63話
「チィ…彼方はもたなかったか…捕獲は無理そうだな」
大河は張戸から距離を取り、此方を浮かせて部屋の隅へ寝かせた。
「大船大河、これが最後のチャンスだ。私と契約し、その体を明け渡すのだ」
「断る」
「残念だ…こうなっては別の者を探すほかない。しかしお前は知りすぎた。生きては返さん」
張戸は力が抜けてその場に崩れ落ちた。大河が駆け寄って様子を伺うと、気は失っているが息があるのが分かった。張戸も体を浮かせて部屋の隅へ寝かせた。
張戸さんはまだ解放されたわけではないだろう。他の依代を探させるために生かしておいたといったところか。
衝撃と共にタワーの中央側の壁に穴が空き、その穴から宙に浮く人影のような幽体が見えた。
幽体はゆらりと動き、次の瞬間、大河と周囲の家具や道具が穴に吸い込まれ、空中に放り出された。
大河は能力膜で周囲の物からの衝突を防ぎ、弾き飛ばして潰されるのを防いだ。そして見えない力を加えて壁に立ち、幽体に向けてソファを飛ばした。しかし、ソファは幽体をすり抜け、壁に激突して砕け散った。
幽体が揺れ、大河は見えない力で胴体に弾けるような打撃を受けた。能力膜をすり抜けるような攻撃でダメージを負い、能力が維持できず壁から離れて落下した。
「がはっ」
幸いにして遥か下にある地面ではなく、途中の整備用の階段の踊り場に落ちた。金属の足場は凹み、下に向かって傾いたが、大河の体は柵に引っかかって落ちることはなかった。
幽体の人影は浮遊して近づいてきた。
『これで人の形を保つとは優れた防御性能だ。さっきからずっと出ている波動も常人なら5分と持たず狂って死ぬのだがその防御に遮られて届いていない』
大河は斜めになっている柵に足を掛けて体を起こし、呼吸をした。
『壊すのが惜しくなる。しかし君は首を縦に振らないから』
「黙ってやればいいものを…どうしてそんなにペラペラと…」
『ああそうか、お前たちは違うのだったな。我らは人を誘惑し堕落させるのが本分。語り掛けるのは我らの習性』
「そう…」
俺を格下と思って遊んでいるのかと思ったが…いや、格下と思っているのは合っていると思うが、遊んでいるわけではなくこれが普通ということか…。
幽体が揺れた次の瞬間、幽体は下から光線を受けて
『なにっ』
幽体は実体化し、自重で落下していった。
すれ違いで何かが箒を手に上に飛び、大河の前に現れた。
「大河くん、大丈夫?」
「久遠…」
久遠は箒を地面に水平にして浮かべ、足場に移って大河の怪我を見た。
「至急回復を…」
久遠は杖を手に回復魔法を始めた。
「さっきのは一体…?」
「…最初に見せたのと同じ魔術」
「あの光線は物質変換をする魔術じゃなかったのか…?」
「…黙っていたけど実は錬金術、魔術系錬金術。物質変換はその一部に過ぎないんだよ。体を変化させて実体を与えることも失わせることもできる。錬金術は作り変えて高みを目指すものだから」
「なん…だと…」
じゃあ師匠も錬金術師なのだろうか。もしかしたら師匠に裏切られて錬金術と口にするのも嫌になっていたのかもしれない。
「…!」
大河は下からの殺気を感じ、久遠の腕を掴んで引き寄せつつ勢いに乗せて横に移動した。
直撃は避けたが衝撃波で足場が砕け散り、能力膜を透過する衝撃が2人を襲った。
久遠は大河を浮かべて腕に抱え、箒を呼んで手に取って飛び、上の足場に降ろした。大河はもうほとんど動けず横になっていた。
「そんな…効いてなかったの?」
バエルは元の人影の形をした幽体に戻り、浮かび上がって距離を詰めてきた。
「あれは一体…?」
「ばべ…ゲホッ…バエルという精霊だと言っていた。ゲホッ…」
大河は張戸さんを操っていたことや、霊力を集めて維持する力の強い大河を依代にしようとしていたことを説明しようとしたが、怪我の血でむせて喋れなかった。
久遠は杖を幽体に向けて光線を放った。しかし弾き返されて杖が弾け飛んで地面に落下していった。その余波で久遠は体が痺れ、膝をついてぐったりとうなだれた。
幽体は2人の前にやってきて確実に攻撃を当てようと近づいた。しかし、その時異変が起きた。
『これは…』
幽体から煙が出て姿が薄れていった。
「上手くいった…大河くんの予想通り…」
久遠は痺れが少しずつ抜け、苦しそうに顔を上げた。
『霊力が消えている…何をした…?まさか塔の霊脈を堰き止めたのか?』
「さあね」
『この塔はメイボードの魔術師の生命線、そんなことをすればお前は奴らに殺されるぞ』
