17話
それから数日、脅迫状とは裏腹に特に何も起きなかった。風邪で学校を休んだ部員が呪いの仕業だという噂が囁かれもしたが、ただの偶然として一蹴された。
日曜日、久遠は遠野たち友人と4人で遊びに出かけていた。
「あっ…」
遠野が駅の階段を上っている時に足を滑らせ、後ろへと倒れていった。
後ろにいた久遠は両手で遠野を抱えて受け止め、魔術で自身の背中から前へ力を加えて支えた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう…」
遠野は血の気が引いて足がすくみ、久遠に連れられて手すりまで横に移動し、壁にもたれかかった。
「良かった無事で」
「力あるー」
「もー気を付けてよね」
「ごめん、心配かけて…。」
遠野は徐々に血の気が戻ってきてしっかりと立てるようになった。
「……」
久遠は黙って周囲を探るように見渡していた。
「どうしたの?」
「あ、いや、どうやって運ぼうかなと。でももう自分で歩けるみたいだから必要なさそうね」
「ごめん。もう大丈夫」
「良かった。行こう、ソフトクリーム楽しみ」
その後、久遠たちは観光や食事、買い物などを楽しんだ。歩行者デッキを渡る際に遠くの広場でダンスをしているのが見えた。階段のような椅子に囲まれた半円状の広場で、その中心で曲に合わせて踊っていた。
「そういえば久遠は知らないか。時雨は去年、芸能事務所に勧誘されたんだよ」
「そうだったの?すごい!」
「この子なんと断っちゃったんだけどねー」
「どうして?」
「興味がなかったから。それに勧誘してきた人が腹立つ人だったから、この人の下は無理だと思った」
「そんなの我慢すればいいのに。好きなミュージシャンたちとお近づきになれたかもしれないんだから」
「後から気づいてちょっともったいなかったかもと思った。でもやっぱり私は今の方が良かったと思うな」
「ふうん、それもアリだよね」
「世の中には芸能人よりかわいい子だっているし、スポーツ選手より背の高い人だっているじゃない?才能持ちでも全員が全員、その世界に興味があるわけじゃないよ」
「まあ才能はそれだけではないと思うけど、確かにそうだね」
「でしょ?あ、これかわいい」
遠野は店前の黒板に描かれた絵を見て意識がそっちに移り、それっきりこの話が途切れたまま忘れられて次の話題に移っていった。
そして夕暮れ、ニューメイタワー内の展望エリアから外を眺めていた。穏やかな海の上に青空と夕陽の入り混じった光景が広がっていた。空を飛ぶ海鳥や海上を進む船が遠くに見え、それらの音は聞こえず周囲の観光客の音が聞こえ、久遠は現実と地続きじゃない夢か幻を見ているような気分になった。
「素敵…ずっと見ていたい」
「気に入ったようで良かった」
「でも明日は学校なんだよね」
「ちょっと、急に現実に戻さないでよ」
「あはは、ごめんごめん」
「大丈夫、私は学校好きだから」
久遠はそう言って両手を上に伸ばして伸びをした。
「そろそろ帰らなくちゃね」
「終わりは寂しいな」
「なあに、また遊べるよ」
「えへへ」
久遠たちはタワーを出て駅に歩き、駅で解散して各々の家へと帰っていった。
ある平日の放課後、大河は何となく校庭を回ってから帰ることにした。ただの気分転換なのか、虫の知らせなのか、出題された課題をやりたくなくて家に着きたくないからなのかはっきりしないが、とりあえずすぐに帰る気にはならなかった。
校庭を歩いていると、その一部でチア部が練習しているのが見えた。体操服とも本番用制服とも違う練習着で練習していた。その様子を離れたところで見ている人は他にもポツポツといた。
突然、ガラスの割れる音がした。音の下方を見ると上の階の窓ガラスが割れ、破片が彼女たちの上に降ってきた。大河はテレキネシスで破片を横に流して人に当たらないように着地させた。
「一旦中止、みんな大丈夫?」
部長が被害状況の確認を始め、怪我人がいないことを確認した。
「風で逸れたみたい」
「運が良かった…」
上の階の別の窓から人が顔を出した。
「大丈夫ですかー?」
「こっちは大丈夫でーす」
「すぐ行きまーす」
