7話
大河たち2年生の1,2,5,6組は入来島に来ていた。入来島は入冥島の隣にある入潤島の更に隣にある小島で、古くから合宿所がある。そこでクラスメイトの親睦を深めるために春に一泊の合宿を行う。合宿所のキャパシティの問題で、前半組と後半組で合宿の時期が一週間ずれている。
「後半組のが楽でいいよな。俺たちは1年分、あいつらは1週間分だもの」
赤城は海岸のゴミ拾いをしながらぼやいた。
「俺たち以外にも掃除する人がいるだろうし、1年ってことはないだろう。多分誤差レベルなんじゃないか?」
「そうそう。少なくとも夏の間は観光シーズンだから綺麗にしているだろうし長くても半年。実際はもっとやってるだろうから。あっ、缶見っけ」
大河と青木は気にせず楽しげにゴミを集めていた。
久遠や雨夜たちは散策コースの山道をゴミ拾いや落ち葉や枝の撤去、看板の掃除などをしていた。
「久遠ちゃんはどうしてこっちにしたの?」
雨夜は落ち葉を箒で掃きながら、落ちた枝や石をつまんでは道の外へ外へ投げている久遠に尋ねた。
「前向きな理由じゃないんだよね。消去法だよ。潮風で髪が痛むのが嫌だったから。雨夜ちゃんは?」
「私は晴天の下より、木陰の方が落ち着けて好きだから…」
「そうなんだ。なんか大人?淑女?って感じでいいね」
「そんなことないよ、私なんて幼稚で…」
「ふーん。まあ何とかなるっしょ」
久遠は悪戯っぽい笑みを浮かべて階段を上っていった。上にはカーブのある車道があり、その下のトンネルに階段の続きがあった。ちょうど車が接近してくる音が久遠たちに聞こえた。
ガードレールと車の激突音がし、車が久遠たちの近くへ落下してきた。
「危ない!」
集合時間となり、大河たちは合宿所に戻って来た。パトカーが停まっており、何かが起きたことを予感させた。
「何かあったのか?」
「事故があったらしいぞ。減速せずにカーブに突っ込んで道の下に落ちたとか」
「え?飲酒運転じゃなかったか?」
「私は心臓発作って聞いた」
言ってることがバラバラだ。なんてあやふやな。とにかく車の事故なんだろう。それすら間違っているかもしれないが。
「現場はここじゃ無さそうだけど、何で合宿所に警察が?」
「事故を起こしたのがここの従業員らしいよ」
「ここに食材納入してるてる業者じゃなかったか?」
「機械故障の修理に派遣された業者って話だろ?」
またバラバラである。ここまでいい加減なのは不思議なくらいだ。
「それだけじゃなくて生徒が事故に巻き込まれたからだろ?」
「本当か?」
「それは私も聞いた」
「俺も」
巻き込まれたというのはどのレベルだろうか。怪我や死レベルか、それとも近くで目撃したが怪我はないレベルか。大事が無ければいいが…。ここは入冥島の外。能力は使えない。入冥島の中なら俺や久遠に傷をつけるのは困難だがここは違う。
「入っていいんだよな?とりあえず中に入ろうぜ。疲れた」
「そうだな」
大河たちは襖を開けて宿泊する部屋に入った。和室に四人一組の部屋割りで、障子を開けると窓から裏の林が見えた。大河は壁を背に畳に座りこみ、スマホのチャットで久遠と連絡を取った。
『事故があったらしいが、そっちは無事か?』
『上から車が落ちて来て大変だったよ』
上ってどういうことだ?平気そうな感じだし、近くにいたってことだろうか。
『色々あって喋りたいけど、言えないもどかしさ。大河くんなら話してもいいよね。でもここじゃ記録に残るから直接会って話そう。今から大丈夫?』
言えない?俺には言ってもいい?事故調査のために口外厳禁とかそういう感じではないのか?
