57話
雨夜は立ち止まって2人に声をかけた。
「ねえ、川の側はやめない?風が吹いて寒いし」
「そう?どこも大して変わんなくない?」
「雨夜が白くなってるよ。冷えたんじゃない?」
雨夜は強い思念が残っている場所では本人の意思に関係なく過去視が行われる。現実時間は一瞬だが、脳内では映像として走馬灯のように流れる。雨夜は女が川に引き込まれた光景を見て血の気が引き、川から早く離れようとした。彼女は戦闘用の能力ではなく、超能力を悪用しようとする人に捕まれば抵抗できないため能力を隠している。そのため見たことを家族以外には言わない。強い思念であれば、今回のように襲われている場面だけでなく、強い怒りや悲しみを抱いている場面や、逆に大きな喜びや強い愛情が湧いている場面も見える。カップルが誰も残っていない教室で熱いキスでもしようものなら翌日には雨夜にはバレている。
「ほんとだ。大丈夫?あっちのアーケード街に行こう、風はほとんど無いから」
「それに雨夜は勘がいいからね。嫌な予感がしたのかも。従うが吉」
「そだね。夏…というかお盆の時期は花が見られて綺麗だけど、冬は別に無いしね」
この川にはお盆の時期に灯篭流しの代わりとして花を流す風習がある。川が死後の国に繋がるとされ、祖先の魂を偲んで流す。灯篭はこの島では禁止され、代わりに花という形になった。また島内の全ての川で許可されているわけではなくできるのは一部のみである。流していいのは生花に限られ、造花やテープや金具は禁止。留めたければ葉や茎で縛ることになっている。シロツメクサの花冠のように編み込んで作る人もいる。灯篭流しは夜だが花は光らないので日が出ている時間帯、逢魔が時である夕方に行われる。
雨夜たちはアーケード街の道の中央にあるベンチに座ってたい焼きを食べた。表面はすっかり冷めていたが、噛んで開いた穴からは熱い餡の湯気が出ていた。
「もしかして雨夜、最近怪談話でも読んだの?」
「怪談?」
「その反応じゃどうやら違うみたいね」
「入冥島の川は死後の世界に通じていて、たまに死者が出てくるなんて話。死者の手招きに応じると川の中に引きずり込まれるとか、目が合ったら引きずり込まれるとか」
「作り話でしょ?お盆の行事があるからそれっぽいだけ」
「……」
「どうしたの?」
内田はぼんやり考え込んでいたが雨夜に聞かれて我に返った。
「…いや、ちょっと思い出しちゃって。8月に親戚の子が病気で死んでさ。川を下ったら霧に包まれて海じゃなくて死後の世界に行けたりして…」
2人は驚いて内田の顔を見た。
「いやいや何考えているんだろう。あ、ごめんね。暗い話になっちゃって」
「もー、寂しがらないで。私たちがいるじゃない」
「こんな寒い時期に川に落ちたら一大事だからやめなよ。近づくのも危ないよ」
雨夜は落ち着いた口調だが必死に止めようとする雰囲気が漏れ出ていた。
「分かってるよ。そう心配しないで」
その後、3人は食べ終えて立ち上がり、歩きながら他愛もない話をした。そして途中で分かれてそれぞれの家へ帰宅した。
その夜、大河は自室で勉強を終え、椅子にもたれかかってぼんやりと天井を見ていた。
もし星月に危険と見なされているのだとしたら…。この考え自体がそもそも自惚れだろうか。まあ魔術の使える魔術師にとっては脅威でないにしても、一般人からすれば超能力者は皆脅威になりうるか…。
張戸さんに相談してみるか。尤も張戸さんが味方という保証はないが。
「……」
大河は机の上のスマホを手に取り、再び机に置いた。
…やっぱりやめよう。張戸さんと星月がギスギスすればさらに面倒なことになりかねない。次に星月寮に行くことがあれば隠し事が苦手なセイさんに聞いてみるか。何か喋るかもしれない。
