アリシアが、優しく微笑む。
その笑顔は――変わらない。
「はい」
僕は、空っぽな笑顔で答えた。
計画は、完全に失敗した。
エリカは、学院を去った。
家族と和解して、自分の道を見つけて。
セレスティアは、学院を辞めた。
学者の道を選んで、王都の図書館へ。
リディアは、帰国した。
王女としての役割を受け入れて、自分の幸せも探すと言って。
三人とも――
僕を否定した。
僕の計画を、見抜いた。
そして――アリシアに救われた。
「結城さん?」
アリシアの声が、聞こえる。
「はい、何でしょう」
「少し、お疲れのようですね」
アリシアが、心配そうに僕を見る。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
嘘をついた。
また、嘘をついた。
アリシアは――
悪役にならなかった。
エリカに、優しくした。
セレスティアを、受け入れた。
リディアの心を、救った。
計画通りなら――
彼女たちと対立するはずだった。
嫉妬して、怒って、冷酷になるはずだった。
でも――
アリシアは、誰も見捨てなかった。
「結城さん」
アリシアが、書類から顔を上げた。
「エリカさんから、手紙が届きましたの」
その言葉に――
僕は、顔を上げた。
「エリカさんから?」
「ええ」
アリシアが、微笑んだ。
「家での修行は順調だそうです」
「来年の騎士試験を受けるそうですわ」
アリシアの目が、優しく輝いている。
「『結城さんによろしく伝えてください』って」
「『アリシア様と結城さんのおかげで、私は変われました』って」
その言葉が――
胸に、重く突き刺さった。
「そうですか」
小さく答える。
それしか、言えなかった。
「セレスティアさんからも、手紙が来ましたわ」
アリシアが、別の手紙を取り出す。
「王都の図書館で、古代魔法の研究をしているそうです」
「とても楽しいって」
アリシアの笑顔が――眩しい。
「『結城さん、ありがとうございました』」
「『あなたのおかげで、友達ができました』って」
セレスティアの言葉が、脳裏に蘇る。
『あなたも、光を見つけてください』
その言葉が――
今も、心に響いている。
「リディア様からも、伝言がありましたわ」
アリシアが、嬉しそうに言う。
「帰国の際に、私に会いに来てくださったんです」
その言葉に――
僕は、何も言えなかった。
「『結城さんをよろしくお願いします』って」
「『あの方は、優しすぎるから』って」
アリシアが、僕を見た。
「みんな、結城さんのことを心配していますわ」
その言葉が――
重かった。
エリカ。
セレスティア。
リディア。
みんな――
僕を心配している。
僕の笑顔が嘘だと、気づいている。
そして――
みんな、アリシアに感謝していた。
「アリシア様のおかげで、変われました」
そう言って、去っていった。
誰一人として――
アリシアを恨んでいない。
誰一人として――
アリシアと対立しなかった。
むしろ――
アリシアを、慕っていた。
「結城さん」
アリシアが、優しく言った。
「あなたも、無理をしないでくださいね」
その言葉に――
僕は、思わず笑った。
空っぽな笑顔で。
「大丈夫です」
「私は、何も無理などしていませんから」
嘘だ。
すべて、嘘だ。
でも――
それを言えない。
言ってしまったら――
すべてが、崩壊する。
生徒会の仕事を終えて、僕は学院の廊下を歩いていた。
すれ違う生徒たちが――
アリシアの話をしている。
「アリシア様って、本当に素敵よね」
「あの優しさは、本物だわ」
「生徒会長として、完璧よね」
そんな声が、聞こえてくる。
アリシアは――
学院中から、慕われていた。
エリカとの友情。
セレスティアへの優しさ。
リディアへの理解。
すべてが――
学院中に知れ渡っていた。
「アリシア様は、誰にでも優しい」
「どんな人も、受け入れてくれる」
「本当の聖女様みたい」
そんな評判が――
広まっていた。
僕は――
中庭のベンチに座った。
空を見上げる。
