6.
そのうちに瑠依は荷物からノートを取り出して、ペンを走らせ始めた。
「……新しいネタ帳?」
「うん。前のやつは分厚いノートに書いていたけど、薄いノートに書いとけば少しずつ家に置いておけるよね。……最初からそうしていればよかった」
ペンが止まり、小刻みに震える。やはり、ネタ帳が盗られたことが悔しいに違いない。
クオンもスマホをいじっていた手を止めて、顔を上げた。
「ネタ帳ってことは、小説か何か?」
「いや、芸人。……売れてないから、クオンは知らないだろうけど。さっき言ったよね」
「ふーん。さっきの家に置いておけるって何?」
浮かんでいたクオンが瑠依に顔を寄せる。瑠依は目を丸くしたが、すぐに視線を横にずらした。
「そのままの意味だよ。前のネタ帳は重くて、それだけたくさん書いていたわけなんだけど……」
酔いはさめたはずだが、瑠依の目には涙がたまっていく。
「盗まれたのね」
誤魔化すことは出来ないと判断したのだろう。瑠依は微かに頷いた。
「悔しくないの?」
クオンの言葉に瑠依はグッと唇をかみしめる。踏み込んでいくクオンに、蛍は渋面をつくった。けれど、瑠依が完全に拒否しない限り黙っておくことにする。
「そりゃ、悔しいさ。だけど、どうしようも」
「取り戻せばいいじゃない」
「取り戻したところで……」
例え前のネタ帳を取り戻しても、ネタ自体はすでに赤の他人に昇華されている。瑠依はグッと堪えた様子で言葉を吐き出した。
「クオン、取り戻しても意味ないよ」
「でも、気持ちの問題よ。それに私は何だと思う?」
なんのことを言っているのだろうか。自信満々に胸に手を置くくせに明言しないクオンに、蛍の眉間にしわが寄って来る。瑠依が困惑して答えないので、蛍が代わりに答えた。
「歌い手」
「うん。それと」
「の、自殺した幽霊」
はっきり言ってそれ以上の情報を蛍は持ち合わせていない。
「あっ」
だけど、瑠依は何か感づいたようだ。一人だけ疎外されているようで蛍はさらに苛立つ。
「なんだよ」
「クオンはいま、幽霊。しかも、なぜか僕たちにしか見えない。つまり、あのモツタローの野郎からネタ帳を取り返すことが出来るかもしれない」
蛍もやっとクオンが自信満々にしている意味が分かった。
「もしかしたら、そのためにあなたたちには、私が見えているのかも。とりかえしたら、私も成仏できるかもね」
蛍は顔をしかめた。本人の心残りでもあるまいし、どうして瑠依のノートを取り返したらクオンが成仏するのか原理が分からない。
それに成仏と言っても、クオンは生霊だ。自殺未遂で病院で眠っているはず。成仏ということは、身体には戻らず、そのまま息絶えるということ。
たくさんの痛ましい言葉を浴びたであろうクオン。蛍も自ら命を絶とうとした。消えたいという気持ちは痛いほど分かった。ただ、実際に目の前の人間が消えてしまうとなると、後味の悪い結末になるのではないだろうか。
そう蛍は思った。