火の見櫓(短編集的なの)
今日は火災監視員の友達が語ったことに着いて話そうと思う。
奴は火災監視員だった。 山頂に近いところにある火の見櫓で山火事が起きてないかを確かめる仕事だ。
そこに奴は4ヶ月間留まる必要があった。 物資はヘリで輸送。 トイレは屋外。
決していい環境ではなかった。 だが奴にとってはそれでも十分だった。
暇つぶしのために本を持ってきた。ナイフやギターも持ってきていた。
奴の新しい家。 火の見櫓は山頂だ。 そこまで歩いて行く。
だがそれさえも苦痛では無かった。 うるさい嫁。愛おしさなど最早無くしてしまった子供たち。
それらを考えると、最早山歩きが苦痛では無くなった。
すぐそこまで来た。登山客は居なかった。
火の見櫓を一目見た奴は惚れ込んだ。 名前までつけた(信じられるか?)。
とにかくそこへ腰を下ろし、荷解きを始めた。
まずはナイフ。ギター。コンパスにマップなんかだ。
とりあえず奴は寝ることにした。 ベッドだけは新品のようだったし、何より疲れ切っていた。
だが目をつぶっても寝られなかったから、どこで間違えたか。 これから何をするか。 そんなことを考え始めた。
「嫁と結婚したことは間違いでは無いだろう。
子供を作ったことも間違いではないはずだ。」
なんて考えながら眠りに落ちた。
「さあ起きて!」
1日目の朝、来た時には気がついていなかったトランシーバーで起こされた。
「起きてるよ」
奴は言った。だが答えなんか聞いてないよ と言わんばかりに相手は続けた。
どうやら仕事の指示だったようだ。
朝起きたら短くて8時間森の監視をする。 そうして本を読んだりご飯を作ったり。 外に出歩いて見に行ってもいい。
とにかく奴にとって大切なのは十分すぎる一人の時間だけだった。 自然に囲まれてただそれを見るだけで良い。
奴は何でもできた。 読みたかった本。思い切り引きたかったギター。自然をただ眺める。何でもやる事ができた。
だが奴はまず新しい家の周りを散歩することにした。
奴はとりあえず川を見に行くことにした。
その川である老人を見つけた。
老人は言った。
「迷ってしまった。助けてはくれないだろうか?」
奴は人間には心底うんざりしていたがその老人だけは何故か好きになれた。
そして家に招き入れた。
だが老人は火の見櫓よりも奴の人格について気になったようだった。
「あなたはなんでここに住んでいるんだ?」
と聞かれた。奴は答えた。
「仕事だ。人間にもうんざりしていたところだ。だからちょうど良かった」
老人は心底驚いたように言った
「貴方は人間がたまらなく好きに見える。どうしてそう思ったんだ?」
奴はカウンセラーを招いてしまったかと後悔し始めていた。 彼はカウンセラーというものを心底から嫌っていた。 だが老人の何もかもを見通すような目の前では何も隠せなかった。
「俺は何処で間違ったと思う? 俺が悪いのか? それともあいつが悪いのか?」
老人は言った。
「間違いなんて有るもんか。この世にあるのは自分で満足できること、さもなくば隣の芝が青く見えるだけの事だ。」
奴は訝しんだ。 だが考えるに 今までで間違ったと思った時は誰かを羨ましがっていた。
妻を1度失った時は失った事がなさそうな周りの家族。
喧嘩をした時はしないでただ見ていた周り。
犯罪を犯した時はバレなかったかやってすらいない周り。
そうして気がついた。 間違ったことなんて無かった。 子供が言うことを聞かないのは怒鳴ってたからだ。 周りの親が言うことを聞かせられているのを羨ましがっていたんだ。
奴は聞いてみた。
「それなら失敗は?」
老人は当然の様な顔をして言った
「それはある。勿論あるとも。
だが失敗を文字だけ見てダメなことだと決めつけていないか?
失うに敗けだ。 だがこう考えてみろ。
やった事無かった事をひとつ失い、打ち負かすことが出来たと。」
奴は笑った
「めちゃくちゃだ。 意味が通ってるとは思わない。」
老人は言った
「こじつけでも少しでもポジティブに生きれた方が楽しいだろ? え?兄弟。
俺はそうして生きてきた。 楽しいと思い込むことは良いぞ?」
奴は思った。完全に負けたと。 この老人を連れてきたのが、今世一番の英断だとさえ思った。
老人が帰ったあともずっと思っていた。
火の見櫓にいる間はずっとそのことを考えていた。
そうして帰ったあとは人が変わったように優しくなり、本を書いた。
そうして奴は町一番のクソッタレから町一番のポジティブ野郎になった。
ほぼ初です
火の見櫓要素は無かったです