22話
見下ろして立つ彼方は横を通り抜けていく車のライトに照らされては過ぎ去っていった。彼方のすぐ傍に車が停まり、助手席から男が出てきた。
「彼方、何をしている!」
「おじ様…」
張戸は十桐を一目見た後、彼方の腕を引いて車の後部座席に乗せ、その横に座った。
「ガミジン、出してくれ」
「了解した」
運転席の山上は車を出してその場を離れていった。後から大河と久遠が橋にやってきて倒れている十桐を発見し、対応に当たった。
車の中で張戸は腕を組み、彼方はふてくされて窓の外を眺めていた。
「まず確認したいが、十桐砂霧を眠らせただけという訳ではなさそうだな」
「…ショック死するように幻術を掛けた。もう目覚めない、今も幻の中で一週間ともたないはず」
「勝手なことを…」
「だっておじ様!あいつは此方お姉ちゃんの友達を殺したんだよ!そんな奴許せない!」
大河たちの高校の一年生が殺された。それは此方の友人だった。
「折角超能力者を増やしているんだから減らすような真似をするな」
「一人減ったくらい誤差でしょ」
「その考えは危険だ。やめなさい」
「ごめんなさい…今回はお姉ちゃんの友達の仇で特別。もう勝手に飛び出したりしない…」
「本当だろうな?」
「本当。信じて」
彼方は張戸の方を向き、祈るように手を組んでお願いした。
「…まあいいだろう。その言葉を信じる。私の信頼を裏切るなよ」
「はい」
張戸は後ろにもたれ、ふぅと息を吐いた。彼方は小首を傾げて様子を伺っていた。張戸はポケットの中で振動を感じてスマホを取り出した。
「電話だ。静かに」
張戸は彼方が頷いたのを確認し、電話に出た。星月から斬り裂き魔を捕まえた速報を聞いた。
「そうか、お疲れ様。報告ありがとう」
張戸は電話を切って窓から遠くを眺めた。この少し前に星月から久遠たちが犯人と接触したという報告を聞き、逃走中で危険だから気を付けてくださいと言われていた。それが今回の連絡で警戒解除されたという訳だ。
「それにしても大船君は犯人を引き寄せる超能力でもあるのかな?いつも犯人に遭遇するなんて運がいいのか悪いのか」
「大船先輩ね…。私だっておじ様の役に立てるよ、あの人より私の方が強いし」
「強い?戦ったことあるのか?」
「戦ってはいないけど力を試したことがある。幻術で覆い隠していたものは見えなかったし、私の幻を見せて席を離れた時も気付いてなかった」
彼方は喫茶店で大河相手に試したことを張戸に話した。
「危ないことを…」
「大丈夫だよ、現実離れした幻は見せていないから、私が能力を使ったことすら気づいていないよ」
「ふぅー…。そこは偉いぞ、流石だ。しかし相手が無警戒だったのも大きいだろう。君の力が分かっていて警戒したらどうか分からないよ。それに、君が不意打ちで先制すれば彼を幻術にかけることができるだろうが、彼が不意打ちで先制して君の頭上に何千もの瓦礫を降らせたら君はなすすべなく死ぬ。どちらが強いかは分からない」
「むー…」
「しかし私は君を彼よりも頼りにしているよ。その証拠に彼には話していないようなことも君は知っているのだから」
「やった!」
彼方は張戸に抱き着き、張戸は彼方の頭を撫でながら不敵な笑みを浮かべた。
それから数日後、その後の顛末を話を聞きに大河は星月の寮に来た。折角だからと庭の東屋に案内された。青空の強い日差しの下、東屋の中は日陰になっていて開放的だが落ち着く場所だった。すぐ横に壁のように生えているローズマリーの生垣があり、その香りが辺りに漂ってきていた。
「ここは星月メンバーも話をするときにも使うんだ。魔術によって普通の声量なら外へ音漏れしないから安心して」
「助けを呼べないってことか?」
「大声なら打ち消しきれないから聞こえるよ。何も企んでないって」
久遠は大河の前に湯呑を置いて、自分のを右斜め前に置いて座った。二人の視線からは庭を見張らせる位置となった。
「たまには外で話すのもいいからね」
「確かに開放的でいい、魔術は便利だな」
「それじゃ早速」
久遠はお茶を一口飲んで説明を始めた。
「十桐の状態だけどまだ目覚めていない。原因ははっきりしないけど、走り慣れていない人が急に走って逃げ回って体に負荷がかかったんじゃないかと予想されている」
「回復するのか?」
「それが…今日明日が山かも。どんどん弱っている」
「そうか…」
彼女には悪いが喋れなくなる前に聞き出せただけ良かった。