何だ…?誰か能力者の仕業か?しかしここでキョロキョロと探せばそいつが俺の存在に気づく。かといって何事もなかったようにしていればそれはそれで怪しまれる。そいつはもう諦めたか?今離れると危ないだろうか?しかしずっと守り続けるわけにはいかない。差し当たっては破片を飛ばされないようにせねば。
校舎からさっきの人を含め、数人が降りて来た。
「危ないじゃない!何してたの?」
「僕たちも何もしてないですよ。突然割れてびっくりして。危険だからすぐ片付けます」
「早く片付けたいし私たちも手伝います」
「その恰好では危ないからやめた方がいいでしょう。俺がやります」
大河は部員たちを遠ざけて箒と手袋を借りて片づけを手伝った。ガラス片は勝手に動くことなく、集められて砂を落として金属缶にカチャカチャと入れられていき、蓋が閉められた。
犯人はもう逃げたか、能力が使える状態じゃないのか、不安は残るがひとまず脅威は去ったか。
「手伝ってくれてありがとう。これは捨てておくよ」
「どうも。窓の方はどうする?」
「取り替えるのは後日になりそうだ。ひとまずテープと段ボールで穴を塞ぐことになるかな」
「遠くでよく見えなかったけど、どんな穴だった?」
「ひび割れたような感じ。一応写真撮っといたんだ」
写真には窓の中心に穴が空き、ひび割れて尖ったガラスが残っていた。何かがぶつかったような感じか。
「大変そう…」
「全くだ、何が何やら」
「それじゃ俺はこれで」
大河は手袋を返して帰路に就いた。
その夜、久遠は電話で話をしていた。
「もう一つはともかく、夜月岸渡高校なら…。……。そう、話してみるね。……。おやすみ」
二日後の放課後、大河は駅前で待ち合わせして人に会った。久遠は学校に残り、気配を消してチア部を見守っていた。
「大船さん、また事件に巻き込まれたんですか?」
その男は開口一番に低いテンションで訪ねて来た。星月の魔術師、綾瀬一介は夜月岸渡高校に通う生徒でもある。念のために電話ではなく口頭で聞くことにした。
「俺自身は巻き込まれていない、多分」
「あなたや久遠先輩も酷いことを僕に命じたものです。僕みたいな陰の者があんな陽の者たちと話をしろだなんて」
「そんな大げさな。命令じゃなくてお願いだし。ちょっとしたことを聞くだけじゃないか。デートに誘えとかそんなんじゃないんだし」
「僕には1mも10mもどっちも高いハードルです」
「大変だったのはよく分かった。不向きなことなのにやってくれてありがとう。そろそろ教えてくれ」
「…うちのチア部にはそちらに届いていたような悪戯の手紙は来てませんでした。霊火亞誕が大会出ないなんてやだよとも言ってました」
「そうか」
「それから羽々夢兎高校に友人がいる人もいて、その場で聞いてくれたのですが、そちらでもやはりそんな手紙は無かったようです」
「そっちも気になってたから助かる。綾瀬君、ありがとう」
「いえ…」
これで手紙が少なくとも強豪全部に送られたわけではないと分かった。うちの高校のチア部を狙い打ちか。聞いていないところにも来ている可能性はあるが…。普通に考えれば同じ高校の生徒や近くの住民など、近くで反応を見ることができる人が犯人の可能性が高いか。
「まだ超能力者の仕業の疑い濃厚という訳じゃありませんから星月としてはほぼ動けません。僕の協力はこれくらいです」
「ああ、助かった。ありがとう」
「じゃあ僕は帰ります。久遠先輩には寮に帰って来た時に話しておきます。さようなら」
「また今度」
その日も特に動きはなく、久遠は何事もなく帰宅した。
金曜日、休み時間に大河は移動中に遠野たちの会話が聞こえて来た。
「千ちゃん、明日のテニス部の島大会頑張って。私たちも応援に行くよ」
「あれ?予選も本選もこっちから本土に行ってやるんじゃないの?」
「久遠、それは全国大会や地区大会。島大会は島の中高だけの大会。でも上位は全国レベルあるから結構盛り上がるんだよ」
「よくゲストには島出身のプロが来るらしいよ。サイン貰えるかもね」
待てよ…あの嫌がらせの手紙には確か今年の大会としか書いてなかった。普通ならチア部の大会のことだと思っていたが他の部活の応援で行く大会も含むのだとしたらまずいんじゃ…。




