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わたくし「パンがなければビスケットを食べればいいじゃない」なんて言ってませんわよ

 ラフィード王国の王城にて、煌びやかなパーティーが開かれていた。

 第一王子ブルード・ラーガスが主催したものであり、ホールは大勢の若き貴族子女で溢れていた。

 ブルードが王太子としての威光を示すのに絶好の場であるといえる。自慢のダークブロンドの髪も、心なしかいつもより艶やかだ。

 そんな彼の前に一人の令嬢が引き出される。

 エアーネ・アーヴェスト。ブルードの婚約者である公爵令嬢。

 波打つ長くたおやかな金髪に、緋色の瞳を持つ美しい令嬢だった。朱色のドレスを身に纏い、ブルードの前に立つ。


「エアーネ、お前をここに引き出したのは他でもない」


 ブルードはエアーネに指を突きつけた。


「今日この場で、お前との婚約関係を解消させてもらう!」


 周囲がざわつく。

 だが、エアーネはたじろぐことなくブルードを見据える。


「一体どういうことでしょう?」


「この国の未来を背負って立つ者として、お前のような悪女とは結婚できないということだ!」


「悪女? この私が?」


「今年、ラフィードは気候に恵まれず、小麦が例年にないほどの不作になってしまったのは知ってるだろう」


「もちろんですわ」


「おかげで市民たちは明日のパンにも事欠く有様。こういう時にこそ我ら王族や貴族は率先して、市民の模範とならねばならん。ところが、だ」


 ブルードが眉間にしわを寄せる。


「お前はパンを求める市民に『パンがなければビスケットを食べればいいじゃない』などと発言したらしいな。こんな悪女と結婚なんかできるか!」


 周囲がざわつく。


「わたくしはそんなこと言ってませんわよ」


 エアーネは反論するが――


「残念ながら証人がいるんだよ。こっちに来てくれ」


 ブルードが合図をすると、一人の令嬢がおずおずと姿を現す。


「はい……」


「彼女は?」とエアーネ。


「フェミア・セーテ。子爵家の令嬢だ」


 フェミアはうなじにかかるほどの長さのチョコレート色の髪を持ち、桃色のドレスを着た令嬢だった。

 容貌のみを言うならば、素朴で儚げな印象を受ける。


「フェミア、お前はエアーネが暴言を吐くところを確かに見たんだよな?」


「あの、私は……」


「いいんだ。この私ブルードがついている。正直に話してくれ」


「は、はい……」


「エアーネはさっきの暴言を吐いたんだね?」


 フェミアはエアーネを見ると、恐る恐るという具合に、


「はい……!」


 と答えた。


 出席者たちはその健気な姿に思わず息を呑む。


「というわけだ。お前の罪は明らかだな。民を蔑ろにし、パンがなければビスケットを食べろなどとほざくお前は王子妃になる資格はない!」


 フェミアはブルードにしなだれかかる。


「私も、こんなことはしたくなかったのですが……」


「いいんだ。よく勇気を振り絞ってくれた」


 ブルードはフェミアの頭を撫でる。

 だが、エアーネは毅然とした態度を崩さない。


「なるほど、そういうことですか」


 ブルードは顔をしかめる。


「なんだ、その言い草は」


「私とブルード様が婚約して数年、婚約とは名ばかりで私たちが会う機会は殆どありませんでした。これも、あなたがあれこれ理由をつけて、私と会いたがらなかったからなのですけど……」


