49話
それから3日後、氷室の情報がまとめられた。
全身に傷があり、手術で傷が塞がれていた。簡単な応急処置ではなく本格的な手術の痕跡が見られた。体内部に何かが刺さって広がったように抉れており、様々な体の機能が低下しながらも見つかる直前までは生きていたようだ。川に逃げ込んだが途中で力尽き、流されて来たのだろうと推測されている。現在は川の上流を調べているところだ。
何か怪我をするようなことがあり手術を受けた。そしてこのままここにいては危険だと逃げ出した。しかし、怪我で身体能力が低下しており逃げ切る前に力尽きたということか。本格的な手術というのが気になる。おそらく足がつかないように闇医者を使っているのだろう。こうなると犯人は個人ではなく、組織のような気がする。
それから体に刺さったものが内部で広がったような傷…。普通ではない。危険な仕事の怪我や、ナイフ持たせて戦わせるなどだとしたら内部で広がるのは変だ。
「なあ久遠、内部で広がる傷ってどういうことだと思う?」
「内部で広がる…思いつくのはマッシュルーミングね」
「何だそれ?」
「弾丸が当たってマッシュルームのように変形すること。貫通する弾丸と違い、接触面積が増えることで対象に大ダメージを与えることができる。大ダメージを与えたい狩猟や貫通を避けたい警察で使われることがあるらしい」
「へえ、そんなものがあったのか」
「逃げたところを背後から撃たれるなどしてついた傷ではなく、傷は前からついている。つまり、苦しめるためにわざとやってそう」
「酷い話だ…」
犯人は苦しむ姿が見たくてやったのだろうか。そのために人を攫ってきて…。手術をしたのは楽に死なせず苦痛を与えるためか?そこまでするのか?何を考えているんだ?復讐か?それとも単に人が苦しむ姿が好きでやっているのか?
その後、川の上流の建物を調べることになり、星月の魔術師たちは魔術で気配を消して潜入することになった。囮作戦よりも川の上流の調査の方が優先となり、魔術を使えない大河は出番が無くなり、ひとまず帰ることになった。
やる気はあったが、こうなっては俺にはできることは無いな。調査が終わり、突入の頭数に必要になった時に備えるくらいか。
大河が帰り道を歩いていると前方で女が電柱にぶつかって転び、ショルダーバッグから小物がいくつか歩道に散乱した。
「大丈夫ですか?」
大河はしゃがんで手鏡や社員証を拾って手渡しながら尋ねた。社員証は江入音テクノロジーズという会社のもので、名前には大平穏和と書かれていた。
江入音テクノロジーズは様々な工業製品を製造する企業。入冥島で弾薬製造をしている企業の一つ。新型兵器開発も行っており、どこで行っているかは社外秘だが入冥島にあるラボでも開発していると考えられている。
確かあの川の上流の建物リストの中にラボがあったはず。この際に何か聞き出せたらいいが。
「大丈夫よ、ありがとう。考え事をしていて…」
女はそれを受け取ってスタンガンや口紅を拾いあげて鞄に入れて立ち上がった。
「これから仕事ですか?」
「うん、今日は夜勤だからね。でも早く終われば早く帰れる…」
大平は大河の肩や顔を見回し、少し迷った後に
「これも何かの縁…あなた、今から私たちの研究所に来ない?いいものを見せてあげる」
「いいのですか?」
「うん、特別よ。だけど今だけ」
そんなあっさりと部外者を入れていいのだろうか。何か変だがその変なところも探るチャンスか。もし嘘で詐欺か何かだとしたら…その場合でも情報集めになるか。
「分かりました。連れて行ってください」
「じゃあこっち来て」
大平は大河の手を取って路地裏に連れて行き、周囲に人がいないことを確認し、腕時計のスイッチを押した。腕時計はモードが切り替わった表示を出した次の瞬間、周囲の景色が歪み灯台のように照らす光が見えた。
「手を離したらだめだよ、死んじゃうから」
「は、はい」
大平はその光の下と大河を連れて行った。
到着して足を止めると、景色の歪みが消えていった。
そこはコンクリートの建物の中だった。大きな装置がいくつもあり、床は錆びた砂埃だらけでテープによって区切られて通路が確保されていた。
「これは一体…?」
「テレポート、私の能力。あらかじめ目印を設定して機械でサポートすれば遠距離でも一瞬で移動できる。目印が無い場合はこうはいかないけどね」
「へえー」
テレポート中はああいうふうに見えていたのか。あくまでこの人のテレポート能力の場合で、全員そうとは限らないが。
「あまり驚かないのね」
「ああ、いや、色々あって脳が追いついていなくて」
慣れた様子だと怪しまれるか?これで誤魔化せたらいいが…。
「ふーん、そういうこと。ほら、この装置が目印のようなもの。この腕時計でスイッチを入れるとテレポート中の空間の中でも灯台のように分かるの」
大平が指さし、大河はそっちを向いて機械を見た。大平はその隙に鞄から素早くスタンガンを出して大河に電撃を浴びせた。
しかし、電撃はねじ曲がって大河に届かず、逆に大平に電撃が当たり、体が麻痺して膝をついた。
「どういうこと…なぜ効かない?」
