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ニューメイボード  作者: Ridge
導入
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1話

 少女は船の甲板に立ち、晴天の強い日差しの下、3月下旬のまだ冷たい風を受け、船の推進で泡立つ波音や海上を飛ぶ海鳥の鳴き声を聞き、潮の香りに包まれていた。襟の下にダークブルーのリボンを締めた白いワンピースに身を包み、小さなリュックを背負い、アイボリー色のつばの広い帽子を被って茶味がかった長い黒髪が風に揺れていた。

 船の右前方に薄く青みがかかった島が見えて来た。正面は緑に覆われた山、右奥にはコンビナートと大きな船が複数ある港が薄っすらと見えた。船が緩やかに弧を描いて島の南側に回っていくと、北部にあったコンビナートなどは見えなくなり、代わりに山の裏側の景色が見えるようになってきた。内湾に客船の停まっている港や漁船の停まっている港がそれぞれ見えた。そして奥地には高層ビルが立ち並んでいた。

 船は港に到着し、少女は島に降り立った。

「あちゃー、ベタベタする…」

 少女は潮風でべたつく髪に触れ、忌まわしそうに呟いた。


 ここは瀬戸内海に浮かぶ島、入冥ニューメイ島。主に銃弾や砲弾、ロケット弾など弾薬製造を行う島。近年の戦争が示すデータは弾薬の必要量を従来の想定より上方修正させ、この島の再開発へ繋がった。海運によって世界中から弾薬の原料を調達し、この島の工場を中心に弾薬を製造して各基地や倉庫へと輸送される。元は平凡な地方都市だったこの島は莫大な投資により様々な産業を引き寄せ中心部が大都市へと変貌した。自然も豊かで山と海が身近にある都会としてそれなりに人気もある。


 少女は港から出てすぐの駅前の繁華街を抜けて住宅街を歩いて行った。この辺りは車線が減って2車線の道路になっており、マンションやアパート、公園や公民館などが道路沿いにあった。少女は車線の反対側に渡ろうとして、横断歩道の信号の前で立ち止まった。今は目の前の歩行者信号が赤で横の車用信号が青で車が疎らに走っていた。

「あっ…」

 突風が吹き、少女の帽子が吹き飛ばされ、走る車の間を縫うように車道を転がっていった。帽子は向かいの歩道に転がっていき、その帽子を拾い上げて少女に向けて掲げた少年がいた。