 ブルードの顔が強張る。


「ようするに、あなたはそのフェミアさんと交際していた。しかもその上で私の暴言を捏造して、婚約を破棄しようという腹積もりなのですね」


「ええい、黙れ! 証拠もなく戯言をほざくことは許さんぞ!」


「証拠がないのはお互い様だと思いますけど」


「フェミアは立派な証人だ!」


 ブルードは鼻息を荒くする。


「証人も立派な証拠、そういうことですわね?」


「ああ、王太子である私のお墨付きの人間だ。なんの問題もない!」


「分かりました。ブルード様お墨付きの人間は証人になる。よく覚えておきます」


「往生際がいいのはいいことだ。つまり、婚約破棄を認めるということでいいな」


「かまいません」


 両者の合意の元、ここに婚約破棄が成立した。


「よし、じゃあお前は下がっていいぞ」


 ブルードはエアーネに手の甲で「下がれ」というジェスチャーをする。


「私と殿下はゆっくりパーティーを楽しみますので」


 フェミアも先ほどまでの殊勝さはどこへやら。早くも自分がブルードの正妻とばかりにその肩に寄りそう。


「分かりました、下がります。でもその前に、これをご覧いただける?」


 エアーネは右手を広げ、掌の茶色い粒を見せる。

 ブルードもフェミアも首を傾げる。


「やはり、お二人にはこれがなんなのか分かりませんのね」


「なんだよ、それは?」


「これは……脱穀した小麦ですわ」


「は? 小麦……? 今年は殆ど取れてないって聞いたが……なんで?」


「これは私があるお方と作った小麦です」


「あるお方……?」


 この言葉を合図とするかのように、パーティー会場に一人の青年が入ってきた。

 ダークブロンドの髪をさらりとなびかせ、琥珀色の瞳を持ち、引き締まった端正な顔立ちの美丈夫。群青色のスーツを着こなし、パーティー参加者が思わず歓声を上げてしまうほどの存在感だった。

 ブルードの顔が露骨に引きつる。


「ベクテル……! なんでここに……!?」


「兄上、お久しぶり」


 青年の名は第二王子ベクテル・ラーガス。ブルードの実の弟であった。

 狼狽する兄を見て、ベクテルはフッと笑う。


「不毛の地に追いやったお前がどうしてここに、ってところかな?」


「……!」


 ベクテルは優秀な第二王子だった。勉学においても、武術においても、そして人望においても、兄ブルードを凌駕しているのは明らかだった。

 父である国王バルバヌスも、ベクテルには大いに期待を寄せ、その才能を存分に愛した。

 だが、ブルードからすれば当然面白くない。

 そこで彼はベクテルについて父にこう提言した。


「父上、ベクテルは優秀だ。だからこそ、今の内から独り立ちさせるべきじゃないかな? 私もベクテルが傍にいるとつい頼ってしまうし……。それにベクテルほどの男であれば、西方の開拓もきっと上手くやれると思うんだ」


 ブルードの口車に乗せられ、バルバヌスは「可愛い子には旅をさせよ」とばかりにベクテルに西方の地を任せることにした。

 しかし、西方は王都のある中心部と違い、ろくに作物の取れない不毛の大地とされていた。


「向こうでの生活は大変だろう。私の優秀な従者であるダイスを連れていくといい」


「ありがとう、兄上」


 こうしてベクテルは王都から西方へと旅立った。

 作戦が成功し、ブルードは大いに喜ぶ。


(これであのうっとうしいベクテルは消えた! せいぜい不毛の大地で途方に暮れるがいいさ。あとはあのエアーネをどうにかすれば……)


