11話
電撃は久遠の前で上下左右に逸れて霧散した。大河が張った透明な能力の防御壁で強いエネルギーは届くことなく周囲に逸れていったのだ。
大河と久遠は立ち止まって振り返り、杖を向けている男を見た。
「シンさん…?」
シンを見た久遠はフリーズしたように動かなくなった。目の前の出来事が受け入れられず、説明できる答を求めて深い思考の中に入り、立ちすくんでしまった。
「とにかく逃げろ!」
大河は久遠の手を引いて走り、角を曲がってシンの死角に入った。テレキネシスで2人の体を浮かせ、倉庫の上の窓から中に入った。
窓から入った場所は倉庫の壁に沿ってキャットウォークとなっており、下に並んでいる棚や整列している台車などが見えた。棚にはリュックや作業着、スパナなどの工具類、ケーブルやロープなど様々なものが見えた。倉庫内部には人はいないが、蜘蛛の巣などはなく砂埃も少しあるだけのため、今は偶々人がいないだけのようだった。
「これは何かの間違い…そうよ、きっと敵に操られて…」
そうなのだろうか…。自分の意志でやっているように見えた。久遠からすれば命の恩人が自分に襲い掛かってくるなんて考えづらいはず。
「大河くんはなんで防御できたの?」
「変だったから念のために。不審人物を見失ったという割にはのんびりしているから変だとは思っていた。落ち着いているだけかもしれないから確証はなかったが」
倉庫の扉が開き、シンが中に入って来た。
「久遠、出てきな。説明したい」
「シンさ…」
「駄目だ」
大河は身を乗り出しそうになった久遠を抑えて後ろに引き戻した。
「冷静になれ。姿を晒す必要はない」
大河は一階にある物を浮かせてまとめて浮かせた。視界外なので精密な動きはできないが、ただ上に浮かべるだけなら見なくともできる。シンも宙に浮き、杖を構えた。
「声は聞こえている。見えなくとも話せるだろう」
「用心深いねえ少年。まあいいだろう」
シンは杖を振って扉を閉め、懐から出した札を投げた。札は扉に貼りつき、この建物は封じられた。
「何かの異能を感じ取って攻撃を弾こうとしたんだ。実は攻撃じゃなくて大船君の能力だったわけだが」
「でまかせを」
「何を言う?君は俺のことをよく知らないだろう。それよりも言い争っていないで早く不審人物を追おう。早くしないと逃がしてしまう」
「今更取ってつけたようなことを…。そんなの最初からいないのだろう?」
「フ…」
シンは口角を上げ、緊迫した沈黙が流れた。
「はあ、もう誤魔化すのも面倒になってきた。そう、俺こそ、お前たちの探している羆だ。しかし俺がこんなことをするのは久遠、お前のせいだ」
「私のせい…?私が何を?」
そうやって仲間に引き込むつもりか?
「まず言っておくが、俺はお前を殺そうとしたわけじゃない。今夜の計画の邪魔になりそうだったから少し眠っていてもらおうとしただけだ」
「危害を加えようとしたことに違いはない」
「そう突っかかってくるなよ超能力少年。これじゃおちおち話もできないなあ」
シンは遠回しに大河に黙れと言っているようだった。
久遠は理由を聞きたいだろうし、シンは俺の行動次第という状況に持って行こうとしている。俺が口を挟めば、俺のせいで喋る気無くしたとか言うことだろう。そう予想させて俺を黙らせようとしている。久遠を口先で丸め込むための布石と言ったところか。次の手の準備もあるし、今は大人しくして、機会を伺うとしよう。
大河は口をつぐんで久遠に発言を譲るように掌を差し出して示した。
「それでシンさん、私のせいというのは…?」
「2年ほど前、お前の魔術の師匠、志久間との戦いを覚えているか?」
「…ええ、よく覚えている」
「俺もだ。あれは絶対に忘れない。お前を助けるために星月のメンバーがお前の師匠と戦った。彼は遥か格上の魔術師。勝因は志久間が勘違いして撃った反撃呪文が空振り、その隙を突くことができたから。言葉にすると単純なものだが、攻撃呪文を使って反撃の網にかかっていれば俺は跡形もなく消し飛んでいただろうし、反撃呪文を引き出すために上から飛び降りたが、それに何か意味があるのだと志久間が誤解して下降を妨害しなければ落下死していたことだろう。あの戦いで俺は一歩間違えれば死ぬギリギリのところで勝利して生き残ったんだ。最高に気持ちがよかった。あのスリルを味わった後は日常が酷く味気ないものとなった。生きているのに生きている実感が無かった」
シンは浮きながら、同じく浮いている道具を杖の先で押しのけた。