 青信号になると2人とも横断歩道に進み、道路の真ん中で少年は少女に帽子を渡した。

「どうぞ、帽子が轢かれなくて良かったです」

「ありがとうございます」

「ん」

 少年は軽く頷いて微笑み、来た道を戻っていった。少女は少年と同じ方向に進み、歩道に入ると声をかけた。

「あの、これも何かの縁、ちょっとお話しても?」

「まあ…いいですけど」

 少年は落とし物を渡して終わりと思っていたため、警戒しつつ了承した。2人は歩きながら話し始めた。

「私は星野ほしの久遠くおん。今日引っ越してきました。今度から高校2年生。よろしく」

「僕は大船おおふね大河たいが、僕も今度から高校2年生、こちらこそよろしく」

 大河は高2という情報要るのか?と思いながらも相手に合わせて答えた。

「同年代かなと思ってたけど同い年!敬語無しでいいよね?」

「了承取る前になってるじゃないですか。まあいいけど」

「私のことは久遠と呼んでね、大河くん」

 久遠は横から体を乗り出してにこりと笑った。

「久遠さんはどうしてこの島に?」

「さん付けは嫌。呼び捨てかちゃん付けがいいな」

 すごい勢いで距離を詰めてくる。でもこれがこの人にとっては普通なのか。

「…じゃあ呼び捨てで。久遠はどうしてここへ?」

「仕事の都合だよ」

「ああ、俺も親の仕事で中学入学時に来たんだ。そういう人多いね」

「みんな故郷を離れて上手くやれてる?ちょっと心配で」

「俺の周囲ではみんな特に問題なさそうだな。兵器工場があるから怖がられることもあるけど、平和でいいところだよ」

「よかった。船から摩天楼が見えてすごい大都会だとワクワクしたんだ」

「俺も来た時は思ったよりも都会で不思議だったな。船でしか出入りできないから不便そうなのに」

「ほんと不思議ね」

 久遠は髪の毛の先を指で弄り、話を切り出した。

「不思議といえば、この島の噂話の一つ。この島には霊力が留まっていて、精霊の力で恋愛が成就するとか」

「どうだか、俺の友人は振られてたぞ」

「噂だもんね。でももし普通なら勝率30%なのを35%に引き上げるなら、効果ありと言えるんじゃない?」

「そうかもしれないけど、そもそも勝率を算出できるほどサンプル取れるとは思えないな」

「それもそうね。ま、恋愛成就なんて腰痛に効くとか頭が良くなるとかと違って効果あるか無いか分かんなくても罰則ないものね」

 自分から話題に出しておきながら、信じて無さそうな物言いだな。じゃあ何でそんな話題出したんだ。

「不思議な効果あったりしない?長年住んでて何かなかった?」

 この子の興味津々な目…多分こっちが本題かな。

「ワクワクしているところ悪いけど、そういうのは別に無いな」

「そうなんだ…」

 久遠は淡々としながらも残念そうな安心したような声で相槌を打った。

「何事も起きないならそれがいい」

 直後、2人の後方でバンと高い爆発音がした。

 大河は久遠の手を引き、庇うようにして路地裏に隠れた。2人は物陰から覗きこみ、爆発した方向を見ると、駐車場に停車していた車から煙が上がっていた。

「何?事件?事故?」

「分からない、とにかく、まだ爆発あるかもしれないから建物の中へ」

 ロケット弾が道路を横切り、どこかで炸裂して路地裏の出入口の前に巨大な看板が落下して閉じ込められた。

 間もなくして爆発が止み、静寂が訪れた。久遠は看板を押してみたが、地面に突き刺さっていて動かなかった。

「ビクともしないか、仕方ない…」

 久遠は凛とした顔つきで看板を叩いて音を聞き、反対側に何もないことを確認した。

「今日は色々とありがとう。それからごめん、気をつけて帰ってね」

「え?それはどういう…?」

 久遠はリュックから20cmほどの金属の棒を取り出した。外装はざらついた銀色で、上部と下部を小さなネジで留められていてメカメカしい。右手に持ってボタンを押すと赤いレーザー光が看板に当たった。大型のレーザーポインタのようだ。何をする気だ?

「他言無用だよ」

 久遠がボタンから手を離して赤い光が消え、側面のボタンを押すと棒の上に複数の球と楕円がまるで惑星の軌道を描くように浮かび上がった。久遠は左手の指先で球に触れ、指先に球を吸い付けて位置を楕円に沿って動かし、ボタンを離して棒を前に振った。

 すると目の前の看板に細かな隙間が出来ていき、再び振った棒の先から出た風を受けて穴が空いて崩れ、砂山が出来た。

「今、何を?」

「この魔法の杖によって同質量の砂になった。こんな風になりたくなかったら、このことは秘密だよ」

 久遠は唇の前に人差し指を出してウインクした後、杖の先から風を起こして砂山を外に吹き飛ばして通れるようにした。

「これからどうする気だ?」

「犯人を捕まえたり、被害が拡大しないようにしたりしに行く。私はそのために来たのだから」

「待…」

 久遠はそう言うなり、崩れた壁から出ていき、姿が見えなくなった。


 倉庫街では覆面をつけた者たちが荷物を車に乗せていた。

「天井さん、手を止めないで下さい。あなたのテレキネシス頼りなんですから」

「何か来る」

「え?」

 停車中のトラックの陰から電撃が放たれ、覆面たちが気絶した。しかしその中の一人、天井愉楽というテレキネシスを使う男は電撃が避けていき、その男と後方にいた人たちに当たらなかった。

 天井が手を前に出して狙いを定めるとトラックは宙に浮かび上がり、背後にいたワンピース姿の少女、久遠の姿が見えた。

「あの電撃を出せるような武器が見当たらないな」

「超能力者か!」

「撃て!油断するな!」

 覆面たちは拳銃で久遠を撃った。しかし、銃弾は透明な球状の壁によって弾かれて届かなかった。

「この程度では駄目か…引き上げよう」

「無駄だ。ここで仕留めなければ追ってくるに決まってる」

 天井は手を上にあげて下に振り下ろし、宙に浮かせていたトラックを勢いよく下に落とした。

 久遠は杖を上に向けて構えた。トラックは宙に制止して止まり、久遠は不思議そうに周囲を見渡した。

「待てと言ったのに」

 久遠の後方から大河が走り寄って来た。

「大河くん、あなた一体…」

「また超能力者だ!撃て!」

 放たれた何発もの銃弾は大河に届く前に空中で制止し、地面に落ちていった。大河は上を向いて手を伸ばし、テレキネシスでトラックを地面に下ろした。直後、巨大なコンクリート管が蹴られたボールのように飛んできて大河の前で制止した。衝撃波で周囲に砂埃が舞い、久遠の周囲の球体にかかったがすぐに剥がれていった。大河は天井たちの方を向いて手を伸ばし管を跳ね返した。管は天井の前で停止し、再び跳ね返っていった。お互い自分に近いほど能力が強く発揮され、返しつづけていた。

