3話
『俺は大丈夫だけど、そっちはいいのか?歓迎会とかあるんじゃないか?』
『週末に時雨ちゃんの家でしてくれるみたい。今日は大丈夫』
遠野時雨。今年初めて同じクラスになったクラスメイト。雨夜とは同じ雨の字を含む者同士仲が良い。全く関係ないようだが、きっかけがあったということだろう。俺も青木と赤城は五十音順だと席が近いからという理由で仲良くなったというきっかけがあるし。自己紹介を聞くに、チアリーディング部所属で、何とかってグループのファンクラブもやっている。自分が主役ではなく人の応援をするのが好きな様子。俺にとって応援するのは退屈で自分で対戦したいという感覚なのでよく分からないが、魅力的な何かがあるんだろう。
『私たちの寮で話したい』
『公園や校舎裏じゃ駄目か?』
寮と言っているが、アジトの隠語だろうか。本当に寮かもしれないが。久遠はともかく、彼女の仲間がどういう行動を取るか分からない。危険だ。
『秘密の話だから外は駄目』
無理か…しかし相手のアジトは嫌だ。
『じゃあ俺んちで。今は誰もいないし』
『OK』
大河は文章を送った後に冷静になったが時既に遅く、帰り支度を整えた久遠が目の前にやってきていた。
怪しい人の家に行くのと怪しい人に自宅バレするのとどっちもどっちな気がしてきた。しかし久遠はその気になれば学校の書類から俺の家の住所に関する情報を得るくらいは出来そうだから自宅バレの方がマシか?いずれにせよノーリスクで欲しい情報を得るなんてできないから仕方のないこと。都合よく考えすぎか?
「大河くん、帰ろう。家の案内お願いね」
「本当に来るのか?」
「だって私の家じゃ嫌だって。寮だものね」
周囲の視線を感じる。元気で目立つ編入生と2人で帰ろうとしているし、家に行く気らしい。それは目立つというもの。いや、疑心暗鬼になっているだけか?俺がそれを目撃する立場なら別に気にしない。そう、きっと見られている気がしていると思い込んでいるだけだ。
「もう分かったから。早く行こう」
「うん」
大河は足早に出て久遠が後から追いかけていった。
「どうしたの?そんな急いで。バスの時間?」
「違う。あまり2人でいるのを見られたくない」
「私は別にいいのに…」
2人は下駄箱で靴に履き替え、駅前のロータリーまで歩き、バスに乗り空いていた2人席に座った。この島の大通りは左端の車線がバス専用レーンとなっており、バスはメジャーな移動手段となっている。環状鉄道もあり、どちらもよく利用されていて自家用車を持つ人はそう多くない。地下鉄は無いが、秘密の地下鉄があるのではないかと噂されている。
「何で私の寮じゃ嫌なの?」
「外では言えない」
「じゃ、また後でね」
久遠は察しがついているのかそれ以上は聞かなかった。
その後、大通りのバス停で降りて歩き、大きなスーパーや薬局など店の横を通り過ぎ、一軒家やマンションのある住宅街に入った。そのマンションの一つに入り、入り口で鍵を刺して回し、オートロックの扉を開けて奥に進み、エレベーターに乗って上がり、少し歩いて部屋に着いた。
「お邪魔します」
久遠は挨拶をして家に上がった。
「誰もいないんだよね?」
「ああ。明後日まで俺以外いないから聞かれる心配はない」
機関士の父は仕事で船に乗っていて次の休暇まで暫く戻ってこない。看護師の母も今は島外に出張中で今日明日は帰らない。プラントの設計図作っている会社員の兄は大阪に、大学生の姉は神戸にいて今はいない。
久遠をリビングに通して緑茶を出した。
「茶菓子が無くてすまないが」
「いいよ気にしないで。ありがとう。私たちも普段はお茶だけでお菓子出してないこと多いから」
2人はお茶を一口飲み、湯呑を置いて一息ついた。
「さて、聞きたいことが多々ある。まず君の正体だ」
「口外厳禁だよ。それと私だけ喋るのはフェアじゃない。大河くんのことも聞かせてもらうよ」
「分かってる」
