12話
その後、久遠の仲間たちが来てシンを引き渡した。彼らと共に周囲を調べて実行犯の仲間も見つけた。彼らは超能力のない一般人で、監視が強まる前に盗み出そうとしていたらしい。シンは盗みの邪魔になるものを排除する必要があったわけだ。
事件は一段落し、大河と久遠はそれぞれ家に帰った。
夜、張戸は机の前に座り、電話をしていた。机にはモニターが5つあり、中央の大きなモニターと左右に2つずつ一回り小さいモニターが縦に並んでいた。その内、中央のモニターと左側のモニターの3つが点き、それぞれ紅葉信の情報、事件現場の地図、見回りスケジュール表が映されていた。
「…成程。初日から犯人が出て来たとは君は運がいい。情報漏洩の原因は抜き取られていたわけではなく内部犯だったという訳か。外部の君に頼ることができて良かった。ぜひともまた協力して欲しいね」
「まだ終わったわけじゃありません。盗まれた武器を取り戻していませんから」
「そうだね。しかし星月はこの件から外されることだろうからその協力者である君もこの件から外れることになる。それに、見つけるのにはまだ時間がかかりそうだ。今回捕まえた実行犯は依頼者の正体を知らずにやっていたようだからね。紅葉君は知っているかもしれないから聞き出せると良いが…。とはいえ、また何か分かったら頼むかもしれない。その時はよろしく」
「はい」
「それじゃ、私はこれで。君は何かあるかい?」
「一つ聞きたいことがあります」
「何かな?」
「もしかして張戸さんは犯人を知っていたんじゃ?」
「どうしてそう思う?」
「見回りスケジュールを変えて犯人の動揺を誘うなら、俺に依頼せずに星月メンバーにそう指示すれば良かったのでは?紅葉さんの見回りの日に俺に下見に行くように電話をかけて来たのは偶然じゃなく分かっていてやったんじゃないですか?」
一瞬の沈黙の後、張戸はフッと笑った。
「想像力の豊かなことだ。しかし残念ながら違うよ。君が下見に行った場所、時間が紅葉君の見回りの担当箇所、時間帯だったのは全くの偶然さ。君が明日別の工場の近くという可能性だってあったのだから。星月メンバーにスケジュール変更を指示しなかったのは情報漏洩を警戒してのことだよ」
「そうですか。失礼しました」
「まあいいさ。君の持つ情報だけではそう思うのも無理はない」
張戸は疑われたのを気にしていない様子だった。
「…思い返せば紅葉君の異変のサインはあったのかもしれない。彼は昔と違って外見に無頓着になっていた。心の余裕が無くなっていたのだろう。だがこれは今だからそう思えるが当時は分からなかった。趣味に没頭していただけかもしれないし、オシャレに飽きていただけかもしれないのだから。あれはそういうことだったのか…と後にならないと分からなかったと思うよ
「そうですね。張戸さんでも分からないことだった。聞きたいことは以上です」
「そうか。それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
張戸は電話を切った。
「フフ…本当に運がいいよ君は」
翌日、大河は学校に登校する途中の歩道で久遠を見つけて声をかけた。
「久遠、大丈夫か?」
「大丈夫…。でもちょっと疲れたかな」
久遠は元気が無いが、それなりに落ち着いている様子だった。
「シンさんはいずれ戻ってくると思う。これ以上悪化する前に止められたから、これで良かった」
「そうか…」
「そう心配しないで。悲しい時の乗り越え方はよく知っているから」
よく知っている…か。色々あったのだろう。師匠と敵対もあるみたいだが、それは氷山の一角かもしれない。
「方法はいくつかあるけど、切ない曲を効いたり、泣ける映画を見たりするのが一つ」
「悲しい時に悲しいものを?元気が出るものじゃないのか?」
「それも手だね。でも悲劇に共感して涙ぐめばスッキリするよ。迷子だったのが区切りがつくというか」
「へえ。俺は悲劇を見ると数日間引きずるが強いもんだな」
「そういう強烈なのじゃなくてノスタルジーとかビターエンドとかそういう感じのものだよ」
「成程…」
「見回りも無くなっちゃったし、今日は帰ったら沢山見よっと」
本当に大丈夫そうだな。心配は杞憂だったか?