青い空が――綺麗だった。
でも、その青が――
酷く、空虚に見えた。
「なぜだ」
小さく呟く。
なぜ、計画は失敗したんだ。
なぜ、誰も悪役にならなかったんだ。
エリカは、悪役にならなかった。
セレスティアも、悪役にならなかった。
リディアも、悪役にならなかった。
そして――
アリシアは、聖女になった。
「すべて――」
小さく呟く。
「逆だ」
僕の計画は――
すべて裏目に出た。
ヒロインたちを僕に依存させるはずが――
彼女たちは、自分の道を見つけた。
アリシアと対立させるはずが――
アリシアに感謝して去っていった。
アリシアを悪役にするはずが――
聖女として、慕われるようになった。
「完全に――」
拳を、握りしめる。
「失敗だ」
計画は、崩壊した。
もう、ヒロインたちはいない。
誰も、僕を断罪してくれない。
そして――
アリシアは、悪役になってくれない。
「どうすれば、いい」
自問する。
美しく終わる。
それが、僕の唯一の目的だった。
でも――
その方法が、見つからない。
アリシアを悪役にすることは、もう無理だ。
彼女は、本質的に優しすぎる。
誰も見捨てない。
誰にでも、手を差し伸べる。
そんな彼女を――
悪役にすることなど、できない。
前世のことを思い出す。
孤独だった。
誰とも繋がれなかった。
そして――一人で、死んだ。
あの、冷たい部屋で。
誰にも気づかれずに。
誰にも悼まれずに。
「あれは――」
小さく呟く。
「醜かった」
誰にも看取られず。
誰にも惜しまれず。
ただ、消えていった。
だから――
今度は、美しく終わりたかった。
誰かに、断罪されて。
誰かに、記憶されて。
意味のある死を、迎えたかった。
「でも――」
胸を押さえる。
「誰も、悪役にならない」
みんな――優しすぎる。
アリシアも。
ヒロインたちも。
誰も――僕を断罪してくれない。
「ならば――」
小さく呟く。
ふと、ある考えが浮かんだ。
アリシアが悪役にならないなら――
誰も僕を断罪してくれないなら――
ならば――
「僕が――」
その言葉が、口から漏れる。
「僕が、悪役になればいい」
その瞬間――
何かが、変わった気がした。
心の奥で――
小さな闇が、芽生え始めた。
そうだ。
なぜ、気づかなかったんだ。
僕が、悪役になればいい。
僕が、世界を脅かせばいい。
僕が、災厄になればいい。
そうすれば――
誰かが、僕を止めに来る。
アリシアが、僕を断罪する。
美しく終われる。
「そうだ――」
立ち上がる。
心臓が、高鳴る。
血が、沸騰する。
「それが、答えだ」
僕は――
この世界で最強の力を持っている。
創造神から授かった、圧倒的な力を。
九年間の修行で磨き上げた、戦闘技術を。
原作知識による、未来への理解を。
それらすべてを――
悪のために使えばいい。
「世界を、脅かせばいい」
小さく呟く。
創造神の力を解放する。
世界に、災厄をもたらす。
人々を、恐怖に陥れる。
そうすれば――
必ず、誰かが僕を止めに来る。
アリシアが。
エリカが。
セレスティアが。
リディアが。
かつて僕が救った、ヒロインたちが。
彼女たちは――
きっと、僕を止めようとする。
優しい彼女たちだから。
そして――
最後に、アリシアの手で断罪される。
「それが――」
拳を、握りしめる。
「僕の、美しい終わりだ」
心の中で――
何かが、崩れていく音がした。
でも――もう、止まらない。
新しい計画が――
明確な形を持ち始めた。
アリシアを悪役にできないなら――
僕が悪役になればいい。
ヒロインたちを利用できないなら――
世界そのものを、利用すればいい。
誰も僕を憎んでくれないなら――
僕が、憎まれる存在になればいい。
「完璧だ」
小さく笑う。
それは――
この数ヶ月で、初めての本物の笑いだった。
歪んだ、壊れた笑い。
「あはは――」
笑いが、止まらない。
おかしい。
すべてが、おかしい。
なぜ、今まで気づかなかったんだ。
答えは、こんなに簡単だったのに。
「僕が――」
