56話
夜の入冥島、都市部ではビルの明かりや店の明かりが煌々と輝いていた。その中を流れる川の水面には電飾の光が映り、ゆらゆらと街の景色を映していた。
5人の会社員たちが居酒屋を出て、その場でお開きとしてそれぞれが帰路に就き、1人の女が川沿いの親水広場を横切って歩いて行った。親水広場の川の端はコンクリートが階段状になっていて柵が無く、その酔った足では誤って川に落ちる危険があった。しかし女はそんなことを忘れて上機嫌に歩いていた。
突如、川の水が触手のような形状を取り、女の足に巻き付き水の中へと引っぱった。女は突然の出来事に何が起きたのか理解できなかったが、反射的に地面を掴んだがその程度では止まらず水の中に引きずりこまれていった。
水面の形状が触手から元に戻り、それからすぐは泡がポコポコと出ていたが、それも消え、後には静寂が訪れた。
翌日、大河は何事もなく登校し、学校生活を過ごしていた。いつも通りのようで若干の違和感を感じていた。久遠と会って挨拶をしても短く挨拶を返すだけで気まずそうに目を背けられることだ。
ここのところ久遠に避けられているような気がする。口も利きたくないと怒っている態度というよりは、関わりたくないと避けているような態度だ。怒らせたわけでは無さそうだ。何か気持ち悪がられることでもしただろうか。あるいはそう思うような俺のエピソードを真偽問わず聞いたとか。
俺は母の趣味のアニメやドラマを見ることがある。そのことを久遠が最近知って気持ち悪がられたか?硬派な作品はともかく女児アニメなどはそう思われるかもしれない。かわいいと狂気の相性は抜群で男が見たって面白い…などとそんな説明したところで理解されるかどうか。アキバ系が云々なんてのは母の学生時代の話で聞いたくらいで考えすぎか?母のことだから話盛ってそうだし。もしそういう理由でないとしたら、此方の同級生の女子たちについて色々聞き出したのが不味かったか?俺はただ犯人探しのつもりだったが、傍から見ると親しくも無いのにデリケートな話を聞き出す気味の悪い奴に見えたかもしれない。一緒に話すと変な話振られると思われた?ありうる…。
あるいは最近此方の頼み事で頭がいっぱいだったが、もしかして島の外へ遊びに行っていた時に何かあって、気づいていなかっただけでその後から既にこの態度だった?神戸なら姉がいるが、まさか姉に偶然会って変なことを吹き込まれたか?ゼロではないが確率はかなり低いだろう。
というか、どう考えているのだろうと思われるだけで気分を害しているかもしれないな。犯人探しならともかく、普段はあまり気分のいいことじゃない。「これ好きだったよね、ここ寄ってく?」「~しようとしてたんだろ?用意しておいたよ」なんて、なんだか不自由で嫌だな。気が利いてて嬉しいという人もいるけど俺や俺の家族は違う。行動に移さなければ勝手に考える分には好きにしたらいいと俺は思うけど、久遠は俺に考えられるだけでも嫌かもしれない。
まあ、そのうち薄れていったり平気になったりするかもしれないし、しばらくそっとしておくか。
そして放課後、大河は帰り道の店の並ぶ通りで後ろから声をかけられて立ち止まった。
「先輩、お久しぶりです」
振り向くと私服の女の子がいた。
「君は…彼方か?久しぶり。元気してたか?」
「はい、元気いっぱいです」
大河と彼方は通行の邪魔にならないように道の脇に移動した。
あれ?学校は?此方の妹なら義務教育で中学生だから制服なんじゃ…?
「どうかしました?」
「いや、急に現れたのでどうしたのかなと」
そうだ、とっくに下校して着替えたのかもしれない。それに妹と言っても母親が違うのなら同い年の可能性もあるから中学生とも限らないか。何もおかしくない。
「お姉ちゃんがお世話になったようでお礼を言いたくて。ありがとうございました」
「なんで彼方がお礼を?此方のことだろ?」
「自分のことのようですから」
「そうなのか?」
「自分の学校や自分の国のチームの勝ち負けが自分のことのように思うのと同じですよ。お姉ちゃんの喜びは私の喜びです」
「ふうん…」
スポーツの試合は滅多に見なくてよく分からないが、そういうものなのだろう。
「あ、ピンときませんか?じゃあ小説や漫画で怪我をしてその詳細な描写でまるで自分が怪我したみたいにイテテと感じる、そんな感じです」
「まあそれなら分かるかも」
「重ねてありがとうございました。ではこれで」
「もしかしてお礼を言うためだけに来たのか?」
「そうですよ。これでスッキリしました」
「そうか、そりゃよかった」
「では今度こそ、さようなら」
彼方は走って横断歩道を渡り、向かいの歩道に渡った。その後は赤信号で停まっている車の後ろに隠れて見えなくなった。
よく分からない子だな。敵意や嫉妬に近いものを感じることがあるが勘違いか?いや、そんな経験は彼女に限った話じゃないか。警戒心が伝わって、相手も身構えて敵意に感じられるだけかもしれない。
大河は視線を感じ、横を見ると誰かがビルの物陰に隠れた。大河が近づきながらテレキネシスで引っ張り出すと、そこには久遠がいた。
「何で隠れた?」
「あ、偶々見ただけで2人の邪魔するつもりは無いよ」
久遠は苦し紛れに目を逸らしながら言った。
敵意…待てよ…もしかして何らかの事情で星月が俺を敵とみなしているか危険だから要監視としている状態なのかもしれない。最近、久遠が気まずそうに目を背けていたのはそれか?その場合は関わらないよりも親密にした方がいいな。全く逆の対応が必要だが、この場合は命に係わるからこっちを優先するべきだ。
「此方ちゃん、大河くんの前ではあんな態度なんだね」
「え?ああ、さっきの子のことを言っているならあれは彼方、門宅彼方という此方の妹だよ」
「えっ、妹なんていたんだ…そっくりだね」
「彼方のことを知らなかったのか?」
「私は此方ちゃんに懐かれてなくて…。妹がいるなんて聞いてなかった。苗字が違うのは違う家に引き取られたってことね」
「此方からは妹の話は聞けない。此方は彼方のことを知らないんだ」
「どういうこと?」
久遠は分からなくなって首を傾げた。
「詳しい事情は聞いてないけど、彼方は此方のことを知っているけど、此方は彼方のことを知らないらしい。…察するに腹違いの子で彼方は愛人の子なんじゃないか?」
「あー、成程ね…。…私はてっきり双子なのかと思ったよ。2人は育てられないから1人は門宅家へと引き取られたのかと」
「あ、そうか。それもありうるか」
「でもそれだと此方ちゃんが知らないのは変じゃない?」
「そうかな?此方が妹も一緒に暮らしたいと無理を言わないように黙っていてずっと知られずに来たんじゃないか?彼方の方はどこかで知る機会があった」
「確かに」
久遠は目を見開いて大河を見た後、再び目を逸らした。
「それじゃ、私こっちだから」
「ああ。それと、星月の手伝いが必要なら遠慮せず頼ってくれ」
「分かった。じゃあね」
がっつきすぎたか?あれだと寝首を掻こうと接近しているように思われたか?これくらいなら大丈夫だと思いたいが…。
一方、雨夜と友人の内田、田中と一緒に街でたい焼きを買っていた。彼女らが手に持ったたい焼きは紙の包みで挟まれ、湯気を出していた。3人はすぐ横の親水広場に降りて行き、いい感じに座れる場所を探して歩いた。川は静かに流れ、夕焼けの空を揺らめく水面に映していた。