 自分の地位を脅かしかねないベクテルを追放し、望まぬ婚約者エアーネとの婚約を解消すれば、大好きなフェミアと結婚し、国王になれる。

 そんな最良の“ゴール”まであと一歩というところまで来ていた。

 しかし、その矢先にあのベクテルが現れた。

 動揺を抑え、ブルードは兄としての態度を取る。


「なんの用だ?」


「そう警戒しないでくれよ。兄上が主催するパーティーなら、むしろ弟も参加するのは当然じゃないか」


 そういうことか、とブルードは安堵する。


「なら、存分にパーティーを楽しむがいいさ。料理も酒もたっぷり用意してある」


「しかし、このパーティー、肝心なものがないね」


「肝心なもの?」


「パンさ。パーティーにはパンを用いた軽食の一つや二つ、置いてあるものだろ?」


 不敵な笑みをこぼすベクテルに、ブルードは不快感を抱く。


「西方にいたお前は知らないのか。あいにく今年は歴史的な不作でね。こういったパーティーにもなかなかパンは用意できないんだよ」


 ベクテルはうなずく。


「分かってる。大変だったそうだね」


「ああ、私も毎日パンを楽しむようなことはできなくなった」


 兄の発言に眉を動かしつつ、ベクテルは言った。


「だから持ってきたよ。パンを」


「は?」


「入ってきてくれ!」


 ベクテルが手を叩くと、彼の部下がワゴン車を押して会場に入ってきた。

 ワゴンには大小数多くのパンが載っている。


「なんだこれは……!?」


「だから言っただろう。パンだよ」


「そうじゃない! さっきの小麦もそうだが、どこでこんなに多くのパンを手に入れた!? 殆どのパンは私が押さえ……あ、今は入手困難なはずだ!」


「手に入れたんじゃない。作ったんだよ」


「作った、だとぉ……!?」


「彼女にも協力してもらってね」


「はい!」


 エアーネがベクテルの肩に寄りそう。まるで先ほどフェミアがやったように。


「どういうことだ……! 作れるわけが……!」


「僕は諦めなかったってことさ。あの不毛の大地を蘇らせるのを」



***



 時は遡り――第一王子ブルードと婚約したにもかかわらず、エアーネは憂鬱だった。

 婚約者ブルードは体調が悪いだの用事があるだの理由をつけて、自分と決して会おうとしない。浮気しているという噂もある。

 そしてなにより、この結婚にエアーネ自身が気乗りしていなかった。

 ブルードは外面こそいいが、内面は非常に陰湿かつ酷薄。臣下や民を踏み台や駒としか思っていない。わずかな付き合いで、エアーネはそれを見抜いてしまった。

 だからこそ、ブルードも自分になびかないエアーネを遠ざけたとも言える。


 そんな時、ブルードには弟がいることを知った。

 ブルードの提言で西方の地の開拓を任されているという。国内の一地方を任されたといえば聞こえはいいが、厄介払いをされたというのは明白である。


 王太子から遠ざけられている自分と、王太子に厄介払いされた第二王子。

 どこか似ているな、と思った。

 そして、無性に会いたくなった。その第二王子に。


 馬車で西方にやってきたエアーネは、ベクテルの元を訪れる。

 そこには――


「ええと、あなたが……第二王子のベクテル様?」


「そうだけど、君は?」


 鍬で土を耕し、泥まみれになっている、グレーの作業服姿のベクテルがいた。

 恵まれた経歴と、端正な容姿を持ちながら、今は土を相手に額に汗する身の上になったベクテル。落ちぶれたもんだと笑う人もいるかもしれない。

 しかし、エアーネの目にはあまりにも輝いて見えた。


「私、エアーネ・アーヴェストと申します」


「アーヴェスト家の……?」


「よろしければ、お手伝いさせてもらえませんか?」


「いいのかい?」


「はい。まず何からやればよろしいでしょうか?」


「ええと、それじゃ水を汲んできてもらえる? 喉が渇いちゃって」


「分かりました!」


 二人はさっそく意気投合し、一緒になって土を耕す。

 その様子を、ブルードがつけたベテラン従者であるダイスは遠くから見つめていた。


 西方の地に足りないものは作物に対する知識、そしてなにより活気だった。

 自分たちは王都から見捨てられていると感じていた民は、労働意欲を失くしてしまっていた。痩せた土でも取れる細々とした作物で「これで十分」と諦めていた。

 だからベクテルは率先して動いた。自分から土を耕し、肥料を研究し、土壌を麦に適した酸度にするため石灰を撒き、民にも西方を蘇らせようと呼びかけた。

 それでも思うようにはいかない。さすがのベクテルもくじけそうになる。


 そんな時にエアーネが現れた。

 令嬢でありながら頻繁に西方にやってきては、作業服を身につけ、ベクテルとともに畑を耕すエアーネ。

 しかも彼女はベクテルのように西方の地を任せられたわけではなく、王都で恵まれた生活ができる身。なのに身を粉にして働いている。

 そんな彼女の姿は、ベクテルの心にも、西方の民の心にも響いた。