それに張戸さんを信用していいのかという問題もある。張戸さんには此方の母の死に関係している疑惑があり、気を付けてと此方に言われている。といっても此方の想像で証拠はないが…。
この際だから一度情報を整理してみよう。もし張戸さんに頼ることになった時に疑惑が気になってできないのでは困るからな。此方と彼方視点の情報だから抜けはあるだろうが、できる範囲で。
此方の母は張戸さんの妹。妹は張戸さんにお金を借りていたようだ。張戸さんからすれば死んでしまえばお金が返ってこないのだから生きていた方が得に思える。しかし、更に借りて返って来る目途が立たないのであればいなくなる方が損切になるか。損得だけならそうだが家族の情があった様子。その情は姪の此方や彼方にもある。張戸さんは妹を疎んじていたが家族の情もあった。此方はきっと堪忍袋の緒が切れたのだろうと予想していた。此方の知らないところで何かあった可能性もある。とはいえ、少なくともこれらの情報からは張戸さんが妹を殺すようには思えない。
妹の死亡後の各種手続きの手際の良さが怪しいと此方は言っていた。妹は意識を失いその一週間後に死亡、原因は不明。張戸さんは元々ハードな企業で働いて荒稼ぎして早期リタイアした人だ。能力は高いだろうから手際よく処理できてもおかしくないだろう。それに医者が当時中学一年生の此方には伝えなかったが、張戸さんには回復の見込み無しと早い時期から伝えていた可能性はある。それなら準備時間が取れただろう。
原因不明なまま死亡というのは、本当に現在の科学やその病院の設備では説明できないだけで病気の可能性があるが、超能力者がやった可能性もある。これは疑い出したらキリがない。後回しにしよう。
何だか張戸さんの肩を持っているように思えるが、此方の予想がやや強引なところがあるからだろう。勿論、俺の考えが間違っていて強引に思える此方の予想が正しい可能性もあるが。
此方が復讐や敵討ちというのはあまりイメージ湧かない。考えられるのは母のことを忘れたくないという思い。多分だけど、張戸さんの家で楽しく暮らして元の家族を忘れてしまうのが嫌なのだろう。母の仇かもしれないと思うことで張戸さんに心を許さず、母のことを忘れないようにする、そのための張戸さん犯人説なのだろう。振り返ると優しかった母の思い出ばかり浮かぶと言っていたことから、忘れたくないものである可能性は高そうだ。母の愛か…。
彼方も此方と似たような境遇だが、あっちは母との関係はあまり良くはなさそうだった。彼方は自分が邪魔者だけど親子の情があるから切れない愛憎入り混じった存在だと感じていた。自分の子供に対して邪魔だと思うなんて寂しいが、ありえなくはないだろう。彼方は自分が母にとって邪魔者と感じていたが張戸さんに必要とされて心が満たされた。だから彼方は張戸さんに対して此方とは逆で好印象だ。ああ、俺が彼方から嫉妬や敵意に近いものを感じるのはひょっとして俺が張戸さんに頼られることがあるからか?もしかしたら彼方は星月のみんなにも嫉妬しているかもしれないな。
総合すると、やはり張戸さんは犯人ではないと思う。魔術師たちと繋がりがあって何か秘密の目的はありそうだが、この件とは関係無さそうだ。いざとなれば頼ろう。
その後、大河は風呂に入り、歯を磨き、本を少し読んだ後、眠りに就いた。
夜の川の側では、習慣のランニングを終えた男が歩いて呼吸を整えていた。川沿いの道は散歩やランニングのコースとして利用する者も多く、この男も夜間のランニングに利用していた。
歩く男の背後で川の水が触手の形になり、男の足を掴み引き倒し、そのまま水中へと引きずりこんだ。触手は元の水に戻り、最初は泡がボコボコと出ていたが、それもすぐに消え、静かな川に戻った。




