築かれる信頼
舞踏会の日が、近づいていた。
生徒会室では、アリシアが準備に追われている。
僕は補佐役として、彼女を支えていた。
「結城様、この招待状の文面、これでよろしいでしょうか?」
「はい、完璧です」
「それから、会場の装飾なのですが――」
アリシアは、几帳面に一つ一つ確認していく。
その姿は、いつもの完璧な令嬢そのものだった。
でも――
時々、疲れた表情を見せる。
それを、他の誰も気づいていない。
「アリシア様、少し休憩しませんか?」
僕が提案すると、アリシアは驚いたように顔を上げた。
「え? でも、まだやることが――」
「三時間、ぶっ通しで働いています」
「少しは休んでください」
アリシアは、少し困ったように笑った。
「あなたには、敵いませんわね」
二人で生徒会室を出て、中庭のベンチに座る。
春の風が、心地よい。
「ふう……」
アリシアが、小さくため息をついた。
その表情は――いつもの完璧な笑顔ではなかった。
少し、疲れた顔。
少し、弱々しい顔。
「大変ですか?」
僕が尋ねると、アリシアは少し迷ってから答えた。
「……正直に言えば、少し」
その言葉に、僕は驚いた。
アリシアが、弱音を吐くなんて。
「生徒会長として、完璧でなければならない」
「皆の期待に、応えなければならない」
「でも、時々――」
アリシアが、空を見上げる。
「時々、疲れてしまいますわ」
その言葉が――とても人間らしくて、僕は胸が痛んだ。
「アリシア様も、人間ですから」
「完璧である必要は、ありません」
「弱音を吐いてもいいんです」
アリシアが、僕を見た。
その目には――涙が浮かんでいた。
「結城様……」
「僕でよければ、いつでも聞きます」
「一人で抱え込まないでください」
アリシアは、小さく笑った。
でも、それは泣き笑いのようだった。
「ありがとうございます」
「あなたがいてくれて――本当に、良かった」
その言葉が、温かかった。
でも同時に、胸が苦しかった。
僕は、アリシアを利用しようとしていた。
悪役に育て上げて、最後は断罪されるために。
でも、今――
彼女は、僕を信頼している。
「これではいけない」
心の中で、自分に言い聞かせる。
アリシアは、悪役にならなければならない。
でも――
彼女の弱さを見てしまった。
彼女の涙を見てしまった。
彼女の本当の姿を、知ってしまった。
「もう、戻れないのかもしれない」
小さく呟く。
計画からの、逸脱。
でも、止められない。
「結城様、あなたは――」
アリシアが、不意に話しかけた。
「はい」
「あなたは、なぜそんなに優しいのですか?」
その質問に、僕は戸惑った。
優しい? 僕が?
「優しくなんて、ありません」
「いえ、あなたは優しいですわ」
アリシアが、真剣な目で言う。
「いつも私を気遣ってくれる」
「疲れている時は休ませてくれる」
「辛い時は、そばにいてくれる」
「それは――とても、優しいことですわ」
その言葉に、僕は何も言えなかった。
優しさ?
違う。
これは――
「僕は、ただ――」
言葉が、出てこない。
何と言えばいいのか、分からない。
「ただ、アリシア様といると――」
そこまで言って、口を閉じた。
言ってはいけない。
これ以上、言ってしまったら――
「ふふ、照れていますのね」
アリシアが、優しく笑った。
その笑顔は――本当に美しかった。
夕方、生徒会の仕事を終えて。
僕とアリシアは、一緒に寮へ帰る道を歩いていた。
「結城様、舞踏会――楽しみですわね」
アリシアが、嬉しそうに言う。
「ええ」
「あなたと踊れること――とても、楽しみにしていますわ」
その言葉に、心臓が大きく跳ねた。
アリシアと踊る。
それは――
「僕も、楽しみです」
自然に、言葉が出た。
嘘じゃない。本当に楽しみだ。
でも――それでいいのか?
「結城様」
アリシアが、立ち止まった。
「はい」
「私――」
アリシアが、少し迷ってから続けた。
「私、あなたのことを――」
その瞬間――
僕の心臓が、激しく鳴った。
アリシアは、何を言おうとしているのか。
「信頼していますわ」
その言葉に――
安堵と、失望が、同時に押し寄せた。
「誰よりも、信頼しています」
「だから、これからも――」
「そばにいてくださいね」
アリシアの目が、真っ直ぐに僕を見ている。
その目は――とても、真剣だった。
「……はい」
僕は、答えた。
それしか、言えなかった。
信頼。
アリシアは、僕を信頼している。
でも、僕は――
彼女を裏切ろうとしていた。
「ありがとうございます」
アリシアが、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て――
僕の胸に、罪悪感が広がった。
その夜、部屋に戻って。
僕は、ベッドに座っていた。
「信頼、か……」
小さく呟く。
アリシアは、僕を信頼している。
でも、その信頼は――裏切られることになる。
計画は、崩壊した。
アリシアは、悪役にならなかった。
でも、僕はまだ死を求めている。
「ならば――」
どうすればいい?
