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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ボクは神様にお願いした。

作者: 愛田美月

 博が自宅へ着いたのは、夜の十一時過ぎだった。

 妻も子も寝入っている時間だ。

 居間に入ると、ソファーに勢いよく腰を下ろし、郵便受けから持ってきた回覧板に視線を落とす。

『注意! 動物が狙われています』

 そんな見出しから始まった記事に目を落とし、そう言えばと博は妻の顔を思い浮かべた。

「あいつが、何か騒いでいたな」

 今朝、博の支度を手伝いながら、妻の玲子が言っていた事を思い出したのだ。

『この辺りで、猫と犬の死体が見つかったの。何かに内臓食べられてたんですって。ねぇ、怖いわ。こんな所早く引っ越しましょうよ』

 博は冗談だろうと笑い飛ばした。内臓を、という話は確かにぞっとするが、人に被害がでた訳ではあるまいし。引っ越しまで考える妻の気がしれない。

 回覧板を机の上に放り投げようとした時、ノートが一冊置いてあることに気付いた。息子の物だろう。

 裕と名付けた息子は、今年九歳になる。妻似の可愛い顔をした、自慢の息子だ。博は回覧板を机の上に置き、変わりにそのノートを手にした。

 表紙には日記と書かれている。

 博は、好奇心に負けてノートを開いた。


三月一日

 また、ママにおこられた。キュウリをのこしたからだ。あんなの、食べられなくたって死なないのに。


 博の口元が緩んだ。小さい頃は、博もよく母親に、好き嫌いはやめなさいと言われていた。


三月二日

 今日は学校帰りにネコを見つけた。手をのばしたら、引っかかれてとてもいたかった。

 

 博は、パラパラとページを捲り、目に付いた所をまた読み始めた。


四月三日

 今日は、ママにお弁当を作ってもらって、ハルと秘密基地へ行った。とちゅうで、犬にほえられた。この犬キライいつもほえるもん。それに、お弁当には大キライなキュウリが入ってた。ママっていじわるだ。

 

 それは、嫌いな物を克服させようとしているのだろう。躍起になっている妻の姿を思い浮かべて、博は苦笑した。玲子のことだ、裕に無理をさせているのかもしれない。大人になれば、好き嫌いなんて減ってくるものなのに。


四月四日

 今日はハルに、神様を呼び出すおまじないを教えてもらった。お願いすれば、何でも願いを叶えてくれるんだって。


 神様を呼び出すとは大層である。子どもというのは、どこからこんな胡散臭いものを見つけてくるのか。

 

四月五日

 すごいことがおこった。「昨日キライなモノが食べれるようになりますように」ってお願いしたら、キュウリが食べられるようになった。神様ありがとう。ママもとってもよろこんでくれた。だからボクはもっともっと、キライなモノを食べられるようになるんだ!

 

 良い心がけである。我が息子ながら何て前向きなんだ。と、博は思った。神頼みという所が引っかかるが、それでも大きな一歩だ。


四月六日

 また、ネコにあった。今日は大丈夫だと思って手をのばしたら、また引っかかれた。もうネコなんて大キライ。


四月八日

 また、ボクはキライなモノを食べてみた。

 思ってた以上においしくて、ボクはまた他のモノも食べてみようと思った。

 何を食べるかはもう決めてるんだ。


四月九日

 今日また、キライなモノを食べて家にかえった。キライなモノはとてもおいしかった。なのに、ママにおこられた。ボクが服をたくさん汚しちゃったからだ。キライなモノを食べれるようになりなさいってママが言ったのに。

