55話
そして月曜日の放課後、大河は校舎裏で此方たちと会った。
「2人とも紹介するね。この人は大船大河先輩。伯父の仕事のバイトで知り合ったの。こっちが鳥居余香で、こっちが狩虎玲瓏」
此方は手のひらで2人を指し示して大河に紹介した。
「よろしく」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
大河たちは簡単な挨拶をして会話に入る準備を整えた。
「すまないが、1人ずつ話したい。どっちか待っててもらえるか?」
「じゃあ狩虎さん先にいいよ。私、怪我で部活休みだから遅くなってもいいし」
「あ、じゃあお先に…」
「それじゃ私は余香と向こうで待ってますね。終わったら連絡してください」
「ああ。そう時間はかからないと思う」
此方は鳥居を連れて離れていった。
大河は狩虎の方を向いて話を切り出した。
「折井君とは幼馴染なんだって?」
「はい。家が近所で小学1年生の頃からの仲です。中学も高校も同じです」
「成程。折井君は君のことを子分だと言っているようだが、それはなぜ?」
「昔からそうだからです」
「どうやって子分になったのか差し支えなければ教えて欲しい」
狩虎は迷って下を向き、上目遣いで大河の顔を覗き込み、言っても大丈夫かと考え、離し始めた。
「小学生の頃の話です。気が弱い私はやんちゃな子たちの悪戯の餌食でした。私は虫が苦手なのですが、彼らはそれを持ってきて見せて私を怖がらせて楽しんでいました。それを止めてくれたのが夏…折井君です。俺の子分に手を出すなと。殴り合いの喧嘩もして追い払うこともあって、段々と悪戯は無くなりました。私の恩人です。だから昔も今も私は彼の子分です」
「成程」
俺も小さい頃、友達や兄や姉を怖がらせて楽しんだりしたな。もう満足したからか今では落ち着いているが…今思えば悪いことをしたな。反省反省…。
「守ってくれるとは優しいな」
「そうです。夏は本当は優しいんです」
狩虎は理解を得られたようで嬉しそうに顔をあげて目を光らせた。
「しかし小学生の話だ。それで仕事を押し付けるなんて。親分子分という関係は今も有効なのか?」
「有効だと思います。夏は私のことを子分と言ってくれますから」
言ってくれる、か。
「未来の話をしよう。もし将来離れ離れになってもそれは有効か?」
「離れていても私は子分のつもりです。だからといって何かするわけではありませんが…」
「そうか。じゃあ逆に物理的に近くても関わりが減っていき無くなった場合は?それでも子分なのか?」
「彼がお前は俺の子分じゃないと宣言しない限り子分のつもりです」
「そうか」
「実際にそんな状況になったこと無いから想像でしかありません。こんなこと言っておきながら、忘れてしまう日が来るかもしれませんね…寂しいことですが」
「そうだな。今のことで頭いっぱいで昔のことを忘れてしまうことはある。将来、忘れないとも限らないな」
「ですね」
意外とあっさりしているな。もっと重いもんかと思っていた。
「折井君と鳥居さんは衝突が多かったと聞いた。幼馴染の君から見てもやはり相性の悪そうだったか?」
「そうですね…」
狩虎は迷った様子で顎に曲げた指を当てて考え、顔を上げて続けた。
「合わない2人だと思います。でも…」
「?」
「…だけどぶつかり続けていたら、いつか理解が深まって恋人同士になってたかも…。一度乗り越えてしまえば、私みたいに喧嘩もしない手間のかからない退屈な人よりいいでしょうし…」
「実際はそうならなかったようだ。鳥居に嫉妬していたのか?」
「…実は少しだけ。でも今はもうそんなことないですよ」
「なぜ?怪我をしてスッキリ?」
「そんな!それは無いです。ある事件の後、2人の絡みが無くなったからです」
「成程。その事件は此方から聞いたよ。大変だったな」
大河は相手に分からないようにテレキネシスで狩虎の全身を少し浮かべた。狩虎は浮遊感を感じ、違和感を覚えたがどうすることもできずにただ戸惑っていた。
この子からテレキネシスに対して対抗するような力は感じられない。やはり超能力者ではないか。
「今日はありがとう。参考になったよ」
大河は能力を解いて狩虎を地面に降ろした。
「あ、はい。お役に立てたなら良かったです」
「…それから、俺の場合は手間がかかる人の方が絡みは多くなるけど、絡みが少なくなっても頼れる人の方が好感度高いかな。折井君が同じかどうか分からないけど、そういう考えもあるんだ」
「そうなんですね」
そう相槌を打つ狩虎の口元は緩んでいた。
その後、大河は此方に連絡して呼んだ。
「狩虎さん、おつかれ。来てくれてありがとう」
狩虎は頷き、鞄の紐を肩にかけた。
「じゃあ私部活行くから…」
「ありがとね」
此方は手を振って見送り、大河の方を向き直った。
「では私は待ってますので私にお構いなく」
「ああ」
此方は鳥居の後ろに下がって校舎の壁にもたれかかってスマホを操作し始めた。鳥居はその様子を見て少し気を緩めた。此方に見られながらでは
「怪我は大丈夫か?」
「骨に少しヒビが入った程度ですから、すぐ治ります」
鳥居はギプスを巻いた腕を動かして見せた。
「ならよかった。部活で転んで怪我をしたんだって?」
「そうです。それで骨折なんてドジな話ですよね」
