39話
ある日、大河は張戸区切から話がしたいから家に来ないかとメールが来た。
新たな依頼か?それとも星月の監視の確認だろうか?いずれにせよ、メールでは言えないことで直接会ってということだろう。
大河は返事をし、やり取りをして日時を決めた。
そして土曜日の15時に張戸の屋敷にやって来た。
「大船君、来てくれてありがとう。さ、上がってくれ」
「お邪魔します」
大河は靴を脱いで揃え、張戸に案内されて彼の仕事部屋に入った。左右の壁には棚らしきものが並んでいて、そこにカーテンがかかっていた。
「気になるかい?」
「あ、すみません…」
「あの奥には仕事道具が入っていてね。機密のファイルなどもあるから来客時は見えないようにしているんだ。君の力なら離れていてもめくれるだろうけどしちゃ駄目だよ」
「分かってます」
「冗談だよ。さ、そこに座って」
張戸は来客用のスペースに大河を案内した。小さい低めの机があり、ソファが囲んでいた。大河は示されたソファに座り、対面のソファに張戸が座った。
このタイプか…。机の上のものをとろうとするとかがむから姿勢がきついんだよな…。
「失礼します」
此方がお盆にティーポットとティーカップ、ミルクピッチャー、砂糖瓶、クッキーの並んだ皿を乗せてやってきた。
此方は机にお盆を置き、大河の前に紅茶の入ったティーカップを差し出した。
「ありがとう」
此方は会釈し、張戸の前にもティーカップを置き、机の真ん中にクッキーの並んだ皿を置いた。そしてティーポットとミルクピッチャー、砂糖瓶を脇に置いた。
「紅茶のおかわりやミルクなどはこちら」
「ありがとう此方。片付けは私がやっておくから待機の必要はないよ。お盆はそこの台に置いておいてくれ」
「了解。では失礼します」
此方はお盆を作業台に置いて部屋を出て扉を閉めた。
「大船君はミルクいるかな?」
張戸は自身の紅茶にミルクを入れてピッチャーを持ったまま大河に尋ねた。
「そうですね…一口飲んでから決めます」
「それはいい」
張戸はピッチャーを置いてスプーンで混ぜた後、皿にそっと置いた。大河は一口飲んだ。
アッサムっぽいな。この濃い味はミルクティーの方がいいだろう。
大河はミルクを入れてスプーンで混ぜた。
「砂糖もあるよ」
張戸は人指し指で瓶の頭を押して少し前に滑らせた。
「砂糖は結構です。お菓子もありますし」
「そうかい?私も砂糖は基本的に入れないから一緒だな。気が合うね」
張戸は瓶から指を離してソファにもたれた。
「さて、君には星月の様子を見てもらっていたが特に問題は無さそうだね」
「はい。しかし四六時中見ているわけでも本気で調べているわけでもないので…」
「私も本気で疑っているわけではないからそれでいいよ。同性だけだとだらけてしまうけど、異性の目があるとシャンとする、と似たようなことを期待してのことだ。引き続き手伝ってくれると嬉しい」
「もとよりそのつもりです」
「それは良かった。これで彼らも変なことはしないだろう」
張戸は顔とカップを傾けて紅茶を飲み、皿に置いた。
「そういえば文化祭では一波乱あったようだね。能力が上手く使えなかったとか」
「ご存じでしたか」
「小耳に挟んでね。でも詳細は知らないんだ。超能力関係とあっては気になるな」
張戸さんは星月のスポンサー。超能力に興味があってスポンサーをやっているのだから気になるか。
「変な札が貼られていて能力が上手く使えなくなっていました」
「らしいね。上手く使えないとは具体的には?」
張戸は落ち着いた様子ながらも興味津々といった声色だった。
「能力の範囲と威力が上手く調整できませんでした。例えばこのカップだけ浮かべたいのに机や椅子ごと浮かんでしまうといった具合に」
「ほう…他に普段と違うところはあったか?」
「そうですね…。能力使用時の感覚が違いました。まるで水中で瓶の蓋を開けて中身が広がっていってしまうような感覚でした。普段は蓋を開けても勝手に広がらないのですが、あの時は違いました」
「水中か…原因に思い当たることは?」
