23話
入冥島の山間部の麓、森を背に美術館があった。来場者はあまりおらず、閑静な美術館だった。受付で代金を払い、全展示室に入れる小ぶりな施設で、受付横にはカフェと土産屋があった。
展示室の一つには各々作品を鑑賞している6人の客と見回りをしているスタッフが1人いた。壁沿いと部屋の中央にガラスケースで覆われた展示品が列状に並んでおり、中央列のガラスケースの中に1mほどの彫刻があった。そこには自身に絡まった糸に体を寄りかかって切り、喜びの表情を浮かべる人と切られて弾ける躍動感のある糸が掘られていた。
突然、彫刻は浮かび上がり、ガンガンとガラスケースを叩き始めた。人々は音に気付いて目線を向け、距離を取ってその様子を見ていた。そして彫刻はガラスを破り、地面へと叩きつけられて半分ほどバラバラに砕けて動かなくなった。その後、人々は駆け付けたスタッフたちの指示に従って退室していき、スタッフたちが恐る恐る近づいて破片を回収した。
翌日の霊火亞誕高校、教室。大河は青木と赤城と昼食を取っていた。
「2人はポルターガイストって信じる?」
青木が赤城と大河に尋ねた。
「幽霊が物を動かすっていうあれ?」
「そう、それ」
「まあ世界は広いし、ひょっとしたらあるんじゃね?大体は風や建物の傾きが原因で誤解だと思うけど」
「確かに。赤城の言うようにどこかでは起きるかもしれない。遭遇することは無さそうだけど。でも何でそんなことを?」
「親戚が働いている美術館でポルターガイストに遭ったらしいんだ。彫刻が動いて倒れて壊れたとか」
「美術館ねえ…呪われたり悪霊の憑いてるアイテムありそうだよな」
「そういう奴のせいにして何らかのトリックでやってたりしてな」
「幽霊…雲井さんならもしかしたら…」
「どういうことだ?」
「大船は知らないの?中学同じだよね?雲井さんは霊感あるっぽいよ」
「霊感?」
雨夜に霊感?聞いたことは無いが…。
「人から聞いた話では、気分が悪いから離れようと言った店で後になって死体が発見されたとか。幽霊の気配を感じ取っていたのだろうと」
「ああ、そんなこともあったな」
中学の時に総合学習のチームで一緒に訪れた店での話だ。
「でもあれはアレルギーかなんかじゃないかという話だったと思うが…」
「他にもある。何もないところでふらついたかと思えば、そこは最近殺傷沙汰があった通りとか」
「本人はどう言ってるんだ?」
「幽霊は見えないし気配なんて分からないらしいよ」
「じゃあそうなんだろう」
「あっさり信じちゃうの?」
「幽霊が見えるって方が信じがたいし…」
「はは、確かに。大船の言う通り」
「赤城まで…」
「もし本当に幽霊を察知できたとしても気分悪くなるみたいじゃないか。美術館に連れて行っても苦しめるだけだぞ」
「でももし悪霊がいて人の命がかかってるとしたら」
「幽霊に遭遇しただけで気分悪くなるようじゃ手に負えなくね?」
「赤城の言う通りだ。除霊師的な人に頼むべき」
「まあ確かに…」
幽霊かはさておき、雨夜は何かを感じ取っているのかもしれないな。俺も場所の雰囲気に飲まれること
はあるがそれをより敏感にした感じだろうか。
美術館のポルターガイストについては風や熱の仕業でないのだとしたら超能力絡みか?一応久遠に聞いてみるか。
少し離れた席で内田たちと昼食を取っていた雨夜は、自分の名前が呼ばれたのを聞いて大河の方を見た。話の中で名前が出ただけだと気づき、ほどなくして前を向き直した。
その後、雨夜の近くを大河が通りかかり、何の話をしていたのか聞くために声をかけようとした。しかし、大河は久遠に真面目な様子で小声で話し始めたので、邪魔しちゃ悪いと身を引いて聞くのをやめ、そのまま聞けずじまいでその日の学校が終わった。そして今更聞くのも変だともう聞くのをやめた。
放課後に大河は星月の寮に来て客間で久遠と話をした。
「確かにサイコキネシス系と思われる事件はあった。でも手は足りているから大河くんは関わらなくて大丈夫だよ」
