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天穹の一矢  作者: みつきあこ
序章 神々の歩くとき
1/15

過ぎ去った時

既に完結まで書き終えているため、一気に更新します。

お付き合いいただけると幸いです。

 その巨体は足踏みを繰り返す。草履を履かない素足のままで大きく膝を持ち上げ、重みに任せるまま地を打ち鳴らした。


 そのたびに大地が大きく揺れ、形を変えていく。足が降ろされる場所は繰り返される衝撃に耐えかね陥没し、そこめがけて水が流れ込む。溶岩を抱えていた山は怒るように噴火し、元々山であった場所は、巨体の男が両腕を振り回した拍子に削れてしまった。男が暴れることで世界が創られているのだ。


 その様子を厳しい表情で見つめる女があった。凛々しい顔立ちの女は長い髪を背に流し、額には黄金の釵子が輝く。身の丈をゆうに超す大弓を手に、男を見据えていた。その眼差しは美しくも鋭く、今にも男を打ち抜いてしまいそうなほどである。


 やがて、男が女に気が付いた。厳しい目線が癪に障ったのか、止められるのなら止めてみせよと言うつもりか。山を壊すことに執心していた男は標的を女へ変え、そのしなやかな体めがけて飛び掛かった。男が足を踏み切るとそれだけで大地は砕け、土煙が起こる。土にまみれた拳を振り上げ、女へ向かっていった。


 対して女は静かに弓をつがえ、男を照準する。鷹の羽で作られた矢は頑丈で美しく、彼女自身を表すようだ。


「お前が暴れる理由が正当なものであるならば、この矢はお前には当たらず、わたしへと跳ね返るだろう。しかし、それが邪な思い故であれば、この矢はお前の胸を深く貫き、そのまま奈落へと飛んでいく」


 女の凛とした声が空へ響く。男が女の元へ降りていく瞬間、強く引かれた弦が弾け、矢が天を裂いた。


 矢は、まっすぐに飛んでいき、そして男を貫いた。男が慌てて矢を抜き去ろうとするが、その矢は押しても引いても動かない。


 女へ向かって飛び掛かっていたはずの男は、矢の勢いに押されるようにして彼方へと飛んでいく。その先には地の底へ繋がる大穴が口を開けており、男は奈落へと落ちた。その顛末を見届けると、弓を引いた女もまた長き戦いに疲弊し、片膝をついた。


 そんな二つの影を、遠くから見守る影がもう一つ。小さく線の細いもう一人の女は、争いが終結したことに安堵していた。争っていたのは彼女のきょうだいであり、彼らが争うたびに世界には大きな被害が出た。戦う力を持たない彼女はただきょうだいのどちらかが倒れるまで待つことしかできず、無力な自分を嘆いていた。しかし、ようやくその戦いも終わり、姉を勝者とした。


 妹はこれ以上世を荒らさぬよう、一つの提案をした。


 姉君のお力で、国を造りましょう。そして、その行く末をヒトへ託すのです。世界を間近で見守る役目はしもべに任せ、天へ還るのです。


 戦いに疲れきった姉はそれを了承した。天より連れてきていたしもべへ「世界を見守るように。ただし、ヒトの世に干渉してはならない」と言いつけると、天へ帰っていった。


 妹は、世界が豊かになるよう、自らの体の一部をばらまいた。手は米に、髪は麦に、足は粟に。そして四肢を砕いた後、彼女は世界に溶け込んで、命の巡りを見守ることにした。


 姉は天、妹は地上、弟が奈落へと落ちた今、世界は神の手を離れ、人の力で動き出したのだ。


 世に残されたしもべたちは、永すぎるその生を世界の観測に費やした。主の目となり耳となるよう、決して世界に干渉しないように存在していた。


 しかし人は、千年が過ぎた今でも神の影から出ようとはしない。神がいなくなった大地にはなお色濃く神の気配が残り、真に人が歩き出す瞬間は来ていなかった。

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