10話
翌日、大河が昼食をとっていると電話がかかってきた。電話主は張戸さん。
電話ということは急ぎだろうか。無視して食後に折り返そうかともちょっと思ったがそれは良くないよな。
「悪い、ちょっと出てくる」
「ん」
大河は電話に出ながら教室を出て、階段の踊り場の隅に立った。窓からは昼休み中で人がほとんどいない校庭が見えた。
「もしもし大船君?張戸です」
「大船です。ご無沙汰してます。張戸さん」
「今は学校で昼休み中かな?」
「はい」
「休み中すまない。どうしても頼みたいことがあって。星野君は近くにいないか?」
「ここにはいませんが教室にはいます。代わりましょうか?」
「いや、用があるのは君の方なんだ。そして星野君には聞かれたくないことだ」
聞かれたくない?どういうことだ?
「君には見回りを手伝ってもらうことになったわけだけど、そこで頼みたいことがある」
「何でしょうか?」
「なるべく早く、星野君にでも頼んで見回り予定外の時間に見回りをして欲しい。下見をしたいとか、確かめておきたいことがあるとか言って。ああ、私に指示されてというのは言っては駄目だよ。君の考えでという体でやるんだ」
「どういうことです?」
「詳しくは言えないが、見回り情報が漏れている可能性がある。そこで、予定外の動きで犯人を動揺させたいという訳だ。君の手で予定を狂わせるんだ」
そのために俺を呼んだのか?しかし、予定変更なら星月のメンバーにそう指示すればいいのでは?いや、その指示すら漏れるかもしれないから俺に依頼したのか。
「分かりました」
「それじゃよろしく。頑張ってね」
張戸からの電話が切れ、大河は教室に戻って席についた。
「何だった?」
「バイト先から、トラブル起きてシフト入れるかって連絡だった。それより、俺の弁当食べてないだろうな」
「そんなガキじゃあるまいし」
「そうだよ。大体、人の食べかけってなんか嫌じゃん」
「それもそうだな」
その後、大河は昼食を取りながらどうやって話をするか考えた。昼食後にスマホで久遠とのチャットに文章を打ち込んだ。
『ちょっと相談したいことがある。これからどこかで話せるか?』
『じゃあ校舎裏。井戸の付近でどう?』
『OK』
久遠はスマホの画面を切って、椅子から立ち上がった。
「どしたの?」
「ちょっとバイト仲間と相談に行ってくる」
「行ってらー」
大河と久遠は指定の場所に来た。井戸は手押しのポンプ式で、近くの屋根付きの棚にはバケツやジョウロが置いてあった。この辺りに人気は無く、物置で校舎側からは見えないが、完全な密室というわけではない。
「教室よりはいいよね。相談って?」
「見回りのことで頼みがある」
「何?」
「今日の帰りに、見回り先を案内してくれないか」
「えー、明日以降の当番の時でいいじゃん」
「本番の前に下見をしたい。見回りを代わってもらうわけじゃなくて、下見するだけ」
「地図は持ってるよね?私がついていかないと駄目?」
「俺は全くの素人だからリードして欲しい」
「うーん…まあいいけど。私、今日は日直があるからちょっと待っててね」
「じゃあ校門近くのベンチで待ってる」
「了解」
「ありがとう。相談はそれだけ」
少し強引だったか?疲れ気味で乗り気じゃないようで悪いが、これも犯人を捕まえるためだ。
「じゃあ私、教室に戻るね」
「ああ、ありがとう」
久遠は教室へと戻っていき、大河はデータを確認した後、教室へ戻った。
放課後、大河はベンチに座ってスマホで入冥島の地図を見て待っていた。見回り用に色々書き込まれている地図を外で見るわけにはいかないので、頭に入れていた場所周辺を別の地図で見ていた。
「お待たせ。行こう」
「ああ」
久遠がやってきて、大河は鞄を持って立ち上がり、一緒に下校した。
駅前に来ると久遠は何か見つけたようで立ち止まった。
「あっ、一介くんだ」
久遠は小柄な少年を見て反応した。制服姿の垂れ目の少年はぼんやりとした表情をしてトボトボと歩いていた。久遠は大河を連れて少年に近寄った。
「おーい、一介くーん」
少年は足を止めて無言で会釈した。
「彼は綾瀬一介、高校一年生。彼も星月のメンバーだよ。セイさんはイッチーと呼んでる。こっちはこの前話した大船大河くん」
「はじめまして」
「どうも…」
