52話
大河は此方を見送って教室に戻ると、赤城と遠野が何か話しているのが見えた。
「赤城は何で妹と仲良くできるの?」
「別に仲いいってほどでも…」
「でも会話はあるでしょ?」
「そりゃ一緒に住んでいるのだから会話くらいするだろ」
「私は兄貴と一切会話してない」
「兄貴は大学生だっけ?島の外に出てたらそりゃな。俺も理由なく電話したりしないだろう」
「そういうことじゃなくて家にいても話さない。調査だか何だかで家に戻ってきてて最悪」
「そんなに仲悪いのか?」
「最悪。何で赤城は仲よくできるの?何が違うの?」
「考えたことねえな。弟や妹は可愛いものだから普通に…。…そうか、可愛くないのか」
「失礼ね」
「そういうことじゃなくて、親がお前ばかり甘やかしていい思いしていて面白くない、可愛くないと思ってたりしてな」
「あー…うーん」
遠野は何か思い当たる節があるように唸った。
「両親は私には甘いけど兄貴には厳しいかな。特にお母さんは兄貴に強く期待していてある意味愛情深いかも。失敗したら可哀想だからと好きにさせてあげないし、色々口出しするし。私は大して期待されてないから自由だけど」
「兄貴も気の毒に…」
「赤城は私じゃなくて兄貴の味方なんだ」
「すぐ敵だの味方だの、あー面倒くせ…」
確かに甘やかされたのだろう。幼稚だ。まあまだ学生だからこんなものかもしれない。大人になる頃には成長しているんじゃないか。成人の18まであと1年くらいだけど。
チャイムが鳴り、生徒たちは席へと戻っていき、その話はそれっきりとなった。
その後、授業が行われ、今週最後の授業が終わると、教室は気の緩んだムードが漂った。しかし脅迫状の件が気になる大河はそんな緩みはしなかった。
超能力者の仕業だとすれば…いや、まだ分からない。久遠に遊びに行く前日にそんな話をしては気の毒だな。頼らずに行こう。
その帰り道、バスから降りて一人自宅へと向かっていた大河は高台へと寄り道した。晴れた日の高台からは夕暮れと紅葉が見えるので気晴らしになるだろうという考えだった。
大河は高台に上って景色をぼんやり眺め、帰ろうとしたところで声をかけられた。
「なあ君、霊火亞誕高校の生徒?」
大河が振り向くとそこに若い男がいた。
「そうですけど…。どちら様?」
「遠野剛健。俺も昔、霊火亞誕高校に通っていてな」
「遠野…もしかして」
「時雨という高二の妹がいる。君のネクタイと同じ色だ」
「ああ、お兄さんでしたか。仰る通り霊火亜誕の生徒ですが、どうしましたか?」
「学校の様子はどうだ?最近物騒だから気になってな」
「どうと言われても、まあ普通です」
「そうなのか。校長宛に脅迫状が届いたらしいじゃないか」
「……」
「確か、速やかに授業をやめないと教師も生徒も不幸に見舞われると」
「よくご存じですね」
「妹から聞いた」
「…そうですか」
「まだ何ともないか?」
「どうしてそんなことを聞きたいのですか?」
「卒業生だから後輩たちが心配なんだ」
「本当ですか?」
「何が言いたい?」
「反応が知りたいんじゃないですか?あなたが送った脅迫状の」
「何を言うんだ?」
「あなたと妹さんは家でも会話しないと聞きましたよ」
「あいつが照れてそう言っているだけだ」
「嘘ですね。それに俺が聞いた噂では「速やかに」という文言が無かった」
「フン、俺が聞いた頃には尾ひれがついていたのだろう」
「そうでしたか。まあ噂なんてこの情報社会ではすぐに埋もれて忘れ去られるでしょうね。継続的にやらなければ忘れられてしまいます」
「そうだな…」
「脅迫状を何度か出す度に犯人に近づけることでしょう。不幸に見舞うため手を出せば、更に証拠は残るでしょう。一般的な証拠が残らない超能力があったとしても、それを対策する組織もまたあるのですから逃げることは不可能です。隠し続けられるのか恐怖と緊張で眠れない夜を過ごすことになると思いますよ」
「犯人は大変だな」
遠野は他人事のように言ったが声は震えていた。
「説得できれば逃げられるかもしれませんがね」
「…俺が脅迫状を出したのは事実だ。ちゃんと理由はある」
もしかしたらと思って試したが本当だったか。思っていたより効いたようだたようだ。
「それで学校関係者を怪我させたのか?」
「急に態度変えるじゃないか。何もしてないさ、まだ今のところは。脅迫状はあくまで試金石。これからが本番だ」
まだ何もしていないのはおそらく本当だろう。脅迫状を出して様子見の時間もなく事件を起こすとは考えにくい。何百人もいれば、怪我の時期が被ることくらいあるだろう。
「何が目的だ?復讐か?」
「違う、目的は革命」
革命…?どういうことだ…?
