61話
「待った。やっぱりもう少し聞いてからにしましょう」
張戸はそれを聞き、手のひらを彼方に向けて彼女を制した。
「精霊を受け入れた後、俺の自我はどうなるのです?」
「君の自我が強ければ消えず、弱ければ消える」
得るものに対して失うものが大きすぎないか。張戸さんが自身ではできないから俺にということだが本当だろうか。仮に本当だとして張戸さんに何のメリットがあるんだ。
「もしかして姿が変わるのを恐れているのか?そんなことはない。既にこの世界で肉体を得ている者がいる。例えばガミジン。私の助手の山上迅雷はガミジンの依代だ。知っての通り人間の姿のままだ」
「な…」
こんな秘密を話す以上、断れば帰す気はないだろう。強硬策にすぐに出ないのは依代になる俺の体を傷つけないようにするためか。しかしいつしびれを切らすか分からない。
「…忌々しい魔術だ」
張戸は口を閉じて歯を噛みしめた。
もしかして何らかの魔術で説明は隠せなくなっているのか?演技の可能性もあるし、どこまでが有効でどこから嘘が可能になるか分からない。結局、鵜呑みにはできないからやることは変わらないか。
「もしかして…今話しているのはバエル本人で、既に張戸さんに憑依しているのですか?」
「憑依などしていない。この体では力不足で私に相応しくない。ガミジンのように老体を依代にしたり、フェニックスのように機械の体を依代にする気もない。若く霊力も多い君が望ましい」
「憑依ではなくとも操っているのではないですか?」
「…そうだ。悪魔召喚などと言って次々と仕切りを取り払ったのが運の尽き。丸腰で危険地帯にやってきた間抜けだ、生きているだけありがたいと思え」
「それを聞いて俺が受け入れると思うのですか?」
「そう慌てるな。操ったのは事実。しかし、君はこの男を私の支配から解放することができる。君が私の依代となることだ」
「あなたが支配を解くメリットがあるとは思えないが…」
「支配を解けば手が空くから楽ができる。それでも支配したままの方が得だろう。しかし君への交渉材料となるのなら譲歩して解くことにしよう。約束は守る」
憑依せずとも張戸さんを操れている。降霊すれば俺を操るなど容易いだろう。到底受け入れられない話だ。
「…どうやら受け入れる気はなさそうだ。もういい、彼方」
張戸は指を挙げて彼方に指示をした。
しかし、何も動きが無く張戸は不審に思って彼方の方を向いた。
「…?どうした?やれ、彼方!」
「今まで私はおじ様に仕えてきたと思っていた…」
「そうだ、君はよく働いた」
様子が変だ。彼方は張戸さんを解放すべく俺を抑えつけるか何かするんじゃないのか?
「…でも違った。私がやってきたことをタダ乗り野郎に利用されていたと思うと腹が立つ」
「私とて全てを操るわけではない。目的達成のため以外は張戸区切の好きにさせた。君が仕えたのは張戸区切だ」
「私の恩人を操っていた奴にもう従う気はない」
「なんだと?」
「もう知らない!おやすみ!」
「待て!そんな何の得もないことを!」
彼方は上を向いて目を閉じ、息を吐いて肩を落とした。
少女は再び目を開けて前を向き、違う声色を出した。
「…あれ?…ここは…どこ?どうして?」
「彼方!出てこい!」
張戸は声を荒げて少女を怒鳴りつけた。
「ひっ、伯父さん…?大船先輩も…これは一体?」
「…君は誰だ?」
「先輩…何を言っているんですか?此方ですよ、張戸此方」
「此方…」
ああ、そういうことなのか。その可能性は薄々感じていた。二重人格という可能性…。此方の親指の節にはホクロがある。彼方も同じ場所にある。それくらいの偶然はあるかもしれないと思い、それだけでは怪しい止まりだった。
此方と彼方の過去話は似ていた。母に対する感情が違うことを除いて。もしかして母は同じ人物で、彼方が完全な記憶、此方が良い記憶だけを持っているのではないか、そう思ったこともあった。
別人であって欲しかった。俺の考えが正しければ、記憶を失うということは相当なショックを受ける出来事があったはず。母の死の答がそこにあるのかもしれない。
「先輩…どういうことですか?」
此方は大河に駆け寄ろうとしたが、大河は恐れて後ずさりした。此方は悲しそうに伸ばした手を下ろして歩を止めた。
「彼方、私がお前を自由にさせたのは縛る必要が無かったからだ。できなかったからではない。お前が出てこないのなら引きずりだすだけのこと」
張戸は指をパチンと鳴らしした。此方が寝ることなく彼方が表に引きずり出され、2人の記憶が繋がった。此方は意識が遠のき、音は聞こえるが言葉は届かなくなった。
此方の脳内に過去の記憶が次々と押し寄せた。
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店が並ぶ大通りの前。彼方は大河を見つけ、話しかけた。大河は不思議そうな様子で彼方を見ていて、彼方は気になって尋ねた。
「どうかしました?」
「いや、急に現れたのでどうしたのかなと」
「お姉ちゃんがお世話になったようでお礼を言いたくて。ありがとうございました」
大船先輩、私はあなたが嫌いです。でもお姉ちゃんが世話になったのも事実。このままではスッキリしません。だからお礼を言いました。これで心置きなくやれます。
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張戸の自室。文化祭での実験結果の説明を終えた彼方はソファに座ってジュースを飲んで休憩し、張戸はモニターの前に座って頬杖をつき、虚空を眺めて考え事をしていた。5つのモニターにはグラフや写真が表示されたままで、その1つに大河と測定した数値が映っているものがあった。
また大船大河…。魔術師に頼るのは仕方ないとして超能力者なら私がいるのに…。私の能力は対人特化の幻術で、大船先輩は物も動かせるテレキネシスだから仕方ない…?