「俺も昔、走って転んで骨折した経験がある。普通だよ普通」
「そうでしょうか?」
「そうだよ多分」
「多分ですか…いい加減なのは嫌いです」
鳥居はハッキリと言い放った。皮肉めいた言い回しではなく、先輩であろうと物怖じせずに堂々と宣言した。
「それは悪かった。君はドジじゃないと励ましたかっただけだ。そう堅くならずに」
「そうですね…すみません、ムキになって」
「倒れる時に変な感覚は無かったか?」
「いえ。あ、ミスった、これはこけるなと思っただけです」
「そうか。何か病気じゃ無さそうで良かった」
鳥居は大河の態度に困惑していた。怒ったり不機嫌になったりすることも萎縮することもなく、マイペースで暖簾に腕押しだった。
「強い人が好きだと聞いた。詳しく知りたい」
「此方が大船先輩は新商品開発のためにリアルの声を聞きたいと言っていました。しかし、恥ずかしいから言いたくないこともあります」
「個人が特定できるようなことはしない。俺を信じてくれ」
鳥居は首を傾げて手で後頭部をかき、話し始めた。
「…私は自分を負かす強者を求めているのです。強くもない人には負けたくないから私自身も鍛えています」
戦闘民族っぽいな。
「負けたいから、穏便に諭すのではなく、挑発するような言い方になってしまっているのかもしれない…。負けて屈服したいのです」
後ろで聞いている此方も驚いたようで手を止めてこっちを見ていた。
「え?強い人に守ってもらいたいということではなく?」
「自分の身は自分で守ります」
「強くて頼りになるのが好きというわけではないのか?」
「それも少しはありますが、なるべく人に頼らず自分の力で解決したいです」
「それは分かるな。自分の力で解決したい」
「親が偉い人だとか、恋人が王族だとか、そういう威光で解決するのはどうなの?と思います。その威光が使いたければ自分自身が社長や大臣になるべきです」
「そうだね、俺もそう思う」
もしかしたら鳥居は、親分頼りの狩虎を見てイラついていたのかもしれない。子分扱いしてパシリに使うのは良くないと思いつつも、子分に甘んじているのもまた良くないと思っていたのだろう。
「とはいえ難しいことは一人じゃ無理だと俺は常々感じているよ。人が力を貸してくれるような人にならなきゃと頑張っている」
「なんだか打算的に聞こえます」
「俺は悪いとは思わない」
「親しみを感じる部分もありましたが、やっぱり私と先輩は違うようですね」
「そうだな。とても参考になるよ」
鳥居は大河が言い返しに来ないため調子が狂い、頭をかいた。
「こんなところか。協力ありがとう。助かった」
「それは良かったです」
此方は話が終わったのを察知して体を起こして壁から離れて近づいてきた。
「此方、また明日話そう。一旦帰って整理してくる」
「了解です。じゃあ余香、一緒に帰ろ」
「うん。先輩、さようなら」
「はい、さようなら」
此方と鳥居は挨拶して帰路に就いた。大河も鞄を持って帰路へと就いた。
翌朝、始業前に大河と此方は校舎裏の並木道で手すりにもたれて並んで話をした。周囲を金木犀の甘い香りが包んでいた。
「おはようございます。余香の怪我の件、結論は出ましたか?」
「やはりただの偶然だろう」
「折井はやってないということですか?」
「やった証拠はない。想像するしかないが、彼は根に持って陰湿なことをするようには思えない。やるなら直接ぶん殴りそうだ。話を聞いていき、それがより強く感じられた」
「まあ、それもそうですね…」
「一時は狩虎がやったんじゃないかと疑った」
「え?狩虎さんが?どうしてですか?」
「事件前までは鳥居は折井とよく衝突していたようだ。それは鳥居の正義感から来るもので、好きだから絡んでいたわけではない。そうだな?」
「そうです。本当は違うということですか?」
「いや、その見立てで合っていると思う。だがそれは此方から見てそう思ったことだ。鳥居のことをよく知る友人の此方から見てのこと。狩虎から見れば違う景色に見えたかもしれないと思った」
「好きだから突っかかるように見えたと?」
「厳密には違うけど、大体そんな感じ。それで嫉妬してやったのかとも思ったが、どうやらそれも無いみたいだ。少なくともサイコキネシス系の超能力もなかったし。これで疑わしい人はもういない」
「それで偶然ということですか。嬉しいような、すっきりしないような」
犯人が出て来てくれた方が確定してすっきりしたか。しかしいないのだから出ようがない。
「まあそういうこともあるさ」
此方は大河の方に向き直して「先輩」と声をかけた。
「ありがとうございました。これで日常に戻れそうです」
「どういたしまして。後輩たちの話は普段聞くことないから新鮮で良かったよ」
「そろそろ教室に戻りますね」
「ああ、俺はもう少ししたら行くよ」
「ではお先に」
此方は一礼して校舎の方へと歩いて行った。
これで良かった…?もしかしたら久遠なら此方に俺には出来ない方法でより正確な解答を用意できたかもしれない。しかし久遠の休日を邪魔したくなかった。そもそも頼ったところで久遠が此方に付き合ってあげるとも限らないが。…まあとにかく俺たちだけで解決できて良かった。いざ頼る時に力を貸してもらえるようできる限り彼女の仕事の助けにならないとな。