「あんな女の子まで頑張ってるんだ! 俺らもいっちょやってやろうぜ!」

「おうさ! このまま朽ちて終われるかよ!」

「麦だ! 麦を作ろう!」


 みしり、みしりと音を立てて、錆びついていた巨大な歯車が動き出す。一度動き出すとその勢いは止まらない。彼らは驚異的なスピードで西方の地を蘇らせていった。

 そして、ついに麦は実った。

 不毛の大地に、黄金の海原というにはまだ物足りないが、麦畑が現出したのである。


「やったね、エアーネ」


「はい……ベクテル様!」


 二人はすでに愛し合っていたが、エアーネがブルードの婚約者である以上、結ばれることは叶わない。


「ブルード様との婚約は問題ないと思います。おそらく、向こうから破棄してくるでしょうから」


「まあ、そうだろうね。兄上ならそうするだろう」


 だとすれば、エアーネとベクテルの恋に障害はなくなるが――


「ベクテル様、ブルード様をこのままにしてはおけないと思いませんか?」


「え……?」


「私はあのお方は王太子に、次の国王に相応しくないと思います。あの方はご自分のことしか考えていないお方です」


「それはそうだが、今のままでは兄上が次の王になってしまう……」


 ブルードが王になった後の国を想像すると、ベクテルも気が重くなった。

 今より悪くなることは確実だ。


「私に考えがあります」


 エアーネの目が光る。


「今年、王都のある中心部は気候が悪く、小麦不足になっていると聞きます。弱みを突くような形になってしまいますが、この機を逃す手はありませんわ」


 エアーネは自身の考えた、ブルードを追い落とす策を話す。

 これをダイスはじっと見守っていた。



***



 パーティー会場で、ベクテルが出席者にパンを振る舞う。

 上流階級である参加者たちもパン不足にあえいでいたので、喜んでパンを頬張る。


「おお、美味い!」

「やっぱりパーティーにはパンがないとな」

「ふっくらしてて美味しいわ!」


 ブルードはこの光景を苦々しく見つめる。

 自分の威光を高めるためのパーティーが、ベクテルに乗っ取られつつある。

 エアーネはそんなブルードの前に立ち、高らかに言い放つ。


「わたくしは『パンがないのならビスケットを食べればいいじゃない』などとは申しません。わたくしの場合『パンがなければパンを作ればいいじゃない』でしょうね」


 ブルードも横にいるフェミアも歯噛みする。


「どうなってんだ……! ベクテルが小麦作りを成功させたなどと私は聞いてないぞ!」


 そこへダイスがやってくる。他の部下と同じようにワゴンで大量のパンを運んできた。

 それを見て、ブルードが声を張り上げる。


「ダイス! お前、これはどういうことだ!」


「どういうこと、とは?」


「ベクテルに大きな動きがあれば逐一報告しろと言っておいたはずだぞ! なのになぜ報告しなかった!」


 ダイスはワゴンから手を離し、冷静に答える。


「私がこのことを報告していたら、殿下はどうしていましたか? おそらくベクテル様たちの小麦作りを邪魔しにかかったでしょう」


「そ、そんなことは……!」


「そもそも、あなたは私に“もしベクテル様が何か成果を上げそうになったらそれを妨害しろ”とおっしゃっていましたしね」


「なにを言う! デタラメだ、デタラメ……!」


「日々王城で享楽にふけるあなたと、不毛の大地を必死に豊かにしようとするベクテル様、お二人を見ていたらどちらに肩入れしたくなるか、子供でも分かる理屈だと思いますが」


「この……デタラメ野郎が! おい、誰かこいつをしょっぴけ! 私の名誉を棄損しようとしているぞ!」


 エアーネが話に加わる。


「ダイスさんはブルード様自らが、ベクテル様のお付きにしたんですよね。つまり、あなたのお墨付き。ブルード様お墨付きの証人は、立派な証拠になるのではなくて?」


 先ほど自分が言った理屈が跳ね返ってくる形になり、ブルードは焦る。


「黙れ黙れ黙れ! こんなの……証拠になるかぁ! こいつはデタラメを言っている!」


 興奮するブルードをなだめるように、エアーネが告げる。


「ブルード様、あなたの悪行はこれだけに留まりませんわよ」


「なんだと!?」


「実はここ最近、王家の“影”と呼ばれる密偵部隊にあなた方の行動や発言を記録させておりました」


「……は?」


 エアーネたちの傍に黒装束を着た男が現れた。一切の音を立てぬその仕草はまさに“影”の名に相応しい。

 男は跪き、静かに告げる。


「ここ一週間ほどのブルード殿下とフェミア様の行動を監視させて頂いておりました」


「なんだと……!?」


「殿下とフェミア様は日々王城で乱れた生活を送っており、さらに現在入手困難なパンを、王太子としての権力を使って独占。臣下からも苦言を呈されましたが、殿下はそれを『黙れ』と一蹴、フェミア様は『庶民はパンがなければビスケットを食べればいいじゃない』とおっしゃっていました。先ほどエアーネ様がなされたことにされた発言はフェミア様のものだったわけです」


