リディア編 前編
セレスティアが学院を去ってから、一週間が経った。
僕は――中庭にいた。
最後のヒロイン、リディア・アルトリウスを探すために。
彼女は、隣国フェルディア王国の第二王女だ。
原作ゲームでは、政治的な問題に悩むヒロインだった。
姉と弟に挟まれて、自分の存在価値を見失っている。
主人公が彼女の本当の価値を見出して――
彼女は、自分の道を見つける。
それが、彼女のルートだ。
「最後のチャンスだ」
小さく呟く。
エリカは、失敗した。
セレスティアも、失敗した。
二人とも――僕の計画を見抜いて、去っていった。
でも、リディアなら。
王女という立場の彼女なら――
計画通りにいくかもしれない。
「それとも――」
胸の奥に、重いものがある。
エリカの言葉が、響く。
『それは、間違ってます』
セレスティアの言葉が、響く。
『あなたも、光を見つけてください』
みんな――
僕を否定した。
僕の計画を、僕の死への渇望を。
でも――
僕には、他に道がない。
美しく終わる。それだけが、唯一の希望だから。
中庭のベンチに――
彼女は座っていた。
リディア・アルトリウス。
金色の髪。青い瞳。
完璧な姿勢で、一冊の本を読んでいる。
その姿は――
絵画のように美しかった。
でも――
どこか、冷たい印象を受ける。
人形のような、作られた美しさ。
僕は、そっと近づいた。
「失礼します」
声をかけると――
リディアが、ゆっくりと顔を上げた。
「あら」
優雅な微笑み。
完璧な王女の笑顔。
「どなたかしら?」
「結城蒼と申します」
僕も、礼儀正しく一礼した。
「生徒会で、アリシア・ヴァンクレール様の補佐をしております」
その言葉に――
リディアの目が、わずかに輝いた。
「まあ、あの有名なアリシア様の」
リディアが、本を閉じる。
「噂は聞いていますわ」
「学院一の才女と、その完璧な補佐役」
リディアの視線が、僕を値踏みするように見る。
「それで、私に何か御用ですか?」
その声は――丁寧だが、距離を感じる。
「いえ、ただ――」
僕は、隣に座った。
「リディア様が、いつも一人でいらっしゃるので」
「少し気になりまして」
その言葉に――
リディアの表情が、わずかに変わった。
「あら、心配してくださるの?」
笑顔。
でも、その奥に何かを隠している。
「王女ですもの」
「一人でいるのは、当然ですわ」
その言葉に――
僕は、違和感を覚えた。
原作ゲームでは、リディアは孤独に苦しんでいた。
王女という立場が、彼女を縛っていた。
本当の自分を、誰にも見せられなかった。
「当然、ですか?」
僕が尋ねると――
リディアは、微笑んだ。
「ええ。王族は常に品位を保たなければなりませんから」
「気軽に他の生徒と交流するわけにはいきませんの」
完璧な答え。
王女らしい答え。
でも――
その目は、少し寂しそうだった。
「そうですか」
僕は、空を見上げた。
「寂しくないんですか?」
その問いに――
リディアが、僕を見た。
「寂しい?」
リディアが、小さく笑った。
「王族に、そのような感情は不要ですわ」
「私たちは、国のために存在しているのですから」
その言葉が――
嘘だと分かった。
彼女は、演じている。
完璧な王女を。
「そうですか」
僕は、リディアを見た。
「でも、リディア様も人間です」
「寂しいと感じることは、おかしくありません」
その言葉に――
リディアの目が、わずかに揺れた。
「……面白い方ですのね」
リディアが、小さく笑った。
「生徒会の補佐なのに、王女に説教するなんて」
その声には――
少しだけ、本心が混じっていた。
「説教ではありません」
僕は、微笑んだ。
「ただ、思ったことを言っただけです」
リディアは、しばらく僕を見ていた。
そして――小さく溜息をついた。
「結城さん、あなた――」
リディアの声が、少し変わる。
「変わっていますわね」
その言葉に――
僕は、少し驚いた。
「変わっている、ですか?」
「ええ」
リディアが、僕を見た。