『いいけどどこで?』
『ここに来て』
館内図が添付され、部屋に×印が付いていた。何の変哲もない場所に思えるが大丈夫なのか?まあ、会ってから確かめるか。
大河は部屋を出て地図の示す場所へ行った。襖を開けると無人の空き部屋で閑散としていた。後ろから襖が開き、久遠が入ってきた。その後、襖を締めて札を張り、部屋の奥へ進んで行った。
「何だそれ?」
「色々あるけど、一言で言うと見つかりにくくなる魔法みたいなもの」
久遠は椅子に腰かけ、大河に対面に座るように手で示した。
「いやー、大変だったよ。まさか頭の上から車が降ってくるとは」
「頭の上?それで平気なのか?」
「うん。私には魔術があるから。運転手は怪我したけど、焼け死なずに救い出せたし、一緒にいた雨夜ちゃんも無事。あ、雨夜ちゃんに魔術で車を弾くところ見られたけど、運よく勢いがついて逸れたと言ってあるから大丈夫だよ。運転手を車から引っ張り出すのも滑って抜けたということになってる」
久遠は秘密の共有者に本当にあったことを話せてスッキリしている様子だった。
「ちょっと待て。なぜ魔術が使える?島の外じゃ使えないんじゃ…」
「え?使えるけど?」
「え…?あれ?」
そういえば…久遠は島の外から来たんだよな。外では超能力は使えないか著しく弱体化して練習なんてできないはず。しかし島に来た初日に能力を使いこなしていた。ということは、理屈は分からないが島の外でも使えるのか?
「どうして島の外で能力が使えるんだ?」
「どういうこと?」
「前に説明していたじゃないか。霊力を使って超能力を起こすから、霊力の薄い島の外じゃ能力は使えないか著しく弱体化するって」
「うん。その通りだよ。…?ああ、あれはあの島で生まれた超能力者の話だよ。霊力由来の超能力者のこと」
「霊力由来…?それ以外もあるのか?」
「魔力由来などもあるよ。魔力は体内で作り出したものだからこの島の外でも超能力を使える。霊力が干渉するから島の内外で全く同じという訳ではないけどね。魔力は誰しも微量なら作れるけど、稀に大量に作れる者が存在する。それが魔力由来の超能力者」
「魔力由来の超能力者が魔術師ということか?」
「うーん、魔術師も含むけど…そうとは限らないな。長くなりそうだけど聞きたい?」
久遠は一応尋ねたが、暗に面倒だからやめとこうよと言っていた。
「もちろん」
しかし大河は重要なことに思えて引き下がらなかった。
「まず魔力は力と名前がついているけどエネルギーのようなもの、魔的エネルギーとも言う。電気エネルギーを変換して物を動かす物理エネルギーにしたり、発熱させる熱エネルギーへ変換できるでしょう?そんな感じで魔力を別のエネルギーへと変換できる。それで色々な現象を起こす技術が魔術。魔術師は魔術を習得して使う者」
久遠は手を胸に当てて自身がそれだと示した。
「それで、その技術を身に着けず魔力由来でそのまま使ってサイコキネシスやパイロキネシスのように一つしか使えないというパターンもある。それはそれで体に馴染んでいて強力だから、使い分けるようにするのがベストとも言えないかな」
「なるほど。君が色々出来たのはそういう訳か」
「うん。他にもまだまだできるけど、そのうちにね」
別の原理だったのか。それなら納得だ。
「そういえば、看板を砂にした時は他の時と動作が違った。特別なのか?」
「あー、うん。あんまり使えないけどね。もういいでしょ?」
「これで最後。もしかして金や銀に変えたりできるのか?」
「できるけど、買った方が安上がりだよ」
久遠は札から杖を出現させ、底をスライドさせてカートリッジを取り出した。そのガラスの中に赤い砂が詰まっていた。
「あの魔術は使うたびにこれを消費する。これを作るのにすごくお金がかかるんだ。金や銀を作る方が買うよりもお金がかかる」
「そう都合よくはいかないか」
「そういうこと。残念でした」
再び札の中に杖をしまい込んだ。
「ずっと帰らないと不審がられるしそろそろ帰るね。ありがとう。話せてすっきりした」
「ああ、こっちこそ貴重な話をありがとう」
「くれぐれも秘密にね」
「分かってる」
久遠は襖の札を剥がして懐にしまい、部屋の外を覗き見て誰もいないことを確認した
「それと、この前の夜のことは普通じゃなかっただけ。忘れて。それじゃ」
久遠は素早く廊下に出て足早に自分の宿泊部屋に戻っていった。