9話
大河は島に戻った後は、いつも通りに授業を受けて日々を過ごしていた。
ある日の夜、家で数学の勉強をしていると、久遠から電話がかかってきた。
「大河くん、今いい?」
「いいけど、どうした?」
「工場から銃が盗まれている事件は知っている?」
「ああ、ニュースで見た程度だけど」
弾薬工場のサンプルとして保管してあった銃が盗まれたという報道だ。何丁なのかや、どんな銃なのかなど詳しいことは知らない。所在不明の銃を使ったさらなる事件が起きないように見つけ出せればいいが…。
「実は超能力絡みの事件なんだ。力を貸して欲しい」
「分かった。どうすればいい?」
「詳しく話すから私たちの寮に来て欲しい。大丈夫、変なことしないから。私が人質になってもいい」
「俺と君は赤の他人じゃないし、俺は殺人に抵抗がある。君を殺そうとしたってとっさに戸惑って隙ができてしまうと思うよ」
「冷静ね。それじゃどうしよう…」
「いいよ、俺の家バレてるのに襲ってこないようだし、君たちを信じるよ」
本当に信じるかはまだ判断しかねるが、とにかくそういうことにしておこう。話が進まなくなる。
「ありがとう。明日の放課後いい?」
「ああ。大丈夫だ」
「その時に一緒に帰ろう。一応地図を送るね。じゃ、これで切るね」
久遠は電話を切って地図を送った。地図を確認すると、この地区とは違う別地区の住宅街にある庭付きの建物だった。この家みたいなアパートが彼女らの寮ということか。
翌日、授業を終えて帰り支度をしていると久遠が席にやってきた。
「大河くん、一緒に帰ろう」
「あ、ああ」
学校から最寄りの駅まで8分ほど歩き、電車に乗って3駅後で降りて10分ほど歩き、久遠たちの寮へと到着した。
一見して何の変哲もない建物だが、きっと色々な魔術が施されているのだろう。
久遠は玄関の鍵を開けて引き戸を引いた。
「ただいま」
「お邪魔します」
玄関には靴箱にも端にも様々なサイズの靴があり、何人かいることを伺わせた。大河は靴を脱ぎ、来客用のスリッパを履いて客間らしき部屋へと案内された。椅子と机だけのシンプルな部屋で、窓の外は常緑樹の植栽で目隠しされていて、隙間からわずかに庭が見えた。
「お茶淹れてくるからちょっと待ってて」
「分かった」
久遠は引き戸を開けたまま部屋を出ていった。少し待っていると開いた戸の前を派手な男が通るのが見えたかと思えば、戻ってきて部屋を入って来た。シンプルなVネックのシャツを着て、派手なイヤリングとネックレスをつけた色白の美形の男だった。
「おおー、これがクーちゃんの言ってた能力者か。俺っちは滝川清冽。クーちゃんと同じく星月の一員だよ」
「は、はあ…」
「俺のことはセイでいいよ。よろしくねティガちん」
滝川は大河の手を取って握手して子供のようにブンブンと上下に振った。
久遠を更にハイテンションで人懐こくしたような人だな。ところで…。
「ティガちんって何です?」
「大河って名前っしょ?タイガーでティガー、んでティガちん」
何なんだこの人。悪い人ではなさそうだが正直苦手だ…。
「セイさんは渾名つけるの好きだから」
久遠がお茶の入った湯呑を乗せたお盆を持ってやってきた。
「うーっす。戻りました」
廊下の方で男の声がした。
「シンさん、お帰りなさい」
「おかえりー、どうだった?」
久遠とセイの2人は部屋にいるまま、声を張って会話をしていた。
「異常なし。不審な奴もいなかった」
「それは良かった」
空いている扉から中肉中背の男が顔を出して部屋の中を見た。こっちは派手さはなく、地味というか、ボサボサの髪に色あせたシャツと自分の姿に無頓着という感じの外見だった。
「シンさん、この人がクーちゃんの言ってた能力者」
「おお。星月の一員、紅葉信だ。よろしく。んじゃ、俺は部屋でひと眠りしてくるから」
「りょーかい。今日の夕飯は7時だよ」
「了解、また後でな」
階段が軋む音が聞こえ、シンはどうやら上の階に行ったようだった。
「そうだ、タブレット要るんだった。大河くん、奥の部屋から取ってくるからちょっと待っててね」
「ああ」
久遠はどうぞと湯呑を手で示して足早に部屋を出てタブレットを取りに行った。セイが部屋に残り、大河に話しかけた。
「忘れ物なんてクーちゃんもお疲れかな?」
