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8.


 食器を片付けると、瑠依がクオンに向き直る。


「クオン。ネタ帳を一緒に取り返してくれるって本当?」


「いいよ。乗り掛かった舟。というか、他にやることもないしね。だけど……」


 瑠依とクオンが蛍の顔を見つめた。何のことだか分からないのは蛍だけだ。


「何?」


「いや、蛍くんは協力してくれないよね。怪我しているし」


「ああ」


 自分も乗り掛かった舟というものに、乗りかけていることに今更気づいた。ただ、瑠依を幽霊と二人きりにさせる、なるのが嫌だっただけだったからだ。


「……協力の内容によるけど」


 このままだと、瑠依とクオンだけで例のネタ帳を盗んだという芸人の元に突入していきそうだ。それはそれで、蛍は心配になる。


 出来るだけ難癖をつけて諦めさせよう。そして、クオンに自分たち以外の場所に行くよう説得しよう。そう蛍が思っていることを知るはずもない瑠依が疑いもせず頷く。


「ありがとう、蛍くん。やっぱりクオンさんが僕らの誰にも見えないってところを利用するべきだと思うんだ。だから、クオンさんには見張ってもらう」


「実際、それ以外は出来ないだろうね」


「今日、モツナベサンダーズは劇場で漫才をする。俺も利用する劇場だから、出入りしても不自然ではない」


 瑠依が劇場のスケジュールをスマホで表示する。確かにモツナベサンダーズの名前が載っていた。


「漫才をしている間にネタ帳を探そう」


 なんだと蛍は拍子抜けする。それならクオンの協力も要らないぐらいだ。


「でも、そのモツナベなんとかはネタ帳を持ち歩いているかな。瑠依が恨んでいることぐらい分かっているはずだよ」


「うん。持ち歩いていないかも。それに、どっちが持っているか分からない。漫才中、貴重品はカギのついたロッカーに入れているはずだし」


「簡単には行かないってことか、じゃあ」


 やっぱり諦めよう。そう蛍が言う前に、瑠依が続けた。


「時間がないから劇場ではどっちがネタ帳を持っているか分かればそれでいい。あとのことは、あとで考える。そして、絶対に取り返す」


 見ると、あぐらをかいた上の拳はグッと固く握られている。一度少しでも光を見つけられたら、目をそらすことが出来ないのだろう。売れない芸人である瑠依はそうやって、小さな光を求めてはお笑いを続けてきた。


 蛍は目をそらす。瑠依の中にある熱は、自分の中にはもうどこにもないものだ。クオンが力強く頷く。


「いいよ。やろう」


 死んだはずのクオンの瞳からも、同じような熱を感じ取ったのが不思議な感覚だった。








 モツナベサンダーズの漫才は二時から始まる。


 蛍たちは一時に着くように、劇場に向かった。何度か来たことのある劇場の裏口から入る。瑠依は昨日忘れ物をしたと言えば顔パスだ。


「友だちが見学したいって言うんだけど、入れていいですか? 漫才師志望なんだけど」


 そう、瑠依は蛍のことを偽った。管理人らしき人物は怪訝な顔つきで蛍の顔を見て、ギプスを見た。年齢を見られているのか、笑える顔つきなのかを見られているかは分からない。ただ、怪しいかどうか審査しているのだろう。


「もしかして瑠依の相方候補? 見学するときは前もって言ってもらわないと」


「え。……ああ、そんなとこかな」


 噓も方便だとばかりに瑠依は頷く。管理人らしき人物はうんと頷いて、首からかけるゲストの札を渡してきた。


「まあ、いいか。帰るときに札を返してな」


 あっさり通されたことを見る限り、瑠依は運営の人に信頼されているのだと感じた。根が真面目だ。真面目過ぎると言ってもいいだろう。


 そうだと自然さを装って、瑠依は管理人らしき人に尋ねる。


「モツさんたち、もう来ていますか? 挨拶したいんですけど」


 モツさんとは、モツナベサンダーズの愛称だ。ファンの間でも正式名称を毎回言う人間はあまりいないらしい。


「ああ。モツらはまだだけど。なんか、収録が押しているらしい」


 瑠依は管理人らしき人物に礼を言って、こっちだと奥に向かった。ちゃんとクオンもついてきている。物珍しそうにあたりを見回していた。なんてことのないパイプ椅子や机が雑然と置かれている通路だ。


 劇場の方からは笑い声も漏れてきている。蛍は来たことがあり、いつもは劇場の方から瑠依の舞台を観ていた。


「へー。そもそも、私、お笑いの劇場ってはじめて」


「あそこが舞台へ続く扉。こっちが楽屋だよ。二人は個室を使うことはないかな」


 モツナベサンダーズはテレビでも売れ始めたとはいえ、芸人の中ではまだ若手だ。大部屋を使っているようだ。


「いつも使う部屋はこっち」


 ひとつの部屋の前で、瑠依は止まる。だけど、すぐに入ろうとはしない。一度、心の準備をするように大きく息を吸ってから、ノックをした。


「失礼します」


 中に入ると、視線が集まった。三組ほどの漫才芸人がいる。


 どれも劇場で顔は知っているけれど、名前は知らない。無名の芸人か、蛍が知らないだけか。テレビもネットも見ない蛍には判断がつかなかった。


「どうした、ルイ。今日出番なかっただろ」


 漫才師らしいスーツ姿の男が話しかけて来た。


「その、モツさんたちにあいさつしようと思って」


「お前、昨日の今日で度胸あるな」


 奥から他の男が口出ししてくる。もしかしたら、昨日当人たちともめたのかもしれない。だから、あれほど泥酔していたのだ。


「ルイ、我慢していたのに。モツさん、パーティで酔ってぽろりしたから」


「ちょっと胸倉掴むだけで済んで、ルカはえらいって」


 どうやら、瑠依のネタが盗まれたことは周知のことのようだ。


 しかも、ここにいる人間は全員瑠依の味方のようだ。ただ、憐みの言葉を言われれば言われるほど、瑠依の表情は曇ってくる。あいさつとは言っているが、きっと謝らないといけないということなのだろう。

あれだけ意気込んでいたのに、みるみるうちにしぼんでいく瑠依。周りの雰囲気に飲まれていっている。


 蛍のことを見て、漫才師たちは気まずそうに顔を見合わせた。


「彼も知っているんだよな。モツさんがあんなネタ考えられるはずないし、完全にルイのネタ風だし。みんな、分かっているんだよ」


「ただ、証拠がないから、どうしようもないし。また再出発するしかないって」


 全員諦めムードだ。昨夜の瑠依があれだけ荒れていて、全部を諦めていたのもこの様子だと分かる気がした。しかもクオンという存在がいるから、意気込んではいたが瑠依自身も明らかにしぼんできている。

クオンがこそこそとする必要もないのに、蛍に小声で耳打ちしてきた。


「誰か知っているんじゃない? ネタ帳どっちが持っているか」


「……ネタ帳。どっちが持っているとか知っていたりしないんですか」


 漫才師たちは首を横に振る。否定しているなら、ネタ帳の在りかなど知るはずもないようだ。彼らから情報を引き出すことを諦め、蛍と瑠依はモツナベサンダーズが来るまで、楽屋の隅で待つことにした。



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