3.
居酒屋を出ても、瑠依の足は千鳥足だ。よろよろと右へ左へと揺れるので、肩を組んでも左腕だけでは支えきれない。何度も二人で地面に崩れ落ちた。
しかし、何とか終電には間に合いそうだ。十二月終わりの駅前は、いつにも増してきらびやかに着飾られている。
街を彩るイルミネーションは、青白い光で統一されていた。誰もいない真っ直ぐ続くきらびやかな街路樹は、この世からどこか遠くへと連れ去っていってくれるような気がした。
実際はただ駅の入り口に行きつくだけだというのに。
「ごめん、蛍くん。怪我しているのにさ」
少し酔いも冷めたのか、しおらしくなった瑠依が言う。
「これぐらいは。俺に出来ることなんて、……ないし」
蛍の声は自分で想像した以上に、陰気に聞こえた。
昔はこうではなかったのに、落ち込んだ友人の側にいて愚痴を聞くだけしかできなかった。子供のころだったら、今頃瑠依のやる気も復活させてやることが出来ただろう。
だが、そんな無責任なことは、大人になった蛍には出来なかった。
駅前の広場の横を通る。クリスマスツリーが飾りつけてあった。
毎年同じクリスマスツリーを飾っているせいだろうか、時間が時間なせいだろうか。他の路地と変わりばえのない雰囲気だ。集まっている人もいない。一人だけ輝いている姿は滑稽なピエロにさえ見えてくる。
ツリーの横の駅の入口を目指しているとき、ふと何かが蛍の耳に触れた。
「歌?」
音に惹かれて足が止まる。不思議に思った瑠依が頭を押さえながら蛍の顔を見上げた。
「どうしたの、蛍くん」
「誰か歌っている?」
遠くからの声だが、不思議ともっとよく聞きたいと感じる。
「ストリートミュージシャンかな?」
瑠依も気づいたようだ。蛍がクリスマスツリーの方へと足を進めると、瑠依もよろけながらも足を動かして付いて来る。
歌声がハッキリと聞こえて来た。こんなに目立つ声なのに、人が集まっていないことが不思議なくらいだ。近づけば近づくほど、よく耳に響き鼓膜を心地よく震わせる。
ハイトーンの声。よく街で耳にする洋楽のクリスマスソングだ。
まるで歌っている本人の曲のようだ。それほど馴染み、不快な感じはちっともしない。歌詞の意味も分からないのに、感情のうねりが伝わってくる。
「え、あれ……」
瑠依が呆けた顔をして、蛍の肩を離す。蛍も瞳を瞬かせた。
歌っている人物は輝いていた。――嘘偽りなく、本当に輝いていたのだ。
腰よりも長い銀色の髪がキラキラとライトを反射している。黒いフリルの付いたドレス。胸の前で手を組んで、天を仰ぐように大きく口を開けて歌っていた。甘い服に対して、顔つきは大人びている。
この世の光景ではない。それほど美しい光景だと蛍は感じた。十二月の空気は刺すように冷たい。それでも、胸の奥がじりじりと熱くなっていく。
隣で同じように呆けていた瑠依がつぶやいた。
「……クオンだ。え、どうして」
「クオン?」
どこかで聞いたことがある気がする。けれど、よく思い出せない。
「ほら、歌い手の。なに、これ。ホログラム?」
「歌い手」
蛍が知らないはずだ。動画配信サイトは極力触らないようにしている。
そこには蛍にとって嫌な思い出が眠っている。全てを避けることは難しく、昔のことを思い出して胸が痛むからだ。
歌が終わる。唯一の観客である蛍と瑠依がぼんやりと見つめているだけなので、拍手の一つも鳴らなかった。クオンが閉じていた瞳を開く。銀色のまつ毛に縁どられた瞳は、イルミネーションの光を反射し、ルビーのように赤く輝いている。
そして、蛍たちの方を向く。クオンがあんぐりと口を開けて固まったのは、ほんの一瞬のことだ。すぐに二人を指さして大きな声で言う。
「あんたたち。私のことが見えているの?」
あれほど美しい歌声からは想像できない、小学生のような小生意気な口調だった。