「約束だからね。空から岩が降ってきても超能力で平気そうな大河くんだけど、私の魔術の中には通るものもあることを忘れないでね」
久遠は約束を破らないように釘を刺した。その口調はいつも通りのもので鬼気迫るような雰囲気ではなかったが、大河は意識できない程度の緊張が走っていた。
「私たちは魔術結社、星月の魔術師。名前の通り天体に関する魔術を中核とする。この島には超能力を使った事件対策をする公営の組織があって、その補助として雇われて来た。彼らだけでは手が足りないようね。以前から来ていた仲間もいるけど私は今年度から」
「学校に通いながらでいいのか?」
「あくまで補助だから。アルバイトみたいなもので、支部長以外は何かしらの仕事や学校と掛け持ちだよ」
「へえ、そういう感じなんだ」
「だから部活をやる余裕はないけど、授業に出るのはできるよ」
「高校でまだ学ぶことがあるのか?魔術師の力で生きていけそうだけど」
「それだけに頼ってちゃ負傷で魔術が使えなくなったらもう生きていけないもの。大怪我して試合に出られないスポーツ選手や病気で頭が回らなくなった研究者みたいなものよ。他にできることがあればいいけど、それ一本しかやってこなかったら困るじゃない。だから魔術以外にも身に着けないと。それに高校で青春したいもの」
「なるほど。魔術についてもう少し聞きたい」
「まだ秘密。大河くんの話を聞いてから」
「分かった。だけどその前にどうしても聞きたいことがある。前回の事件で気絶させた超能力者、目を覚ましたらまた能力を使えるんじゃないのか?今は大丈夫なのか?聞かないと不安だから早く知りたい」
「本当かな?結構胆力あるように見えるけど?」
久遠は疑るように大河の顔を覗き見たが、
「でも確かに顔覚えられてるだろうし不安だよね。一言で言うなら封印…大体8時間もつ封印。厳密に言うと封印じゃないけどね。長くなるけど聞きたい?」
知らずに過ごすこともできるかもしれない。だけど、俺が超能力を持つ以上、いずれどこかで超能力者の相手をすることになる予感がする。知っておいた方がいいだろう。
「聞く」
「オッケー。まずは霊力、霊的空気ともいう、その説明から。力と名前についているけど重力などとは違って空気とかの方が近いらしい。まあ長いこと霊力で通っているからそのままの名前でいくね。酸素や水素みたいに人の目には見えないけど、存在していて色々現象を起こす性質がある。そして、この島の内湾は迷いこんだ霊力が溜まりやすくなっていて、溢れた霊力が島の中心部へと流れ込んできている。この島は霊力の吹き溜まりとなっている。ここまではいい?」
「大まかには」
確かに話を聞く限り力というより空気っぽいな。
「この島の霊力は特に濃くなっていて、この島で暮らしていると超能力を発現する人が稀にいる。彼らは霊力を用いて超能力を使い、そのためには周囲の霊力を吸収する必要がある。だからこの島を出ると超能力が使えなくなるか、使えても著しく弱体化してるのがほとんど。外の霊力の濃いところは例外としてね」
「もしかして、例えばテレパシー使いが島にはいて、外では使えないからここに住んでいるといったことが…?」
「テレパスの類は確認されてないね。幻術や催眠術の類のような間接的なのはいるけど、頭の中を直接読むのも直接伝えるのも不可能なんじゃないかな」
「そうか。それは良かった」
「テレパシーは無いにしても超能力を活用するために島から出たがらない人は確認されている。逆に怪現象が嫌で出ていったという人も。まあ自然な流れね」
「そうだな…」
大河は生返事をして記憶を辿り、久遠はその様子を見ながらも話を続けた。
「話を戻すね。あの男の首の後ろに描いた模様だけど、あれは霊力吸収を阻害する魔術。彼の霊力吸収を阻害すれば無力化できるというわけ。だからあれは厳密には封印じゃない」
「なるほど…」
久遠はお茶を飲み、ふうと息を吐いた。
「さ、次は大河くんの番」
「ああ。この力のことはあまり考えたくなかったけど、向き合わないとな」