6話
「フン。君が怖いわけではないが、力があることは認めよう。僕がやろうとしていることは君たちにとっても得がある。僕に協力しないか?」
神尾は戦闘でも逃走でもなく、意外にも交渉を持ちかけてきた。
「得?どういうことだ?」
「僕は社会のゴミを掃除している。君たちや君たちの親しい人達が悪い目に遭うのを未然に防いでいる。君たちがたとえ悪人でも殺すのは気が引けるというのなら、ただ目を逸らすだけでいい。僕がやるから見逃して欲しい」
「こんな猟奇的な殺し方をしておいて何を言ってるの?」
「猟奇的かな?ただ墓標を建てているだけじゃないか。これは僕の仕業と分かってもらうための目印だよ」
「自分の仕業と分かってもらうためだと?夜中にコソコソやっているのにか?」
「ありうる…。爆弾魔なんかは正体は隠しながらも、爆弾に特徴を入れることで自分の存在をアピールするもの。そうやって営業しているとか」
「爆弾魔と一緒にしないで欲しいな。僕は悪いことをしていると罰が当たるというのを示したいんだ。最初は事故死に見せかけてたけど、それじゃ罰が当たったと思われるには弱かった。だから特徴的な墓標を建てたんだよ。自分がそんな目に遭わないようにという恐怖から悪いことはしにくくなって、世界は良くなる」
「何も命を取ることは無いだろう」
「手加減してやる義理はないね。生かして帰して復讐に来られたら面倒だ。そんなことに構っている余裕はない。それに、いなくなっても困らない不良たちだ。難しく考えるほどのことじゃない」
こいつ…既に殺し慣れて…。
「僕はこの力を手に入れてから何か世のため人のためにできることをしないといけないと思った。力と共に何か使命を授かったんだ。何もしないでいるのが悪いことをしているようで不安だった」
「……」
「だからこうして社会のゴミを片付けつつ、悪人の発生抑止をすることにしたんだ。いくら超能力があるとはいえ、取り逃した相手の仲間に顔を覚えられて襲われるかもしれない。命がけだ。しかしだからこそ本気でやれる!」
「もうやめるんだ。役に立ちたいのなら他にもやり方はある」
「ああ、やり方はいくつもあるだろう。だけどこれは僕の使命だ。やめるつもりはない。邪魔をするのなら仕方ない」
神尾が手を横に振ると大河と久遠は空高くテレポートし、自由落下を始めた。神尾は自身をテレポートして距離を取り、地面に落下するのを見た後、テレポートで近づいて様子を見に来た。
「なんだ、飛べるのかと思って次の手を打っていたのに、あっけない。うぐあっ…」
神尾は見えない力に上から抑えつけられて膝をつき、動けなくなった。その前には大河と久遠が平気な顔をして立っていた。
「お前たち、なぜ…」
「さあ、どうしてだろうね」
「クソッ」
神尾は自身をテレポートしようとしたが動けず、代わりに目に留まったベンチを大河の上に落とした。しかし、ベンチは空中で停止して横にそれてゆっくり落下した。
神尾は動転して態勢を崩し、うつ伏せに倒れて圧力に耐えられず気絶した。大河は神尾にかけた能力を解き、ベンチを浮かべて元の場所へ戻した。
大河の能力なら浮かべるのは容易。もちろん自身が落下しても浮かべることも可能。
久遠は気絶した神尾の首に霊力分散の印をつけた。
「結局、妖怪の仕業じゃなかったか」
「だから大河くんのせいじゃないって」
「良かった…。しかし、久遠が捕まった時はヒヤヒヤした。相手が殺す気だったらナイフで胸を一刺しなんてことが起きたんじゃ…」
「魔術で防御はしてたから刺されても大丈夫だよ。隙を見せて、一度は私の動きを封じることができたという成功体験で相手が逃げにくいようにしていたんだよ」
「そうだったのか。度胸あるな」
「うちの支部長はいかついから敵は怖気づいて逃げやすいけど、私はか弱い女の子に見えるみたいで舐められやすいんだ。適材適所ね」
「無茶はするなよ」
