43話
入冥島の某所、広大な庭に囲まれた豪邸の大部屋で老若男女の人々が集まり熱狂して騒いでいた。
その奥の静かな部屋で組織幹部たちが集まり話をしていた。
「…それは本当か?」
「はい。奴らはここを盗まれたライフルの隠し場所と疑っています」
「公安が潜入していたか、それか痕跡から辿られたか」
「いずれにせよ移転が必要か」
「いや、逃げずに立ち向かおう。今こそ例のホテル占拠計画の実行を!」
「しかしあれは時期を誤れば逆効果だ。慎重にやらねば」
「そんな贅沢を言っていられる段階か?」
「まだ疑われただけで誤魔化しが効くのだろう?」
「それはあまりに楽観的と言える。こちらの準備が済む頃には逮捕されると考えるべきだ」
「逮捕者が出て組織が分解され、占拠計画の銃も失えば全てが水の泡だ。先手を打つなら今しかない!」
「そうだ!逃げてなるものか!」
「この分断の時代だ、皆危機感を持っているはず。私たちの思いは必ず届く!」
「ここで立ち上がり、我らの同胞を目覚めさせるのだ!」
「うおおおお!」
その後、賛成多数により計画は実行に移されることとなった。
駅前に立つ老婦人の前に車が止まり、助手席の扉が開いて男が出て来た。
「皐月芽吹さんですね?」
「はい、あなたが張戸区切さん?」
「はい。お会いできて光栄です。さ、乗ってください」
「失礼します」
張戸は後部座席の扉を開けて皐月を車に乗せて扉を閉め、助手席に戻り、運転席の山上に車を出すように指示した。その後、ミラーで後ろの様子を見ながら落ち着いたのを確認して話しかけた。
「まさかそちらからお越しになられるとは。メイボードの魔術師は滅多に姿を現さないものですから」
「私たちは慎ましく暮らしてあなた方に関わるつもりはありませんでした。しかし今回関わってくるのはセントラルタワー」
「ああ、この島の観光名所ですね」
入冥島の中心部には夜景が人気のタワーがある。それがセントラルタワー。名前の通り、概ね島の中心にあるタワー。厳密には島の中心から南側に寄っている。円筒状の構造で天気のいい日は煙突効果で地上の空気を吸い上げている。入冥島は晴れの日が多いこともあって、吸い上げられることが多い。
「それだけでないことは御存知でしょう」
「観光目的だけでないことは知っていますが、皐月さんの想定するものと私の想定するものが違う可能性があります。具体的に教えていただけませんか」
「…では後ほど。落ち着いた場所で」
「…答え合わせが楽しみですね」
張戸と皐月は互いに警戒し、その話はもう少し様子を伺ってからにした。
張戸を試すように皐月が切り出した。
「それにしても張戸さんは御立派ですね。星月と言いましたか…犯罪対策に取り組む魔術結社の支援とは」
「…そう立派なものではありませんよ。衣食住が満たされ、好きなこともやって余裕ができると、何か人や社会の役に立たなければいけないと罪悪感が湧いたのです。それを払拭するために動いたまでです。ですから私は無私の奉公人という訳ではありません。過度な期待はなさらぬよう」
「いえいえ、私など俗世から離れてただ生きているだけ。それに罪悪感の払拭のため、悪事に対して怒って罵声を浴びせ、いいことしたと満足する人も見かけます。行動を起こすのは立派ですよ」
「彼らか…情報の真偽問わないのが厄介なところですね」
「それが私たちメイボードの魔術師の故郷が滅んだ原因の一つ。そして入冥島は私たちの第二の故郷。二度と失いたくはありません」
「私にとっても故郷のようなものです。失いたくありません」
車はトンネルに入り、張戸邸へと向かっていった。
休み時間の霊火亞誕高校。大河は教室で赤城とともに青木の話を聞いていた。
「最近知ったんだけど、ぼーっとするのが大切らしいよ。何でも、ぼーっとしている間に脳が活性化するし、記憶が整理整頓されるし、怒りにくくもなるらしい」
「確かにぼーっとしている人って怒るイメージ無いな」
「あー、確かに。次々アイディアが湧く人もそうだな。整理されて引き出しやすいんだろうな」
「あれ?2人とも反応薄いね。僕は衝撃を受けたというのに」
「そうなのか?」
「だって隙間時間があれば単語帳開いて勉強とかスマホで経済の記事を読んで勉強とか、そういう努力しなきゃと思っていたのにむしろ逆効果ってことだよ。僕の中の常識が崩れ去ったよ。なんであんなぼんやりおっとりしている人が頭いいんだと僻んでいたのも僕の無知から来る見当違いだった。自分が苛立たしい」
「完全に無駄でもないだろう。比べたら効果が弱いだけだろう。極端から極端に振れ過ぎだ。ぼーっとし過ぎても一定時間以上は効果が薄くなっていくんじゃないか?」