綾瀬は目を逸らして大河を見ようとせず、話そうともしなかった。大河はどんな人か探ろうと見ていると綾瀬が声を上げた。
「なんですか?僕を疑っているんですか?」
「え?いや、そんなことは…。疑っているように見えたならごめん。ただ君がどんな人なのか気になっただけで」
「僕は犯人じゃないです」
疑ってないって言ってもすぐには信じてはくれないか。
「僕たち魔術師なら、もっと上手く隠れられますよ。カメラにこそ映りますが、人の意識から外れることができます」
「そういやそんなこともできたな…」
「ミステリーなら自ら無実だと言うのは何らかのトリックがあるやつだね」
久遠は綾瀬をからかい、ニヤッと笑った。
「ミステリーというのなら僕はミスリード要員です。僕みたいなインドア派で姿をあまり見せない人間が真犯人じゃギャップが無くてウケないでしょう」
インドア派なのか。見た感じ大人しそうだから、そんな感じはする。
「久遠先輩の方が犯人に向いてます、ちょっと豹変してみてください」
「何をぅ。私に表裏は無い」
久遠が笑いながら両手を上げて広げて熊か虎のようなポーズを取ると、綾瀬は顔の前で腕を交差して組んで顔を斜めにして後ろずさった。まるで姉弟のような微笑ましい光景だ。
「とにかく僕は違いますから。もう帰ります。帰ってセイさんとゲームするんです。お二人は早いとこ真犯人を見つけてください」
綾瀬は鞄をしょい直して駅へ向かっていった。気のせいか、最初に見たトボトボした歩きより少し元気になっているように見えた。
「星月には色んな奴がいるんだな」
「そうだね。先輩にタカ姉さん…清水高音さんがいるんだけど、生真面目な女性だからまとめ役をやってて、なんだかんだまとまっているよ」
その人、苦労してそうだな。まあ久遠たちは可愛げがあるからやっていけるだろうけど。
その後、2人は電車とバスを乗り継いで、最寄りのバス停から目的地に向かって歩いた。工場や5階前後のビルが建っている地区で、この時間は歩道に人はほとんどおらず、2車線道路を大型車が時々通る状態だった。
「そういえば聞けずじまいだったけど、紅葉さんが命の恩人というのは…」
大河は久遠の方を向いて尋ね、久遠は無表情で振り向いて大河の顔を伺った。
「あっ、思い出したくないようなことだったら言わなくていいから」
「もう昔のことだから平気。ここで話すのは…まあいいか、人に聞かれたって作り話にしか聞こえないだろうし」
久遠は遠くを見て懐かしむように口にした。
「大体2年前、ある魔術師…私の師匠が起こした事件で、私は師匠の手で命を落としそうになった。その時に師匠と戦った人たちの一人がシンさん。負けた方が死ぬ命がけの戦い。圧倒的な力の差があったけど、ギリギリのところで奇策が上手く決まってシンさんが勝てたの。そういうわけでシンさんは私の命の恩人」
「成程。それであの人が特別か」
「特別?」
久遠は不機嫌そうに聞き返した。
「ああ、セイさんがそう言ったのね。セイさんは言うことがオーバーだから。マジやべーと言ってても、やばいレベル5段階中で下から2段目くらいのことだから。真に受けないでね」
「そういう感じなのか…」
「そんな風な人でしょ?」
大河は滝川がマジやべーと言っているところを想像し、しっくりきた。
「確かに…」
「噂をすればシンさんだ」
久遠は声をかけようとして思いとどまった。駅前の一介の時と違い、シンは見回り中で邪魔してはならないと考えた。
「邪魔にならないようにしよう」
と思っていたが周囲を見渡していたシンの方からこちらに近づいてきた。
「やあ、どうしたんだ2人とも?今日は当番じゃないだろ?」
「大河くんが下見をしたいって言うから来たの。後でもいいと思うんだけどね」
「俺たちのことはお気になさらず」
「そうか。いや、ちょうどいい」
「?」
「さっき羆らしき不審人物を見かけたが見失った。一人では難しいと思ったが3人なら話は別だ。手を貸してくれるか?」
「もちろん」
「よし、俺はこの工場の周囲を時計回りに探す。お前たちは反時計回りに探してくれ。それで合流しよう」
「了解」
大河と久遠は後ろを向いて小走りを始めた。
それを確認したシンは左手に杖を持ち、久遠に狙いを定めて電撃を放った。