「俺はあのスリルが忘れられずにいた。またあのスリルを味わいたい。生きている実感が欲しい。しかしそれは叶わなかった。裏カジノに出会うまでは。ある日、星月の仕事で事件を追っていて捕まえた犯人から裏カジノの存在を知った。聞けば最高にスリリングな場所じゃないか。俺はそいつを脅して裏カジノに通うようになった。始めのうちは少し遊ぶだけでも満足だったが、慣れてきたら全然物足りなくなった。どんどんと掛け金が大きくなっていった。勝っても次のギャンブルにつぎ込み、負けるまで続けた。次第に俺は負けが込んで、金が必要になった。そして依頼されて盗みを働くことになったわけだ。これもそれなりにスリルがあって俺の心を多少は満たしてくれている」
そうか。依頼者が金銭目的じゃなかったとしても、実行犯は金銭目的ということもあるんだ。魔術師なら触れずに持ち上げるのは可能だ。映像に写っていた左手の棒は魔法の杖だったのか。背丈は変装で誤魔化せるし、姿を隠す魔術をあえて使わないことで魔術師が犯人と思わせないための攪乱だったわけだ。浮かべる魔術しか使っていないことからサイコキネシス系の犯人だと思わせるように。
「もしかして羆という仮の名は…」
「おっ、気づいたか。ヒグマの他にシクマとも読める。俺たち星月の人間なら意識することだろう。フッ、ただの嫌がらせだ」
「スリルを楽しむだけが人生じゃない。優しさや愛しさ、色々あるじゃない」
「そんなの俺にとっては眠いだけだ。何の楽しみもない」
「そんな…」
「久遠、お前のせいだよ。お前を助ける際に俺はおかしくなったんだ」
「……」
久遠は責任を感じて俯いた。
「お前が生きているのは俺のおかげだ。俺を助けてくれるな?」
「…そういうの嫌いだな」
「お前には関係ない、超能力少年」
シンは露骨に嫌そうな声色で遮った。久遠は顔を上げて大河の方を見た。
「黙っているつもりだったが聞いていられない。お前が生きていられるのは俺のおかげだから言うことを聞けなんて、そんな理屈は通らない」
大河は怒るでもなく、うんざりとしたような口調でそう言った。
「2年前の出来事を知りもしない部外者が口を出すな」
「知らないね。知ってようがいまいが関係ないことだ。そんな理屈で彼女を縛ることはできない。久遠、俺と会った初日、あの戦いで俺は君の命を救ったとも言える。その恩に報いて俺の言いなりになれと言われたらどうだ?おかしいだろ?」
「だけど…私のせいで変わってしまったのかもしれない。シンさんを助けたい」
「そうだ、俺を助けると思ってこっちに来い」
「助けたいのなら、あいつにこんなことをやめさせて治療させるんだ」
「そんな奴の言うことを聞くな。部外者だから好き勝手言ってるだけだ」
「…うん。シンさん、自首して。私からも支部長に言うから」
「チッ…だが散々喋って位置はもう分かっている!」
シンは杖を大河たちのいる方へ向け、超音波を放った。奥の窓ガラスが振動で割れ、テレキネシスが解
けてシンや浮いていた物が地面に落ちた。
シンは近くの箒を浮かべてそれに腰掛けて飛び、上の階の様子を見に来た。
「知ってるぜ。君に通る攻撃は限られるが、音は通すのだろう?実際、話ができていたからな」
「それが分かっているなら可聴域にすべきだったな」
シンは空中で謎の力に吹き飛ばされて壁に激突した。大河も久遠も無傷で立っていた。
「馬鹿な…」
超音波は大河の能力の膜で弾かれていた。尤も可聴域でも大音量のような強いエネルギーなら防御されて通らない。そもそも大音量では目立つから街中ではできない。普通の音量で嫌な音を聞かせるといったことは有効だ。
シンは壁から落ちて着地して、体についた埃を払った。
「…気絶するくらいの衝撃を与えたはず」
「臨戦態勢の魔術師は防御魔法を施しているから、あの程度の衝撃一回じゃ気絶しない。でもこれで…!」
久遠は杖をシンに向けて電撃を放った。シンも電撃で対応して空中で衝突して周囲に散ったが、直後に縄に変形しシンに巻き付いて地面に抑えつけて拘束した。
続けて久遠が杖を振ると、シンの下に五芒星が浮かび上がり、先端から煙を出した。シンは力が抜けて気を失った。
「相変わらず器用なものだな。察するところ、今のが魔力を吸い出してるのか?」
「その通り。霊力由来なら霊力の吸収阻害だけど、魔力は残量を減らす方法。強制的にカロリーを消費させるようなもの。魔力由来なら魔力をある程度減らせば、能力が使えなくなるからね」
久遠は杖を鞄にしまってスマホを取り出し、星月の連絡先を出して目を閉じ、深呼吸した。
「…よし」
久遠は気合を入れて電話をかけた。