「俺も能力者だから。どういうつもりだ?」
「大河くん、どうしてここに?この人は?」
久遠が虚空から姿を現して駆け寄って来た。魔術で姿を隠していたようだ。
「この人に偶然会って、テレポートされてここに来た。そして電撃を受けそうになって返り討ちにした」
「まだ終わりじゃない…」
大平は姿を消してどこかへ逃げ出した。
「感電してたと思ったがまだ動けたのか…」
「逃げ込んだ場所は見当がつく。証拠を消滅させられる前に止めないと。行こう」
大河は久遠の案内で離れの実験場に来た。そこには大怪我をしてベッドの上で苦しむ人たちがいた。
「この人は…まさか…」
「そう、誘拐事件の被害者たち。ここで見つけた」
「ここが当たりか。早く捕まえて止めよう」
扉を開けた奥には血や火薬の臭いがする実験場があり、銃や爆弾を手に物陰に隠れた研究者たちがおり、そこには大平もいた。
「もう終わりだ。諦めて自首するんだ」
「まだだ。お前たちを始末すれば済むこと」
「被害者たちの痛々しい姿を見た。なぜこんなことを…」
「平和のため。それを実現する理想の兵器を作り出すため」
「なに…?」
「どういうこと?」
「会社の主流方針はともかく、私たちの兵器の設計思想は効率よく敵に厭戦気分を与えるというもの。効率よく敵の基地や車両を破壊するために破壊力を高めたものとは思想が違う」
大平が喋り、気を引いているうちに他の研究員たちはこっそりと回り込むように移動した。
「人を殺さない程度の威力で、痛々しい姿にすることが私たちの求める兵器。殺してしまえばそれで終わり。しかし、もう戦えないような怪我をした体と心で生きて帰って来るようにすれば話は別。敵の医療リソースを圧迫させ、銃を握れなくなったり短時間しか動けなくなったりで戦力にならないが生きていることで治療と世話をさせてリソースを割かせる。そんな人たちを戦場から自国の家に送り返して敵国を弱らせるの」
「残酷な発想ね…」
「戦争の残酷さの前ではどれも似たり寄ったりよ」
「…後で調べたが確か不必要に苦痛を与える兵器は条約で禁止じゃなかったか?ダムダム弾みたいなものを作りたいんだろ?その設計思想では条約に引っかかるのでは?」
「建前は用意しておく。それに禁止される前に売り切る、型落ちする前にも」
「そうか…」
大河は設計思想を理解し、善悪はさておいて次の疑問が浮かんだ。
「目的は分かった。しかし、人を誘拐して人体実験など許されると思ったのか?」
「仕方なかった。それにちゃんと人は選んだ」
「選んだだと?」
「私たちの研究に使う道具として生命力を測定できる装置を作った。オーラというか覇気というか、生きようという意志を主観ではなく数値で表せる。それで弱っている者を見つけ出して連れて来たわけよ。どうせこのまま弱って死ぬくらいなら、その命は有効に使わないと」
「そんな装置聞いたことがないぞ」
「公表していないもの」
「それじゃあんたたちが勝手にそう言っているだけかもしれないじゃない。朝じゃなくて夜の疲れて生命力落ちてる時に測定なんて恣意的だし。どうせ死ぬのなら有効活用した方が世のためとか何とか言い訳して」
「本当に判定しているのよね。生きる気満々なら私の死への誘いを断っていたはず。警察が聞き込みしていたようだけど、断った人たちがいるなら、怪しい勧誘されたと証言が出てくるはず。それがいないということは確かな装置だという証明」
「俺を誘った時は死への誘いなど無かった。嘘ばかりだ」
「いや…今回は違う。これで済ませれば今夜の狩りは要らず早く終わると魔が差したというか…」
「そもそも勝手に人の命を奪うことは許されない。俺と彼らを連れて来た理由が違おうと関係ない」
「ええい、うるさい!もう十分だ!撃て!」
大平の合図で大河と久遠に向けて銃が連射され、爆弾を投げ込まれて爆発と粉塵が発生し、周囲が煙に包まれた。
「がっ…」
煙の中から電撃が飛び出し、大河と久遠を取り囲んでいた者たちは次々と気絶していった。
大平はテレポートで屋根裏の柱に移動したが、直後にテレキネシスで柱がへし曲がって落下した。落下の勢いがつく前に地面へとテレポートした。それでも勢いは多少あり、すぐには動けなかった。前を向くとその先で久遠が杖を向けていた。次の瞬間、電撃を受けて気絶してその場に倒れた。
「これで全部か」
「みたいね。仲間に連絡する」
テレキネシスで風を起こして煙を吹き飛ばし、大河と久遠は姿を現した。
その後、超能力犯罪対策室の人たちが来て犯人の連行や被害者の救出を行った。
「ちょうど久遠が調べていた場所だったか。助かったよ」
「どういたしまして。まあ私じゃなくてセイさんや一介くんのところに出ても同じく協力したと思うよ」
「そうかもな。とにかくありがとう」
それにしても解決できてよかった。犯人たちは人体実験をする実験体を求めていたが、そんな相手は普通見つからない。強引な理由付けで実験体にしていいと正当化した。理由を言えるのだから彼らは自分たちでは止まらなかっただろう。俺たちの手でこれ以上の被害を止められてよかった。




