31話
休日の張戸邸、張戸がソファにもたれて庭を眺めてぼんやりとしていると彼方が膝の上に転がり込んで張戸の顔を見上げた。
「おじさま、市長と知り合いだったよね」
「ああ、昔職場が同じだった。それがどうかしたのか?」
「事件の犯人は市長兄弟が仲悪いと思っていたようだけどどうだったか知ってる?本人2人とも仲いいと言うけど」
「私が見る限り別に仲が悪いってことはなかったよ。ベタベタするほど仲がいい訳でもないけど、まあ兄弟なんてそんなものだよ」
「ふーん…」
彼方は兄弟で一緒に過ごせることに羨ましそうな様子だった。彼女は姉の此方とは一緒にいられない。
「でもそれならどうして犯人は疑ったのかな?」
「うーん…人を見る目はその人への好感度で変わるからね。同じ寄付でもその人を好いていれば立派に見えるし、嫌っていれば欺瞞に見えるものだ。それに犯人は仕事柄虐待児童を多く見て来たから、それが影響したのかもね」
「なるー」
「ほら、此方が起きる前に離れなさい」
「ちえー」
張戸は彼方を抱え上げて離して横に座らせた。彼方は髪を直して立ち上がり、張戸の正面に立った。
「時間か…またねおじさま」
「ああ、また会おう」
彼方は部屋から出て行き、張戸は再びぼんやりと庭を眺めてくつろいでいた。
「さてと…彼らが静かなうちに…」
休み明けの月曜日、霊火亞誕高校では今日から期末試験に向けて部活が休みになり、生徒たちは試験勉強に集中することになった。尤も帰宅部の大河には部活が休みになろうと関係のない話だが。そして試験勉強をしなければならないがしたくない、しかし遊ぶのは気が引けるという心から、掃除を始める人が多い時期でもあった。
教室で久遠は友達たちと勉強の話をしていた。
「私数学みたいな考えるのはいいけど覚える科目が苦手で。久遠、化学得意でしょ?どうやったら覚えられるの?」
「暗記科目じゃないよね」
「覚えるの多い方でしょ?」
「…九九みたいに丸暗記がいいものもあるけど、関連付けて覚えると覚えやすいよ。例えばCH3にHを加えるとメタン、OHだとメタノールみたいに対応するのがあるでしょ?今習ってる部分も単独じゃなくて繋がりを意識していくと、一つ思い出せば次々思い出せるようになるよ」
「地理もそうね。兵庫の西側は北にある方が鳥取、南にあるある方が岡山、その更に西では北にある方が島根、南にある方が広島、更に西が山口、といった風に。あたしは繋がりで覚えてる」
「なんで中国地方?」
「あたしたちの島の近くのことでよく知っているかなと。東北や関東だと知らないかもしれないし」
「知ってるよ…いや、名前は憶えているけど並びが怪しいかも…」
「ほらね」
「むむ…恨みなら簡単に忘れないのにどうしてもっと有用なことは覚えられないんだろ」
「恨みってどんな?師匠に裏切られて死にかけたりとか?」
「久遠それ漫画の話か何かだよね?私の恨みは小学校の頃にどけよブスって言われたこと」
「小さい頃の話じゃん、忘れなよ」
「うん。前後の流れが分からないけど、忘れた方が人生楽しいと思う」
「言われたことないあんたたちには分かるまい」
「そうかな…言われても忘れてるだけだと思うけど…」
「私は忘れられない」
「難儀なこと…」
「あたしがそんな男忘れさせてやるよ」
「それ言ったの女ね」
「あ、そうなの?じゃあそんな女忘れ去れてやるよ…なーんて」
「そこは顎クイじゃなくて耳元で囁くべき。そして吸血」
「はあ?吸血はマニアックすぎ。久遠はどうよ」
「どっちでもいいから勉強の話に戻ろう」
「うう…」
試験勉強から逃れたくてどんどん話が逸れていくのだった。
試験勉強したくないけど遊ぶのは気が引ける。そんな思いを実現する掃除の他、ニュースの記事を読む者もいた。確かに重要ではあるが、バランスが必要だ。