ううん、そんなの知ったことじゃない。もっと褒めて欲しい。よくやったと頭を撫でて欲しい。助かったと笑った顔を見せて欲しい。いい子だと言って欲しい。出番を奪われたら活躍の機会すら無くなっちゃう。私のお父さんを横取りしないでよ…!
血縁的には父じゃなく伯父よ。そんなの分かってる。でも血縁上の父は会った事が無いから知らない、3年近く一緒に住んでいる伯父の方がよっぽどお父さんだ。
大船先輩より私の方が伯父様の役に立てる。きっとそう。私は必要。
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張戸邸の庭に張戸と彼方、ガミジンの3人がいた。そこで彼方の超能力制御の練習を行っていた。その練習終わりに張戸と彼方が縁側に座って休憩し、目的の話もした。
「簡単に言えば島の霊力を濃くする。理由は2つ。1つはバエルを降霊するために濃い霊力が必要なため、もう1つはその依代になれる強い能力者を目覚めさせる機会を増やすため」
「どうして呼ぶのがバエルなの?悪魔なら他にもいるじゃない?」
「悪魔の使役はロマンだ。序列一位の大悪魔の使役は私の求める夢。前世からの縁すらある気がするよ」
「ふうん…」
伯父様はバエルに対しては他とは様子が違う。多分、それが序列一位とされる悪魔だから。その悪魔に魅入られたわけじゃないと思う。
「どうやって霊力を濃くするの?」
「色々だよ。塞がっている霊力の噴出孔を探し出して開けることや、島の周囲の霊力を吸い上げて集めること、霊力由来の能力者を集めて引き寄せたりもね。吸い上げるにはメイボードの魔術師を探して塔の魔術を調整して貰わないといけないんだが中々見つからないね」
張戸はやれやれと手の平を上に向けた。
「この前見つけたチューリップなんとかの魔術師とは別?」
「彼らの一部もこの島に移り住んだ魔術師だけど、塔作りには関わっていない。この島にはメイボード以外にも色んな魔術師が来ているから見つけることもあるだろう」
「そうなんだ…」
この前は星月という魔術結社…。本当に色々いるなあ…。
「能力者を集めて霊力を引き寄せるなんてできるの?霊力同士が引き合うのは前に聞いたけど…」
「元々霊力の濃いこの島ではあまり変わらない。だが理論上では隣の入潤島に一定数以上配置すれば周囲から霊力を吸い込み、更にそれが霊力の来い入冥島に吸い寄せられていくことだろう。幸いにして、超能力犯罪者たちの牢屋は能力を使えないように霊力の薄い土地に置くために入潤島にある。私が手を加える必要はないわけだ」
「区切、片付け終わった」
ガミジンが道具の詰まった鞄を手に持ち張戸に声をかけた。
「ああ、ありがとう。そろそろ家に入ろうか、此方を起こしてあげないとね」
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夜、アパートの一室に此方はいた。比較的新しいアパートではあるが、島の再開発に伴う建築ラッシュで粗製乱造された1つで、隙間風は吹き、床は軋み、壁は薄く、雨漏れも何度かあった格安物件だった。
此方はちゃぶ台で黙々と宿題をしていた。背後の壁には中学の制服やジャケットが吊るされて此方を見守っているようだった。隣の部屋のキッチンは扉が閉められて母がスマホで電話をしており、内容まではハッキリ聞こえないものの声の雰囲気は聞こえてきていた。




