2話
「そうだ。私、職員室に行かないと。あれかな?」
久遠は校舎の端を指さした。そこには教職員や来客用の出入口があり、目の前には駐車場があった。職員室や実習室の多くは1階で、2階から上が各学年の教室となっている。学年が若いほど上の階になる。受験が控える3年生は一番負担が少ないようにということだろう。音楽室だけは最上階だから移動の負担は大きいが。
「ああ、あの辺にある」
「また教室でね」
久遠は外から職員室に向かって駆け出し始めた。
「待った」
「ん?」
「あっちは職員用の出入口だ。こっちの下駄箱でサンダルに履き替えた方がいい」
大河が指さした先に生徒用の出入口があり、多くの生徒たちが靴を脱いで校内用のサンダルに履き替えて奥へと入って行っていた。
「そっか。ありがとね」
久遠は向きを変えて人に当たらないように歩き、下駄箱でサンダルに履き替えて廊下を通って職員室へと向かっていった。
その後、大河は3階まで階段を上って新しいクラスの教室に入った。
「おはよう」
自分の席に鞄を置きながら、近くの席で座って喋っている青木畳語と赤城博士に声をかけた。2人とも去年仲良くなった友人だ。
「おはよ。今年も同じクラスだな」
「おはよー。編入生がいるらしいよ。星野さんだって」
「さっき会った」
「本当?どんな人?」
青木は興味津々な様子で大河に尋ねた。
「どんな…元気で人懐っこい女の子…?」
「へー、いいじゃん」
「他には?」
「他に…?」
久遠が何者なのかは俺の方が知りたい。春休み中に会ったことも喋ると厄介そうだ。外見的特徴を言えばいいだろう。身長が160cmくらいとか、胸あるとか、顔がかわいいとか。でもかわいい評は口に出すのが恥ずかしい。
「健康的とか…?」
「元気と被ってんじゃん」
「そうとも限らないよ。体つきや髪艶とか」
「なるほど。それは興味深い」
「はい終わり。実際に見てのお楽しみ」
大河は話を切り上げて席を離れ、廊下に出ようとすると出入口で少女と鉢合わせした。
「おっと悪い。あっ、雲井か、久しぶり」
「久しぶり、大船君…」
少女は恥ずかしそうに目を背け、肩にかけた鞄を持つ手を体の内に寄せて縮こまった。
彼女は雲井雨夜。控えめな性格で恥ずかしがり屋。中学からの友人…あまり関わりがないし、友人と呼んでいいのか?連絡先は交換しているし、みんなで一緒に遊んだことは少しある。知り合い…?友人…?知り合いの親密度が上がれば友人でいいのだろうか。そうとは限らないような…定義が不安になってきた。まあとにかく、それなりに親しい人だ。去年は別のクラスで関わることほとんどなかったけど。
「同じクラスか。よろしくな」
「うん、私こそよろしく」
大河は廊下を歩いてこの階の部屋を一通り見て回り、教室に戻った。
8時半に予鈴が鳴り、席について大人しくしていると、新たな担任がやってきて出席を取り、連絡事項を聞いて体育館で全校集会に出た。春休み中の強盗団の事件の話もあり、注意喚起が行われた。大河と久遠が関わった事件だ。
あの事件の後の報道によれば犯人グループは騒ぎを起こしてその隙に武器や貴金属、精密機械を盗み出そうとしていた泥棒グループだと分かり、小型の船から盗まれたものの一部が見つかったという。しかし、あんなに派手にやったんじゃ犯人を逃さないように島を封鎖されて検問されて盗み出せない可能性もあったのではないか。いくら港以外に船が寄せられる水深のある場所が限られるとはいえ、封鎖は難しいのだろうか。船がどこにあったのか詳細は報道されていないから分からないが、テレキネシスがあるなら水深が浅いところで浮かせて運べる。ということは仮に封鎖されても予想外のところから抜けられるということか。何はともあれ、ひとまず一件落着か。
その後、ホームルームで自己紹介を行った。担任は上野風雅。担当科目は数学、教師歴は9年、この高校に来て3年目。
星野久遠の明るい元気な自己紹介を聞くに、皆と仲良くしたい、今年編入で知らないことも多くて迷惑をかけるかもしれないけど頑張るからよろしくとのこと。緑茶や抹茶味の菓子が好き。猫が好き。静かな場所が好き。得意科目は化学と生物。明るい性格だしてっきり騒がしいのが好きかと思いきや、意外にも猫や静かな場所が好き。猫はかわいいから別か。元気な人には静寂が苦手なタイプもいるが久遠は違うようだ。自分とは違うタイプで合わないという人もいれば、自分とは違うタイプだから惹かれるという人もいる。あるいはいい思い出があって好きなのかもしれないな。雨夜は物静かな人だが、家族で楽しく過ごした思い出からドームやスタジアムは何となく好きらしいし。
当然といえば当然だが、正体に関わる情報は無かった。聞きたいところだが、さてどうするか。
その後、普通の授業の代わりに、今年の主な行事の説明や生徒の所属する委員会決め、交通安全や薬物乱用防止などのビデオ鑑賞を終え、12時半に午前の授業は終わり、昼休みとなった。久遠は女子生徒に囲まれていてとても2人で秘密の話に連れ出せる雰囲気ではない。
これは無理だな。話は学校終わってからにしよう。今日はあと2時間、特別授業を受ければ終わりで早く帰れる。しかし、彼らが親睦を深めに遊びに行くということもありうる。それだと久遠と話をする機会が先になるな。それでもいいか。
「どうした大船?弁当忘れたのか?」
赤城は椅子を横にして水筒のコーヒーを飲みながら後ろの席の大河を見た。
「あ、いや。ちょっと疲れたのかな。あんなビデオ見た後だから食欲が…。あの幻覚の再現が気持ち悪くて」
「食後に見るよりはいいんじゃね?」
「それもそうだな…」
購買でパンを買ってきた青木が戻ってきて3人で昼食を食べた後、大河は眠くなって椅子に座って次の授業までの間、椅子にもたれて腕を組んでうとうととしていた。音は聞こえるがほぼ頭に入ってこない状態になっていた。
「もしもーし、寝てる?…大河くん?」
「んあ?」
大河は名前を呼ばれて夢の世界から現実の世界へ引き戻された。目の前に久遠がいて、奥の方では女子たちがこちらの様子を見ていた。
え?何?あの人と話があるからちょっと待っててみたいな?まさかこの状態で秘密のことを喋ったりしないよな?
「久遠、一体どうした…?」
「今朝はありがとう」
「えっ、ああ。どういたしまして」
よかった、そっちか。
「連絡先交換しよ」
「それは助かる」
「ふふっ、助かるってなに?」
「いや、それは…渡りに船みたいな?」
「ふふっ、変なの」
2人はスマホを差し出して連絡先を交換した。
「じゃ、また連絡するね」
久遠は笑顔で手を振って席に戻っていった。
「互いに名前呼びか、いつの間にそんな仲に?」
赤城はスマホで読んでいた漫画を閉じて大河に話しかけた。
「別にまだ親しい訳じゃない。名前で呼びたがる奴だから合わせただけ」
「ふーん…」
とにかく連絡先を手に入れたからこれで会う時間や場所を決めて久遠が何者なのか話を聞くことができる。できれば電話で話すよりも直接会って話を聞きたいところだ。目は口ほどに物を言うと言うし、隠し事や嘘があっても気付けるかもしれない。疑いたくはないが分からないことだらけだからな。
その後、授業を終えて大河が下校しようとするとスマホにメッセージが入った。
『この前のことで話がしたい。今からできる?』