51話
大河たちは上野先生の授業が自習になり、各々勉強をしていた。全員が勉強をするわけではなく、寝ている者やスマホで遊ぶ者もいた。
自習…それは普通の授業時よりも怠け者と真面目な者の差が開くように思える。真面目な人は勉強し、そうでない人はサボる。自習1回分の差など大したことは無いだろうが、数を重ねれば差が開いていくことだろう。まあ真面目が過ぎて心を病んでは元も子もないから何事もやりすぎはよくないが。
俺はというと、堂々とサボるのは気が引けるが、かといって監視の目も締め切りの焦りもなく、余計なこと考えながらの気の抜けた自習だ。何とも半端な。遊ぶよりはマシだろうか。並列処理の訓練になってるかもしれない。いや、これは言い訳だな。それから、こういう時にサボるワルの方がモテるイメージがある。こういう時どころか授業サボるくらいの方がモテそうだな。あくまでイメージだ。
そこまで極端でないにしろ、要領よく生きるのなら上手くサボるのは大事かもしれない。人は常に全力を出せないのだから、人が見ているところで全力を、見ていないところで手を抜くのが要領のいい生き方だろう。…と言っても、人が見ているところでいい恰好をするにも事前に準備が必要だ。当然、その準備は人の見ていないところでやる必要がある。だから見ていないところの全てで手を抜いているわけじゃない。俺の兄は俺の姉や俺と違い、媚びてたまるかと人が見てるか見ていないかで態度を変えることはあまりしない。流石に客の前や面接官の前では襟を正すようだが。それを貫くのもそれはそれでかっこいいと思う。真似しようとは思わないけど。
…結局、余計な考え事ばかりで集中できていないな。
「ふー…」
大河はペンを置いて、両手を組んで上に上げて伸びをした。腕を下ろして胴を捻ってストレッチすると、横の奥の方で真剣に自習をしている雨夜の姿が目に入った。体を前向きに戻して再びペンを手に取った。
そういえば雨夜の家は、家族で揃って勉強する習慣があるのだったな。全員が同じ机で各々自分の勉強をするんだっけか。机こそ違うが今の状況はそれに近いだろう。雨夜にとっては普段家でやっていることとあまり変わらず、慣れ親しんだ集中できる勉強環境ということ。これは有利だな。それにしても、家族で一緒に勉強というのは強いな。勉強しなさいと言われるだけよりも効果がありそうだ。理屈じゃなくて感情で。もし子供の知らないところで勉強していたとしても、勉強している親の姿を見れば自分も真似しようとするんじゃないだろうか。近くで見ていれば姿勢を正したり、自分も頑張ろうと思ったりできるだろう。雨夜の家みたいな家は代々高い知能を引き継いでいきそうだ。もし全寮制でそういう環境を作ったら、生まれる家に関係なく勉強習慣がつくのだろうか。いや、寮である必要もないか。要するに今の自習のように集まって勉強すればいいのだから。
…駄目だな、全然集中していない。余計なことを考える余裕がない早解きにしよう。計算問題がいい。
大河はページを変えて計算問題のページを探して開き、それに取り組んだ。そしてチャイムが鳴るまで解き、解けた問題数とかかった時間を記録した。後で答え合わせして正答率も記録する予定だ。
その後、他の授業は普段通り行われ、全ての授業を終えた。そして大河はいつも通りに何事もなく帰宅し、家で忘れる前に答え合わせをした。
翌日、大河は登校して教室に入って挨拶し、既に来ていた青木と話をした。そこで校長に届いた脅迫状の話を耳にした。授業をやめないと教師生徒問わず不幸に見舞われるという内容だったという。青木は美術部の先生から聞いたらしい。
「上野先生の怪我、怪しくない?」
「うーん、偶然時期が重なっただけの可能性も…」
脅迫状…。前にもそんなことがあったな。前のは能力者が偶然に見せかけて行っていたものだった。今回もそうなのだろうか。能力者関係なく、普通の怪我の可能性もあるが。