「十桐のブログを調べた。主張はより詳細になっていたけど、概ねあの時聞いたのと同じ。あの殺人は正義の鉄槌と言っていた」
「疑問なんだが、それなら事前に犯人だと分からなかったのか?」
「この膨大な情報の中で個人ブログを見つけるのも簡単じゃない。本屋をイメージして、有名レーベルの本が出てたら目につくけど無名じゃ目に着かない。それと同じ」
「そういうことか…」
「それに見つけたとしても、要約すると怪人によって正義がなされたと書いてあったから、この怪人は他の誰かのことを言っているのだろうと考えたはず。だから事前には犯人だと気づけないと思う」
「成程。自分の仕業とは分からないように書いてたんだろうな」
「そうだね。とにかくこれで連続殺人は終わり。超能力の部分は伏せられるけど報道もされる。賑やかな街に戻るといいね」
その後、大河は帰宅してベッドに横になって天井を眺めた。
とにかくこれで事件は終わりか…。超能力を得たことでブレーキ壊れる人ばかり見かけるが、きっとそういう事件に関わっているから多く感じるだけだろう。事件に関わらない超能力者は多数いると思う。
電話がかかってきてゆっくり体を起こし、机の上のスマホを取って電話に出た。
「張戸です。大船先輩、今よろしいですか?」
此方からの電話だ。声に覇気がない。
「いいよ、どうした?」
「実は先日、友達が殺人事件に巻き込まれて死にました。その事件の犯人が捕まったことをついさっき知ったんです」
報道されたわけか。しかし、なぜ俺に電話を?俺が事件の情報を持っていると思って知りたくて電話を?
「初めて見たはずなのに既視感がありました。きっと誰かの目を通じて見た景色にあったのでしょう。ぼんやりとした記憶で、気のせいかもしれませんが…」
「そうか。もしかしたら本当に誰かの目を通じて見たのかもしれないな。犯人の同僚とかな」
「そうですね…」
…?反応が悪いな。超能力なのか夢なのか区別がつかずに役に立たないと前に聞いたような…。気のせいであって欲しかったのか?
「あるいは夢の中で将来の予想シミュレーションしてたら似たような場面があってそれが既視感に繋がったのかもしれない」
「だといいですね…」
どちらも反応がイマイチだ。この部屋暑いねを文字通り受け取ってはいけないみたいな話か?電話だとボディーランゲージ無いから分かりにくい。
「実は…ぼんやりとではっきり覚えてませんが最近誰かの目を通して大船先輩と話している景色を見たんです。何か長文で問いかけては答えを聞いているようでした。それで先輩には聞いて欲しくて」
最近と言っても色んな人と話しているからそのうちの誰かか。ハッキリとは覚えてないようだが、彼方とのやり取りを思わせる。噂話を話してその解釈を俺が答えていた。彼方は此方に自分という妹がいることを隠しているからそのことは言えないが。もしかしたら姉妹で近いから能力が干渉しやすいというのがあるかもしれない。
「ということは何か聞きたいことがあるのか?」
「いえ、私の話をただ聞いて欲しかっただけです。既視感があって、それはもしかしたら能力のせいで、友達を殺した犯人を既に知ってたかもしれなくて、なんだか落ち着かなくて、誰かにそのことを伝えたくて…」
「秘密を共有していて、景色でも見た俺が思い浮かんだわけか」
「そうです!」
「そうか、大変だったな。後になってからあれは夢じゃなくて誰かの目で見た景色だったかも、未然に何かできたかもと思い傷ついたのか」
「そうかもしれません」
「けど夢との区別のつかない曖昧な情報だし、それに犯人は犯行時に周囲の人には気づかれないようにしていた。だから犯人の顔を誰かの目で見たことがあると言っても、それは犯行時のものじゃない。犯人と分かってからやっと、ああ、あのよく見かける人が犯人だったんだと気づけるようなものだ。君にはどうしようもなかった。気に病むことはない」
「そう…ですね。やっぱり先輩に話して良かったです。ありがとうございます。スッキリしました」
「それは良かった」
「ありがとうございました。おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
大河は電話を切って机に置き、両手を上げて伸びをした。
彼方はベッド横の座布団に座り、無表情でスマホで逮捕ニュースを目にした後、画面を切ってベッドの上に投げた。
「これでお姉ちゃんも知ったんだ…良かったね」
彼方は目を閉じて力を抜き、眠りに落ちた。




