13話
朝礼前の学校、校庭の木の下で大河と此方は話をしていた。
「心を許すなとはどういうことだ?君の伯父なんだよね?」
「話の続きは後です。取り急ぎ、警告を伝えたかったのです。先輩、放課後空いていますか?」
「ああ、大丈夫だけど…」
「その時に話をしましょう。そうだ、連絡先。私と連絡先を交換してください」
「ああ…」
大河はスマホを出して連絡先を交換した。
俺は張戸さんのことをほとんど知らない。話を聞かないより聞いた方がいいだろう。尤もこの子が真実を語るとも限らないが。姪がこの態度ということは親の兄弟仲でも悪いのだろうか。まあ後で聞いてみれば分かることだ。
「では放課後にここでお待ちしてます」
大河は教室に入り、授業を受けたり友人と話したりして何事もなく平穏に過ごした。
そして放課後、大河は荷物を持って校舎を出た。木の側には誰もおらず、周囲を見渡しているとちょうど此方が駆け寄ってきた。
「すみません、お待たせしました」
「いや、俺も今出て来たばかり」
「静かなところで話しましょう。校舎裏に並木道があります。あまり人がいません」
山の一部が学校の敷地で、その斜面には蝋梅、梔子、沈丁花、金木犀、その他諸々が植えられており、各々の開花時期には並木道は香りに包まれる。花梨も植えられており、その実が熟すと芳醇な香りを放つ。ちなみに今、大河たちが側に立っている木は桂で校舎から校門までの間に植えられていて、秋にはその落ち葉が甘い香りを漂わせる。
「屋外だけどいいのか?」
「人ほとんどいないから大丈夫ですよ。風の音や林の消音効果で遠くからじゃ聞こえません」
「そうか、君がいいなら」
階段を上り、緩い傾斜の道を進み、校庭で部活をしている音が聞こえなくなってきた。
「この辺でいいでしょう」
此方は立ち止まり、道沿いに手すりを片手で掴んで後ろから来る大河の方を向いた。大河はその手すりに手を置き、下の斜面を見ると木と草むらが見えた。
「じゃあ始めましょう、先輩」
「ああ。まず確認したいが、君は俺のことをどこまで知っているんだ?」
「この島で目覚めた超能力者で、手を触れずに物を浮かしたり動かしたりできる。大きなエネルギーに対して自動防御が働いて身を守れる。私の伯父が出資している魔術結社の星月には属していないが協力することがある。根尾持六神社の大岩を動かす依頼を皮切りに伯父と関りを持つようになる。これくらいですね」
「成程」
結構詳しいな。超能力のことも知っているのか。張戸さんから聞いているのだろうか。
「君も超能力があるのか?」
「微妙なところです。ただの夢、妄想かもしれない、はっきりしないものです」
「どういうことだ?」
「ぼんやりとですが私が経験したことのない景色が思い浮かぶことがあります。他の人の景色を見ているのかもしれませんが、ただの夢や妄想かもしれません。それに、私は忘れっぽいので本当は見たのに忘れているだけかもしれません。区別がつかない以上、先輩の力のように役に立つものじゃありません」
「他の人の景色か…」
「他言無用ですよ。本当に超能力だったとして悪い奴に狙われても先輩みたいに戦闘力が無くて抵抗できませんから」
「分かってる。他人には言わない」
確かに。もしその能力が本当なら戦闘力は期待できない。無能力者でも容易に捕まえられるし、洗脳や調教が可能だろう。
「それで本題に入るが、君は張戸区切さんを信じないように警告した。それはどうして?」
「怪しいからです。今は私は伯父の家に住まわせてもらっています。お世話になっていてこんなことを言うのも薄情かもしれませんが、それでも怪しいのです」
「伯父の家?ご両親は?」
「父は誰なのか知りません。母は3年前に死亡しています」
「そうか。辛いことを思い出させてすまない」
「大丈夫です。母の死後、私は伯父の張戸区切に引き取られました。伯父は昔から私に良くしてくれました。ある時、なぜ優しくしてくれるのかと聞くと、親じゃないから気にせず甘やかせられるからとのことです。先輩、この感覚分かりますか?」