「心配してくれてありがとう」
その後、駆けつけた久遠の仲間に神尾を引き渡した。
「ふわあ…これで終わりか。お疲れ、もう帰って大丈夫かな」
大河は欠伸をして久遠に確認を取った。
「大河くん、お願いがあるんだけど…」
久遠は恥ずかしそうに伏し目がちで、軽く握った拳を胸に押し当ててねだった。
「もう眠いから明日にしないか?」
「今じゃないと駄目」
急ぎか?人が去ってからということは、何か言いづらいことだろうか。
「どうした?」
久遠は少し迷ったが覚悟を決めた。
「あいつに抱き着かれて怖かった。このままだと怖くて眠れない」
「心配要らないよ、久遠は強いから。隙を見せたのはわざとだし、ちゃんと逃げられたじゃないか」
「でも残っている感覚は理屈じゃ簡単には消えない。上書きしたい…だから…」
久遠は手を離して背を向け、後ろ髪を左肩から前に流した。萎縮しているのかいつもよりも小さく感じた。
「あいつがやったように後ろから抱き着いて」
「いいのか?」
「誰彼構わず頼むわけじゃない」
本当にいいのか?いや、人助けでもあるし、これはいいことだ。
「そのような大役を仰せつかり、光栄です姫様」
大河は緊張を紛らわすために芝居がかった台詞を吐いた。深夜テンションでハイになっていたことで後悔することになるのはまだ先、翌朝の話。
大河は久遠の背後から左腕を胸の下に回して抱き着いた。体に吸い付くような柔らかく張りのある肌と甘い香りに包まれた。右手で肩と首筋をなぞり、その華奢な体を指先で感じていると、久遠が手を重ねてそのままじっと動かずにいた。静寂の中、体温や呼吸や心拍の揺れだけが感じられた。
「ありがとう、もう大丈夫」
久遠はゆっくりと大河の腕を離し、振り向いて両手で大河の両手を掴んだ。もう小さく見えず、気分が昂揚しているように見えた。
「変なこと頼んでごめんね。深夜テンションという奴だと思う。それじゃ気を付けて帰ってね。おやすみ」
久遠は手をするりと放した直後、小走りしてあっという間に去っていった。
つい首を触ってしまったがまずかったか?怒ってないし、大丈夫そうだけど。しかし魔術で色々できても怖いものなんだな。いや、当たり前のことか。無敵じゃないのだから怖いものはある。それにしてもいい気分だった。心地よい眠りに就けそうだ。
大河も帰宅し、幸福感と共に速やかに眠りに就いた。
翌朝、久遠がバスを降りて学校のある坂を歩いていると後ろから来た時雨に声をかけられた。
「久遠、おはよう」
「おはよー…時雨ちゃん」
「眠そうね。どうかしたの?」
「昨夜は目が覚めちゃって全然眠れなかった…」
「大丈夫?何してたの?」
久遠は深夜のお願いを思い出し、下を向いて恥ずかしくて頭を抱えた。
「…秘密」
神社裏山の大岩を背に張戸と山上が立っていた。張戸は眼鏡をかけて移動前に岩があった場所を見て口元を緩ませた。
「これは上々。彼はいい仕事をしてくれた」
張戸は眼鏡を外してケースにしまい、上着のポケットに入れた。
「しかし、こんな何の変哲もない岩が本当に塞いでいたとはにわかには信じがたい。どんな理屈だったかな?」
「元は何の変哲もないただの岩だった。本来なら噴出孔から出る霊力は岩を素通りしていく。しかし、噴出孔からの霊力を受けて変質していき、まるで管が詰まるように岩を霊力が通らなくなり蓋となった。地震で岩は動いたが噴出孔の位置も動き、互いに引き寄せられるように再び塞がれた」
尋ねられた山上は淡々と説明した。
「今のところ引き寄せられて動く様子も無いし、新たな蓋になれるようなものもない。これでこの島の霊力はより濃くなる。フフフ…」
「左様。貴殿の望み通り」
「確認は済んだし帰るとしよう。ガミジン、運転を頼む」
「了解」
ガミジンと呼ばれた山上迅雷は張戸に付き従い、階段を下りていった。誰もいなくなり、静まり帰った岩の前は濃い霊力によって景色が僅かに揺らいでいた。