アリシアを傷つけずに、死ねる方法は?
答えは、まだ見つからない。
でも、一つだけ分かることがある。
「アリシアには、幸せになってほしい」
それは本心だった。
彼女は、多くの人を幸せにする。
そんな彼女には、幸せになる資格がある。
「でも、僕は――」
幸せになれない。
なりたくない。
なることが、怖い。
前世の記憶が、蘇る。
孤独な部屋。
誰にも気づかれずに死んでいく恐怖。
無意味な人生。
「あんな風には、もう――」
戻りたくない。
だから、美しく終わりたい。
意味のある死を、選びたい。
でも――
アリシアとの信頼関係は、本物だ。
彼女の優しさは、本物だ。
この温かさは――本物だ。
「なら、なぜ――」
なぜ、僕は死を選ぼうとしているのか。
答えは――
「怖いからだ」
小さく呟く。
幸せになることが、怖い。
誰かと繋がることが、怖い。
生きることそのものが、怖い。
だから、逃げているんだ。
死という、終わりに。
「でも、これでいいのか?」
自問する。
アリシアを信頼し、彼女も僕を信頼している。
この関係を、壊してしまっていいのか?
答えは――
「分からない」
ただ、一つだけ確かなことがある。
アリシアとの時間は――
前世では、経験できなかった宝物だ。
翌日。
舞踏会の前日だった。
生徒会室で、最終確認をしていると。
アリシアが、僕に小さな箱を渡した。
「これは?」
「開けてみてください」
箱を開けると――
美しいネクタイピンが入っていた。
青い宝石が、埋め込まれている。
「明日の舞踏会で、つけていただけますか?」
「これは……」
「お揃いですわ」
アリシアが、自分のドレスの胸元を指す。
そこには、同じ青い宝石のブローチがあった。
「パートナーの証ですわ」
アリシアが、優しく微笑んだ。
その笑顔が――眩しすぎた。
「ありがとうございます」
僕は、ネクタイピンを受け取った。
その重みが――とても重かった。
信頼の証。
パートナーの証。
そして――
アリシアの気持ちの証。
「大切にします」
その言葉は――本心だった。
アリシアは、嬉しそうに頷いた。
「明日、楽しみですわね」
「ええ」
二人で微笑み合う。
その瞬間――
僕は、確かに幸せだった。
でも――
その幸せが、恐怖に変わる。
「このまま、でいいのか?」
心の中で、自問する。
信頼関係を築いて。
アリシアと共に笑って。
幸せを感じて。
「これは、計画じゃない」
計画では、アリシアは悪役になるはずだった。
僕を断罪するはずだった。
でも、今――
彼女は、僕を信頼している。
そばにいてほしいと、言っている。
パートナーの証を、くれた。
「完全に――」
計画から、外れている。
でも、止められない。
もう、戻れない。
アリシアとの信頼関係は――
築かれてしまった。
そして、それは――
僕の計画を、完全に破壊していた。
でも――
心のどこかで、思っている。
「このままでも、いいのかもしれない」
いや、違う。
駄目だ。
計画を諦めたら、僕の存在意義は――
「分からない」
頭を抱える。
信頼と計画。
幸せと死への願望。
感情と理性。
すべてが、混乱している。
でも、一つだけ確かなことがある。
アリシアとの信頼関係は――本物だ。
たとえ、僕が彼女を利用しようとしていても。
たとえ、計画が崩壊していても。
この信頼だけは――本物だ。
「なら、僕は――」
どうすればいい?
この信頼を、裏切るのか?
それとも――
答えは、まだ出ない。
ただ――
明日の舞踏会が、怖かった。
アリシアと踊る。
パートナーとして、一緒にいる。
それは――恋人のようなものだ。
「僕には、許されないことなのに」
小さく呟く。
死を選んだ人間が、誰かと繋がるなんて。
終わりを求める人間が、幸せを感じるなんて。
「でも――」
明日、アリシアと踊りたい。
彼女の笑顔を、見たい。
一緒にいたい。
その気持ちは――本物だった。
窓の外には、星が輝いていた。
明日は、きっと良い天気だ。
舞踏会に、ふさわしい日になるだろう。
でも、僕の心は――
晴れることはなかった。
信頼と裏切り。
幸せと死への願望。
アリシアとの未来と、終わりへの道。
すべてが、交錯している。
「明日、どうなるんだろう」
小さく呟く。
答えは、分からない。
ただ――
この信頼関係が、僕を変えてしまったことだけは、確かだった。
結城蒼は――
もう、元の自分には戻れない。
アリシア・ヴァンクレールという少女と出会って。
信頼関係を築いてしまった今――
計画は、完全に崩壊していた。
でも、それでも――
死への願望だけは、消えなかった。
ただ、その方法が――
分からなくなっていた。
あとがき――――
第二章完結です!
第三章は原作ヒロインとかが出てきます
ぶっちゃけあんまり原作についての設定を練ってないせいで終わってると思いますが...許していただけると嬉しいです()