「かつての身分社会は終わり、誰もが成り上がれる時代が来た。しかしそれは昔の話。かつて英雄の子孫が貴族となって身分の固定化が起きたように、今ではエリート層とその子孫がそれだ。そして無理に維持しようとした歪みが俺たちを苦しめている」
「そうなのか?」
「高い知能を遺伝し、勉強を重視する家庭環境に恵まれ、その差は歳を重ねるごとに加速度的に開いて行く。しかしながら、彼らは自分たちは頑張ったのだからいい思いをするのは当然、それができないのは勉強不足だ、賢い者が勝つのは自然の摂理だ、なぜ怠け者に自分たちの稼ぎを分けねばならないと言う。空を飛べる翼を持ち、飛ぶ力を鍛えた者が、翼を持たぬ人間に飛べないのは努力不足だと言う。おかしいと思わないか?」
「要するに不公平だから革命で壊そうと?」
「簡単に言うとそうだ」
「どう作り替えるつもりだ?」
「知能ではなく、腕力が物を言う世界にする」
「なに…?」
「賢い者が勝つのが自然の摂理だから仕方ないというのなら、力が強い者が勝つのもまた自然の摂理」
…本気か?どうしてその結論に行きつくんだ。
「どうして…」
「俺は大学で周囲の天才たち、恵まれた家庭の人たちに囲まれて理解したのだ。不公平で間違っている世の中を。超能力を授かったのは身分を破壊して作り変えるためだったんだ」
「で、力の世界構築のために高校を潰そうと?よく知っている出身校でどんなものか試したわけか」
「理解が早いな。高等教育は必要ない」
これが脅迫状の犯人の目的だったわけか。霊火亞誕高校だけでなく、全ての高等教育機関を潰すのが目的…。
「言っていることがめちゃくちゃだ」
「残念…受け入れられないか」
「そもそもどうやって腕力優位の世界を作るつもりだ」
「法律によって権利が守られず、信じられるのは自分の腕力のみになるようにする」
「個人より組織の方が絶対に強い。無理だ」
「その組織も一番強い奴が一番偉くなり、弱さを見せれば即下克上となるようにしてやる」
「俺はそんな世界を望まない。互いの信頼がなくなった世界は取引が困難で、あっという間に供給不足に陥るに違いない。明日どころかその日の食事すら困難になりかねない」
「力が強ければ今以上に集められる。トータルでは減ったところで勝者になればいいじゃないか。勝ち取ってみせろ」
「そういう話じゃない」
「説得は無理のようだ」
「当然」
「しかしお前は知りすぎた。消えてもらう。生徒の被害も出て脅迫状の予告通り。一石二鳥だ」
遠野は近くの木を片手で掴んで引き抜き、大河の上へと振り下ろした。大河は横に避けて距離を取った。
「俺から逃げられはしない。俺の能力は肉体強化。島の外では流石にここまでの力は出せないが筋力は持続する」
遠野は木を投げ捨てて枝をへし折って鎗のように持ち、地面を蹴って目にも止まらない速さで大河へその枝を突き立てた。
しかし枝は空中で静止して刺さらず、遠野は空中で勢いが止まり、地面にうつ伏せで落ちた。更に上から見えない力で押さえつけられた。力ずくで拘束から脱出した。
「なっ…」
あれを抜けられるのか…何という力…。
「これならどうだ!」
遠野は武器を持つのはやめ、素手で大河に殴りかかった。大河は殴りかかる腕を掴み、勢いを殺さないようにテレキネシスを少しだけ使い、向きを変えて地面へと投げ飛ばした。
「がはっ…」
遠野は体を強く打ち、今度こそ気を失った。
大河は星月に連絡をして回収を呼んだ。待っている間にテレキネシスで木を直して土を盛っていた。
土の掘り返した後は戻らないか…。まあ、そのうち自然な感じになるか。
「おつかれティガちん。この人?」
滝川と調査室の人たちがやってきた。
「おつかれさまです。その人が電話で話した人です。能力を封じても筋力はある程度持続するようですから気を付けてください」
「了解っと」
滝川は杖を出して遠野の首の裏に霊力分散印を付けた。
「完了。確かに、木を掴んで暴れたっぽいね。写真撮っておこっと」
滝川は調査室の人たちに話して証拠の写真を撮ってもらい、遠野を連れていった。
もし本格的に動いて続けて授業が次々無くなったら自習ができる人とそうでない人の差が開いて行くことだっただろう。皮肉なことに差を無くすはずが余計差を開かせるところだった。
そして翌週の月曜日、上野先生が復帰した。落ち葉で滑って転倒したのが原因で休んでいたらしい。血液をサラサラにする薬の影響で血が止まりにくくなり、ダメージは多かったようだ。まだ激しい動きは出来ないが、授業はできるようだ。よかった。