「興味があるから話だけでも」
「聞いたら手伝ってもらうことになるけどいい?」
「タダでは話せないか。分かった、手伝う」
それもそうか。今までは事件に関わっているから話して貰った訳だし。
「望堂院美術館は知ってる?」
「ああ、行ったことはないけど。この島にもあったな」
望堂院グループは社会貢献の一環で芸術の保護をしている。そのための美術館の一つが入冥島にある。
「そこの展示品の一つである彫刻が壊された。ひとりでに浮かび上がって地面に落ちて砕けたと監視カメラと証言の両方で確認できた」
久遠はタブレットに監視カメラの映像を流した。そこには像がひとりでに動き、砕けるまでの様子が遠くから映っていた。
「成程、これは超能力みたいだな」
「作品と作者の詳細はこの資料の通り」
久遠はタブレットを大河に見せた。そこには写真と文章が添えられていた。
タイトルは不安の奥にある罠。作者は金田金甌。ゴールデンな名前だな。作品のテーマは、不安を煽られ、不安を早く払拭しようと単純で分かりやすい答えに飛びつこうとする者への警鐘。それが全部悪い、あれさえ解決すれば全て良くなるという万能薬は存在しない。楽をしようとしては駄目だというメッセージ。…らしいのだが、文章で読むまでそういう作品だったのかと分からなかった。俺の感受性が低いのかこの作品の表現力が足りないのか、写真だけでは伝わってこないのか。…多分俺の感受性が低くて芸術よく分からないせいだろう。
この金田という作者は説明によると、60歳男性、入冥島在住。芸術家の家に生まれて自身も芸術の道に進み、様々な賞を取ったようだ。絵も描くが彫刻が主。自分にも他人にも厳しい性格で、特に納期は順守する。
「どう?読めた?」
「ああ、それにしてもこの人60歳にしては痩せているような…」
目に力はあるが骨ばった手や顔で生命力があるのかないのか判断しかねた。
「個人差あるからね。自分にも厳しいみたいだし、すごいストイックな食事しているんじゃない?芸術家は変わり者だし」
「そうなのかもな…。それで犯人の目星は?」
「この時に美術館にいた人を容疑者として調べているところ。10人ほど」
「そうか。犯行声明とかは?」
「無い。だから動機はまだ分かっていない」
ただの悪戯だろうか?ちょっと驚かすくらいならここまでしないと思うが…。おそらく壊す気でやっていた。作者や美術館、望堂院グループに恨み?それともこの作品を憎んで?
「ただ気になることとして、ちょうどその日に作者も来ていて破壊された自分の作品を見たことになる。わざわざ目の前で破壊したのなら作者への恨みではないかという説が濃厚ね。犯人との間に何かトラブルが無かったか調査中」
「作者が来る日を狙って…いやたまたま鉢合わせて実行した可能性もあるのか」
「そうね。一応計画的な場合も含めて調査中。金田さんが美術館に来ることを知っていたのは美術館のスタッフの他に、金田さんの友人や仕事の相手など。この時に美術館にいた人にそれらとの繋がりがないか調査中」
「ちなみに美術館や望堂院への恨みで破壊したという線は?」
「無くはない…けど、面子を潰すのなら一番大きくて目立つ作品があるからそっちを狙うんじゃないかと思う。もちろん、ただ目に着いたから狙われたとか大事になりすぎないように島民の作品を狙ったかもしれないけど」
「大事になりすぎないように…?どうして島民の作品ならならないんだ?」
「実は入冥島ゆかりの人枠があって、この島の美術館には島の作家の作品が少なくとも一つは展示されることになっているみたい。それに金田さんが選ばれた。別枠だから全国から選ばれた作品と比べると格が落ちるかもしれない。でも私には美術の良し悪しは分からないから、仮に別枠じゃなくても選ばれていたかもしれない」
「成程ね」
俺にも分からないが、もし犯人が格下と見ていて警告や実験台として選んだのだとしたら、これだけで終わらないかもしれない。