笑いながら、呟く。
「僕が、悪役になればよかったんだ」
そうだ。
最初から、そうすればよかった。
アリシアを悪役にしようとするなんて――
無理な話だった。
彼女は、優しすぎる。
聖女すぎる。
完璧すぎる。
そんな彼女を――
歪めようとした僕が、馬鹿だった。
「あはは、あはははは――」
笑いが、止まらない。
ベンチに座り込んで――
両手で顔を覆う。
指の隙間から――
笑いが漏れる。
「そうだ、そうだよ」
呟く。
「僕が――災厄になればいい」
「僕が――世界を壊せばいい」
「僕が――みんなの敵になればいい」
それが――
一番、美しい。
一番――
意味のある死だ。
「やっと――」
顔を上げる。
涙が――出ていた。
でも、悲しくない。
嬉しくて――
笑いが止まらなくて。
「やっと、見つけた」
僕の、居場所を。
僕の、役割を。
悪役。
災厄。
世界の敵。
それが――僕だ。
「創造神から授かった力」
右手を見る。
その手には――圧倒的な力が宿っている。
「九年間、磨き上げた技術」
左手を見る。
剣も、魔法も、すべて完璧に身につけた。
「そして――原作知識」
頭を押さえる。
未来を知っている。
世界の弱点を知っている。
どこを突けば――世界が壊れるか。
「全部――」
笑う。
「全部、悪のために使える」
そうだ。
僕は――最強の悪役になれる。
誰も――僕を止められない。
誰も――僕に勝てない。
アリシアも。
エリカも。
セレスティアも。
リディアも。
みんな――
僕には勝てない。
「でも――」
笑みが、深くなる。
「それでいい」
勝てないからこそ――
彼女たちは、必死になる。
僕を止めるために。
世界を救うために。
命を懸けて、戦ってくれる。
そして――
最後の最後に。
「僕が――」
囁く。
「わざと、負ける」
そうだ。
アリシアの攻撃に――
わざと、身を晒す。
彼女の一撃で――
僕は、倒される。
美しく。
意味のある死を。
彼女の手で。
「完璧だ――」
立ち上がる。
体が――震えている。
興奮で。
期待で。
「ああ――」
空を見上げる。
青い空が――
今度は、美しく見えた。
「これで――」
呟く。
「前世の、孤独死とは違う」
誰にも気づかれず、死んだ前世。
冷たい部屋で、一人で。
でも――今度は違う。
「みんなが、見ている」
「みんなが、僕を憎んでいる」
「みんなが、僕を倒そうとする」
そして――
最後に、アリシアの手で。
「記憶される――」
笑う。
「語り継がれる――」
歪んだ笑顔で。
「世界を脅かした、悪役として」
それが――
僕の望む、美しい終わりだ。
「やっと――」
呟く。
「やっと、道が見えた」
「やっと――」
呟く。
「やっと、道が見えた」
でも――
胸の奥に、違和感がある。
まだ――
何かが、引っかかっている。
アリシアの笑顔が、浮かぶ。
エリカの涙が、浮かぶ。
セレスティアの優しさが、浮かぶ。
リディアの忠告が、浮かぶ。
「みんな――」
小さく呟く。
「僕を、心配してくれた」
それなのに――
僕は、彼女たちを裏切ろうとしている。
彼女たちの優しさを。
彼女たちの願いを。
彼女たちの――愛を。
「ごめん」
小さく呟く。
でも――
その言葉は、空虚だった。
謝罪の言葉すら――
嘘になっている。
本当に申し訳ないと思うなら――
この道を、選ばないはずだ。
でも――
僕には、これしかない。
「美しく終わる」
もう一度、呟く。
それが――
僕の、すべてだから。
前世で、醜く死んだから。
今度こそ、美しく終わりたいから。
たとえ――
それが、間違った道だとしても。
たとえ――
誰かを傷つけることになっても。
僕は――
この道を、歩き続ける。
「それでも――」
立ち上がる。
空を見上げる。
雲が、ゆっくりと流れている。
その雲が――
まるで、僕を見下ろしているようだった。
創造神は――
今も、見ているのだろうか。
僕が、この決断をするのを。
僕が、闇に堕ちていくのを。
「あなたは、止めないんですね」
小さく呟く。