その目は――鋭かった。
「あなたの目を見ていると――」
「何も映っていないように見えますわ」
その言葉に――
僕の心臓が、大きく跳ねた。
「まるで――」
リディアが、小さく呟く。
「死んでいるような目」
その瞬間――
僕は、何も言えなくなった。
リディアは――
僕を、見抜いていた。
最初から。
「図星、のようですわね」
リディアが、微笑んだ。
でも、それは――悲しい笑顔だった。
「私も、同じですもの」
「すぐに分かりましたわ」
リディアが、空を見上げる。
「仮面をかぶって生きている人の目」
「本当の自分を隠している人の目」
「死んだように、生きている人の目」
その言葉が――
胸に、深く突き刺さった。
「リディア、様……」
「あなたは、何のために生きているの?」
リディアが、僕を見た。
「生徒会の補佐? アリシア様のため?」
「それとも――」
リディアの目が、鋭くなる。
「何か、別の目的があるの?」
その問いに――
僕は、答えられなかった。
リディアは――
エリカやセレスティアとは違う。
最初から、すべてを見抜いている。
「答えなくてもいいですわ」
リディアが、立ち上がる。
「どうせ、誰にも言えない秘密でしょうから」
リディアは、僕を見下ろした。
「でも、一つだけ言わせていただきますわ」
その声は――冷たかった。
「あなたは、危険ですわね」
「自分を大切にしない人は――」
「他人も大切にできませんもの」
その言葉が――
心に、重く響いた。
「失礼しますわ」
リディアは、そう言って歩き出した。
でも――数歩進んで、振り返る。
「ああ、そうだわ」
リディアが、少し微笑んだ。
「明日の夕方、また中庭にいらっしゃい」
「お話ししたいことがありますの」
その言葉を残して――
リディアは、去っていった。
僕は――
ベンチに座ったまま、動けなかった。
「見抜かれた」
小さく呟く。
リディアは、最初から僕を見抜いていた。
僕の空虚さを。
僕の死への渇望を。
「でも――」
彼女も、同じだと言った。
仮面をかぶって、生きていると。
ならば――
彼女も、苦しんでいるのか?
王女という立場に、縛られているのか?
「利用できる」
心の中で、冷たく考える。
彼女の苦しみを、利用できる。
計画のために。
でも――
胸の奥の違和感は、消えなかった。
リディアの目を思い出す。
あの鋭く、でも悲しい目を。
「死んでいるような目」
彼女は、そう言った。
それは――僕のことだ。
でも、リディアの目も――
同じだった。
死んだように、生きている目。
仮面の奥に、本当の自分を隠している目。
「僕と、同じか」
小さく呟く。
エリカは、まっすぐだった。
セレスティアは、繊細だった。
でも、リディアは――違う。
彼女は、僕と同じように――
何かを諦めている。
「明日、何を話すつもりだろう」
リディアの言葉を思い出す。
「お話ししたいことがある」
それは――
提案なのか?
警告なのか?
分からない。
リディアは、読めない。
でも――
一つだけ分かることがある。
彼女は――
他のヒロインたちとは、違う。
僕を見抜いた。
僕の計画を、感じ取っている。
それでも――
話をしようと言った。
「どういう、つもりだ」
小さく呟く。
不安と、期待が入り混じる。
リディアは――
計画通りにいくのか?
それとも――
エリカやセレスティアのように、僕を否定するのか?
「明日、分かる」
立ち上がる。
空を見上げる。
夕日が、綺麗に沈んでいく。
赤く染まった空が――
まるで血のようだった。
明日。
リディアと、再び会う。
それが――
最後のチャンスだ。
もし、リディアでも駄目なら――
僕の計画は、完全に崩壊する。
「それでも――」
小さく呟く。
「諦めない」
美しく終わる。
それが、僕の唯一の目的だから。
たとえ、誰に否定されても。
たとえ、誰に見抜かれても。
僕は――
死ぬまで、この道を歩き続ける。
それが――
僕の、存在意義だから。
あとがき――――
王女様鋭い!