「でももう十分ってどうやったら分かるんだ?」
「ぼーっと眺めているのに飽きてきたらとか?情報の整理が完了して次のインプットしたくなってきたサインだったりして」
「成程、それはありそうだな。必要な時間がいつも同じとは限らないし」
「自分を律する大切さがよく分かっている身で、体感に頼るというのは怠けそうで怖いところがあるけどね」
「暑いとか寒いとかみたいなもんだろ。怠けとは違う…と思う」
「俺は電車やバスの中だと落ち着かなくてスマホは滅多に見ずにぼんやり外を見てたけど、脳にいいことやってたんだな」
「一見して楽しているようだけど、分からないもんだね」
「食事や睡眠は大事という話みたいだな。食事や睡眠を削って勉強を頑張るよりも、ちゃんと取っていて楽しているように見える方が身になるみたいな」
「そういや、それも同様だな」
予鈴が鳴り、3人はそれぞれ席に戻って授業を受けた。
その夜、大河のスマホに張戸から電話がかかって来た。内容は、いつも世話になっているから来週レストランで夕食を奢ろうとのことだ。久遠には既に星月寮で話していて2人に来て欲しいという。食事後はセントラルタワーの展望台で夜景を見る予定で、目的は労いだけではなく、電話では詳しく言えないがセントラルタワーの下見をして土地勘を得て欲しいとのこと。
何か事件の気配を感じるが、察するところ予防的な意味合いだろうか。食事の誘いはそのための建前で仕事の依頼か。俺が休んだばかりに大事件が起きたら寝覚めが悪いし受けるとしよう。
「分かりました。ごちそうになります」
「嬉しいよ。それでは日時だが…」
その後、都合のいい日を相談して決定した。
そして当日。学校から一度帰宅して大河と久遠はそれぞれ着替えてセントラルタワー下で待ち合わせた。
大河はネクタイ無しのジャケット姿で待ち合わせ場所に行き、ワンピース姿の久遠を見つけた。
「お待たせ。張戸さんは?」
「まだみたい。まだ早いからね」
「そうか…」
大河は周囲を見渡して久遠の隣で待つことにした。
「その服も似合うな。初めて会った時を思い出す」
「ありがとう。大河くんも似合ってる」
「どうも。でも確か久遠はフォーマル系は好みじゃないんだよな」
「うん、でも私好みのファッションじゃレストラン入れそうに無いから仕方ない。こういう機会じゃないと着ないからこれはこれで非日常を楽しもう」
「それなら良かった。水を差すようで悪いがただの食事じゃないことは分かっているのか?」
「大丈夫、分かってるよ。本題は後であるとして食事は食事で楽しまなきゃ損だよ。あのホテルは滅多に入れないんだから」
久遠は目の前のホテルを指さした。
「それもそうだな…」
メリハリがあった方がいいか。本題に入る前からずっと気に揉んでいたら本題に入る頃に飽きるか疲れるかしてしまう。
セントラルタワーの周囲はビジネス街でホテルもある。タワーの目の前には星舟グループの高級ホテルがあり、接待にも使用できるレストランや割烹も備えている。大河たちはその一つに招かれたのだ。
「お待たせ。うん、2人とも似合っているよ」
程なくして張戸がやってきた。
「さあ行こうか」
「はい」
張戸に案内されてホテルに入った。建物の中は街とは異なり、ホテル特有のいい匂いが漂っていた。そして案内されるままついて行き、エレベーターに乗ってレストランのあるフロアに来た。
エレベーターから降りてすぐ横の大きな窓からは夜景が見えた。端っこにタワーが見え、闇夜の中にタワーやビルの明かりが煌々と輝いていた。
「綺麗…」
久遠は足を止めて窓の側に立ち、目を輝かせて外を見た。
「気に入ってくれてよかったよ。レストランの席からも見えるよ。そっちはタワーがしっかり見える」
「楽しみです」
久遠は窓から離れ、3人はレストランに入って席に案内された。薄暗く、机の周りだけ照らされた雰囲気のある店で、大きな窓からは夜景が見えた。机の上にはコースの品書きの紙が置かれていた。
その後、飲み物を注文して一息ついた。
「張戸さん、アルコールじゃなくて良かったのですか?」
「この後でまだやることがあるからね。まあ難しい話は後だ。とりあえず食べよう」
「それにしても─」
突如、銃声の連射が響き渡り、辺りは静まり返った。音の方を向くとアサルトライフルを持った覆面が4人いた。その1人がメガホンを持って宣言した。
『聞け!この建物は我々が占拠した!1階から最上階まで全てだ!君たちも上下の階の人たちも人質だ、五体満足で帰りたくば大人しく従うことだ!まずは両手を上げろ!』
他の階でも覆面たちが現れ、一瞬にしてホテルは謎の集団に占拠された。