「クーちゃんとは久遠のことですか?」
「そうだよ。久遠だからクーちゃん、まんまっしょ」
「ですね。皆さん仲は良好のようですね。仲間がいるとは聞いてましたが安心しました」
「俺とクーちゃんは仲良し。でもシンさんはクーちゃんの命の恩人だから。仲いいってより特別?」
「何かあったんですか?」
「あっ、勝手に言っちゃった。後は本人に聞いてちょ」
「そうですよ、勝手に言わないでください」
久遠がタブレットを持って戻って来た。
「マジごめん。俺も疲れてるのかな」
「まあいいです。彼にはいずれ話してもいいと思ってましたから。でも今は優先することがあるので今度ですね」
「んじゃ俺はそろそろ時間だから出ていく。頑張ってね」
セイは明るく手を振って部屋を出て行った。
「じゃあ、説明を始めるね」
久遠は大河の対面に座り、タブレットでファイルを開いて見せながら説明を始めた。
「盗まれたものは拳銃とアサルトライフル。高価なものは他にもあったのに盗んでないことから、金銭目的じゃなさそう」
となると武装目的か…?コレクター目的という可能性もゼロではないが。
「監視カメラの映像からサイコキネシス系の痕跡が見られた。似た能力の大河くんにも見てもらって意見を聞きたい」
久遠はタブレットを出して倉庫の監視カメラの映像を流した。映像は荒く顔は分からないが大男と他3人が見えた。長期間の録画だと画質は落とさざるを得ないし、どうせ変装しているから顔が見えたところで意味ないかもしれないが。
画面は2つ。1つは横からロッカーを斜めに見下ろして奥にはコンクリートの壁の映像。もう1つは塗装された縦格子の鉄の戸が閉まっており、その前で作業服を着た3人が立っている映像だ。背後しか見えず、顔が見えない。縦格子の向こうはぼやけて分かりにくいが、同じロッカーやプラスチックの大きな箱、巻かれた銅線などが見えた。
ロッカーが衝撃で揺れ、鍵が壊れて扉が開き、ライフルが一丁宙に浮いて動き出し、格子の前に来ると、作業服の人物の一人が手を伸ばして掴み、箱に収納した。そしてまた、ロッカー内から自動小銃が一丁宙に浮いて動き出し、格子の前に来て次の人が受け取り、箱に収納していった。そうして6丁箱に入れたところで4人目の作業服の人物が画面外から寄ってきて何かを喋った後、今度は弾薬をロッカー内から浮かびあげて格子の前に運び、それを箱に入れ、最後に左手に持っていた棒状のものをしまい、大急ぎで蓋を閉めて2人ずつ箱を手に持ち、画面外へと運び出した。そこで映像再生は終わった。
「そして、この後で銃と弾薬が盗まれたことが明らかになり、監視カメラをチェックしたらこの映像が残っていたという訳。また、これを見せた職員からの情報では、この中の背の高い人物が羆と呼ばれていたのを聞いた、彼は低い声だったという証言が複数」
「何か気づいた?」
「俺ならロッカーごと引っこ抜くだろうけど、この人はロッカーを壊して開けて中身を取り出しているんだな。俺が雑なだけかもしれないけど」
「目立たないようにやったのかも。壊す際に音が出てるだろうからあんまり変わらないかもしれないけどね。後は、ロッカーごと引っぱれるような強力な力の持ち主じゃなかったか」
「それに、4人がかりで銃を6丁って労力の割に利益が無さそうだ。他に指示役や見張り役もいればもっと人数かけてやっているわけだし、やっぱり営利目的とは思えない」
「そうね。他の2つの事件と合わせて今のところ合計で15丁程度と推定されているよ。事件を防げなければまだ増えるかもしれないけど3件も起こしてこれだけは奇妙」
「確かに不可解だ…。ごめん、折角見せてもらったけどあまり力になれなかった」
「実はもう一つお願いがある」
「もう一つ?」
「見回りに付き合って欲しい。次に狙われそうな場所はピックアップしてあるんだ。ちゃんと時給も出るから」
久遠はページを切り替えて地図を出した。そこには矢印や名前、写真などがついていた。
「実は張戸さんから大河くんにも声をかけて手伝ってもらうように言われたんだ。大河くんなら銃も電気も効かないから頼りになることだし」
所在不明の銃があっては住民は不安だろう。俺が役に立てるのなら立ちたい。それに久遠は疲れ気味のようだし力になりたい。
「分かった、やろう」