 なにもかもを暴露され、ブルードは顔を紅潮させる。


「なんだそれは……全部、全部デタラメだ!」


「王家が誇る密偵の調査がデタラメだというのですか?」とエアーネ。


「いや、それは……。だが、ベクテルが裏で手を回してる可能性もある!」


「残念だが、それはあり得ないよ兄上」


「なぜだ!」


「兄上も王族なら知っているだろう。王家の“影”を動かす上で絶対に必要なものはなんだい?」


「国王……つまり、父上の許可がいる」ブルードが気づく。「あ……ま、まさか!?」


「途中参加者が多いパーティーだけど、これが最後の客となるだろう。入ってきてくれ」


 国王バルバヌスが数人の兵を伴って、会場に入ってきた。

 皺の刻まれた端正な顔面、王冠を被り、真紅のマントを羽織り、王としての正装で登場する。


「ブルードよ……」


「ち、父上……!」


 興奮していたブルードの顔から血の気が引けていく。


「余が許可したのだ。お前たちを“影”に調査させることをな」


「あ、あ……」


「余はお前を信じていた。ベクテルを西方の地に行かせたのはお前なりの弟への愛情からだとな。しかし、そうではなかった。お前はただベクテルを憎んでいただけで、いざとなればベクテルを妨害する腹積もりさえあった」


 バルバヌスは続ける。


「それだけではない。アーヴェスト家のエアーネ殿と婚約を結ぶも、彼女を愛するつもりはさらさらなく、自身は別の令嬢と結婚するつもりでいた。彼女が言ってもいない発言まででっち上げて」


 大きくため息をつく。


「そして、今の“影”の報告。お前は小麦が歴史的な不作の中、王族でありながら数少ないパンを独占し、国民のことなどまるで顧みなかった」


「あぐ、ううう……」


 全ては父親の耳に入っていた。

 先ほどまではどうにか自分なりの理屈をひねり出していたブルードだが、もはや何も言えなくなっている。


「お前は世継ぎとして不適格だ。現時点をもって王太子の座を剥奪する」


「そ、そんなぁ! お待ち下さい、父上!」


「それだけではないぞ」


「え?」


「お前の身分は庶民に落とす。力を与えていてはベクテルに報復する恐れがあるからな。むろん、監視もつける。王都ではないところで静かに余生を送るがよい。これが余がお前に父としてかけられる最後の温情だ」


 これを聞いてブルードは膝から床に崩れ落ちた。

 フェミアはそんなブルードにしがみつく。


「ちょっとぉ! あんた、王太子じゃなくなったの!? じゃあなんで私はあんたみたいな奴と……!」

「アハ、アハハ……」


 壊れた笑いを繰り返すブルードと、それを罵るフェミア。彼らは衛兵によって会場から強引に連れ出された。

 もっとも、もはや会場の主役は彼らではない。国王でもない。

 主役は――


「ベクテル、今この時よりお前を王太子に任命する」


「ありがとうございます、父上」


「そして、この件で余も自分が年老いたと悟った。近いうちに王位を譲ることになろう。王国を……ラフィードを頼んだぞ」


「承知しました」


 王太子となったベクテルは、エアーネに振り返る。


「エアーネ、この国を背負って立つという使命、並大抵のことじゃない。おそらく僕一人ではプレッシャーに押し潰され、成し遂げることはできないだろう」


 エアーネはじっと聞いている。


「だが、君となら、西方の地をともに耕した君となら、きっと成し遂げられる。そんな気がするんだ。だから……どうか、この僕と結婚して欲しい」


「そのプロポーズ、喜んでお受けします」


 エアーネは顔を上気させつつ答える。


 出席者らは皆が拍手を送り、二人は笑顔でそれに応じた。

 パーティーで婚約破棄されたエアーネは、全く同じパーティーで愛する人と結婚することになった。



***



 それから数年が経った。

 父から正式に譲位を受けたベクテルは国王に就任。

 王妃エアーネとともに、日々職務に取り組んでいる。

 彼がいる王都周辺はもちろん、かつては不毛の大地とされた西方の地も開拓が進み、今では見違えるように豊かになった。


 朝、夫婦は揃って食卓に入る。

 食卓を彩る主役はもちろん、ふっくら焼き上がったパンである。


「今日のパンも美味しそうだね」


「ええ、あなたが進めた改革のおかげね」


 ベクテルが進めた農業改革によってラフィード王国の収穫量は倍増、急激な気候変動にも対応できるようになった。この仕組み作りには西方の地で苦労を重ねた経験が生きた。


「パンがない食卓というのは、やはり寂しいからね」


 エアーネはパンのように柔らかな笑みを見せる。


「ふふっ、そうね。パンがないのなら、やっぱりパンを作らなきゃね」






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
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