「これじゃ決着がつかねえや。仕方ない、先に力尽きた方が死ぬラリーと行こうじゃないか」

「のんびりしていていいのか?じきに警察が駆け付けるだろうよ」

 天井と大河がラリーをしている間、起きている覆面たちは気絶した覆面たちを引っ張り上げて車に乗せていた。

「大河くん、大丈夫なの?」

「分からない。俺の超能力は他の超能力者と比べて持久力があるのかないのか知らないから。それでも警察なり特殊部隊なり来る時間は稼げるはず…」

「私に作戦がある。聞いて」

「どうにかできるのか?」

「その力があっても私の姿が見えているし、声が聞こえているでしょ?」

「…なるほど」

 久遠は大河に作戦を伝え、大河は頷いた。

「どうした?弱って来たぞ?」

 管が押し返されて飛んできたところを大河は腕を振って上へ跳ね飛ばした。久遠は杖を前に突き出し、赤いレーザー光が天井の顔に当たり、角度を修整して胸に照準を定めた。次の瞬間、白い光線が照射され、天井は膝から崩れ落ちて倒れた。遅れて自然落下した管はコンクリートが砕けながら地面に突き刺さった。

 久遠は続けて杖の先から電撃を放って覆面たちを気絶させた。

「殺したのか?」

「ううん、全員気絶させた」

 久遠は天井の方へ歩いて行き、大河は後を追った。久遠はうつ伏せの天井の側にしゃがみ込んで襟を引っ張り、杖の先を後ろ首に当てた。すると杖の先から黒い線状の模様が左右に伸びた。

「ひとまずこれでよし。今はここから早く離れないと」

 久遠は大河の手を取って引き、杖を振って靄で身を包んで走り出した。道中で人々はスマホを手に写真や動画を撮っていたが、久遠たちの存在には気づいていなかった。公園の木と物置の間に隠れると久遠は魔術を解いて靄が消えた。

「今のは?」

「簡単に言うと意識の外へ追いやる術」

「そんなこともできるのか…。器用だな」

「えへへ」

「ところで逃げる必要あったのか?」

「能力を隠しているんでしょう?私も隠してるの。それに私の仕事開始は明日から。今日動いたのは事情が事情だから認められるかもしれないけど念のためにね」

 テレキネシスの類は俺がやったかどうか証明が難しいのだからいくらでも誤魔化せると思うが…まあいいか。あの気絶している人たちが喋れば分かるとは思うが、まあその頃には今更蒸し返してもという空気になっているかもしれないか。

「大河くん、さっきは助けてくれてありがとう」

「久遠こそ、俺一人では負けてたかもしれない。ありがとう」

 2人は緊張が緩んで笑みを浮かべた。

「でも、そんなことできるならもっと早くやってくれればよかったのに。看板だってどかせられたでしょ」

「やろうと思ってたけど君が何か始めたから…。それに知られたくなかったんだよ、君だって最初は隠してただろう」

「そうね、じゃあこれはおあいこってことで」

「そうだな、おあいこだ。これでおしまい」

 久遠はにっこりと笑い、大河もつられて微笑んだ。

「しかしこの騒ぎだとどこかに写っててバレるんじゃないか?噂になったり…」

「大丈夫だよ、この情報社会じゃ膨大な情報に埋もれてしまうから。偽情報も溢れているから、よくある偽物と思われるだけ」

「そんなもんかな?」

「そんなもんだよ。実際、私たち魔術師は目立たずに済んでいるもの」

「それならいいが…」

「あっ、私そろそろ行くね。またね。多分すぐにまた会うよ」

 久遠は杖をリュックにしまって小走りで去っていった。


 春休みが終わり霊火亞誕レビアタン高校も新学期が始まり、大河はボードに掲示されたクラス分けから自分の名前を探していた。

 大河は横から二の腕をツンツンと突かれた。

「おはよう大河くん」

「おはよう」

 大河は反射的に挨拶を返し、横を向いて顔を見て驚きで目を見開いた。

「久遠…」

「大河くんも理系だったんだね。私たち同じ5組だよ」

「どうしてここに?」

「編入先がこの学校なんだ。知ってる人がいると心強いな。これからよろしくね」

 すぐに会うってそういうことかよ!

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