創造神との約束を思い出す。
『お前の選択を、尊重する』
そう、言われた。
何を選んでも――
見守ると。
「ならば――」
拳を、握りしめる。
「僕は、選びます」
悪役になることを。
世界を脅かすことを。
そして――美しく、終わることを。
それが――
僕の、答えだ。
笑みが――止まらない。
「ああ――楽しみだ」
歩き出す。
中庭を後にする。
もう――
迷わない。
心が――軽い。
こんなに軽いのは、いつ以来だろう。
前世でも。
この世界に転生してからも。
ずっと――重かった。
生きることが、苦しかった。
でも――今は違う。
「終わりが、見えるから」
小さく呟く。
美しい終わりが。
意味のある死が。
それが――僕を、自由にする。
廊下を歩きながら――
僕は、すでに計画を練り始めている。
まず――生徒会を辞める。
アリシアから、距離を取る。
そして――姿を消す。
どこか、誰も知らない場所へ。
そこで――力を解放する。
創造神の力を、完全に。
世界は――震えるだろう。
恐怖に、包まれるだろう。
そして――彼女たちが来る。
アリシアが。
エリカが。
セレスティアが。
リディアが。
僕を止めるために。
「ああ――」
小さく笑う。
「楽しみだ」
彼女たちの、絶望した顔が。
彼女たちの、涙が。
彼女たちの、叫びが。
すべて――
僕を、美しく終わらせるための、舞台装置だ。
「ごめん、みんな」
呟く。
でも――その言葉に、感情はない。
「僕は――もう、壊れてるから」
前世で。
孤独に死んだ時に。
僕は――すでに、壊れていた。
この世界に転生しても――
その壊れた心は、治らなかった。
「だから――」
拳を、握る。
「最後まで、壊れたまま生きる」
それが――
僕の、在り方だ。
生徒会室の前を通り過ぎる。
中から――アリシアの声が聞こえる。
誰かと、話しているようだ。
優しい声で。
「アリシア――」
小さく呟く。
君は――知らないだろう。
君の隣にいる僕が。
こんなにも――壊れていることを。
「でも、すぐに分かる」
笑う。
「僕が、この世界の敵になった時」
「君は――僕の本当の姿を、見るだろう」
それが――楽しみだった。
アリシアの、絶望した顔。
信じていた相手に、裏切られた顔。
「その顔を見て――」
囁く。
「僕は、死ねる」
君の手で。
君の一撃で。
美しく。
寮への廊下を歩く。
窓から――夕日が差し込んでいる。
赤い光が――
僕を、照らす。
まるで――
血のように。
「血――」
小さく呟く。
きっと、たくさん流れるだろう。
僕が災厄になれば。
罪のない人々の血が。
世界を守ろうとする者たちの血が。
そして――最後に、僕の血が。
「それでいい」
笑う。
「それが――美しい」
狂っている。
自分でも、分かっている。
でも――
もう、止まらない。
止まりたくない。
部屋に戻る。
窓を開ける。
風が――入ってくる。
冷たい、夜の風が。
「始まる――」
小さく呟く。
「僕の、最後の物語が」
創造神よ。
見ていてください。
あなたが授けた力を――
僕は、悪のために使います。
あなたが見守ると約束した――
僕の選択を。
「これが――」
夜空を見上げる。
星が――輝いている。
美しく、冷たく。
「僕の、答えです」
もう――
引き返せない。
引き返す気も、ない。
僕は――
悪役になる。
世界を脅かす。
みんなを、恐怖に陥れる。
そして――
最後に、アリシアの手で、死ぬ。
美しく。
意味のある死を。
それが――
僕の、望む結末だ。
「ごめん」
最後に、呟く。
誰に向けてか――
もう、分からない。
アリシアか。
ヒロインたちか。
創造神か。
この世界か。
それとも――
まだ、どこかに残っている。
壊れる前の、僕自身に、か。
でも――
謝罪の言葉も、もう意味がない。
僕の心は――
もう、決まっていた。
闇に――
完全に、堕ちると。
僕は、部屋を出た。
あとがき――――
第二章終了です!
第三章はちょっとだけアリシアさん視点になります!