「張戸さんが昔言っていた」
『何?』
「この塔は夏季に不足する霊力を周囲から集めるために作られたもの。冬季に止めても彼らが衰弱死するわけじゃない』
『チッ…』
「だから止めるように頼んで、それが実行された」
幽体は姿がほとんど消え、薄っすらと影のようなものが見えるだけになった。
『チッ…ここまでか。まあいい、収穫はあった…」
ついには姿が消え、気配も完全に消えた。
「大河くん、セイさんたちを呼んでくるから待ってて。気をしっかりね」
久遠は横たわる大河に話しかけ、塔の下へと飛び降りていった。
その後、大河が目を覚ますと個室の医療用ベッドの上にいた。
「ここは…」
部屋の椅子でうとうとしていた久遠は目を覚まし、口元を手で隠して欠伸をし、目をこすって大河の方を見た。
「あー…起きた?おはよう、大河君」
「久遠…ここはどこだ?」
「星舟病院。超能力犯罪対策室の人たちも使ってて実績あるから大丈夫。張戸さんの幼馴染が経営してる」
山の斜面にある病院か。眺めがいいと噂の。見たことはあるが入ったことは無かったな。
「喉乾いてない?ポットにお湯湧いているけど何か飲む?あ、コーヒーや緑茶は刺激強いからやめた方がいいかも」
「じゃあ白湯を…」
「はーい」
久遠は湯呑にお湯を入れて大河に渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
左手で湯呑の底を抱えつつ渡し、右手で大河の指に触れて掴む力がちゃんとある様子を確認してからそっと手を離した。
「傷は大丈夫?」
「ああ、少し痛むが全然動ける。あの状態からよくここまで…。そうだ、君の方こそ大丈夫か?」
「私は大した怪我はしてないから。完治はまだだけど大人しくしていれば大丈夫」
「そうか…それはよかった」
「大河くんが起きたこと星月に連絡してくるね」
久遠は鞄を手に、引き戸を開けてあっという間に病室を出て行った。引き戸は自重で自動で閉まり、部屋が静まり返った。
待っていたのか、面倒をかけてしまったな。それに助けてくれたお礼もまだ言ってなかった。
暫くしてから久遠は電話を終えて戻ってきた。
「久遠」
「ん?」
「タワーでは助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。困ったときはお互い様」
事の起こりの前、大河は張戸にセントラルタワーに呼ばれたことを久遠に話していた。そこで以前とは違い、星月メンバーには声をかけていないことが分かり、大河は不審に思った。
霊力の濃いあの場所で何か異変が起きる場合は霊力を散らすことで解決できる可能性があると考えた。そこで万が一の時は塔の霊力を散らせないかと考えた。
しかしメイボードの魔術師しか操作できないようにロックされていた。力ずくで塔を破壊する手がありそうだが、それを見越して対策は施されていた。
直接頼むしかない。しかしコネクションが無い、そう思われていたが滝川には伝手があった。過去に皐月万を捕まえた際、皐月芽吹とも関りが出来て連絡が取れる状態になっていた。彼女は俗世に関わる気はなかったが、塔が壊れても困るので一時停止を許可した。一時停止させる1回だけの使い切りの呪符を滝川に渡し、それが久遠の手に渡り、今回使われた。久遠には念のためにタワーに来てもらっていたのだ。
その後、久遠は怪我や手続き、タワーの後始末などの説明をした。
「…了解した。ところでバエルはどうなった?」
「消えたきり現れていない。霊力が足りなくて元の世界に帰ったみたい」
「張戸さんと此方は?」
「2人とも怪我はしたけど、回復魔法である程度回復できて入院するほどじゃないから家で休んでる」
「そうか…今度顔を見に行こう」
張戸さんがまだ操られている可能性もある。それに此方は嫌な記憶を開いてしまって苦しんでいるだろう。
「いつまでも話してたら寝れないね。じゃあ私、そろそろ帰るよ、お休み」
「ああ、お休み」
久遠はコートを着て荷物を持って部屋を出た。
もう大河を避けようとはせず、目を見て笑顔で手を振った。
避けていたのは、大したことのない理由のような大事な理由のようなものがあり、事件の前には既に解決していた。
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夜、大河は自室で本を読んでいると綾瀬から電話を受けた。避けていた理由が分かったというのだ。