「おそらく学校中に張られた霊力分散の札によって霊力が逃げなくなって霊力の濃い空間になっていたのではないかと。ある程度剥がした後はその感覚は無くなりましたし能力も普段通りに使えました。霊力を使う超能力者が影響を受けたのかもしれません」
「成程。他に異変は無かったか?熱っぽいとか目が回るとか」
「…他には無かったと思います。疲労感はあったものの多分文化祭の仕事や札剥がしと犯人との戦いによるものでしょうし」
「そうか。不思議なこともあったものだな」
「張戸さんはどう思いますか?あの札が原因だったのでしょうか?」
「聞いた話を総合すると私もそう思うよ。霊力が濃くて能力が強くなったんじゃないかな。霊力の薄い島の外では能力が弱まって使えないのだからその逆が起きたのだと思うよ」
張戸さんも同意見か。真相は分からないが説得力が増した。
「まあ元々霊力の濃い島だから札に関係なく偶々そこに集まっていたのかもしれないがね」
「そうですね。無色透明で分からないですから」
「その後は体に異常は無かったか?」
「何ともなかったです」
「それは何よりだ」
張戸は体を起こして手を伸ばしてクッキーを手に取って食べ、紅茶を飲んだ。
「札を貼っていた犯人ですが、何かやる前に阻止したので捕まえられずしばらく観察となりました。もうそれも終了したようですが…」
「ああ、そうらしいね。報告を読むと彼女は言うことが二転三転して何が本当なのやら。君に言ったことも嘘かもね。まあ危険度はそう高くないと思うよ」
「彼女は木の妖精から札を貰ったと言っていました」
「嘘っぽいな」
「しかし彼女が自分で札を作ったとは思えません」
「それはどうだろう。オカルト系の本に載っているから作れるようだよ。ここにもその本があったと思うが…探すの面倒だな。とにかくあるんだよ」
「木の妖精は嘘でも誰かから貰ったのは本当なのではないでしょうか」
「魔術師が絡んでいると?」
「そうなりますね」
「それは取り調べの人も疑ったが調査で結局見つからなかった。だから可能性は無くはないが低いと思うよ。もっと詳しく調べたいだろうが、他の事件の対応もあってリソースも限られているから残念ながらできない」
「まあ…仕方ないですね」
「最近強盗紛いの事件も起きたことだからね」
この事件が無ければもう少し調べられたか?いや、そう変わらないか。
「辛気臭い話になってしまったな。文化祭の楽しいエピソードがあったら聞かせてくれないか?」
「そうですね…」
その後、大河は文化祭であった話をした。張戸は今はそうなのかと新鮮な話を聞けて嬉しそうだった。
「そろそろ時間だ。今日はありがとう」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
大河は張戸邸を出て帰路に就いた。
その途中、親水広場に寄った。川の手前側は一面が石の階段のようになっていて、そこには座って写真を撮っている人、電話をしている人、寄り添っているカップルなど、少ないながらも人はいた。
大河は川に沿って家の方向へ歩き、流水の音を聞きながら思案に耽っていると橋の下で見知らぬ男に声をかけられた。
「そこの少年、殺される覚えはあるか?」
「何ですあなたは?」
「いいから答えろ」
何だこの人…。殺される覚えといえば…今まで牢送りにした人たちからは恨まれていそうだな。彼らが脱獄すれば俺や星月のみんなを殺しに行くかもしれない。
「一応あります。あなたは雇われた暗殺者か何かですか?」
「いいや、そんなんじゃない。身に覚えがあるならいいんだ」
男はハズレでも引いたかのように大河から興味が急速に失せて行き、向きを変えて歩き出した。
一方、久遠は魔術で自身の姿が気づかれないようにして宙に浮かび、アパートの窓から部屋へと侵入していた。
部屋には誰もおらず、散らかった部屋の中に男物の服と女物の衣服の両方があった。化粧台の脇に置きっぱなしにされた手紙や封筒にはここの住所と宛名として、深辺隠と書かれていた。