「でも、話しかけてくれてありがとう。もう私たちとは距離を取られるかもと思ってたから嬉しい…。ちょっと気が楽になった」
「まあ、君は悪い奴じゃないと分かってるから」
久遠は嬉しそうに笑い、大河は何だか恥ずかしくなって向こうを向いた。
「そういえば、お粥ってあるじゃん」
「随分急ね」
「俺、この前初めて風邪じゃない時にお粥食べたんだよ。待てよ…本当に初めてかな…?…多分初めてだと思う。少なくとも物心ついてからは」
「確かに私も病気の時くらいしか食べないかも。でもそれがどうしたの?」
「お粥は不味いものだと思ってたら意外にも美味しくて驚いたんだ。風邪で味覚が変になっている時の味を覚えていて不味いものだと思ってたんだな」
「…ああ、成程」
「もう分かったか」
「悲しい時を乗り越える用の曲や映画も同様になってないかってこと?」
「その通り。よく分かったな」
「大河くん、プリンやヨーグルトは風邪の時食べる?」
「食べるね」
「普段は?」
「普段プリンはそんなにだけどヨーグルトは食べる。ああ、そういうことか」
「その通り。それと同じ」
悲しい時に限らず聴くし見るということか。初見じゃノスタルジーやビターエンドか知るわけもないし、既に知ってないとおかしいか。どうやら久遠は頭が回っていないわけでもないし大丈夫そうだな。
学校に着き、大河が下駄箱の前に行くと背後から声をかけられた。
「大船先輩」
大河は呼びかけられて声の方を向くと1年の女子生徒が立っていた。この高校ではネクタイの色の見た目で学年が分かる。今年入学した生徒のネクタイの色は青色で3年間この色になる。
「俺を呼んだか?」
「はい。はじめまして、張戸此方です。今よろしいですか?」
「いいけど、どうした?」
「ここではなんですからこちらへ」
久遠は先に教室に行き、大河は此方に連れられて校舎を出てすぐの木の下へやって来た。前の道には生徒たちが多数いるが、皆登校中のため大河たちをほとんど気にせず歩いて通り過ぎて行っていた。
「改めて自己紹介を。私は張戸此方、張戸区切は私の伯父です」
「ああ、苗字が同じだと思ったら親戚だったのか」
「あなたは彼を信用していますか?」
「まあそれなりに。あの人のことはよく知らないけど、スポンサーやれるくらいにはちゃんとした大人なんだろう」
「警告です。彼に心を許さないでください」
此方は大河に歩み寄って顔を見上げて警告した。
シンは入冥島の超能力犯罪対策本部の車で護送されていた。一見して普通の自家用車だが、強固な作りとなっていて簡単には壊れない。
車がトンネルに入り、車内はトンネルのオレンジ色の明かりに照らされた。流れるような明かりで断続的に人の表情を照らしていた。
トンネルを抜けて海岸沿いに出て、人気の少ない道路を進んでいた。すると前方の山肌から岩が崩れてきた。車を止め、Uターンしようとすると見えない腕のようなものに車が掴まれて車道から外れて斜面に落ちた。車の扉を開けて人が出た直後に、吹き飛ばされて岩だらけの海岸に落ちて行って死亡した。
物陰から現れた覆面の男が車を覗き込み、車内に残っていたシンをよく見て確認した。
「なんだお前は?」
覆面の男が手を前に出すと見えない力でシンの首が絞められ、シンは外そうと手で見えない腕のようなものを掴んだ。
「くっ…要求は何だ?」
「お前の命」
「や、やめ…」
シンはそのまま絞められ続け、窒息死した。
覆面はその場を離れ、近くに停めていて別の車に乗って連絡を取った。
「ターゲットを仕留めました」
「ご苦労様。こちらでも確認した。ただちに帰還せよ。これで後は暫く潜伏だからといって気を抜くなよ。遠足は帰るまでが遠足というからね」
「了解」
男は覆面を取ってエンジンをかけ、その場から去っていった。