「2人共見てよこれ、雑貨屋で火事だって」
「ん?」
青木はスマホの画面を大河と赤城に見せた。南の港町にある雑貨屋で火事が発生し、現在消火活動が行われているとのことだ。建物の屋根にある翼を閉じて丸くなっている鳥の像が焼け焦げていた。
起きたばかりで原因はまだ分かっていないだろうな。それにしても鳥の像が焼けて焼き鳥に…でもこれ言ったら不謹慎だろうな。
「まるで焼き鳥だな」
お前…言わないようにしてたのに…。
赤城は気にすることなく思ったことを口にした。青木はスマホを手元に戻して何やら調べ出した。
「あーあ…。でも消防が消火活動してんだろ?俺たちがやれることは特にない。勉強に戻ってだな…」
「この鳥の像、最初は鳳凰像の予定だったみたいだよ。でもオーナーの気が変わって丸々とした鳥になったんだって」
青木は店の情報を調べて蘊蓄を喋り出した。試験勉強時でなければ彼は興味を持たず調べもしなかった。
「鳳凰像だとオリエンタルな雰囲気で外国人受けはいいかもしれない。でも僕は今の方が可愛くて好きだけどね」
「鳳凰像っていうと、あの京都だったか奈良だったか寺社だったか仏閣だったかにあるやつ?」
「すごいふわふわしてんな」
大河のあやふやな記憶に赤城はあきれてそう呟いた。
「何となく言いたいことは分かるよ。きっとその鳳凰像で正解」
青木はスマホの画面を向けてその雑貨屋のサイトに載っていたイメージ図を見せた。大河の頭にあったイメージと概ね一致した。
「確かにこれだと厳つくて今の可愛さはなかったな」
「なんで鳳凰なんだ?」
「普通と違うところをアピールしたかったみたいだよ。普通のスーパーとは違って一風変わったものを売っている店と分かるように。住宅街の店じゃなくて、遊ぶところの多い南の港町にある店ってことでね」
「北の港町だったらその必要もなかったな」
「そもそも北の港は工業用で店なんて置けないんじゃ?」
「それもそうか。ははは」
北の港は工業用でそれ以外の船は寄港できない。弾薬の材料や完成した弾薬もそこから出入りするため特に厳しい。島の北側にあるコンビナートの夜景を見るための観光船があるが、北の港は使えないので南の港から出て島を一周して戻ってくる。コンビナートの無骨なデザインと鮮やかな光が穏やかな水面に映る夜景は人気で、結構な数の客がいる。
「変わったものか…商品棚に呪いのアイテムでも混じってたんじゃねえの?」
「真偽はともあれそういう噂は立ちそうだな」
何の変哲もない店なら火の不始末や漏電などが疑われるだろうけど。
「噂ではこの店を立てた建築家の人はこの建物を失敗作だと言っていたようだよ。当初は鳳凰像で作っていたけど、途中で変更して不満足だったとか。修正しきれなかったチグハグ感が気になっていて分かる人には分かるらしい」
「噂?誰が言ってるんだ?」
「誰…だろう?発信源が分からないけど、色んな人がそう言ってる」
伝説だってそうだけど、それでも怪しい…。
「分かる人には分かるなんて本当か?完璧な建物なんて無理無理、できっこない」
「そう見えそうではある」
「調べたらキリがない。青木も程々にして試験勉強しろよ」
「そうだね…でもあと少しだけ…」
「もう知らね」
「もし仕事だったら俺は一応忠告したからな、俺は悪くない、というのは通用しないだろう。お金がかかっているのだから真剣にならないと。でもこれは個人のことだから通用するよな?」
「いいんじゃねえの?死ぬわけでもないし、チーム戦でもないし」
「よし」
「ただ面倒なだけだろ。まあ俺もなんだけど」
「まあそうなんだけどね。青木の自制心を信じるということで。かくいう俺も自制できるように頑張らないと」
試験終わったら調べるとするか。その頃には何か新情報があるだろう。…なんて他人事だと思ってたら学校で火事なんて無いといいが。




