60話
「お疲れさまでした。僕はこっちですからここで」
綾瀬はY字路の右側を指さした。
ここで分かれると次に会うのはいつになるか分からない。もう直接聞いてしまおう。
「綾瀬君、帰る前に聞きたいことがある」
「何ですか?」
「星月や超能力犯罪対策室は俺のことをどう思っている?」
「どう…といっても、手伝って貰えて助かってます。対策室の方は知りませんが、僕ら星月の一員みたいなものとして個人としては気にしていないと思いますが…。感謝が足りなくてご立腹でしょうか?」
「え、いや、そうじゃなくて…」
綾瀬は質問の意図が分からない様子で不思議そうに大河を見ていた。
「どうしたんですか急に?」
俺の勘違いなのか…?
「実は最近、久遠が俺のことを避けているようだから、最悪のパターンはこれから始末するから情が湧かないようにしているのかもと思って。でも綾瀬君の様子を見るにそういう訳ではないのか?」
「さあ…?大船先輩を始末なんて僕は聞いたことありません。何か怒らせるようなことしたんじゃないですか?」
「怒っているという感じじゃないんだよな。例えるなら…転校を言い出せずに傷が浅くなるようにと距離を取ろうとしている感じ。でも俺以外には別にそんな態度ではないし転校ではないだろうけど」
「転校予定は無いですよ。謎ですね。…というか、よく分かりますね。僕なんて人の様子見てもよく分かりません。人の顔を長時間見れませんし…」
「でも俺の勘違いかもしれないから」
綾瀬は顔を上げてふと何か思い浮かんだ様子だったが、それは違うかなと思いまた下を向いた。
「もしかしたら…いやあの人に限って…」
「何か知っているのか?」
綾瀬は言うか迷ったが、大河なら話しても大丈夫かと話し始めた。
「彼女の師匠のことをご存知ですか?」
「確か…久遠の命を奪おうとした人。星月と戦いになって、紅葉信が助けたんだけど、彼はその時のスリルが忘れられなくてギャンブル狂いになって破滅。具体的には知らないけどそんな話だったような…」
「そういえばシンさんから直接聞いていたんでしたね。要するに久遠先輩は信じていた師匠に裏切られて殺されそうになった過去があります。信じていた命の恩人にも裏切られています。だから大船先輩のことも裏切られて苦しい思いをしないように距離を取っているのでは…と思った次第です」
「ああ…」
しかし、そうだとしたら他の人には親しいのは変じゃないか?
「でもやっぱり変ですね。人と関わらない、あるいは人と関りはするが信用しない、という人ではありません。積極的に関わって友達を作っていく人ですし、信用できる人には頼る人です」
「そうだな。俺もそこが引っかかる。傷つくことはあっても立ち直れる強い人だと思う。基本的に傷つくのが嫌で関わらないということはしないと思う。それでもこれから始末する相手となれば違うかもしれないが」
「うーん…今はこれ以上は思いつきません。一応僕の方でも調べて何か分かったら連絡します」
「ありがとう」
「それじゃお気をつけて」
「ああ、綾瀬君も」
大河と綾瀬はY字路を別れてそれぞれの家に帰っていった。
日が沈み、参道の一部では街灯がその下を照らしていた。苔や泥のついた看板近くの街灯は電球が切れかかり、点いては消えてをくり返していた。
苔蒸して落ち葉の積もった大きな石の鳥居の奥、落ち葉の積もった石の階段の先、崩れた社の前に張戸と山上が立っていた。張戸は眼鏡をかけて社の上を暫く眺めていたが、眼鏡を外してケースにしまった。
「ここは既に解放済みだったか。あの瓦礫をどければ霊力噴出量は増えるだろうか?」
張戸は崩れた社を指さして山上に尋ねた。
「微々たる差だろう。今は流れに沿って形になっているから下手に動かせば流量が減る可能性もある」
「そうか。無駄足だったか…まあいい」
張戸は残念そうに周囲を見渡し、体を捻って伸びをして息を吐いた。
「用は済んだ。帰る」
「了解した」
張戸と山上は飛んで参道に戻り、歩いて山を下り、車で帰宅した。
それから数日後、大河は張戸に呼ばれてセントラルタワーに来ていた。集合場所はそのタワーの有料会員用の展望スペースの一室で、大河は下校後にその部屋を訪ねた。
「ようこそ、来てくれて嬉しいよ」
「お招きいただきありがとうございます」