「親になったことないから想像でしかないが…親なら子供を甘やかさないように教育しないといけないが、親じゃないなら教育の義務はないから甘やかせるってことじゃないかな?孫は叱らずに好きにさせたり、友人のペットは躾を気にせずかわいがれるみたいな?」
「成程…そういうのもあるのですね」
此方は下を向いて曲げた人差し指を顎に当てて考え込んだ。
「話の続きでしたね。彼が怪しいと思うのは母の死に不審な点があるからです。3年前の朝、母が起きてこないため私が起こしに行ったのですが、母は意識を失っていて目を覚ましませんでした。呼吸は浅く、脈も弱まっていてただならぬことが起きたと思いました。救急車に運ばれて病院に行き、医師に診てもらったのですが異常は見つからず原因不明でした。それから一週間後、母は死亡しました」
原因不明か…。この島なら超能力で殺すことが可能な人がいるかもしれない。もちろん、超能力関係なく現代の科学やその病院の設備では分からない病気か何かの可能性もあるが…。しかし超能力で怪しいというのなら誰だって怪しい。張戸さんを疑う理由は他にある。
「伯父は葬儀や遺産相続、各種契約の解約や私の引っ越しまで手際よく行いました。手際が良すぎるくらいです。最初から知っていたとしか思えない。母を殺した犯人なのではないか…」
「動機は?」
「伯父は若いころに高給だがハードな会社で働き、それを元手に資産を増やして今はその仕事を辞めて緩い仕事と趣味に生きています。母はそんな伯父にお金を無心していたようです。しかし、伯父はハードな職場でも無駄遣いせずに投資に回していたくらいですから財布の紐は固いのです。大企業の株を買うか母に金を貸すか選ぶなら、当然大企業の方が安全でしょうね。伯父は母を疎んじていました。自分の妹という情はあったようですが、きっと堪忍袋の緒が切れたのでしょう。伯父は今では母のことを酷い奴だと言っています」
「そういうことか。しかし君の知らないところで君の母が別の人に恨みを買っていた可能性もある」
「はい。ですから怪しい止まりです。ですが邪魔だからと殺せる人かもしれないということを頭の片隅に入れて欲しいのです」
やや強引な気もするが彼女も大変なのだろう。
「伯父に金の無心をしたのは良くなかったと思います。しかし、私のためなんです。私にいい思いをさせたいという愛情から、頼れる者に頼ろうとしたのだと思います。振り返ると優しかった母の思い出ばかり思い浮かびます」
忘れっぽいのだからいい思い出だけ…いや、ひねくれた考えか。忘れっぽくても覚えているほど大切な人ということだろう。
「私の話は以上です」
「質問いいかな?」
「どうぞ」
「君は張戸区切さんの家に住んでいるようだけど、他に誰かいるのか?」
「伯父さんとその助手の山上迅雷さんと3人で住んでいます。見た目は庭がある以外は小さな一軒家です。伯父も迅雷さんも大体は家にいます。フェニックスという名前の自律ドローンもいます。ドローンですが、自分で動くロボットのペットみたいなものです」
ロボ犬みたいなものか?フェニックス…不死鳥のことか。あるいは悪魔の名前。不死鳥みたいに蘇るのだろうか。
「もう一つ、張戸さんが星月のスポンサーをやっている理由は知ってるか?」
「趣味だと言ってました。自分は魔術が使えないが魔術に興味があると。それから世の役に立つことがしたいと」
「あの人らしい答えだ」
「伯父さんがそう言っているけど本心は分かりませんよ。本当に気を付けてくださいね」
彼女の考えすぎな気もするが、超能力を知っているんじゃ疑心暗鬼にもなるか。真相が分かればいいのだけど3年も前のことじゃもう痕跡は残っていまい。想像に過ぎないが、本当は病死で犯人はいないが死んだのを受け入れられず敵を欲しているのかもしれない。しかし張戸さんのことはまだ知らないことばかりだし、見方の一つとして受け入れておこう。
「うん、気を付けるよ」
「よかった…話を聞いていただきありがとうございます」
「はは、そう畏まらずに」
「またいつかお話しましょう。今度は楽しい話やくだらない話でも」
「ああ、そうしよう」
「それでは失礼します」
此方は軽やかな足取りで去っていった。大河は考えながら歩いて坂を下り、帰路に就いた。