「まあ一応聞こう」
そして青木から校長に届いた脅迫状の話を聞いた。
「…成程。何とも言えないな」
「そうだね、偶々かもしれないし」
封筒には切手がなかった。ということは郵送ではなく、郵便受けに直接入れたか学校内で郵便物の中に混ぜたか。いずれにしても犯人は遠く離れた場所にはいないだろう。おそらくこの島にいて、この学校のことをある程度知っている。
この学校では郵便物は門にある郵便受けに入れられるか、校舎にある郵便受けに入れられるか、職員室に届けられるかの3通りだ。学校が閉まっている間は門の郵便受けに、開いている時間は校舎の郵便受けに入れられるか職員室に来て直接手渡しされる。校舎の郵便受けは教職員用の出入口すぐの場所にある。郵便受けに入っていた郵便物はその日の当番の先生が職員室に運び込み仕分けして届けられるらしい。回収の時間は朝はあるとして、多分それ以外の時間にも1回か2回は回収しているのではないだろうか。まあそこはあまり重要ではなさそうだ。
当番の先生が目を離した隙に他の先生や職員室に入って来た生徒や業者などが封筒を忍ばせた可能性も、当番の先生が犯人ということもありうる。そもそも内部に犯人はおらず、気づかれないように投函した外部の人間が犯人という可能性も十分ある。門にある方の郵便受けであれば学校に入らずとも投函でき、深夜や早朝の人がいない時間にも可能だ。
「聞いといてなんだが、皆が不安がるからあまり話さない方が良さそうだな」
「そうだね。もうやめておくよ。話して十分不安も紛れたし」
「それは良かった」
「でも犯人がいれば、僕や他に聞いた人が黙っていても広めそうだよね」
「ああ。犯人が近くにいればな」
犯人の目的は一体何だろうか。テストや授業が嫌で学校が無くなれ、という嫌がらせだろうか。それとも教職員への恨みで嫌がらせを?ターゲットは個人だが、それが分からないように攪乱するため大げさなことをしたという可能性も…。いずれにせよ、まだ分からないな。
…授業が無くなり自習になればその質の差で今以上に学力差が開いていくかもしれない。それが狙いというのは…流石に無いか。
「それにしても赤城遅いな。もうすぐホームルーム始まるぞ」
「まさか…」
チャイムが鳴り、席について先生が来るのを待っていると教室の戸が開き、赤城が入って来た。
「よし、セーフ!」
赤城は大急ぎで席に着いた。
「どうした?」
「寝坊」
「なんだ…そんな理由か」
戸が開き、先生が入って来てホームルームが始まり、一日が始まった。ほとんど変わりは無かった。
そして休み時間。
「大船先輩」
「ん?」
大河がトイレから教室に戻ろうとすると、階段で上の階から降りてくる張戸此方に呼び止められた。
「此方か。元気か?」
「はい、私は」
此方は化学の教科書などを持って胸に抱えていた。近くの一年生たちも同じく化学の教科書持ちで、どうやら1階の化学室に行くところのようだった。
「此方、先行ってるね」
此方の友達たちは立ち止まった此方を見てそう伝えた。
「うん、後から行く」
友達たちは1階へと降りて行き、此方は通路の邪魔にならないように通路脇へと移動した。
「どうした?」
「先輩は学校に届いた脅迫状のことを聞きましたか?」
「いつの話の?」
「つい最近のものです。一昨日くらいに」
此方も知っているようだし、隠すこともないか。
「少しだけ知っている。悪戯か何かだろう」
「だといいのですが…。実は今日友達が休みました。昨日、部活で走っている途中で転んで骨折したからです。もしかして犯人の仕業じゃないか、どこかに潜んでいるんじゃないかと不安で…」
「…偶然じゃないかな。いざという時は俺が何とかするから安心してくれ」
とは言ったものの、これで2件目か。本当に脅迫状の犯人の仕業なのだろうか。どこかで反応を伺っているかもしれない。