 ママなんてキライ。


 博はここで首を傾げた。嫌いな物を食べて帰ってきた、とはどういう事だろう。家で出された物ではなかったのか。しかも服を汚すなど、一体何を食べてきたのだろう。


四月十日

 今日、ママがボクを叩いた。ママはボクを変な顔で見る。ボクはママに話しかけようとしただけなのに。ママはひどい。


 博は息を飲んだ。玲子がヒステリックになることは良くあるが、決して息子に手を出すことはなかった。

 博の脳裏に、『虐待』の文字が浮かぶ。妻と裕の関係がおかしくなっていることに気付かなかった。父親失格だ。

 ページを数枚めくった。


四月二十日

 今日もママとケンカした。もう、キライなモノは食べちゃダメだって。ママが食べろって言ったんじゃないか。そう言ったら、またママにぶたれた。

 ママなんてキライ、大キライだ。


 ページを進めるごとに、妻と裕の関係が悪くなっていく。

 そして、今日のページに辿りついた。


五月一日。

 今日、ボクはまた、キライなモノを食べた。

 今までで一番おいしかった。

 もっともっと、嫌いなモノ見つけなきゃ。




 ドアの開く音が聞こえて、博は目を上げた。

「おまえ、どうした!」

 博は慌てて立ち上がり、ドアの前に立っていた息子に駆け寄る。裕の口周りは赤く染まり、服も胸元辺りが赤黒く濡れていたのだ。

「鼻血か?」

 心配し、伸ばした手を裕が掴む。裕は口元を赤く汚したまま、にっこりと笑った。

「違うよパパ。僕ね、凄いんだよ」

 そう言って、裕は博の手を引いて歩き出す。

 裕が導いたのは、夫婦の寝室だった。

 そこから水音が聞こえた。

 不思議に思う間もなく、裕が勢いよくドアを開く。その途端、臭気が鼻についた。

 博の目が、ベッドに横たわる人影を捉える。

 裕の手を離し、ベッドに近づく。

 液体がシーツを伝い落ち、床に水溜りが出来ていた。

 膝をつき、水溜りに手をのばす。

 血か?

 彼はベッドに横たわる人物に目を移した。

 そこにいたのは、確かに妻だった。彼女の腹には大きな穴があいていた。

 黒く大きな穴。

「玲子、何でこんな」

 そう言って絶句した。

「パパ」

 呼びかけられ、振りかえる。

「ね? 嫌いなモノ食べれたよ」

 裕は満面の笑みを浮かべていた。

 博は体を震わせる。

「何を言ってるんだ裕、これはママだろ」

 裕は首を横に振った。

「違うよ。嫌いなモノだ」


『猫と犬が何かに内臓を食べられて死んでたって』


 妻の言葉が頭を過る。

 日記に登場した猫と犬。

 玲子は気付いていたのか?

 裕が食べていた嫌いなモノが何なのか。

「パパ、褒めて」

 目の前にいるのは、本当に裕なのか?

 そんな、疑問が頭を過る。

 ふと、裕の視線が博の手元へ向かった。

「そのノート」

「え?」

 博の右手には、日記帳が握られていた。

 室内の温度が急激に下がった気がした。

 裕の顔が怒気に歪む。

「パパ。僕の日記、勝手に読んだんだね」

「裕、待て、話を……」

 赤く染まった口が開く。






 パパなんて、大嫌いだ。




ここまでご覧いただきありがとうございました。


5分大祭参加作になります。


本祭用の今回は、初めてのジャンル『ホラー』に挑戦してみました。


でも、あまり怖くならなかったですね。

もっとも~っと怖くしてみたかったです。


今回はホラーということで、いつもとは違ったラストになっています。私が描く小説はいつもラストに何か希望のようなものを残すのですが、今回はなし。


こういうのもたまにはいい・・・のかな?


とにかく、楽しんでいただければ良いのですが。

初ジャンルなので、受け入れていただけるのか。今から不安で不安で仕方ありません。



主催者の弥生さま。素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。毎回、勉強させていただいています。


それでは、皆様。

重ねてになりますが、ご覧いただきありがとうございました。


また、お会いできることを願って。


愛田美月でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 犯罪を犯す反社会的人間は子供のときに小動物を殺傷したりする傾向があることを思い出しました。 それだけでも怖いのに、食べるのはもっと怖いですね。
[一言] はじめまして。 無駄を省いて、すっきりと短くまとまったホラーですね。 楽しく読ませていただきました。 子供の日記によって、徐々に真実が明るみになる中盤が特に怖かったです。
[一言] 執筆お疲れさまです。 読むのが今頃になってしまい、申し訳ありません。 子供の日記にぞくぞくとしました。 いや、子供って怖い(笑) 他の方もおっしゃってますが、ホラーとしてはオチが読めてしま…
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