部屋は大きな窓ガラスの部屋で、曇り空の下にオフィス街の摩天楼が見渡せた。建造物は地面を埋め尽くすようにびっしりと建っており、奥の緑色の山は霧がかかっているのが薄っすらと見えた。
部屋の中にはモノクロのカーペットに、ビビッドカラーのソファやテーブル、冷蔵庫やがあり、外の曇り空のもやっとした雰囲気とは逆にキリリとした雰囲気が漂っていた。
「助手として彼方を呼んでいるが、書記やカメラマンみたいなものと思って気にしないでくれ」
彼方は窓ガラスの側に立って、大河と張戸の会話を無表情でじっと見ていた。
「…分かりました」
「立ち話もなんだ。そこに座って」
張戸は手でソファを示して大河はそこに座り、机を挟んで直角の位置のソファに張戸は座った。大河の正面には窓越しに外の景色が見えた。
「さて、能力の具合はどうだい?」
「何ともありません。どうしてそんなことを?」
「なに、我々に協力してもらって力を使うようなことが多かったからね。体に負担がかかっていないか、あるいは能力が成長しているのではないかと気になった次第だ」
成長か…。能力が目覚めた頃と比べれば劇的に成長しているが…。
「星月に関わるようになってからですか…。おそらく成長していると思います。しっかり測ったことはありませんが、より広範囲、より大質量に対応できるようになっていると思います。器用さも増したと思います」
「そうか。ということは能力はちゃんと制御はできているのか?文化祭の時のように上手く扱えないということはなく?」
「そんな感覚はありません。手足のように扱えます」
あの時は水中で絵を描いて絵の具が意図せず広がっていくような感覚で上手く扱えなかった。しかし、あの時だけだ。今は地上で絵を描くように絵の具が勝手に広がることはない。
「成程。それは良かった」
張戸は大河を見て微笑んだ。
「大船君、君は合格だ。その優れた霊力の吸引力と保持力は理想的だ。時として超能力者すら無意識で引き寄せていたことだろう。君は私と違い圧倒的な力を手にすることができる」
「圧倒的な力…?」
「そうだ。その身を精霊に捧げて力を手にするのだ。君の体を依代に降霊することで、君は圧倒的な力を手に入れることができる。その力の放つオーラにあらゆる者がひれ伏す。ロマンある話だろう?」
依代…降霊…?何か不穏な響きだが…。メイボードの魔術師は精霊の力を持つと言っていたが、それに準ずる力ということだろうか。
「俺にはそんな野心はありません。それに個人の力など組織の力には及びません」
「折角のチャンスを逃すのか?君が星月に協力して超能力犯罪者を捕まえるのに取り組むのは、君の正義のためではないのか?力があればもっと多くの人を救い出せる」
「…そんな立派なものじゃありません。俺はただ力を持っていて何もしないことに罪悪感を感じていて、人のためになることをしないといけないと思って行動しているだけです」
「そうか…私と似ているな。私は衣食住を満たし、自分の好きなことを楽しむ時間を手に入れてから、ふとこのままでいいのか?と思った。余裕があるのに好きなことだけでいいのか?何か世のため人のためになることをしないといけないのではないか?と罪悪感があった。そして趣味と実益を兼ねて魔術結社の支援を行った。君も趣味と実益を兼ねて力を手にするといい」
…いや、俺のはそれだけじゃない。俺は個人でできることは限界があると感じて、いざという時に助けたいと思われるような人になろうと行動している打算的な人間。できることなら一人で自由でいたい。しかしそれは無理だし、分担すれば各々が自分にとって楽しい部分を多くできて得だから人と協力したい。そのために人に好かれるようにしたり、皆と過ごすのを嫌々ではなく楽しくしようとしたりと行動してきた。人々をひれ伏せたいと思うような頂点を目指すタイプの大それた人間じゃない。その力は俺には荷が重い。若いうちから限界を決めるのは良くないと言われる。しかし、直感もこの誘いは危険だと告げている。
「折角ですが、お断りします」
「残念だ。最後に精霊の名を教えておこう。その名はバエル」
張戸区切は悪魔の名を口にし、一指し指を挙げて彼方にサインを送った。彼方は狙いを定めるように大河の目を見つめた。




